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scene:214 トウゼの牛鬼人

 リカルドはガブス渓谷を王太子から賜ったことを教え、なぜここに居るのか尋ねた。尋ねた人物はトウゼの町長でコルセスという男だった。

「我々はトウゼの町の住民です。王太子殿下のおかげで魔獣が少なくなり、故郷に帰ることにしたのです。ですが、トウゼに戻ると魔獣が棲み着いていました」

「魔獣? どんな魔獣だがね?」


「牛の頭を持つ巨人でございます」

「牛鬼人か……討伐局が追い払ったはずの魔獣が戻ってきたんだがね」

「討伐局というと魔術士協会ですな。あの魔獣は魔術士協会の不手際でトウゼに来たのですか?」

 パトリックが顔をしかめた。


「不手際ということではないがね。我々はリゼから魔獣を追い払い、さまよった魔獣がトウゼに来たというだけだがや」

「ですが、魔術士協会が魔獣を仕留めていれば、こんなことにはならなかったのでは……」

 リカルドは溜息を吐いた。コルセス町長の言い分ももっともなところがある。だが、討伐局が追い払っただけで終わらせたのは、依頼内容が追い払うか仕留めるかどちらでもいいということになっていたからだろう。


「しかし、どうやってガブス渓谷へ入ったのです? ここには向こうのバリケードがある場所からしか入れないはずです」

 タニアが尋ねた。

「それは違う。トウゼの町の近くからガブス渓谷への抜け穴があるのです」


 リカルドは抜け穴を見せてもらうことにした。ガブス渓谷の崖に直径二メートルほどの穴が開いており、その穴からトウゼの町近くまで通じているらしい。

「だけど、何でガブス渓谷なんだがね。ここよりリゼに戻った方が良かったはず」

「そりゃあ、リゼに戻りたかったです。でも、魔獣に追われて、ここに逃げ込むしかなかったんです」


「パトリック、その牛鬼人を始末しよう。このままではまずい」

「そうよ。さっさと片付けて、この人たちを何とかしましょう」

 リカルドたちは抜け穴から地上へ向かった。地上への出口は、枯れ井戸になっていた。その井戸から顔だけ出し周りを見回す。


 リカルドに見えただけで八匹の牛鬼人がいる。

「牛鬼人は一匹じゃなかったのか?」

 パトリックが首を傾げた。

「討伐局が追い払ったのは一匹だけだがね」


「魔術士協会とは、全然関係なかったということか。まあ、仕方ない。全滅させよう」

 リカルドたちはトゥイストホーンを取り出して、牛鬼人に狙いを付けて魔力圧縮玉を放った。魔力圧縮玉は牛鬼人に命中し爆発する。

 その威力は一撃で牛鬼人に致命傷を与えるほど凄まじかった。


「討伐局は、何で牛鬼人を取り逃がしたのよ?」

 タニアが簡単に仕留められていく牛鬼人を見ながら言う。

「あの時は、トゥイストホーンを持っていなかったがね」

「でも、上級魔術なら簡単に仕留められたでしょ」


「牛鬼人は、意外に素早いがね」

 牛鬼人は狙われたと分かると、逃げ出す。それもジグザグに走って逃げるような器用な面を見せる。だが、このトゥイストホーンから撃ち出される魔力圧縮玉は、慣れると術者のイメージ通りに飛ばすことが可能になるのだ。


 そうなれば、百発百中である。リカルドたちがトゥイストホーンを手に入れてからの期間は短いが、集中的に修業して、そのコツを習得していた。

「さて、町に行こうか」

 周囲の牛鬼人を始末したリカルドたちは、町に向かった。その後に枯れ井戸から出てきた難民たちは、呆然とした顔で牛鬼人の死骸を眺めた。


「あの人たちは何者なんだ?」

 町民の一人が呟くように、コルセス町長に尋ねた。

「ああ、王太子殿下と関係があるようなことを言っていたが、本当に凄い魔術士様なんじゃないか」

「王太子殿下の友人という魔術士がいるという噂がありました。もしかして……」

「そうかもしれん」


 リカルドは町の様子を確認して、溜息を吐いた。

「これは酷い」

「そうね。ここを住めるようにするには時間がかかりそう」

 町は牛鬼人により破壊されていた。住宅が半壊、あるいは全壊している。魔獣が暴れまわったようだ。


「この町を再建するには、膨大な資金と労働力が必要になりそうだがね」

 パトリックが予想を口にした。

「そうね。リゼに戻るか、ガブス渓谷で働くかになるんじゃない」

 タニアの言葉にリカルドが頷いた。

「ガブス渓谷で働いてくれるというなら、歓迎するけど」


 リカルドたちは町の中を回り、魔獣が隠れていないか確認した。結果、牛鬼人が二匹だけ生きており、それは仕留めた。

 安全を確認したリカルドは、町の住民を呼んだ。

「そんなあ。これじゃあ、住めない」

 町の様子を確かめた町長が、ガックリと肩を落とす。


「あらっ、町の中は見なかったの?」

 タニアの質問に、町長が渋い顔をする。

「町に入る前に、牛鬼人に見つかり追われたのだ」

「これから、どうしますか?」


 リカルドはガブス渓谷で働かないかと提案した。

「ガブス渓谷で……何もないところですぞ。羊でも飼えというのですか?」

「いえ、妖樹の飼育をする計画なんです。その飼育場で従業員として働いてもらいたい」

「妖樹? 王都で妖樹を育てる商売をしている者がいる、と聞きました」

「ええ、王都の副都街で飼育場を経営しているのは、自分の兄です」


 リカルドは妖樹の飼育事業について説明した。

「妖樹は、魔術士が使うロッドの材料になると聞いたが、高く売れるものなのかね?」

「ええ、飼育するのは妖樹タミエルです。この妖樹の魔功蔦は高額で売れます」

「……危険ではないのかね?」

「危険です。なので、どうやって育てるかという知識が必要なんです」


「分かった。町民に話して相談してみよう」

 町には少数だが、壊れていない家も存在した。その家で当分暮らすことにしたようだ。

 住民たちは、リゼに戻るという者とガブス渓谷の飼育事業に参加するという者で意見が分かれた。町長は強制できないと言い、二つのグループに分かれることになった。


 リゼに戻ると決めた者たちは、トウゼの町を去った。残った町長を含む者たちは、ガブス渓谷の飼育事業に参加する契約を交わすことになる。

 タニアとパトリックは王都の魔術士協会に戻り、リカルドだけはガブス渓谷で飼育場建設の指揮を執った。

 リカルドは王都から飼育場を建設する資材を送らせ、ガブス渓谷に飼育場を建設した。もちろん、大工や職人も王都から来てもらった。


 リカルドは夏から秋にかけて、王都とガブス渓谷の間を行ったり来たりして過ごした。

 渓谷に妖樹用の囲いが造られ、リカルドは種から妖樹タミエルを誕生させた。妖樹タミエルを世話する者は、特殊な防護服を着用することを義務付けた。

 これは魔功蔦による攻撃から、命を守るためである。

 妖樹タミエルの飼育場が完成したのは、季節が冬になろうとする頃だった。


 ガブス渓谷に建設された飼育場には、セラート予言の厳しい冬でも乗り切れるように、暖房と石炭、食糧などが備蓄された。

 そこまで準備を調えてから、リカルドは王都に戻った。

 セラート予言の冬についての情報が広まっており、王都で暮らす人々の顔には不安がある。


 リカルドが久しぶりに自宅で寛いでいると、パメラの声が聞こえた。

「見て、雪だよ」

 外を見ると初雪が降っていた。予言の雪が降り始めたのだ。

 翌日になっても、雪は降りやまなかった。そして、次の日も……。


 王都は雪に埋もれたような状態となった。リカルドたちは屋根に降り積もった雪を下ろす作業を始める。

 モンタとティアは冬眠モードに入り、一日のほとんどを寝て過ごすようになった。リカルドたちは食糧の備蓄をしていたので慌てることはなかったが、セラート予言を信じていなかった者は、雪の中を食糧の買い出しに走った。


 王家が十分な食糧を備蓄しているので、餓死する者は出ないと思うが、雪により潰れる家はあるだろう。それほどの大雪なのだ。

 リカルドは潰れた家の人々のために、丈夫なだけで簡素な宿泊施設である大雪対策シェルターを副都街に建設していた。時間の関係で多くは造れなかったので、数が足りるか心配だった。


 雪が降り始めて三日目に、家が潰れた最初の家族が大雪対策シェルターに入った。一ヶ月過ぎる頃には、百人ほどが大雪対策シェルターで生活するようになっていた。

 雪がやんだ日、その大雪対策シェルターを視察するために、王太子が来訪した。

「リカルド、副都街の状況はどうだ?」


「副都街は新しい町ですので、潰れた家はありません。ですが、王都内で家が潰れたという家族が、大雪対策シェルターを頼って大勢来ています」

「王都にも避難場所を設置しておるのだが、避難場所に指定した建物も潰れた。誰かが補強工事の手抜きをしたようだ。絶対に見つけ出してやる」


 どうしてもセラート予言を信じられない人々がいる。その人々が補強工事を請け負った時、バレないと思い手抜きをしたようだ。

 そういう仕事をするのは、普段から手抜き工事をするところだ。そういう奴らは、王太子が発注元だと知らずに、いつもの通り手抜きをする場合があるらしい。


 その日、リカルドが目を覚ますと、パメラの声が聞こえた。どうやら、久しぶりに晴天となったのを見て、嬉しそうに叫んでいるらしい。

 着替えて外に出ると、久しぶりの太陽を見た。しかし、世界は真っ白になっている。

「魔術で雪を消せないものかな?」


 リカルドは効率的に雪を排除する魔術を考えることにした。まずは高熱を出す光の玉を作り出し、熱で雪を融かそうとしてみた。

 結果、あまり効率的でないと分かった。雪が融ける範囲が狭く時間がかかりそうなのだ。

 次に雪を集め圧縮して固めるようにしてみた。縦・横・高さが三メートルほどの範囲にある雪を圧縮し氷のようなキューブにする。


 このキューブは収納碧晶に入れて、海に捨てるという方法を考えたのである。但し、これは触媒も収納碧晶も必要なので、魔術士なら誰にでもできるというものではなかった。

「収納碧晶を使う前提なら、雪掻き専用の収納碧晶というのはどうだ?」

 リカルドは魔術士協会へ行くことにした。ミニバンでは行けそうになかったので、地下から行くことにした。王都へ繋がっている地下通路に下りた。


 その地下通路はセラート予言のことが分かってから掘り始めたもので、王都の地下通路に繋がっていた。この地下通路を使っている者は多いようだ。

 地下通路には、魔光灯が使われており明かりを持ち込まなくても歩けるようになっていた。

 この地下通路には、食糧や日用品を売っている店もあり、多くの人が利用しているようだ。


「リカルド様、おはようございます」

 知り合いの商人と出会った。

「おはようございます、買い物ですか?」

「ええ、石炭を買いに来ました」


「寒くなりましたからね。それじゃあ」

 リカルドは王都に入り地下通路を魔術士協会へと向かう。王都の地下にある通路にも、様々なものを売っている店が営業を始めていた。

 王都の人々は食糧と石炭を中心に購入しているようだ。


 魔術士協会へ到着する。魔術士協会に残っている魔術士は少ないようだ。当番制で魔術士協会に残り、雪掻きをしている者がほとんどだ。

 リカルドは図書館に向かった。途中の道が雪で埋まっている。

「あああ、誰か雪掻きをサボっているのか。それとも人手が足りないのかな」


 周りを見ると雪掻きが終わっていない場所が多い。どうやら人手不足というのが正解のようだ。

「仕方ない。魔術で道を造ろう」

 リカルドは開発したばかりの【雪圧縮】の魔術を使った。雪が圧縮され大きなアイスキューブが完成する。それを収納碧晶に仕舞う。


 それを繰り返して図書館までの道を造った。

 図書館に入ったリカルドは二階へ行く。そこにタニアの姿があった。

「こんなところで、どうしたんだ?」

「図書館で調べ物をしていたら、雪で閉じ込められたのよ」


 タニアにしては、間抜けな状況だった。

「リカルドが入ってきたということは、誰かが雪掻きをしたのね」

「いや、自分で雪掻きをして道を造ったんだ。魔術を使ってね」

 タニアの目が光った。

「それは、どんな魔術?」


 リカルドが説明すると、タニアはすぐに理解した。

「なるほど、【雪圧縮】で雪を小さくして、収納碧晶に入れたということね」

 タニアは即座に【雪圧縮】を習得して、図書館から魔術士の寮へと戻っていった。



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