scene:25 妖樹クミリと接ぎ木
リカルドが魔成ロッドを取り出したのを目にした魔獣ハンターが。
「どうした?」
「北から魔獣が近付いてきます」
「頭突きウサギじゃないのか」
姉妹が不安そうな顔をすると両親が馬車に乗るように促した。
魔獣ハンターの二人は武器を抜き、北の方へ様子を探りに行く。
リカルドは【溶炎弾】の触媒を取り出し、馬車の近くで待機する。
「あの二人、大丈夫かね」
御者のおじさんが独り言のように声を上げた。
その時、男の叫び声が聞こえた。
そして、何かが木にぶつかる音がし、魔獣ハンターの二人が逃げてきた。
「逃げろ。斑大猪だ!」
馬車に乗っている乗客の顔に恐怖が浮かぶ。
リカルドは【溶炎弾】の準備を始めた。魔成ロッドに魔力を流し触媒を撒く。ロッドの周りで暗い朱色に発光する魔力の渦が生まれた。
魔獣ハンター二人が馬車まで戻った時、大きな斑模様の猪が現れ、馬車目掛けて襲い掛かってくる。馬車の中では姉妹や商人たちが悲鳴を上げた。
迫って来る斑大猪に恐怖を覚えながら、リカルドはロッドを大猪の方へ向け、呪文を唱える。
「ファスナル・ガヌバドル・スペロゴーマ」
ロッドの先に生まれた炎が凝縮し、中心にオレンジ色に輝く球形のマグマが生まれた。次の瞬間、弾けるように大猪の方へと飛翔する。
溶炎弾が大猪の額に命中し飛び散ったマグマが、その両眼を焼いた。大きな悲鳴を上げる大猪が身体に付着したマグマを落とそうと転げ回る。
リカルドは【地】の触媒を取り出し、【飛槍】を大猪の胸を狙って放った。
「ブギャッ!」
石槍は斑大猪の胸を貫く。藻掻き苦しんだ大猪が痙攣を起こし静かになった。
「キュカ、キュキュケ」(リカ、すごい)
ショルダーバッグから顔を覗かせたモンタが、喜んで鳴き声を上げた。
リカルドはいつの間にか張り詰めていた緊張を解すために深呼吸をした。魔力察知で周囲を確認すると他に魔獣は居ないようだ。
その頃になって馬車よりも遠くに逃げていた魔獣ハンターが戻ってきた。
「凄いな。斑大猪を一人で倒したのか?」
馬車に乗っていた乗客も降りてきて倒れている斑大猪を見物する。
青い顔をしていた姉妹も斑大猪の傍で。
「大きな魔獣……お兄ちゃんの魔術、すごかったね」
「うん、すごかった」
魔獣ハンターの二人にも手伝ってもらい斑大猪を解体する。触媒となる牙と換金できる毛皮はリカルドが頂き、肉は皆で分けた。全部は運べないので各人が好きなだけ切り取って夕食にでもしようという話になったのだ。
馬車が走り出し、その日の夕方にヨグル領の領都ヤロへ到着した。
他の乗客と別れ、リカルドは斑大猪の毛皮と牙を担いで革細工の店を探した。そこで毛皮を売り金貨二枚ほどを得た。
牙は背負袋に入れる振りをして収納結晶に仕舞った。
それから宿を探し『旅の宿ブラン』という宿を見付けて泊まった。木造三階建ての宿で、サウナ付きという言葉に惹かれて決めた。
「四泊でお願いします」
宿代は一泊穴銀貨三枚だった。
三階の奥の部屋に案内され、荷物を置いたリカルドは、サウナに入り温まっては水を被り、汗と埃を落としてスッキリする。
部屋に戻ったリカルドは、収納結晶に仕舞っていた魔成ロッドを取り出す。この魔成ロッドは妖樹ダミルの枝から作製したもので三本ある。
その三本を見て、ダミルを倒した日の翌日に作製した時のことを思い出した。
二本の枝は長さがあり、四本のロッドが加工できた。
プローブ瞑想を行いながら、源泉門から六歩の所まで意識を近付け、そこから得られる力を魔力に変換して、一本目の魔力コーティングを試してみたのだが、失敗した。
前回妖樹トリルの素材を使って源泉門から六歩の距離で魔力コーティングをした時は表面がひび割れ失敗した。今回は妖樹ダミルの素材だから耐えられると考えた。
確かに素材は魔力に耐えたが、集中力が途中で途切れ失敗した。
だが、二本目以降は成功し三本の魔成ロッドが完成した。今までの魔成ロッドより複雑で大きな雪華紋が浮き出ている。
綺麗に揃った雪華紋は美しかった。
もう一つ違う点があった。ロッドの底に押された焼印である。円の中に『マ』の文字を入れたもので、落款の代わりになるものだった。
ベルナルドからのアドバイスによると、一流の魔導職人は焼印を入れるのが普通らしい。
自分が一流だとは思っていないリカルドだったが、ベルナルドが焼印は必要だと言うので鍛冶屋に作ってもらったのだ。
素材と込められた魔力量で言えば三級の魔成ロッドとなるが、ユナボルタなので価値は五倍から一〇倍となる。
「この中の二本をベルナルドさんに渡せばいいか……ん……でも、ボニペルティ侯爵は妖樹トリルの枝から作った魔成ロッドと同じものを求めているのだから、こいつじゃ駄目なのか」
リカルドは不安になった。何か理由があって前の魔成ロッドを求めているのなら、幾ら品質が上だと言っても、この魔成ロッドでは駄目だということになる。
「どうするか……トリルを狩って前と同じものを作るか。そうしよう」
リカルドは、明日狩りに行こうと決めた。
翌朝、太陽が昇るのと同時に起きたリカルドは支度をして街へ出た。
領都ヤロは王都とは全く違っていた。高い街壁に守られた街の中は武器を持つ魔獣ハンターが目に付き、武器屋や防具屋などの店が多かった。
リカルドは触媒屋を探して街の中心へ進み、マルタ婆さんの店に雰囲気が似た触媒屋を見付けて中に入った。
「いらっしゃいませ」
店番をしていたのは、二〇代後半の綺麗な女性だった。
カウンターの後ろで椅子に座っている彼女に近付き、斑大猪の牙を取り出してカウンターに置いた。
「触媒にしてください」
「まあ、斑大猪の牙じゃないの。まさか、あなたが仕留めたの?」
「ええ、馬車を襲ってきたので魔術で倒しました」
「へえ、若いのに凄いのね」
そう言うと牙を持って奥へ行き粉砕する作業を始めた。暫らくして戻ってきた彼女の手には袋に入った触媒があった。触媒を受け取り手間賃を払う。
「済みません、教えてほしいことがあるのですが」
「何?」
「この辺で妖樹トリルが居る場所はどこですか?」
「そうねぇ……魔境近くの山の麓に居ると思うけど、確実なのは第二魔境門近くの魔境の中ね」
「魔境ですか。危険なのですよね?」
「門の近くは、その辺の山と変わりません。斑大猪を倒すほどの腕があれば大丈夫よ」
「魔境へは誰でも入れるのですか?」
「魔境は初めてなの。あなたの名前は?」
「リカルドです」
「私は触媒屋の主でソニアよ。……おっと、魔境の話だったわね。魔境には銀貨一枚を払えば誰でも入れるわ」
「ありがとうございます」
「魔境に行くなら、防具を見直した方がいいわよ」
リカルドは自分の身なりを確認した。厚手のシャツとズボンにダッフルコートを着た姿である。狩り向きの格好とは言えないが、妖樹トリル程度だったら問題なさそうに思える。
「門の近くとは言え魔境だからね。魔術士なら戦闘ローブぐらいは用意した方がいいわよ」
ソニアの話では、魔術士の魔獣ハンターは魔獣の革で作られた戦闘ローブというのを身に着けるそうだ。元々は宮廷魔術士が戦闘の際に身に着けるものだが、防御力が高いので魔獣ハンターが真似を始めたらしい。
触媒を入れる木筒を買って外に出た。
ソニアに紹介された防具屋に行くと鎧や盾などが並んでいる奥にローブのコーナーがあった。どれも革製で足元には大きなスリットが入っており動きやすそうなデザインをしている。
「ソニアさんの紹介で来たのですが、戦闘ローブを見せてください」
防具屋の主人はティベリオという名の初老の男性だった。
「小さな魔術士がお客さんとは珍しい。ここには牙猪や斑大猪、双角鎧熊の革なんかで作った戦闘ローブがあるがどうする?」
「牙猪革の戦闘ローブにします」
一番安い牙猪革製戦闘ローブを選んだ。成長すれば着れなくなるのだ。それに魔境の奥ではなく門近くならば牙猪革製で十分だろう。
仕立てに一日掛かると言うので手付けを払って店を出た。
この街を一日見物して時間を潰してから宿に戻った。部屋に上がると袋に入った【地】の触媒を木筒に詰める作業をした。買ってきた木筒は、斑大猪の牙から作った触媒を詰めると初級上位と中級下位の魔術触媒となる大きさの木筒だ。【飛槍】や【爆散槍】【泥縛】用である。
明日の狩りの準備が整い寝た。
翌朝、防具屋に寄って戦闘ローブを受け取った。代金は手付も含めると金貨一枚ほどになった。
コートを脱いで着てみると着心地はいい。動きを邪魔せず、防御力もある程度はありそうだ。
第二魔境門まで馬車で行くと一時間ほどだった。
魔境の防壁は高さ七メートル・厚みが二メートルほどの頑丈なものだった。門には門番が四人居た。
門には高さ三メートルは有る大きな鋼鉄製の扉が設けられていて、斑大猪でも跳ね返りそうなほど頑丈そうだった。
門番が近付いてくるリカルドを見て。
「おい、ここから先は魔境だぞ。分かっているんだろうな」
小さなリカルドが魔境門に近付くのを見て、警告してくれたようだ。
「分かっています。門の近くで狩りをするだけですから」
リカルドは銀貨一枚を払って中に入った。
門の内側に入るとムッとするような濃い緑の臭いがした。
第二魔境門から広がる魔境は、妖樹や鳥系の魔獣が多い場所らしい。
門から少し歩いた場所に木々の生えていない荒れ地があった。何か巨大な生物が暴れたような感じで、地面が抉られている。
リカルドは暴れた化物を想像し身震いした。
魔境の様子が気になったのか、ショルダーバッグからモンタが出てきて、肩の上に登る。
「キュキ、キュエキュ」(変なにおい、ここどこ?)
「ここは魔境だよ。何か美味しい木の実が見つかったらいいね」
「キュエ、キュキュ」(ほんと、モンタもさがす)
荒れ地に奇妙なものがあるのに気付いた。カボチャの上にカエデの盆栽が載っているようなもので、七つほど荒れ地に並んで置かれていた。
その中の一つが小さな実を着けていた。クヌギの実のような丸っこい実で大きさは二センチほどだろうか。
「キュキュ」(見つけた)
モンタが肩から地面に飛び降り、実が生っている盆栽に飛び付いた。その瞬間、モンタを載せたままカボチャ盆栽が走り出した。
「何だ!」
リカルドは驚き、後を追って走り出す。見ると全てのカボチャ盆栽が走り出している。
こいつらは妖樹だったらしい。よく見るとカボチャの底の方から根が伸びており、その根が地面を蹴って走っている。
「待てぇ」
トテトテと走るカボチャ盆栽は、一斉に岩山の方へと向かう。
それを追ってリカルドも走る。モンタを載せているカボチャ盆栽が遅れ始めた。リカルドが追い付き捕まえる。カボチャ盆栽の幹の部分を握って持ち上げると根っこをバタバタさせ藻掻くが、逃げられないと悟ると力を抜いて死んだふりを始めた。
モンタは驚かせたカボチャ盆栽に怒っていた。その怒りをカボチャ盆栽にぶつけるように、リカルドの腕に掴まりながら足で何度もカボチャ部分を蹴る。
「キュカ、キュケ」(ばか、きらい)
リカルドは笑いながらモンタをショルダーバッグに戻した。
リカルドは記憶を探り、カボチャ盆栽の正体を突き止めた。これは妖樹クミリと呼ばれる最小の妖樹である。
大した攻撃能力はないのだが、繁殖力が旺盛で瞬く間に増え広がるので嫌われている。
リカルドは妖樹クミリの実を採取して背負袋に入れた。その実をモンタに与えることはしなかった。妖樹の実と判ったので、毒が有る可能性を考えたのだ。
死んだふりを続けている妖樹クミリを見ている時、後ろでガサッと音がした。振り返ると三体の妖樹トリルが傍まで来ていた。
妖樹クミリをトリルに向かって投げた。トリルの頭上でひらひらと動いていた閃鞭がクミリを切り裂いた。幹が真っ二つとなり盆栽部分とカボチャ部分が切り離されてしまった。
リカルドは飛び退いて距離を取り、魔成ロッドを引き抜いた。急いで【飛槍】を発動した。先頭のトリルの樹肝瘤に命中し、幹を貫いた。
妖樹ダミル製魔成ロッドを使ったので威力が上がったようだ。
リカルドにとって妖樹トリルは手慣れた相手である。程なく残り二体のトリルも撃破した。
「ふうっ、終わった」
妖樹クミリを見るとカボチャだけになった姿でトテトテと逃げ出している。リカルドは再度捕まえた。
また死んだふりをする妖樹クミリを観察する。カボチャ部分の内部に樹肝油が入っているようで、この部分を切り刻まないと死なないらしい。
背負袋から紐を取り出し、縛って近くの樹に結んだ。
仕留めた妖樹トリルの枝を回収し、幹の部分をどうするか悩んだが持って帰れそうにないので諦めた。
トリルの枝六本が手に入ったので、これで魔成ロッドを作製すれば依頼達成である。
妖樹クミリの方を見ると逃げ出そうとして紐で縛られているのが判りジタバタしている。盆栽の方を探すと妖樹トリルに踏まれボロボロになっていた。
その時、脳裏に閃きが走った。周囲を見渡し使えそうな樹木がないか探す。オリーブに似た実を着けるサザミの樹を見付けた。その枝を切り取ると妖樹クミリの所まで来て、妖樹を掴み上げる。
また死んだふりを始めたので、妖樹の盆栽部分の切り口をV字に切り、サザミの枝の切り口をV字に丁度合うように削って接ぎ木し、細長い包帯状の布で縛って固定した。
【命】の触媒を取り出し、【生命融合】の魔術を発動した。この魔術は賢者マヌエルの魔術大系に記載されている魔術だが、何に使う魔術なのかが書かれておらず、使われなくなった魔術だった。
「グロリー・ファビニス・ジェケミス」
成功した。妖樹と普通の木が一つになったのだ。
接ぎ木の技術は、近い分類の植物同士を繋げる技術なので、分類上全く異なる妖樹とサザミの樹で接ぎ木が成功するはずがないのだが、魔術を使うことにより成功した。
生命力の強い妖樹を台木とした接ぎ木は、使いようによっては非常に有用な技術となるかもしれないとリカルドはワクワクした気分になった。
2017/3/26 誤字修正




