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scene:23 小僕達の勉強会

 従業員宿舎に戻ったリカルドは、ウサギの骨が入った鍋に水を入れ火に掛けた。

 このまま煮続ければ、シドニーたちが戻ってくる頃にはいい出汁が出ているだろう。

 買ってきた食材、胡椒、植物油、蜂蜜、ニンニクを出して炊事場のテーブルの上に並べた。


 樹液ランプは暖炉のあるダイニングルームに置いた。樹液ランプから陽光を蓄積する『樹液玉』を取り出し観察してみる。あまり光は蓄積していそうにない。

 魔光灯を取り出しスイッチを入れ、その光の下に樹液玉を置いた。

 リカルドが選んだ小さな魔光灯は、燭台の上に魔術回路と魔力蓄積結晶、それにスイッチを取り付けたシンプルな形のものである。魔術回路の向きが調節できるように工夫されていて、スイッチを入れると魔術回路から一メートルほど離れた空中に光の玉が出現するようになっていた。


 時々、火に掛けている鍋の様子を見ながら、ダイニングルームで勉強をした。

 夕方になり小僕たちが帰ってきた。

「うわっ、明るい」

「魔光灯じゃないか。どうしたんだ?」

 シドニーの質問に、リカルドが。

「勉強に必要なので買ってきた」

 小僕たちが目を見張って驚いた。

「凄い、リカルドは金持ちなんだ」

 驚くのも無理はなかった。シドニーたちは魔術士協会が休みとなる『闇の日』以外は毎日働いても、貰えるのは週に穴銀貨一枚である。

 ちなみに一ヶ月は三〇日で、一週間は六日『火の日』『風の日』『水の日』『地の日』『光の日』『闇の日』の順で曜日みたいな日が巡ってくる。そして、『闇の日』が休息日となる。

 アレッサンドロの屋敷に居た時は、あまり関係なかったので意識しなかったが、魔術士協会では重要らしい。


「もしかして、リカルド様は貴族の子弟なの?」

 シドニーが恐る恐る聞いた。

「貴族じゃないから『様』は要りません。金を持っているのは、辺境に居た時に魔獣を狩って貯めていたからですよ」

 妖樹トリルを狩り、その素材で魔成ロッドを作って売ったからだが、途中を省略しているだけで嘘ではない。


 感嘆と驚きの声がシドニーたちの間から上がった。

「でも、魔光灯やお金のことは内緒にしといてください」

 ロブソンが納得できないという顔をして。

「何で?」

 シドニーが『判ってないな』という顔をして。

「魔光灯や金を持っていると知られたら、狙われるかもしれないだろ」

「そうか」

 王都は比較的治安がいいのだが、スリや置き引き、泥棒が存在する。それも少ない数ではなかった。ロブソンたちも魔術士協会に拾われなければ、路上で生活しスリをやっていたかもしれない。


 シドニーが溜息を吐いて。

「正直、羨ましいぜ」

 リカルドはシドニーに言われて考え込んだ。自分の境遇が羨ましがられるとは思っていなかったのだ。そして、シドニーたちの将来を考えた。

「シドニーは、この先はどうするのです?」

 シドニーが肩を落とし。

「どうしたらいいんだろう。一応読み書きはできるから、どこかの店に店員として雇ってくれないか頼むか。それとも職人に頼んで弟子にしてもらうか……」


「皆は魔術士になろうとか思わないのですか?」

 魔術士協会で働いている子供達が魔術士になろうと思わないのは何故だろうと考え訊いてみた。

 ロブソンが肩を落として否定した。

「無理だよ。魔術士になるには専門の学校に通うか魔術士の弟子になるかしなきゃ駄目なんだ」

 ここの魔術士はロブソンたちを弟子にはしないらしい。

「それに魔術を習うには、高い触媒が必要なんだろ」

 週に穴銀貨一枚しか貰えない小僕には練習用の触媒さえ買えなかった。


 ロブソンたちが暗い顔をしてうつむいているのを見ていると何だか堪らない気持ちになった。

「触媒は何とかなりますよ。魔術士になる勉強のやり方を教えましょうか」

「本当に!」

 ロブソンの顔がパッと明るくなった。

 その顔を見ると心が震えた。心の底から嬉しさが込み上げてくる。日本で生きていた時、教師という職業を選んだのは、こういう顔を見たかったからなのだと気付いた。


 その日から、ロブソンたちが食事を終えた後、勉強を教えることになった。

 もちろん、希望者だけである。年長のシドニー、八歳のロブソン、無口で一〇歳のニコラ、体格が良く力持ちで十二歳のドメニコ、この四人が勉強を教えて欲しいと言う。

 他の皆は魔術士になる勉強なんか役に立つのか疑っている。どんなに頑張っても魔術士にはなれないんじゃないかという不安があるようだ。


 勉強はともかく、まずは晩飯である。料理当番はドメニコたちだった。

 リカルドが野菜の切り方から教えるのは三度目である。あまり効率が良くないので、皆を集めて一緒に料理の基本を教えることにした。

「皆、炊事場に集まってください」

 そこで野菜の切り方やアク取り、調味料の使い方などを教えた。

「今日は、ウサギの骨から取った出汁を使って、スープを作ります」

 毎日スープというのも飽きそうなのだが、堅い黒パンはスープがないと食べられない。


 ウサギの骨からどうやって出汁を取ったか説明してから、出汁を半分だけ別の大鍋に入れ火に掛ける。

 そこに切った野菜を入れてから柔らかくなるまで煮た。

 味見をしてみるとウサギの骨から出た旨味がスープに溶け込んでいて美味い。ただ少し塩が足りないようだ。ドメニコたちにも味見をさせると。

「美味しい」

 本当に嬉しそうな顔になる。

「少し塩が足りないと思わない?」

「十分美味しいけど、言われてみるとそうかも」

 少量ずつ味見をしながら塩を足す。

「これくらいかな」

 もう一度、ドメニコ達に味見をさせた。

「アッ、本当だ。もっと美味しくなった」

 その日の夕食も賑やかなものとなった。ウサギの骨から出汁を取った野菜スープは、小僕たちの舌を満足させたようだ。


 食事が終わって少し経ってから、勉強会を始めた。

 四人には読み書きを習った時に使った筆記用具を持ってきてもらい、ノート代わりの紙はリカルドが用意した。

 ダイニングルームのテーブルに魔光灯を載せ、その周りに座った四人に初めての授業を行う。

 その日は、魔術の教本『魔術の基本概念』に書かれていた内容を説明し、魔力制御の初歩を教えた。

 休憩を挟みながら二時間ほど勉強すると四人の集中力が切れてきたので打ち切る。

「どうだい、魔術の基本が分かった?」

 四人は不安そうな顔をしながら頷いた。魔力制御の基本を習ったばかりなので魔力を感じ取れるまで至っていない。魔力が感じられるようになれば、魔術の基本も納得できるようになるだろう。


「パトリックに聞いたのだけど、魔力が感じられるようになるには時間が掛かります。早い者で一ヶ月、遅い者だと三ヶ月も掛かるものなんです」

 自分の時は一〇日ほどだったが、あまり参考にならないと考えていた。自分の存在が普通ではないからだ。

 一応、シドニーたちには心臓から魔力を導くという『コツ』をちょっと変更して教えた。

 魔力が大気中を漂い、呼吸することで体内に蓄積されるのなら、心臓より肺に蓄積されるのではないかと考え、肺から魔力が流れ出すようにイメージを変えると、心臓の時より魔力がスムーズに流れるのに気付いたのだ。


 心臓ではなく肺に魔力が蓄積されるという新発見は大きな発見で、後日タニアに指摘されるまで、その発見だけで魔術論文が書けるとは気付かなかった。

 リカルド自身は、自分がしっかりしていると思っていても、どこかぽやぽやしている所があるようだ。


 四人で始めた勉強会だったが、最初にロブソンが魔力の制御に成功し、最後にシドニーが魔力を感じた頃には、参加者が増え始めた。

 特にロブソンが【火】の魔術である【着火】に成功した後には、全員が参加するようになった。

 小僕の全員が、魔術士に憧れていたようだ。


 ちなみにモンタも勉強会に参加しており、ロブソンより早く魔力の制御に成功している。ただ言葉が上手く喋れないので、魔術には成功していない。


 モンタが二本足で立ち、右前足から魔力を放出しながら、リカルドに眼で合図する。触媒を撒けという合図である。リカルドが触媒を撒くと魔力の渦に触媒が吸い込まれ赤く輝き始める。


『キュキャ・キョキョキュ』(ファナ《火よ》・コロル(燃えろ)


 モンタの前足の先にチラリと炎が生まれるが、すぐに消える。

 魔術に失敗したモンタが、不満そうにリカルドの顔を見る。

「上手く言葉が喋れるようになってからだよ。魔術を習うには早過ぎたんだ」

『キュキョキュ』(やだ、魔術上手くなる)

 とモンタが駄々をこねるのだが、それはもう少し先の話である。


 話は戻り、雪が止んだ翌朝。

 タニアとパトリックと一緒に狩りに出掛けた。

 地面は濡れていても雪は積もってはいない。空は雲一つなく久しぶりの気持ちいい朝だった。

 今日はキャリーカートを背負ってきている。リカルドたちはクレム川の上流に行くと鬼面ネズミを探し始めた。

「タニアさんには、今日から魔成ロッドを使ってもらおうと思う」

 パトリックが同意した。

「そうやな、小物相手に触媒を使うのは勿体無いがね」

「でも、折ったりするかもしれないわよ」

「鬼面ネズミや頭突きウサギが相手なら大丈夫ですよ。一応妖樹の枝ですから」

 リカルドは魔成ロッドの使い方を説明した。

 そして、丸盾バックラーもタニアに渡す。防具が一つもないのは拙いと感じたのだ。鬼面ネズミや頭突きウサギの攻撃なら、これで防げる。


 試しに鬼面ネズミと戦わせるとなんとか丸盾バックラーで鬼面ネズミの体当たりを防ぎながら一匹を倒した。

「ハアハアハア……一匹倒しただけなのに、こんなに疲れるなんて……魔術を使った方が楽」

「そやけど、触媒もタダやないがね。鬼面ネズミを倒すのに触媒使ってたら破産だがや」

「でも、鬼面ネズミの歯も触媒になるんでしょ」

 リカルドは頷いた。

「でも、その歯を砕いて粉末にするには費用が掛かるんですよ」

 タニアが残念そうに顔を歪めた。

「そうよね。頑張って魔成ロッドを使いこなせるようにする」


 その後、五匹ほど鬼面ネズミを倒した時、リカルドの魔力察知が大物の魔力を感じた。

「ん……この魔力」

 パトリックも感じたらしく驚きの声を上げる。

「おい、この魔力は」

 音を立てないように魔力の元へと進んだ。藪を掻き分け出ようとした時、その妖樹の姿が見えた。


 妖樹エルビルよりは小さいが全長三メートルほどで、幹の太さは直径二十五センチほどだろうか。

 うねうねと動く根っこは蛸の足を連想させ、頭部のアフロヘアーのような小さな枝葉は鮮やかな緑色で、その中から二本の閃鞭せんべんと呼ばれるリボン状の蔦が伸びていた。

 妖樹トリルも一本の閃鞭を持っているが、こいつは二本である。しかもトリルの閃鞭より二倍以上長く二メートル半はある。

 幹の両側から伸びている枝もトリルの倍はありそうだった。


「こいつは妖樹ダミルです」

 本から得た知識を披露するとパトリックが『へえ』と感心する。

 妖樹ダミルの根っこの方を見ると大角鹿が閃鞭により切り刻まれ倒れていた。

 大角鹿は魔獣ではなく普通の動物である。

「王都の近くに、妖樹が現れるのは珍しいがね。どうする?」

「妖樹エルビルよりは格下の魔獣なんですよね。仕留めましょうか」

 王都の近くで妖樹に遭遇するのは珍しい。王領の北部にある山岳地帯に巣食う妖樹がクレム川に落ち流されてきたのかもしれない。


 三人は一撃で仕留めるつもりで魔術を用意した。

 リカルドは【爆散槍】、パトリックは【崩水槍】、タニアは【嵐牙陣】である。

 呼吸を合わせ、一斉に三つの魔術が放たれた。【嵐牙陣】の風の刃は妖樹の幹を傷付けたが、樹肝の瘤には命中せず。【崩水槍】の回転する水刃は枝で迎撃され軌道が逸れた。

 そして、【爆散槍】が樹肝の瘤の真下に命中し爆散して瘤を切り裂いた。瘤から樹肝油が零れ出し妖樹ダミルの動きが緩慢になった。


 数分後、妖樹は地面に倒れ動かなくなる。

「仕留めたみたいね」

 タニアがホッとした様子を見せた。

 リカルドたちはホッとしたのもつかの間、別の問題に直面した。

「こいつをどうやって街まで運ぶんや?」

 リカルドとタニアは頭を捻る。

 妖樹がもう少し小さかったらキャリーカートに載せることも可能だったが、大き過ぎて根っこ部分しかキャリーカートには載せられなかった。

 仕方なく、根っこ部分だけでもキャリーカートに載せて紐で固定し、リカルドとパトリックが幹の部分を持ち、半ば引き摺るようにして帰ることになった。

 邪魔になる枝部分は切り、タニアが運ぶ。

 妖樹が殺した大角鹿も持ち帰りたかったが、これ以上は無理だった。


 三人が王都の北門に到着した時、リカルドとパトリックは息を荒らげ疲れ果てていた。


2017/3/11 修正

2017/4/11 小僕のベニートをニコラに修正

2017/10/14 修正

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