scene:24 ヨグル領へ
街に入ったリカルド達は妖樹の素材を持ってベルナルドの店『ベルミラン商会』に向かった。
タニアには妖樹ダミルの素材買い取りを打診するために、先に店の方へ行ってもらう。
今なら【火】の触媒が値上がりしているので、妖樹の素材なら問題なく売れるだろう。
タニアが戻ってきた。
「ベルナルドさんが、倉庫の有る裏門から運び込んでくれと言っていたわ」
ベルミラン商会の裏門から入り、倉庫の方へ向かう。倉庫ではベルナルドと初老の男が待っていた。
「今日は妖樹ダミルを仕留められたそうですな」
「ええ、王都近くには居ないと聞いていたのですが、どこからか迷い込んだようです」
ベルナルドは頷き。
「ああ、それならばクレム川の上流に有るベルーカ山脈に棲息する妖樹が川に流されてきたのでしょう。毎年、数体は見つかるのです」
「やっぱり、そうなんですか」
リカルドの予想は当たっていたようだ。
リカルドとパトリックは妖樹の幹を初老の男に渡した。
「紹介しておきましょう。この男はガスパロと言って、この倉庫の主みたいな男です。次からガスパロに触媒となる素材を渡してもらえれば、相場の価格で買い取ります」
ベルナルドはガスパロを紹介し、魔獣ハンターなどが触媒の素材を売る時のルールを教えてくれた。
リカルドたちは魔獣ハンターではなかったが、同じようにすれば換金できるようだ。
ガスパロは妖樹の素材を受け取ると部下らしい数人の男に手伝わせて重量を量り金額を計算した。
「金貨五枚と銀貨九枚になります」
リカルドは金貨二枚ずつをタニアとパトリックに渡し、自分は残りの金と妖樹の枝、閃鞭を受け取った。
「王都でも魔成ロッド作りを続けているのかね。もしかしてマトウ殿も王都へ?」
ベルナルドの質問にリカルドは。
「いえ、マトウ師匠はヨグル領へ行かれるそうです。でも偶には王都へ訪ねてくると言っていました」
王都ではなくヨグル領と言ったのは、王都に居ると言えば会わせてくれとベルナルドが頼みそうだったからだ。
「おお、それはいい。マトウ殿が作品を持ってこられたら、私が買い取りますから宜しく言っておいてください」
ヨグル領の領都ヤロは王都から馬車で一日ほどの距離である。
リカルドは妖樹の枝と閃鞭をキャリーカートに縛り付け、ベルミラン商会を後にした。
途中、タニアが妖樹の枝と閃鞭を見て尋ねる。
「その妖樹の枝はロッドにするの?」
「そうする予定です」
「何故、枝だけなの。それに閃鞭はどうするの?」
魔成ロッド作りを始めて、試しに妖樹の幹からロッドを削り出し魔力コーティングし魔成ロッドを作製したことがあった。だが、それは失敗作だった。魔成ロッドは生木を加工するので、完成してから水分が抜け始める。そうなると曲がったりヒビが入ったりするのだ。
乾燥しても曲がらずヒビも入らないのは枝の部分だけのようだ。
そのことを説明するとタニアは納得した。
「閃鞭は?」
「ああ、閃鞭は魔力コーティングの練習に使います。限界まで魔力を消費してから回復すると魔力量も増えますから一石二鳥です」
「へえ、魔力コーティングの練習に使っているんだ。魔力コーティングが済んだ閃鞭は何かに使えるの?」
タニアの質問にリカルドはハッとした。
魔力コーティングした閃鞭を何かに使うなど考えてもいなかったからだ。今度研究してみよう。
パトリックが金貨二枚を握り締め複雑な表情をしている。
「リカルドがダミルを仕留めたんやのに、ワイとタニアさんが金貨二枚も貰って良かったんか?」
「こういう狩りの時は、仕留めたのが誰かというのは関係なしに平等に成果を分けるものです。でないと索敵や防御の人が損をしますからね」
タニアが聞いていて感心する。
「そうなんだ」
但し、それには前提がある。技量のレベルが同じ程度の者がパーティを組んだ場合である。明らかにレベルが違う者がパーティにいる場合は、報酬の比率を変える場合もある。
魔術士協会へ戻る途中、肉屋に寄って売っている肉の種類を調べた。
肉屋では、水牛・地走り鳥・頭突きウサギなどが売られていた。
リカルドは店の奥で肉を切っている店主に話し掛けた。
「おじさん、肉を売って残った骨とかはどうしてるのですか?」
三〇代のオヤジが店先から顔を覗かせ、話し掛けたリカルドを見る。
「ん……なんだと。骨なら捨てるに決まってるだろ」
「だったら、少し分けてもらえませんか」
店主がリカルドを値踏みするように見る。
「何も買わねえのか?」
やはり、金を払わない客は歓迎されないようだ。
「ああっと、水牛のすじ肉を穴銀貨一枚分下さい」
最も安いすじ肉を買う代わりに、地走り鳥の骨と水牛の骨を貰った。
「なあ、骨なんかどうするんだ?」
店主が不思議そうに訊く。
「料理に使います」
「ええっ、骨を食うのかよ」
驚かれてしまった。後ろを見るとパトリックとタニアも驚いた顔をしている。
次に金物屋に行き寸胴鍋を買う。従業員宿舎には底の浅い鍋しかなかったからだ。
「ねえ、小僕の所は食事が出ないの?」
タニアが心配そうに尋ねる。
「いえ、出ますけど。小僕たちが作るので美味しくないのですよ。タニアさんたちは食事はどうしているのですか?」
「魔術士協会に住んでいる者は、普通、食堂で食べるわよ。有料だけどね」
ここで仕事をしている魔術士の半分は宿舎で寝泊まりしており、その者たちは宿舎の一階に在る食堂で食事をしているらしい。安いがきちんと料金を取るようだ。
「知らなかった」
小僕たちは何故食堂を利用しないのかと思ったが、彼らの給金では無理なのだと気付いた。
「なあ、ほんまに骨を食うんきゃ?」
パトリックが尋ねた。タニアさんも興味がありそうな顔をしている。
「骨をしっかり焼いてポリポリと食べれば、凄く美味しいのですよ」
リカルドが真面目な顔で言うとパトリックとタニアがまさかという顔をする。
「冗談です」
タニアが唖然とした顔をしてから。
「真面目な顔で冗談言わないでよ。本気にしたじゃない」
「ほんまやで、冗談言う時はニヤッとでも笑って言うてくれ」
タニアとパトリックに怒られてしまった。
その声が聞こえたのか。バッグからモンタが顔を出し、くりくりした目で、不思議そうにタニアとパトリックの顔を見て。
「キュカ、キュキュ」(リカ、どうしたの?)
と心配そうに尋ねる。
「何でもないよ。寒くないかい」
「キュア」(大丈夫)
タニアが溜息を吐いた。
「可愛いわね。私もモンタみたいな賢獣が欲しい」
「欲しいと言われても、モンタはあげませんよ」
「判っているわよ。でも、気を付けなさい。賢獣だと判ったら狙われるわよ」
リカルドは賢獣という存在について深く考えていなかった。モンタに知らない人が居る場所では念話を使わないよう注意した方がいいかもしれない。
「ほんまのところ、骨なんか何に使うんだがね?」
「出汁を取るのに使います。中々美味いですよ」
「へえー」
自分が美味しいものを食べたいと思ったから始めたことだった。アレッサンドロの屋敷では不満も言わず、オルタさんが用意した料理を食べていたのに、何でだろうと考えた。
シドニーたちの料理が酷かったのも一因だが、アレッサンドロの屋敷から解放され、自由を感じ始めたからではないかと気付いた。
それからも狩りの獲物や街で安い食材を買ってきて料理をするようになった。
と言っても、骨から取った出汁を元にしたスープや簡単な炒め物なので特別に美味い料理ではない。
リカルドは調味料に拘ったので一般家庭のものよりは少し美味しいという程度の料理である。
その程度の料理でも、小僕たちは喜んでくれた。それはいいのだが、魔術士協会から配給される黒パンだけは不満が残った。
リカルドが魔術士協会で暮らし始めて一ヶ月ほど経過した頃、珍しくベルナルドが訪ねてきた。
従業員宿舎のダイニングルームに案内し、買ってきた紅茶を淹れて出した。
安物の紅茶だが、それ以上のものはここにはなかった。
「ああ、済まないね」
「突然なので驚きました」
テーブルを挟んで椅子に座ったベルナルドは事情を話し始めた。
「実は困ったことが起きてね。リカルド君に相談に来たのだよ」
「何でしょう」
「マトウ殿が作った魔成ロッドが至急必要になったのだ」
ベルナルドの話では、一〇日後に王家の双子の王子たちが誕生日を迎えるそうである。
貴族達はこぞって祝いの品を用意するために駆けずり回っているらしい。
その中でボニペルティ侯爵の執事が、ユナボルタの魔成ロッドが欲しいと言ってきたのだ。前回リカルドが売った魔成ロッドを見た侯爵が、これが良いと言い出したらしい。
「そこで、私の店に注文に来られたのだ」
王都にユナボルタの魔成ロッドが作れる魔導職人が居ないわけではない。だが、それらの職人は他の貴族に押さえられ、別の魔術道具を作成中らしい。
「どうだろう。ユナボルタの魔成ロッドを二本手に入れられないだろうか?」
リカルドは迷ったが、引き受けることにした。ベルナルドとは良好な関係を続けたいと思っていたからだ。
「分かりました。用意します」
承知したので、ベルナルドは喜んだ。
「ありがとう。ヨグル領へ行くなら私の使用人に供をさせようか」
その言葉を聞いて、リカルドは思い出した。
魔成ロッドを作っているのは、ヨグル領に居るはずの魔導職人マトウだと言ってあったことを。
今更、それは嘘で自分が作っているとは言えず。
「いえ、結構です。マトウ師匠は人見知りする方なので自分一人の方がいいでしょう」
「そうなのですか。分かりました。これは路銀と手付です」
ベルナルドは金貨十二枚をリカルドに渡した。
手付が金貨十枚で、路銀が金貨二枚なのだろう。
「試験勉強をしているリカルド君には済まないと思うのだが、恩のある方からの依頼なので役に立ちたいのですよ」
ベルナルドが感謝の言葉をリカルドに伝えた。
思いがけず、ヨグル領へ行くことになった。実際に行く必要はないのだが、ヨグル領の様子とか聞かれたら困るので一応行く方がいいだろう。前から魔境門の存在するヨグル領へは行ってみたいと思っていたので丁度いい。
翌日、理事のイサルコに断りを入れヨグル領へ行く了解を取った。タニアからリカルドの実力を聞いているからなのか一人旅だと聞いても問題にしなかった。
その後、タニアとパトリックにも留守にするので、その間狩りは中止だと伝えた。
その日の午後から、一人でクレム川の上流へ向かい頭突きウサギを三羽狩り持ち帰った。
留守の間、小僕たちの食材に使ってもらおうと思ったのだ。
最近ではリカルドが居なくとも、教えられた肉野菜スープや肉野菜炒め、野菜の煮物などをシドニーたちだけで作れるようになっていた。
次の日、乗合馬車でヨグル領へ向かった。
二頭引きの馬車で乗客は魔獣ハンターらしい男が二人、姉妹二人と両親の家族、それに数人の商人だった。
「小僧、一人旅か?」
魔獣ハンターらしい二〇代の男がリカルドに話し掛けてきた。革鎧を身に纏い、鞘に入ったロングソードを手に持っている。
「はい、そうです」
「その格好からすると見習い魔術士だろ。師匠の使いか?」
「まあ、そんなものです」
触媒ポーチと背中のロッドを見て、見習い魔術士だと推理したようだ。
それを聞いた姉妹の姉の方が声を上げた。八歳くらいの少女である。
「魔術士さんなら、魔獣が出ても大丈夫だね」
少女の両親が笑いながら。
「そうだね。でも、この馬車は街道沿いしか走らないから魔獣は出ないんだよ」
「ええっ、出ないの?」
魔獣ハンターの男が笑い。
「鬼面ネズミや頭突きウサギなら出るかもしれんぞ」
「やっぱり出るんだ」
話し声に誘われてモンタがバッグから顔を出す。
「アッ、リスちゃんだ」
姉妹の妹の方が目をキラキラさせてモンタを見ている。外見がリスに似ているからだろうか姉妹はリスだと勘違いしたようだ。
「それ、お兄ちゃんが飼ってるの?」
「そうだよ。モンタっていうんだ」
リカルドがバッグからモンタを出し、優しく撫でるとモンタが気持ち良さそうに目を細めリラックスする。
「可愛いな」
姉妹二人して楽しそうにモンタを眺め始めた。
他愛のない話をしながら馬車は進み、クレム川に掛かったルイズ大橋を渡り、ヨグル領に入って一時間ほどした頃、休憩を取るために小川の近くで馬車が止まった。
馬車から降り背伸びをする。馬車の中でジッとしていたからか身体を動かすと気持ちいい。
御者は馬に水を与え世話を始めた。
乗客は思い思いの場所で用意して来た昼飯を食べ始めた。
リカルドも背負袋からパン屋で買ったフランスパンのようなパンを取り出し、適当な大きさに切って口に入れる。こうばしい香りが広がり、パンを噛み締めると素朴な小麦の味がする。
なんて……食通ぶるのは止めて、陶器の小瓶に入った蜂蜜バターを出してパンに塗り食べる。
一口食べて蜂蜜の甘さにホッとする。
この蜂蜜バターは肉屋でバターが売っているのを見付け、買ったバターと蜂蜜、少量の塩を加えて作り上げたものだ。
意外な事に水牛の乳から作られたバターは安かった。あまり牛乳を飲む習慣のない国なので、水牛の乳が余りバターを作り始めたようなのだ。余り物で作ったものなのでバターは安い。
ふと視線を感じて横を見ると先程の少女がリカルドの手元にある蜂蜜バターを塗ったパンを見ている。
彼女の手にもパンが有るが、ただのパンである。
「お兄ちゃん、パンに塗ったのは何?」
「これは蜂蜜バターというものです。試しにパンに塗って食べてみる?」
「うん」
少女がパンを差し出した。
両親が慌てて。
「これ、止めなさい」
リカルドは笑いながら。
「いいんですよ。たくさんありますから」
リカルドが蜂蜜バターをパンに塗ると少女がパンを口に入れた。少女の顔がパアッと明るくなる。
「これ、美味しい」
その様子をジッと見ていた妹が、姉のスカートを引っ張る。
「お姉ちゃん」
「はいはい、お口を開けて」
妹が小さな口を開けると姉がパンを千切って入れた。
「あま~い」
幼い声が聞こえてきた。
モンタが尻尾でリカルドの腕を叩いた。視線を向けると口を開けている。その可愛い姿に笑いながら、蜂蜜バターを塗ったパンを小さく千切って口に入れる。
モンタは嬉しそうに食べ始めた。
その家族に蜂蜜バターを少し分けてあげ、知り合ったばかりの家族と一緒に食事を済ませる。両親からはとても感謝された。
その様子を商人たちが興味深そうに見ているのに気付いていたが、あえて無視した。
皆が食事を終え、馬車に乗り込もうとした時、魔力察知に反応があった。頭突きウサギかと思ったが反応が強い。リカルドは反応のあった北の方向を見ながら魔成ロッドを取り出した。
2017/3/18 誤字修正
2017/4/6 脱字修正




