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scene:217 ジョコンド次席長

 キレス領での鋼鉄サソリ狩りは、五日ほど続いた。本当に全滅させたかどうかを確認するために、それだけの時間が必要だったのだ。

 ナサエル副局長とパトリックは帰りの道で話をしていた。

「パトリック、革新派では気前よく新しい中級魔術や上級魔術を教えているようだが、それはセラート予言を考えてのことなのか?」


「そうだがね。予言通り大雪は降ったし、最終年には魔境から魔獣が溢れ出す可能性は高いと、皆が信じ始めているがや」

「そうだな。今年は魔獣の活動が異常に活発化しておる。今回も魔境から鋼鉄サソリが出てきた。これが三年目には増えるということか。だが、伝説の魔獣である巨蟻ムロフカやティターノフロッグが本当に出てくるのか?」


「巨蟻ムロフカが魔境から出てくる可能性は高く、他の伝説の魔獣は分からないそうだがね」

「リカルドは巨蟻ムロフカの子供を倒したそうだな。ならば、最低限の準備は終わっている、と思っていいのか?」


「まあ、そういうことになるがね」

「ふふふ……安心しろ。魔境から魔獣が溢れた時は、我々も戦う。だから、この私と弟子たちも革新派に入れてくれ」

「革新派に入らなくとも、魔獣と戦うことになると思うがね」

「そうだな。だが、私と弟子たちの欠点は、習得している攻撃魔術の数が少ないということだ」


 パトリックはナサエル副局長が攻撃魔術を学ぶつもりであることを意外に思った。副局長に抜擢されるほどだから、上級魔術の一つや二つは習得しているはずだ。

 副局長の困った点は、その取得している攻撃魔術を使わずに魔獣を撲殺しようとすることだ。この点はリカルドに相談した方がいいだろう。


 魔術士協会に戻ったパトリックは、討伐局の局長に報告してからリカルドのところへ向かった。

「リカルド、今戻ったがね」

「お疲れさん、トゥイストホーンの実戦での使い心地は、どうだった?」

「慣れるのに時間がかかりそうだがね。これから訓練場で修練することにするがや」


 パトリックは、ナサエル副局長と弟子たちが革新派に入ると言っていることを伝えた。

「戦力が増えるのは、嬉しいけど……ナサエル副局長か、普通の戦い方はしないんだろうな」

「当然だがね。突撃するんで、一緒に戦い難いぞ」

「ああ、だろうね。一度一緒に戦ってみるかな。実物を見ないと、どれほどの戦力になるか分からないから」


「一緒に戦うと言っても、何を狩りに行くんだがや?」

「ルリセスの町から近い山に、妖樹タミエルが出たらしい。魔功蔦が欲しかったので、狩りに行こうと思っていたんだ」

「妖樹タミエルか、副局長なら樹肝瘤を叩き割れば、倒せるだろうけど、どうやって近づけばいいんや?」


 妖樹タミエルは近付く敵を魔功蔦から放つ衝撃波で攻撃する。

「さすがに魔術を使うんじゃないか」

 パトリックが『そうだな』というように頷いた。


 次の日、ナサエル副局長と数人の弟子がリカルドのところに来て、革新派へ入りたいと申し出た。

「歓迎します。ただ副局長たちの実力を拝見したいので、一緒に狩りに行ってもらえますか?」

「いいだろう。獲物は何だ?」

「妖樹タミエルです」


 リカルドたちはルリセスの町を経由して山へ行き、三匹の妖樹タミエルを倒した。但し、副局長たちは攻撃魔術を使わなかった。

 彼らは自分たちに【地】の魔術で【土鎧】という防御魔術をかけて突撃したのだ。妖樹タミエルの衝撃波は【土鎧】で形成された鎧で防ぎ、近付いて妖樹の樹肝瘤を割った。


「お、お見事です。妖樹タミエルが相手でも攻撃魔術は使わないのですね」

「ふん、妖樹タミエル程度に攻撃魔術など必要ない」

 巨大な魔獣でもナサエル副局長たちなら殴り殺しそうだ。但し、デスロッドの衝撃波を使ったとしても、巨大な魔獣が相手だと仕留めるまで時間がかかりそうだ。


「副局長が、魔獣を殴り倒すような戦い方をするようになったのは、何が切っ掛けなんですか?」

「私は弱いが数が多い魔獣を倒す任務を任されることが多かったのだ。それで魔力を節約しようと雑魚魔獣は殴り倒すようになり、最近は触媒の節約のために殴り倒すことが多くなった」

 副局長はタニア並みの魔力を持っている。決して少ないわけじゃない。接近戦が得意戦法となったのは、触媒を節約するために間違いないだろう。


 魔成ロッドに魔力を流し込み、敵を叩いて衝撃波で攻撃する。そんな戦い方をするのは、触媒を買えない見習い魔術士のやることだ。だが、副局長はその戦い方を研鑽し高度なものとした。

「苦労されたようですね」

「まあな。デスロッドを手に入れてから、敵を仕留めるのが楽になった。だが、まだ威力が足りない。デスロッド以上の打撃武器を知らないか?」


「なぜ打撃武器に拘るんです。剣でも槍でも良さそうですけど」

「魔獣を殴った時の手応えが気持ちいいからだ」

 斜め上の答えを聞いて、リカルドは引いた。

「そ、そうなんですか。既存の武器ではないと思います。ただ妖樹タミエルの魔功蔦を使って、戦鎚のようなものを作れば、強力な武器になるかもしれません」


「本当か。戦鎚なら得意だ」

 戦鎚を得意とする魔術士というのも、どうなんだろう。まあいい、それで革新派の戦力がアップするのなら、安いものだ。そうリカルドは考えた。


 王都に戻り、鍛冶屋に特殊な戦鎚を注文した。戦鎚の先端は、一方が金槌、もう一方が魔獣の爪のようなナイフになっているものを指定する。

 そして、特殊なのは金槌の部分に魔功蔦を嵌め込める穴を開けることだ。リカルドは黒震槍の戦鎚版を作ろうと考えたのである。


 柄の部分に引き金を取り付け、その引き金を引けば黒い空震刃が飛び出して敵を貫くという武器だ。黒震槍ほどのリーチがないので、魔獣と接近戦を行う技量を持つ戦士だけが扱える武器になるだろう。

 その武器は『黒震鎚こくしんつい』と名付け、ナサエル副局長たちに渡した。その黒震鎚を使って、副局長は冥界ウルフを倒した。冥界ウルフは上級魔術でなければ倒せないと言われる脅威度6の魔獣である。

 頼もしい味方が出来たようだ。


 リカルドは革新派のメンバーを鍛え、戦力アップした。上級魔術の【九爪竜撃】や【九牙竜爆】が使えなかった者たちも、一年で技量と魔力量を上げて使えるようになった。

 そして、新しく仲間となったナサエル副局長たちも【九爪竜撃】と【九牙竜爆】を習得した。接近戦だけしかできない変わり者の魔術士というわけではなかったようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 季節は秋になり、収穫が終わると冬支度が始まった。王都の住民は、去年以上に多くの石炭と食糧を買い求め、家に溜め込んだ。

 副都街にあるリカルドの屋敷も例外ではない。倉庫には石炭が積まれ、冷蔵収納碧晶には多くの食糧が収納された。


「セルジュに魔術の才能はありそうなのか?」

 アントニオがリカルドに尋ねた。

「魔術士にはなれると思う。だけど、どこまで技量を伸ばせるかは本人の努力次第かな」

 リカルドの言葉を聞いて、セルジュには魔術の才能がないのかとアントニオは心配になった。


「俺と比べてどうなんだ?」

「ずっとマシだよ。早い時期から勉強を始めたからね」

 アントニオは中級上位の魔術を習得している。それよりマシだと言うからには、上級魔術も習得できるということだろう。リカルドの基準が厳しすぎるということが分かり、アントニオはホッとした。


 リビングで話していたリカルドたちのところに、賢獣のティアを肩に乗せたパメラが来た。

「お兄ちゃんたち、何を話しているの?」

 アントニオが笑って答える。

「セルジュの魔術の勉強についてだよ」


「いいな、パメラはいつから習えるの?」

「そうだな……来年から教えようか」

「本当に、やったー」

 パメラが嬉しそうにティアを抱きしめてくるくる回る。


『キュキャアキュ』(ティアも、習いたい)

「ティアも習いたいのか。まあ、一緒に勉強するのもいいかもしれないな」

『キャア』(わーい)

 ティアの声を聞いたモンタが走ってきた。


「ティアには、モンタが教えてあげる」

『キュキュ、キャキュ』(ダメ、リカがいい)

「ええーっ、なんでぇー」

 ティアはパメラと一緒に習うのがいいらしい。


 夕食を食べお風呂に入ったパメラたちが寝ると、アントニオとリカルドはリビングで話し始めた。

「マッテオたちは、ガブス渓谷の飼育場で冬を越すつもりなのか?」

「ええ、そう言っていました。妖樹タミエルがもう少しで魔功蔦を収穫できるほどに成長しそうだと、連絡がきたよ」


「しかし、マッテオたちが探索者をやめて、ガブス渓谷の飼育場経営を手伝う、と言い出した時はびっくりした」

「バルビオさんが、そろそろ引退を考えていたらしいから、その影響だと思う。それにマッテオ兄さんは、故郷の村から出たかっただけで、国一番の探索者になりたい、みたいな夢があったわけじゃないと言っていたよ」


 アントニオが遠い目をして、故郷の村を思い出そうとした。

「あの村は、どうなったんだろ?」

「今は、廃村になったと聞いた。小鬼族の襲撃で村人の半分が死んだらしい」

「もう一度行ってみたいな。父さんの遺骨を副都街に持ってきて、ちゃんとした墓を建てるんだ」

「そうだね。その時は自分も一緒に行くよ」


 その翌朝、リカルドが魔術士協会へ行くと、魔術士たちが集まってひそひそと話をしていた。何か特別なことが起きたようだ。

 リカルドはタニアの研究室を訪ねた。そこにはグレタも来ていた。

「おはようございます。宮廷魔術士のジョコンド次席長の件を聞かれましたか?」


「いや、何のことだ?」

 タニアが溜息を吐いてから説明した。それによると、宮廷魔術士のジョコンド次席長が宮廷魔術士を辞職して、究錬局の副局長に就任するらしい。

「それはないだろ。ジョコンドの魔術は、大したものじゃないとパトリックが言っていた」


「私もそう聞いた。だから、この決定は腑に落ちないの」

「待ってくれ。現在の副局長はどうなる。ライモンドと君はどうなるんだ?」

「王権派のライモンドが、宮廷魔術士の次席長に就任するそうよ」

「ライモンドとジョコンドが、交換するということか。なぜ、そんなことになったか納得できないな」


 タニアとグレタも同意するというように頷いた。

「それにジョコンドが書いた論文なんて、見たことがないのよね。本当に究錬局の副局長が務まるほどの実力があるのか、疑わしいのよ」

 グレタがびっくりした顔をする。

「そうなんですか? きっと何かの実績があるんだ、と思っていました」


 リカルドはジョコンドの副局長にも驚いたが、ライモンドが宮廷魔術士の次席長になるというのにも驚いた。

「ジョコンドについては、実戦はダメでも理論については、優秀だということを祈るしかないな。だが、ライモンドが宮廷魔術士になるというのが気になる」

「あらっ、リカルドは宮廷魔術士になりたかったの?」

 タニアの言葉を聞いたグレタも目を見開き、

「そうなんですか?」

 と質問の声を上げた。


「そうじゃない。気になったのは、魔術士協会の魔術士が、いきなり宮廷魔術士の次席長になれるものなのか、という点だ」

「ああ、そっちね。魔術士協会での実績とコネがあれば、できるそうよ。一〇年ほど前にも同じようなことがあったと思う」


 リカルドはジョコンドが宮廷魔術士から追い出されたのではないかと推測した。実戦で役に立ちそうにないジョコンドを、王太子がライモンドと交換したのではないかと推測する。

 ライモンドは魔術に対する造詣が深く、実戦もそこそこできるので、交換するとしたら最適の人材なのだ。但し、宮廷魔術士の次席長になったと喜んでいると、王太子にこき使われそうで可哀想になる。


「やっぱり、問題なのはジョコンドの方よ。究錬局で提出された論文の内容を評価するのは、局長と副局長なんだから」

「今までは、タニアが評価していたんだろ」

「王権派が提出したものはライモンド、長老派が提出したものはジャンピエロ局長が評価して、それ以外から提出されたものは、私が評価していたのだけど、ジョコンドに王権派から提出された論文を評価できるかが問題なのよ」


 いい加減な評価をすると判明した場合、王権派が暴れるかもしれない。タニアが副局長を引き受けた時、局長のジャンピエロから人事や予算には手を出さず、魔術士認定試験と論文の三割ほどを引き受けてくれればいいと言われたらしい。

 ジョコンドが副局長に就任したことで、究錬局が荒れそうだった。


「リカルドが副局長を代わってくれたら、嬉しいんだけど」

 タニアが無茶なことを言い出した。

「冗談じゃない。自分にはそんな余裕はないからね」


 そんな会話を交わした一〇日後、王権派からいくつかの論文が提出された。



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