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scene:207 大水蛇

 リカルドは魔境に魔獣を狩りに行くことを革新派の仲間に伝えた。

「僕も連れて行ってください」

 シドニーが声を上げた。シドニーは一流魔術士の判断基準である上級魔術を習得し、魔術士協会の若手の中でも有望株として知られるようになっていた。


 ちなみに、リカルドは魔術士協会の怪物と呼ばれている。先輩魔術士の中には、リカルドを賢者マヌエルの再来だという者もいる。

「私も」「俺も」

 数多くの若手魔術士が手を上げた。その多くは中級魔術である【九爪狼撃】は習得できたが、上級魔術である【九爪竜撃】は習得できていないという程度の技量だ。


 リカルドは魔境の中でも危険な場所へ行くつもりなので、上級魔術を習得できている者しか連れて行く気がなかった。シドニーと上級魔術を習得したばかりのイヴェッタを連れて行くことにする。

「選んでいただきありがとうございます。今回はタニアさんやパトリックさんは連れて行かないんですか?」

「あの二人は、タニアの研究に必要な珍しい妖樹を探しに行っているんだ」


 リカルドはシドニーとイヴェッタを連れて魔境に行くことにした。今現在の二人の実力では、足手纏いになると分かっているが、経験を積まさなければ成長しない。

 それに一人で魔境に行くのは危険だった。誰だって四六時中集中力を持続できないからだ。三人いれば、誰かが危険に気づくだろう。


 食料や水、触媒などの必要なものを準備をして、新しく製造したミニバンで王都を出発した。

「この乗り物を発明したのも、リカルドさんなのですよね?」

「ああ、以前に乗っていたものが壊されたんで、これを作ったんだ」


 ミニバンは四人乗りで屋根の上に荷物を載せられるようになっていた。収納碧晶を持っているリカルドには必要なかったのだが、こういう乗り物には大量の荷物を載せられることは普通だと職人たちが主張したのだ。

 王都を走っている間は少しスピードを上げていたが、道の整備が行き届かなくなった他領の領地になると、スピードを落として慎重に進む。


 ミニバンの足回りは強化してあり、悪路でも大丈夫なはずだ。

「魔境へ入るのは初めてなんですけど、第八魔境門の近くは、どんな魔獣がいるんですか?」

 リカルドと同年代のイヴェッタが尋ねた。これくらいの歳だと魔境での経験がある者は少ない。豊富な経験を持つリカルドが珍しい存在なのである。


「第八魔境門は、トカゲ型やカエル型の魔獣が多いと資料には書かれていた。リンドス河が近くを流れている影響じゃないかと思う」

 一番多いのはストーンフロッグという魔獣のようだ。この魔獣は体長一メートルほどで、全身が石のように硬い皮に覆われている。


 ストーンフロッグの攻撃は単純な体当たりだが、カエル特有の強力な脚力と石のように硬いことにより、命中したら人間は死ぬ。直径一メートルの岩が体当りするような衝撃なのだ。

 リカルドは魔功銃や魔彩功銃は効かないと思っていた。魔功ライフルなら、かろうじて通用するかもしれないが、過信することはできない。


 リカルドは黒震槍を使うことにした。この武器なら硬い皮を貫通しストーンフロッグに致命傷を与えることができると考えたからだ。

「でも、槍なんて使ったことがないです」

 当然、シドニーとイヴェッタは槍を扱ったことがなかった。リカルドは基本的な使い方を教え、少し練習させることにした。


 ミニバンが目的地である第八魔境門の近くにある小さな町メラルに到着。ここはコルネオ子爵の領地であり、子爵は王家に帰順した貴族の一人である。

 宿を決めて、一晩休んでから魔境門へ向かった。

 この魔境門はコルネオ子爵が管理しているが、一般人にも入ることを許可しているので、通行税を払えば入れる。


 リカルドは収納碧晶から黒震槍を三本取り出して、シドニーとイヴェッタにも配った。少しだけ練習してから魔境の奥へと向かう。

 最初に遭遇した魔獣は、小鬼族だ。五匹の小鬼族がリカルドたちに襲いかかり、リカルドが三匹を仕留め、他の二人が一匹ずつを仕留める。


「どうだ? 黒震槍で戦えそうか?」

 リカルドが質問すると、二人は肯定した。

「狙って突き出して、空震刃で刺すだけですから、簡単です」

 小鬼族程度なら問題ないだろうが、もっと素早い魔獣が現れれば対応できるか問題だ。


 奥に進みストーンフロッグと遭遇。濃い茶色の皮膚に大きな口と目が特徴的である。

 大蛙がリカルドに向かって跳ね飛んだ。横に跳んで躱し黒震槍を突き出す。空震刃がストーンフロッグの背中に突き刺さり内臓を切り刻む。

「黒震槍でストーンフロッグを仕留められる。この調子で進もう」


 シドニーとイヴェッタはストーンフロッグと小鬼族を相手に戦闘経験を積み、対魔獣戦の技量を少しずつ上げた。タニアやパトリックに比べるとまだまだであるが、確実に成長している。

「リカルドさん、一角竜はどの辺りにいるのです?」

 イヴェッタが目的である魔獣といつ頃遭遇するのか気になったらしい。

「ここから西へ一日ほど歩いたところだよ」


 リカルドたちは夕方まで魔境を進み続け、平になっている場所を見つけて野営することにした。もちろん、コンテナハウスを取り出して使う。

 シドニーはコンテナハウスを知っていたが、初めて見るイヴェッタは驚いていた。

「便利なものがあるのですね。地面の上で寝ることを覚悟していたんですが」


 その日の夜は、シドニーと一緒に料理することにした。イヴェッタも手伝うと言ったのだが、少し疲れている様子が見えたので、休ませることにする。

「こうしていると、小僕時代の頃を思い出しますね」

 シドニーが言う。リカルドは頷いた。

「そうだな。あの時は頭突きウサギを狩って、よく一緒に料理したな」


「ええ、あんな美味しい料理は初めてでした」

「それは小僕たちの料理の腕が酷かったからだ。適当に料理していたからな」

「ハハハ……食材を適当に切って鍋に放り込むだけでしたから、味付けも適当で不味かったのですが、食べ物はそれしかありませんでした」


 今日の夕食は、根菜と茸と卵を使った雑炊である。米はユニウス料理館で使っているので大量に購入している。その中の一部を分けてもらって持ってきていた。

 出来上がった雑炊を木製スプーンで掬って一口食べたイヴェッタは、嬉しそうに声を上げた。

「美味しい。これって何ていう料理なんですか?」


「そうだな。根菜と茸の雑炊というところかな」

 リカルドが料理の名前を教えた。と言っても、正式な名前ではないので意味はないかもしれない。腹が膨れたリカルドたちは交代で見張りをすることにして早めに寝た。

 翌朝起きたリカルドは、見張りをしていたシドニーが憂鬱そうな顔をしているのに気づいた。


「どうした?」

「外は雨ですよ」

 そう言えば、雨がコンテナハウスに当たる音が聞こえる。魔境と雨、最悪な組み合わせである。雨は魔獣の気配を消してしまうことがあるからだ。


「どうしたものか?」

「何を悩んでいるんですか? これくらいの雨なら、問題ないでしょ」

「いや、雨の日には出るらしいんだよ」

 その時、ガシャンという音がした。その方向を見るとイヴェッタが立っている。足元には割れたカップが落ちていた。


「冗談ですよね。私はその手の話がダメなんです」

 イヴェッタは心霊現象の話だと思ったようだ。リカルドは溜息を吐いた。

「言っておくが、幽霊じゃないぞ」

「えっ、だったら、何なのですか?」


「大水蛇だよ。雨の日に、人を丸呑みにできそうな巨大な蛇の化け物と遭遇したという記録があったんだ」

 シドニーとイヴェッタが驚いている。

「雨の日に、そんな奴と遭遇するのは嫌だと思っただけなんだけど」

「それは僕も嫌です」

「私もです。でも、雨がいつ降りやむのか分かりませんよ」


 雨がコンテナハウスへ当たる音が激しくなった。

「激しくなったようだな。この雨の中を進むのは気が進まない」

 リカルドの言葉に、二人が頷いた。

「降りやむか、小降りになるまで待ちましょう」

 イヴェッタの提案にリカルドとシドニーは同意した。


 コンテナハウスの中で朝食を食べ、天候が回復するのを待っていた時、何かがコンテナハウスの壁を擦る音がした。ズズッ、ズズッという音である。

「この音、何でしょうか?」

 イヴェッタが不安そうな顔になっている。リカルドは大水蛇の話をしたことをちょっと後悔した。『噂をすれば影がさす』ということわざを思い出したのだ。


「まさか、大水蛇が現れたんですか?」

 シドニーの顔も青くなっている。リカルドは梯子はしごを登りコンテナハウスの天井に設置されているハッチを開け、外を覗いてみた。

 何かがコンテナハウスを締めるように巻き付いている。間違いなく大水蛇である。雨で視界が悪く全長は分からないが、太さが直径七〇センチほどもある巨大蛇だ。


 不思議なことに、大水蛇が水で出来ているかのように半透明に見えた。ここから見える巨大な三角の頭も半透明である。

「リカルドさん、大水蛇ですか?」

 シドニーの声が聞こえた。リカルドはハッチを閉め梯子を下りた。


「ああ、大水蛇だった。不思議な魔獣だ。全身が水で出来ているような感じなんだ」

 イヴェッタが確かめるためにハッチを開けて外を覗いた。

「リカルドさんが不思議がるのも納得です。でも、大きかった」

 それを聞いたシドニーも覗いてみた。


「大丈夫なんですか? コンテナハウスを締め付けてますよ」

「これは以前のものより鉄板を厚くして頑丈に出来ている。簡単には壊れないよ」

 コンテナハウスの最新版に変えてある。魔境で安全を確保するなら、強度を上げないとまずいと考えたのである。


「問題は、どうやって大水蛇を倒すかだな」

「【九爪竜撃】で倒せるんじゃないですか」

 習得したばかりの上級魔術を、シドニーは使いたいようだ。経験にもなるので、シドニーに任せることにする。

 シドニーとリカルドが天井のハッチからコンテナハウスの上に出て、まずリカルドが【炎風陣】で防御を固める。その後、シドニーが【九爪竜撃】を起動させた。


 シドニーの周りに空気を圧縮した竜の爪が生成され、待機状態となる。シドニーが合図を送ると次々に竜爪が飛翔し、大水蛇の半透明な体を切り裂いた。

 だが、切り裂いたはずの傷がすぐに元に戻ってしまった。

「馬鹿な……」

 シドニーが驚いて声を上げる。


 そこに一匹の小鬼族が姿を現した。雨の中を獲物を探してさまよっていたらしい。運悪く大水蛇に気づかれてしまい、巨大な口に飲み込まれてしまった。

 飲み込まれた小鬼族は、大水蛇の喉・胴体を通って運ばれていく。小鬼族は息ができずに藻掻いていた。その腕が大水蛇の肉体を突き破って外にはみ出た。


「大水蛇の体は、ただの水なのか?」

 リカルドが疑問に思った。半透明であることもそうだが、体内から獲物の腕がはみ出るなどあり得ない。

 小鬼族は大水蛇の中心部に運ばれた。そこは白いもやのようなものがあり、小鬼族を食べ始めた。

「なるほど、大水蛇の本体は、その白い靄のようなものだったのか」


 シドニーがリカルドへ顔を向けた。

「どうします?」

「今度は【九爪狼撃】で構わないから、あの白い奴を切り裂いてくれ」

 シドニーは【九爪狼撃】を放ち、竜爪よりも遥かに小さな狼爪が白いものを切り裂いた。その瞬間、大水蛇が形を崩し、水となって飛び散った。


「これは……」

 ハッチの隙間から顔だけだして戦いの様子を窺っていたイヴェッタが、驚いた顔をする。

 戦いが終わったのを知らせるかのように、激しかった雨が小雨程度になった。

 リカルドは【炎風陣】を解除し、死んだ魔獣に近付いた。


「これは毛長虫じゃないか」

 魔境に棲む魔獣の中には無害だと考えられているものもいる。その中で毛長虫と呼ばれている長い毛を持つ魔獣は、人を襲わない無害な魔獣だと思われていた。

 シドニーは毛長虫の毛を刈り取った。戦利品として持ち帰るらしい。この毛について研究するという。


 リカルドたちは小雨になったので出発することにした。コンテナハウスを収納碧晶に仕舞い、魔境の奥へと進む。そして、一角竜が棲むというポイントに到達した。

「ここから先は、気をつけて進んでくれ。一角竜がいるはずなんだ」

 リカルドの言葉にシドニーとイヴェッタが頷いた。


 五分ほど進んだところで、目的の一角竜と遭遇した。体長三メートルの二足歩行の竜である。竜としては小型であるが、その体内には間違いなく竜の血が流れており、強力な魔法を放つ危険な存在だった。


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