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scene:21 タニアの修行

 派閥対抗の魔術合戦は、王権派の勝利に終わり、マルティネス商会の依頼は王権派が引受けると決まった。

 実力の判定方法が、幾つの土嚢に穴を開けられるかだったので、勝敗がはっきりしていた。これが曖昧な判定方法なら結果に納得しない者が出てきていただろう。

 長老派の魔術士は最後までブチブチと文句を言っていたが、理事であるイサルコの目の前で決まったことは覆せない。


 リカルドとパトリック、タニアの三人はイサルコの部屋に呼ばれた。ファビウス領の魔術士達について教えて欲しいらしい。

「バッグの中には賢獣が入っているのでしょ。窮屈だから出してあげなさい」

 タニアがリカルドに声を掛けた。リカルドは頷きモンタをバッグからテーブルの上に出す。

『キュキュ』(もう静かにしてなくて、いいの?)

「大丈夫だよ」

 イサルコとタニアにはモンタの念話が聞こえたようだ。


「どうしたんや、それ?」

 パトリックの質問に賢獣を買った時の様子を話すとイサルコとタニアが笑う。

「ハハハ……賢獣を銀貨三枚で手に入れるとは幸運だな」

 モンタは何を笑っているのか判らず、ピョコンと首を傾げる。


 リカルドたちは椅子に座り話し始めた。

「何故、辺境の魔術士なんかに興味があるのですか?」

 取り敢えず、疑問に思った点を尋ねてみた。

「派閥の連中が喧嘩していた時、彼等の喧嘩をつまらなそうに見ていただろ。ああいう目で見れるのは実戦慣れした者だけだよ。それで辺境の魔術士に興味を持ったのだ」

「そうなんや」

 パトリックは緊張しているのか強張った顔で相槌を打っていた。


 リカルドは辺境での生活や妖樹狩りについて話した。

「なるほど、森や山に居る魔獣を撃退しながら、妖樹エルビルを仕留めるのか。大変そうだな」

 パトリックが頷き。

「ええ、リカルドがメンバーに加わる前に二人の見習い魔術士が居たんやけど、その二人はエルビルに殺されたがね」

「ほう、そこまで危険なのか」

 タニアが首を傾げた。

「アレッ、理事は魔境で腕試しをしていたと聞きましたが、エルビルとは戦わなかったのですか?」

「私が友人の魔獣ハンターたちと狩りをしていた場所は、獣系の魔獣が多い所で、妖樹系のものは少なかったのだ。妖樹系はトリルだけだった」

「そうだったのですか。魔境にはあらゆる魔獣が居るのかと思っていました」

「魔境は広大だ。妖樹系が多い場所もあれば、虫系が多い場所もある。王都から一番近いヨグル領の魔境入り口から入った地点は、獣系が多く【地】の触媒が欲しい者はここを利用する」

 ヨグル領は王領の西、クレム川を渡った先に有る王家直轄地で王太子ガイウスが代官を務めている。ヨグル領北部は魔境クレブレスと隣接しており、長大な防壁を築き魔獣の侵入を防いでいる。


 だが、魔獣の侵入を防ぐだけではなく魔境へ出入りできる『魔境門』を備えており、そこから魔境に入った魔獣ハンターたちは貴重な植物や魔獣の素材を手に入れ、ヨグル領へ戻ってくる。

 ヨグル領の魔境門は三つ存在し、東から『第一魔境門』『第二魔境門』『第三魔境門』と呼ばれている。

「私が使ったのは『第一魔境門』でな。鬼面ネズミや頭突きウサギなどの小物も居たが、狙いは牙猪だ。その長い牙が触媒になるのだ」

 イサルコも楽しそうに狩りの様子を語ってくれた。

「数多くの魔獣を狩り、魔力量を増やしたものだ」

 タニアが口を挟んだ。

「魔力量を増やすためだけに危険な魔獣狩りに行かれたのですか?」

「目的は魔力量だけではない。触媒も欲しかったし、実戦で魔術を使う機会も探していたのだ。とは言え、魔術士にとって魔力量は重要だぞ」


 タニアだけでなく、リカルドとパトリックも同意した。

「重要なのは理解しますが、魔力を限界まで使い回復する過程で増やす方法もあります」

 イサルコが顔を顰めた。

「それは一日一回やれるかどうかだろ。その方法だけで魔力量はどれほどまで増えた」

 タニアの魔力量はリカルドやパトリックより少なかった。タニアはガックリと肩を落とす。

「そんな……疲れた時も必ず魔力量を増やすように努力していたのに」

 リカルドも経験しているが、魔力量が完全に回復する前に魔力を限界まで使っても回復過程で魔力量は増えない。タニアにその点を注意してみると。

「知らなかった」

 彼女は底なし沼のように落ち込んだ。タニアは才能のある魔術士だが、少し思い込みが激しく、集中すると周りが見えなくなる悪い癖がある。魔力量が増えたかどうかも確認せず修業を続けていたようだ。


 イサルコがリカルドに視線を向け。

「しかし、魔術の勉強を初めて二年足らずの君が、タニアより魔力量が多いとは意外だった」

 本来なら一日一回か二回が限度なはずの回復過程の魔力量増加を、源泉門の力を使って何度も行っていた成果だ。源泉門については秘密にしようと考えているので言い訳を考える。

「毎日のように鬼面ネズミや頭突きウサギ、それに妖樹トリルを倒していたからかな」

「毎日だと……何故、そんな真似を?」

 パトリックがハッとしてリカルドの顔を見る。

「もしかして、アレッサンドロ殿が触媒を買う金をくれなかったからやな」

「まあ、そうだね。魔術の練習をするには魔獣を狩るしかなかった」


 イサルコはアレッサンドロについて興味を持ったらしく、詳しく聞いてきた。

 パトリックとリカルドが説明すると、イサルコは嘆かわしいと溜息を吐く。

「自分が狩りに行きたくないから、代わりに弟子を行かせるなど以ての外だ。しかも子供一人で遠いファビウス領から王都まで旅をさせるなど……悪意があるとしか思えん。リカルド君、そんな師匠の下には帰らず王都で暮らした方がいい」

 そう言われてリカルドは悩んだ。金銭的面では自立して生活していけると思うが、王都に身寄りが居るわけではないので、身分証などが作れない。

 現在持っている身分証は、アレッサンドロが保証人となっているもので、期限を過ぎれば、またアレッサンドロに頼んで更新して貰わないと無効になってしまう。

 成人していれば自分一人で身分証を作れるのだが、未成年である今は保護者が必要なのだ。


 その点をイサルコに話すと。

「簡単だ。春の魔術士認定試験に受かり、魔術士協会に入ればよい。そうすれば協会が身分証を用意する」

 リカルドもそのつもりだったが、絶対に受かるという保証はない。

 パトリックがリカルドの肩をポンと叩いた。

「不合格だった場合を心配するんやない。その時はワイが保証人になったるがや」

 成人しているパトリックには保証人になる資格がある。ただ何か問題が起きた時、パトリックにも迷惑が掛かる。なるべくなら試験に受かり魔術士協会の身分証を手に入れたい。

「ありがとう。でも、一度故郷のユニウス村に帰って両親に話しておきたいな。特に母が心配しそうなんです」


 パトリックが眉をひそめ、首を振る。

「今は帰らん方がええで、アレッサンドロ殿が無茶言うかもしれんぞ。もし一人でエルビルを倒せとか言われたらどうするんきゃ」

 リカルドは身震いした。妖樹エルビルの怖さは知っていた。一撃目で仕留められなければ、こちらの命が危ない。

「でも、春の試験は三ヶ月くらい先ですから、その間どうしたら……」

 イサルコがニコッと笑い。

「私に任せなさい。協会で雇ってあげよう」

 お金は十分あるので宿屋に寝泊まりしても良かったのだが、子供が一人で何日も宿屋に宿泊したら変に思われそうである。それに魔術士協会について知る、いい機会かもしれない。

「お願いします。受付に居た子供たちと同じように雑用をすればいいのですね」


 イサルコが頷こうとした時、タニアが待ったを掛けた。

「理事、お願いなんですが、リカルド君とパトリックを私に貸してください」

「ん……どういうことだ?」

「魔力量を増やす為に魔獣狩りをしたいと思います」

「まさか魔境に行こうと言うのではないだろうな。それは駄目だぞ、危険すぎる」

「私はそこまで馬鹿ではありません。王領北部を流れるクレム川の上流には小型の魔獣が居ると聞いています」

 イサルコは腕を組んで考え。

「そうだな。クレム川の南なら大丈夫か。二人が承諾するなら許可しよう」

「ありがとうございます」

 何故かタニアの修業を手伝うハメになった。


 リカルドが宿泊する場所は、イサルコが用意してくれた。協会で働く少年たちが寝泊まりする従業員宿舎で、試験勉強ができるように一人部屋にしてくれた。

 普通は小さな部屋は二人、大き目の部屋は四人で使うのだが、理事の指示でリカルドは二階の小さな部屋を一人で使えるようになった。

 キャリーカートの荷物を従業員宿舎の部屋に置き、外へ出て受付のある窓口会館へ行き、イサルコ理事が書いてくれた任命書を受付のリリアーナに渡した。

「あなた雑務局のパトリックに会いに来たんじゃなかったの?」

「そうなのですが、イサルコ理事の計らいで試験までの期間、ここで働くことになりました」

「魔術士候補なのね。了解したわ……これを腕に付けて」

 リリアーナから腕章にようなものを受け取った。魔術士協会で働く少年たちが付ける腕章らしい。

「魔術士協会の敷地内に居る時は、必ず付けるのよ」

「分かりました」


 宿舎の部屋に戻り、モンタをバッグから出すと、モンタは新しい部屋を探検するために、部屋中を駆け回る。

 夕方近くになって、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 ドアを開けたのは、パトリックを連れてきてくれた少年だった。年齢はリカルドより二つほど下だろうか。利口そうな少年で口調もはっきりしている。

「俺、ロブソン。皆に紹介するから来て」

 一階に下りると八歳くらいから十四歳くらいまでの少年たち十五人が集まっていた。


 ロブソンがリカルドを紹介する。

「試験までの期間、ここで働くリカルドさんだよ」

 少年たちは口々に自己紹介したが、全部は覚えられない。一番年長のシドニーとロブソンだけは覚えた。

「凄いな、魔術士になるんだろ」

 十四歳のシドニーは成人するとここを出ていかないといけないので羨ましそうに言う。ここの少年たちは魔術士協会が慈善事業の一つとして身寄りのない少年を引き取り働かせているらしい。

 少女が居ないのは、織物ギルドが少女を引き取り働かせているからだ。

 モンタも皆に紹介すると可愛いという声が上がった。


 食事は協会から食材だけが支給され、自分達で料理して食べるのだそうだ。だから、料理当番が決まっている。今日はロブソンと他二名である。

 夕食として出された食事は、昼に食材倉庫から貰ってきた一番安い黒パンと野菜スープみたいなものだ。

 黒パンは仕方ないとしても、野菜スープは酷くしょっぱいものだった。それでも少年たちは黙々と食べている。

 食事は改善しなきゃ身体に悪そうだ。


 試しにモンタに食べさせてみた。野菜スープに入っているジャガイモらしきものを、モンタに与えるとパクッと食べた後、眉間にシワを寄せ。

『キュケケ』(まずい、いらない)

 さすが賢獣と褒めるべきなのか迷う。苦笑していると口直しに干し葡萄を要求された。



 翌日、タニアとパトリックが迎えに来た。

「おはよう、リカルド。今日はクレム川に行くわよ」

 タニアの服装は厚手のシャツにグレーのズボン、上衣は革のジャケットを着ていた。動き易い服装では有るので辛うじて合格である。

 腰には触媒ポーチとロッドが下がっている。武器はロッドだけのようだ。

 リカルドとパトリックの服装も同じようなものだが、背中にはロッドの鞘と背負袋がある。リカルドはそれに加えて丸盾バックラーを持っていた。


 モンタはショルダーバッグではなく背負袋の中から頭を出し、ふんふん鼻を鳴らしている。


 一時間も歩くと王都の北門に到着する。それからクレム川沿いに川上に歩き出す。細い道があるので移動は楽だ。四〇分ほど歩くと樹木が密になり生い茂る雑草の丈が高くなった。

 魔力察知に魔獣の存在がヒットした。

「右前方に魔獣が居ます」

 タニアが不思議そうな顔をした。

「何で判るの?」

「『魔力察知』です。狩りの時には必ず使っています」

 タニアは魔力察知を使える。だが、その存在を忘れていたようだ。


 右から頭突きウサギが現れた。リカルドはタニアに眼で合図する。

 タニアが慌てたようにロッドを構え魔術の準備に入る。

 頭突きウサギが素早い動きで距離を詰めてくる。タニアの魔術が間に合わない。

 リカルドは前に出て丸盾バックラーで頭突きウサギの体当たりを受け止めた。何とか受け止め、魔成ロッドを振り被る。頭突きウサギが飛び退いた。

「今や!」

 パトリックが叫んだ。

 タニアの【重風槌】が発動した。

 上空の空気が渦を巻いて集まり始め圧縮されていく。頭突きウサギは逃げ出さずに警戒しながら上を見てオロオロしている。タニアがロッドを掲げ振り下ろした瞬間、空気が圧縮され強固で大きな塊となり頭突きウサギを押し潰した。

「オーバーキルです」

 リカルドが呟いた。


 リカルドがタニアの方を見ると呆然としている。きっと頭の中に神の声が響いているのだろう。

「何なのこれ?」

 タニアが呟いた。パトリックが肩を竦める。リカルドは助言するように告げる。

「選択肢は幾つありますか?」

「五つよ」

 当然ながら、タニアには魔術の才能があるようだ。

「五番目の【魔力量増強】を選びましょう」

 タニアは【魔力量増強】を選び、『恩恵選び』は終了した。


 タニアは地面に座り込んだ。

 その間にリカルドとパトリックは、潰れた頭突きウサギから、触媒部位と皮を剥ぎ取った。肉は使えそうにない。

 漸くタニアが正気付く。

 ここからはパトリックの説教が始まった。

「なんぼ何でも頭突きウサギに中級魔術の【重風槌】はないがね。相手は雑魚の頭突きウサギやぞ」

 タニアは顔を赤くして聞いていた。暫く説教を聞いた後。

「済みません。ちょっと慌てました」


 リカルドは心配そうにタニアを見てから、パトリックに提案した。

「最初は鬼面ネズミの方が良かったかな」

「そうやな」

「では、鬼面ネズミを探そうか」

 魔力察知でちょこまかと動く魔獣を探し始めた。



2017/3/02 誤字修正

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