scene:26 風切り鳥
アレッサンドロの書斎には妖樹について書かれた研究書があった。その本には、妖樹が何を栄養源にして成長するかが書かれていた。
妖樹は一日中歩き回っているわけではなく、夜間は地中に根を下ろし土から栄養を吸い上げている。この時、周りに生えている草や昆虫なども地中に引き込み、独自の分解酵素を出して草や昆虫を吸収可能な栄養分に変え根から吸い上げているらしい。
葉っぱもあるので光合成もしているのだろう。だが、光合成だけで動き回るエネルギーが賄えるとは思えないので、メインの栄養源は草や虫などを分解したものなのだろう。
ちなみに大型の妖樹は動物や魔獣を倒し夜間に分解して栄養源にしている。
妖樹の居る森は豊かな森になると昔から言われている。妖樹が分解した栄養源が全て妖樹の根に吸収されるわけではなく二割ほどは土に残り、それが他の植物の栄養源となるからである。
この妖樹の特性を利用すれば、農業革命が起こせそうだと思ったが、かなりの設備投資が必要なので利益を出せるかどうかは研究が必要だと考えた。
少しの間、妖樹について考えていたらしい。
接ぎ木した妖樹を見るとサザミの枝から新芽が出ている。
「物凄い生命力ですね。二、三ヶ月したら実が生るのじゃないか」
改めて周りを見回すと第二魔境門から北西の方角に見えた岩山に近付いているのに気付いた。妖樹を追い掛け思い掛けず、奥の方へと進み過ぎたようだ。
トリルの枝を収納結晶に仕舞い、戻ろうと思った時、頭上に影が差した。
上を向くと大きな鳥の魔獣がリカルドを中心に上空を旋回している。
「拙い、狙われている」
妖樹を手放し、急いで大木の陰に隠れた。
上空の鳥が大木目掛けて急降下を開始した。リカルドが隠れている大木の近くまで急降下した鳥は奇妙な鳴き声を発する。
「チィユリュリー」
鳴き声を発した口から、何かが飛んできた。目に見えない衝撃波が大木に命中し揺さぶる。木だけではなく、その余波はリカルドの左肩にも当たった。
激痛が全身を駆け巡り、立っていられなくなり地面にうずくまる。
「ウウッ、あいつ魔法を放ちやがった」
魔獣が放つ魔術は『魔法』と呼ばれている。人間が使う魔術とは体系の違う法則で成り立っているらしい。
周りでガサゴソと何かが動き回る音がした。確認すると数体の妖樹クミリが岩山の方へと逃げていく。
木の陰でも危ないと感じたリカルドは、妖樹を追って岩山の方へと走った。
痛みは和らいでいたが、左肩が痺れている感じがする。
懸命に走るが、頭上の鳥はまだリカルドを狙っていた。鳥が急降下を開始する。
駄目かと諦めかけた時、岩山の麓に小さな洞窟があるのに気付いた。妖樹たちは洞窟に逃げ込んでいる。
リカルドも洞窟に転げ込んだ。間一髪、鳥が洞窟の前を飛び過ぎていった。
高さ一メートル半ほどの小さな洞窟である。薄暗い洞窟内を確認すると、先に逃げ込んだはずの妖樹クミリの姿が見えない。奥へと逃げたのかもしれない。
洞窟の入り口に戻り、上を見ると……居た、鳥が旋回している。
「居なくなるまで待つしかないか」
ショルダーバッグの中でモンタが騒いでいる。気になってショルダーバッグの中を見るとバッグを振り回され目を回したようだ。
「キュキキュ、キュカ」(ひどいよ、リカ)
「悪い鳥に追い掛けられたんだ」
「キュ、キュエキュ」(そいつ、やっつけて)
「頑張るよ」
とは言ったが、飛んでいる鳥に魔術を命中させる自信はない。一発目で当てないと反撃が来ると予想されるので困ってしまった。
リカルドは鳥から受けた魔法が強烈だったので、少しビビっていた。
後で知ったが、その鳥は『風切り鳥』という鳥系魔獣で『風衝波』と呼ばれる魔法を使うらしい。
もう一度、洞窟から顔だけ出して上空の風切り鳥を確認した。カラスのような真っ黒な色でオオワシのように大型の鳥が空を舞っていた。
あいつが諦めるのは時間が掛かりそうだ。
「時間潰しに洞窟探検でもするか」
収納結晶に仕舞っている魔光灯を取り出した。昼間無人となる従業員宿舎に置いておくのは不用心なので持ってきていたのだ。シドニーたちには樹液ランプを置いてきたので、夜は樹液ランプの光で勉強しているはずだ。
冬が終わり春になった今、樹液ランプが蓄積する光の量は増えている。それでも夏場に比べると少ないが、シドニーたちが勉強する時間の間は十分に使えるだろう。
洞窟は高さがないので、大人は腰を屈めないと進めない。しかも迷路のように複雑な構造をしていた。最初の分岐路を左に行ったら、妖樹クミリのたまり場のような場所に出た。広さ二〇畳ほどの空間に無数のカボチャ盆栽がジッとしている。
「ハズレですね」
引き返して分岐路を右へと向かう。それから幾つかの袋小路を見付けながら探索を続け、斜め上に向かう路を見付けた。それは一回り狭く、リカルドでも腹這いになって進まないと駄目な場所だった。
「諦めて引き返すか……んん……少しだけ進んで駄目なら引き返そう」
斜面を腹這いになって五分ほど進んだ時、前方に光が見えた。それから五分進み、岩山から突き出たテラスのような岩棚に出た。
リカルドは自分が発見したものを認識して息を呑んだ。
岩棚の窪みのような場所に土が溜まっており、そこには一本の樹が生えていた。小さな木で高さが二メートルほど、幹の太さはリカルドの腕ほどしかない。だが、その樹の下に落ちていた実は、キラキラと輝く様々な色の水晶に似ていた。
「これって……神珍樹」
リカルドは駆け寄り、神珍樹の実を拾い始める。一番多いのが黄玉樹実晶で二〇個ほど、次に多いのが紅玉樹実晶で一〇個ほど、紫玉樹実晶が四個……そして、碧玉樹実晶が一個あった。
碧玉樹実晶と紫玉樹実晶を拾い、残った黄玉樹実晶と紅玉樹実晶を拾っている最中に、風切り鳥がリカルドを見付け襲ってきた。
リカルドは洞窟の入り口に走り込んだ。途中から腹這いになって進む。後ろの方で風切り鳥の鳴き声がした。
衝撃波が洞窟に飛び込み、リカルドの足に当たって激痛が走る。
「……」
眼から涙が出てきた。腕だけで進み、洞窟の入り口が見えない地点まで来た。苦痛が去るのを待つ。洞窟は斜め下に向かっているので、頭に血が上ってきた。苦労して身体の向きを変える。
少しだけ登り、入り口から岩棚の方を見ると風切り鳥が取り残した神珍樹の実をついばんでいる。
「嘘……あの水晶のような実を食べる生き物が居るのか」
今なら魔術で風切り鳥を仕留められそうなのだが、魔術を使うと神珍樹まで攻撃に巻き込みそうで躊躇った。来年には、また実を着けるだろう神珍樹を枯れさせるわけにはいかない。
因みに神珍樹が実を着ける時期は決まっていない。樹の内部に魔力が蓄積したら結実するそうなのだ。
リカルドは狭い斜めの洞窟を下り、岩山の麓にある出口から外に出た。上空には風切り鳥が居ない。
「今のうちに帰ろう」
リカルドは風切り鳥が戻らないうちに第二魔境門へ向かって走り出した。岩山から十分離れたと思えた頃、足を止め魔力察知で魔獣の魔力を探る。
風切り鳥から逃げ切れたようだ。
第二魔境門まで歩き門を出る。門番がリカルドを覚えていたようで。
「オッ、無事で戻ってきたな。獲物は狩れたのか?」
「目的の獲物は手に入りました。でも、途中で鳥の魔獣に遭って逃げ帰ってきました」
門番が顔を顰めた。
「また、あいつか。何人かの魔獣ハンターが被害にあってるんだ。よく逃げられたな」
最近になって、風切り鳥が第二魔境門の近くに現れるようになったらしい。本来ならもっと魔境の奥にいる奴なので珍しいそうだ。
乗合馬車でヤロの街に戻った。馬車を降りると薄暗くなっている。急いで宿に戻り、夕食を頼んだ。
この宿の得意料理は、牙猪の肉を使った猪鍋である。
日本の猪鍋は味噌味だが、宿の料理は野菜と猪肉に唐辛子のような調味料で辛く味付けした鍋だった。
これはこれで美味いのだが、味噌が恋しくなった。
食事を済ませ部屋に戻ると狩りの収穫物を寝台の上に広げた。
まずはトリルの枝六本、そして、黄玉樹実晶五個、紅玉樹実晶三個、紫玉樹実晶四個、碧玉樹実晶一個である。
「あの鳥さえ居なければ、全部手に入れられたのに……」
愚痴めいたことを言いながら、トリルの枝と神珍樹の実を収納結晶に入れ、碧玉樹実晶だけを残した。
「これが本来の収納結晶になるのか……よく見るとベルナルドさんが持っていたものより小粒だな。おやっ、異空点は三つありますね」
理論的には異空点の数だけ亜空間を作れる可能性があるのだが、白い筋が伸びて異空点が潰れれば駄目になる。白い筋は制御から漏れた魔力が結晶内の構造に影響を与えることで発生する。
それ故、魔導職人は魔力制御を鍛え白い筋が発生しないように努力している。
目の前に碧玉樹実晶を持ち上げ、精神を集中する。
胡桃より少し小さな結晶内の中心とその両脇に異空点が並んでいた。
左手の指で碧玉樹実晶を目の前に固定し、右手の人差指から放出する魔力を制御する。魔力を圧縮し針のような形に纏めた。
魔力の針を碧玉樹実晶の中心に差し込む。紫玉樹実晶だと抵抗があったりするのだが、全く抵抗がない。スルリと結晶内に入った魔力の針が中心の異空点に突き刺さった。
異空点が活性化し別空間を発生させる。魔力を注ぎ続けるとポグとなり次第に大きくなる。
どれくらい時間が経過したのだろうか。魔力が尽き始めたのを感じたリカルドは、プローブ瞑想を行い意識を源泉門へと近付ける。
源泉門から六歩の距離まで近付き引き出される力を魔力に換え、ポグに注ぎ込んだ。
次第にポグが大きくなり、紫玉樹実晶の時と同じBB弾ほどの大きさとなった。この時点で注いだ魔力の量は、紫玉樹実晶の時の十倍以上になる。
まだまだ魔力を吸収しそうである。リカルドは魔力を注ぎ続けポグがパチンコ玉ほどになった時、突然魔力が暴走し四散した。
「アッ!」
驚いて魔力を止めた時、ポグの周りに白い筋が走り、隣にあった異空点を潰していた。
リカルドは顔を青褪めさせ、ガクリと肩を落とした。
気を持ち直して、碧玉樹実晶の収納結晶が使えるか試してみる。魔力を流し込むと手応えがあった。
枕を収納してみると……できた。
「貴重な碧玉樹実晶を無駄にせずに済んだ」
安堵して碧玉樹実晶の内部を覗き込む。
後で調べてみると、新しい収納碧晶の容量は一〇畳の部屋ほどの容量だと判った。ベルナルドが使っていた収納碧晶の容量は荷馬車ほどの容量のポグが二つと言っていた。
新しい収納碧晶はポグが一つだけだが、総容量はベルナルドのものより倍以上大きそうなので満足した。
区別するために紫玉樹実晶製の収納結晶は『収納紫晶』と名付けた。
今回作った碧玉樹実晶製の収納結晶は、元々『収納碧晶』と呼ばれているので、それに合わせて名付けたのだ。
ペンダント型収納紫晶は貴重品入れとして活用し、二つ目の収納紫晶は触媒ポーチを二重底にして、底に収納紫晶を仕込んで、大容量の触媒収納ポーチとして使う予定である。
長時間の魔力制御で疲れたのだろうか。睡魔が襲い倒れるように寝た。
翌朝、元気に目を覚ましたリカルドは、宿屋の女将さんに頼んで裏庭を貸してもらい、そこでトリルの枝を加工した。寒い外で作業を行うのは嫌だが、部屋の中で作業を行うと木屑が散らばるので仕方ない。
六本の枝を【魔旋盤】を駆使してロッドに加工する。回転する枝をノミで削り、木屑が飛び散る度にロッドが出来上がっていった。
朝から作業し夕方近くになって六本のロッドが完成した。
部屋に戻って、加工の終わったロッドを収納碧晶に仕舞う。その後、冷えた身体を温めるためにサウナに入ってから夕食を取った。
その夜、二本のロッドを魔力コーティングし、翌日四本の魔成ロッドを仕上げた。合計六本の魔成ロッドが完成したことになる。
仕上がりを確認する。魔成ロッドの表面が飴色に変化し雪の結晶のような模様が綺麗に並んでいる。以前に作ったものより並びが綺麗で切子細工のグラスの模様を見ているようだ。
翌日、乗合馬車でヤロの街を出発した。
道中何の問題もなく王都に到着した。今日はベルナルドの屋敷に寄らず、魔術士協会へ戻った。
「あれっ、リカルドだ。もう帰ってきたの?」
ロブソンがリカルドを見付け声を上げた。
「ああ、ただいま」
小僕たちがリカルドの周りに集まり始め、ヨグル領の話を聞きたがった。その夜は、途中で斑大猪に襲われた出来事や領都ヤロの様子を話し賑やかな夜を過ごした。
翌日、ダミル製二本とトリル製六本の魔成ロッドを布に包んでベルナルドの屋敷に向かった。
ベルナルドは午前中屋敷に居ると聞いていたので、店ではなく屋敷に出向いたのだ。
門の前で声を掛けると中から使用人が出てきて案内してくれた。
相変わらず太いモミアゲが目を惹くベルナルドが仕事部屋で出迎えてくれた。
「ご苦労様です。首尾よくマトウ殿には会えたのですか?」
「ええ、ちゃんと魔成ロッドも持ってきましたよ」
「それはありがたい。早速ですが、見せてもらえませんか」
リカルドは布からトリル製六本の魔成ロッドだけを出しテーブルに並べた。
ベルナルドは一本一本を確認した。その確認が終わると満足そうな笑みを浮かべ。
「素晴らしい。前のものより出来が良い気がします」
「気に入っていただけたようで安心しました」
ベルナルドが布から出さなかった魔成ロッドが気になったようで尋ねる。
「ところで、布の中にまだ残っているようですが、それは?」
「これは妖樹ダミルの枝から作った魔成ロッドです」
興味を示したベルナルドが鼻息が荒くなり、リカルドに見せてもらえないかと頼んだ。
一本は自分用として使っているので、残り二本のダミル製魔成ロッドを布から出してベルナルドに渡した。
ベルナルドはそれを見て生唾を呑み込んだ。
「これは1ランク上のユナボルタ……」
何度も確認したベルナルドは宝石でも扱うように丁寧にテーブルに置いた。
「お願いがあります。この魔成ロッドも私に売って下さい」
トリル製魔成ロッドは一本金貨一〇枚で売り、ダミル製魔成ロッド二本はボニペルティ侯爵がどれほどの値段を付けるか分からないので保留とした。




