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scene:228 伝説の魔獣 巨蟻ムロフカ

 リカルドたちは、巨蟻ムロフカを追ってロマナス平原を軍用車で東へと向かっていた。巨蟻ムロフカは一直線にシェネル湖へ向かっているようだ。

 前回はシェネル湖のトポシェ島で産卵したらしいので、今回もトポシェ島で産卵するつもりなのかもしれない。リカルドは巨蟻ムロフカを追いながら、魔境のことを考えていた。


 リカルドは異星人からもらったブラックプレートの情報を調べ、惑星自体が異星人の研究施設なのだということを突き止めた。

 地球人と比べても想像を絶する科学力である。異星人は惑星を好きなように造り変える力を持っているのだ。しかし、その目的が分からない。


 強力な生物兵器を開発しているのかと思ったが、魔獣の種類が増えていないようなので違うのではないかと、最近考えるようになった。

「分からないな」

 リカルドが呟くと、隣にいるサムエレ将軍が怪訝そうな顔をする。


「何が分からないのだ?」

「いや、何でもないです。それより住民の避難は上手くいっているようですね」

「ああ、巨蟻ムロフカはロマナス平原を通るのではないかと予想されていたからな。王家の命令を徹底させることができた」


 巨蟻ムロフカによりロマナス平原にある町が一つ壊滅したが、住民は無事だった。避難が間に合ったのだ。

「ちょっとまずいな」

 将軍が巨蟻ムロフカの進路を確認しながら言う。

「どうしたんです?」


「巨蟻ムロフカが、モルドス神国に入りそうなのだ」

 シェネル湖のトポシェ島へ行くには、メルビス公爵領から渡る南側ルートとモルドス神国から渡る北側ルートがある。巨蟻ムロフカはロマナス王国とモルドス神国の国境線へ向かっているようだ。

「問題が増えたようですね。巨蟻ムロフカが国境線へ近付いたら、モルドス神国はどうすると思います?」


「決まっておる。必ず攻撃するだろう」

「モルドス神国に王家から連絡することはできませんか?」

「間に合わん。今日のうちに巨蟻ムロフカが国境線を越えるだろう」

「将軍の名前で、モルドス神国に連絡しては、どうでしょう?」


「ロマナス王家からだったとしても、言うことを聞くか分からんのに、私の言うことなど……」

 リカルドたちが乗る軍用車は、巨蟻ムロフカの後ろ姿を見ながら追っていた。見つからないように距離を取っているので、魔獣から攻撃されることはないだろうが、用心のためにもう少し距離を開けることにした。

 モルドス神国の魔術士による攻撃は大丈夫だろうが、反撃する巨蟻ムロフカの魔法のことを考えたのだ。


 巨蟻ムロフカが国境線を越えようとしていた。再建中だったモルドス神国の砦から、魔術が放たれた。火の玉が巨蟻ムロフカに命中し爆発する。

「車を止めて」

 リカルドは運転手に指示した。軍用車が止まると全員に耳を塞ぐように指示した。


 リカルド自身も両手で耳を塞ぐ。

 その時、巨蟻ムロフカの魔法『魔の滅死響』が始まった。かなりの距離があり両耳を塞いでいるのに、その不快な音が聞こえてきた。

 胸がぞわっとするような不快な音である。


 兵士の一人が車の外に出ようとしたので、将軍が止めた。吐き気がして外で吐こうとしたのだろう。だが、外は危険だった。

 リカルドは耳栓を用意するのだったと後悔する。しばらく耐えていると、不快な音が消えた。その代わりに、巨蟻ムロフカが歩く足音が響いてくる。


 リカルドは外に出て周りを見回す。モルドス神国の砦の周りに、倒れている人の姿が見えた。その数は半端なものではなかった。大勢の人々が砦の修復を行っていたからだ。

「将軍、あれを見てください」

 サムエレ将軍が砦の方へ目を向けた。思わず唸り声を発する。眼や耳、鼻から血を流して倒れている無数の死体を見たのだ。

「酷い、地獄だ。皆、死んでいるではないか」


 リカルドは追跡を諦め、待ち伏せることにした。巨蟻ムロフカがトポシェ島へ向かっているのは確実のようだ。それならば、島が見える場所に先回りして待ち構える方がいい。

「将軍、トポシェ島にやってくる巨蟻ムロフカを、待ち構えて狙える場所を探しましょう」

 シェネル湖は細長い湖なので、その中央にあるトポシェ島は対岸から魔術で狙えるはずだ。


「そうだな。さすがにモルドス神国に侵入して、巨蟻ムロフカを追うというのは問題がある」

 リカルドたちはメルビス公爵領に入り、シェネル湖へ向かった。これにはメルビス公爵が全面的に協力してくれた。魔術で狙える場所の候補をいくつか挙げてもらったのだ。


 リカルドたちは候補の場所を確認して回った。そして、トポシェ島から二百メートルほどの対岸に岩場があり、そこが最適だと判断し待つ事にした。

「本当に現れるだろうか?」

 サムエレ将軍が不安そうに声を上げる。


「現れなかったら、モルドス神国に侵入し、追っていくしかないでしょう。できるなら、現れて欲しいですね」

「モルドス神国か、どんな騒ぎになっているのだろう?」

「あそこの人間も馬鹿ではないのですから、避難していると思いますけど」

「そうあって欲しいな。だが、教皇王は国民の命を、軽く考えているところがあるからな」


 リカルドはモルドス神国の国民については考えないようにしようと決めた。考えても、どうしようもなかったからだ。

「リカルド殿、来たぞ」

 モルドス神国側の対岸からシェネル湖に入り島へと向かう巨蟻ムロフカの姿が見えた。


「産卵する瞬間を待ちましょう」

 巨蟻ムロフカはトポシェ島に上陸すると顎を擦り合わせて音を立てた。それは『魔の滅死響』ではなく、何かの合図のようだ。


 何かを待っているようだ。もしかすると孵化した子供を呼んだのかもしれない。だが、現れないので諦めたらしい。島の地面を掘り始めた。

 穴が完成すると、その上に横たわった。それが巨蟻ムロフカが産卵する体勢なのだろう。蟻の産卵というより、海亀の産卵に似ている。


「将軍、離れていてください」

 将軍たちが十分に離れたのを確認したリカルドは、サングラスをかけ【白星焔弾】専用のロッドであるガードロッドを構える。

 そして、自分の意識に注意を向ける。精神を落ち着け、必死になって源泉門へと意識を進ませる。源泉門から二歩の距離まで意識を近付けることに成功した。


 源泉門から溢れ出す圧倒的な力を魔力に変換し、ガードロッドに流し込む。そのロッドの周りに膨大な魔力が渦を巻き始めた。

 遠くに離れて見ていた将軍たちも、その膨大な魔力を感じて怯えた。それは人間が扱えるような魔力ではなかったからだ。


 リカルドは用意した触媒を撒き、【白星焔弾】の呪文を唱え始めた。


ファナ(火よ)ジェネサシャレス(白き星のように)ヴァシャロセ(熱く燃え上がり)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 最後の呪文を唱えると同時に、ガード型黒魔術盾を起動させ魔力障壁を発生させる。ガードロッドの周りで渦巻いていた膨大な魔力は、ガードロッドから少し離れた空中で圧縮され球形となり、膨大な熱を放出し始める。


 その熱は湖面の水を蒸気に変え、視界を遮った。リカルドは舌打ちしたい気持ちになったが、そのまま白星焔弾を発射する。白星焔弾は飛翔中に魔力を消費して急速に温度を上げながら拡大する。

 一万度を超えた時には、直径が一メートルほどになっていた。大きくなった白星焔弾は、巨蟻ムロフカへ向かって飛翔し、その腹部に命中して貫通する。


「くそっ、頭を狙っていたのに」

 原因は分かっていた。水蒸気が視界を遮ったせいだ。

 巨蟻ムロフカの腹部を貫通した白星焔弾は、湖面に着水し爆発した。直径五十メートルほどの水柱が立ち昇る。リカルドや将軍たちのところへも水飛沫と爆風が届いた。


 その爆風が収まった後、巨蟻ムロフカへ目を向ける。穴が開いた身体を震わせ苦痛に耐えているようだ。

 リカルドは触媒と予備のガードロッドを取り出した。一度使ったガードロッドは冷却時間が必要であり、すぐには使えないのだ。

 将軍が走ってくるのが見えた。

「リカルド殿、特級魔術でも巨蟻ムロフカを仕留められなかったのか?」


「いえ、狙いを外しました。頭を狙ったはずが、腹部に命中したのです」

「そういうことか。どうする、もう一度狙うのか?」

「ええ、もう一度特級魔術を放ちます。離れていてください」

「分かった。幸運を祈る」


 将軍が走り去った後、リカルドは巨蟻ムロフカを注視した。巨大な蟻は苦しみながらも敵を探しているようだった。その巨大な眼がリカルドを捉えた。

 巨蟻ムロフカのお腹を見るとへこんでいる。産卵が終わったか、白星焔弾で吹き飛ばされたかである。巨蟻ムロフカが怒り狂っているのが分かった。


 強烈な痛みを感じているはずなのに、リカルドを睨んだままゆっくりと近付いてくる。その巨体からは体液が容赦なくこぼれ落ちている。

「まずいな」

 珍しくリカルドの口から弱気が漏れ出した。その顔は強張り、青くなっている。


 近付いてくる巨蟻ムロフカがよろけた。かなりのダメージを受けているのが分かる。だが、その眼はリカルドへの怒りで真っ赤に染まっていた。

 リカルドは動揺する精神を無理やり落ち着け、源泉門へと意識を進ませる。源泉門から膨大な力を取り込み魔力に変えてガードロッドに流し込む。


 集まった膨大な魔力に触媒を振り撒くと、魔力が真紅に染まった。その瞬間、巨蟻ムロフカが『魔の滅死響』の魔法を放ち始めた。

「このタイミングで、『魔の滅死響』か。まずい」

 リカルドは必死に呪文を唱え始めた。


ファナ(火よ)ジェネサシャレス(白き星のように)ヴァシャロセ(熱く燃え上がり)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 不快感が全身に広がり、気を失いそうになりながら特級魔術が放たれた。

 白星焔弾は飛翔しながら大きくなる魔術なのだが、『魔の滅死響』を受けて拡大が止まった。『魔の滅死響』は特級魔術に匹敵する魔法だったのだ。


 だが、抵抗を受けながら白星焔弾は進み、巨蟻ムロフカの頭部に命中した。巨大な頭部が超高温で灰となり、貫通した白星焔弾は背後にある山へと突き刺さった。

 その山の山頂辺りが吹き飛び、周りに土砂を撒き散らす。その後、爆音が聞こえてきた。

「リカルド殿」

 大声を上げたサムエレ将軍は、倒れたリカルドへ走り寄った。


 呼吸を確認する。

「良かった。気を失っただけのようだ」

 将軍は巨蟻ムロフカへ目を向けた。伝説の魔獣は頭を失って、立ったまま死んでいた。

「死骸をどうするか、メルビス公爵と話し合わねばならんな」


 将軍は二人の部下を選びメルビス公爵を呼びに行くように命じた。去っていく軍用車を見送った後、サムエレ将軍は収納碧晶から、軍用コンテナハウスを取り出した。

 大きさはリカルドのものと同じだが、軍用は十二人が寝泊まりできるようになっている。将軍は残っている部下にリカルドを中に運ぶように命じた。


「リカルド殿は大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だ。苦しい戦いを何度も経験しながら、上を目指して歩みを止めなかった男だ。こんなことで死ぬはずがない」

 中の三段ベッドの一つにリカルドを寝かせると、将軍はリカルドの額に手を当てた。熱はないようだ。たぶん巨蟻ムロフカの『魔の滅死響』を受けて体調を崩したのだろう。


 リカルドを看病しながら待っていると、軍用車が戻って来た。外に出た将軍は、中にメルビス公爵が乗っているのに気付いた。

「公爵、お呼び立てして申し訳ない」

「構いませんよ。今がどんな時か分かっていますから」


 軍用車を降りた公爵は、死んでいる巨蟻ムロフカを見詰めた。全長十五メートルだった魔獣も頭をなくして縮んでいるが、それでも巨大だった。

「これが伝説の魔獣なのね?」

「そうです。巨蟻ムロフカです」

「こんな化け物をよく倒せたものね。リカルド殿が倒したのでしょ?」

「はい」


「彼はどうしたの?」

「コンテナハウスで休んでいます。最後の最後で巨蟻ムロフカの魔法を少し受けてしまったのです」

「大丈夫なの?」

「ええ、必ず回復すると思います。問題はモルドス神国です。あちらではかなりの死者を出していますから、何か言ってくるかもしれません」


 メルビス公爵が頷いた。

「モルドス神国は衰退して滅びるかもしれないわね。その時、王太子殿下はどう動くのでしょう?」

「やめてください。まだセラート予言の年は終わっていないのですぞ」

「でも、残ってる伝説の魔獣は、ティターノフロッグと風魔鳥でしょ。伝承でもあまり登場しない魔獣だわ。魔境から出て来ない可能性が高いのではないの?」


 将軍は頷いた。

「そうであってくれ、と祈っているのですが」



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