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scene:200 モルドス神国の混乱

 セラート予言が来年に迫った冬、意外にも暖冬だった。

 そのせいだろうか。本当にセラート予言は正しいのだろうかという疑問が、国民の間に広がった。それに気づいた王太子は、リカルドをバイゼル城へ呼び出した。


 城の会議室に案内されたリカルドは、王太子の姿を目にした。

「リカルド、今年の冬が穏やかだったことで、国民の間にセラート予言を疑う声が上がっている。そちはどう思う?」

 困った事態になったと、リカルドは思った。王太子にだけは魔境の異星人と会ったことを打ち明けるべきかもしれない、と判断する。

「殿下、セラート予言は必ず起きます」


 王太子が怪訝な顔をした。セラート予言に関しては、断言できるだけの根拠がなかったからだ。

「珍しいではないか。断言できるだけの理由があるのか?」

 リカルドは周囲を見回した。王太子の側には護衛の兵士や側近たちがいる。

「人払いをお願いできませんか?」


 王太子がジッとリカルドを見た。

「それほど重要なことなのか?」

「世界の成り立ちに関するものです」

 王太子が怖いほど真剣な顔になり、人払いを命じた。


 護衛の一人が王太子を心配して抗議した。

「リカルドは、余が信頼する者だ」

 人がいなくなり、王太子と二人となったリカルドは、副都街で魔境の住人と話をしたことを打ち明けた。

「あの研究助手が、主と呼んでいた者か?」


 リカルドは否定した。

「そうではありません。天神族の下僕だという人物です」

「天神族? この世界の所有者だと言っておった存在か。それは神なのか?」

「神ではないと思います。ですが、世界を人が住めるような場所にしたと言っていました」


 王太子が眉間にシワを寄せ、首を傾げた。

「理解できん。もう少し詳しく話せ」

「元々この世界は、動物も植物も生きていられない氷に覆われた世界だったそうです」

「馬鹿な……それを、このような世界に創り変えたというのか。神に等しい力ではないか」


「ある意味そうでしょう。ただ世界がこのまま発達し、非常に高度な文明を築き上げれば、我々の遠い子孫にも可能になることなのです」

「信じられん。だが、それとセラート予言はどう関連する?」

「氷に覆われた世界を、今のような世界にする機械が、魔境の地下にあるそうです。その機械は九十年に一度止まり、再び動き出すそうでございます」


 王太子が大きく息を吐き出した。

「その機械が停止している期間が、セラート予言が示す大寒波の期間なのか?」

「その通りです。最後の年は、機械を再起動する時に何かがあるようで、それで魔獣が魔境から溢れ出すそうでございます」


「機械を止めずに、動かし続けることはできんのか?」

「機械というものは、止めずに動かし続ければ壊れます。一度止めて点検や修理をする時間が必要なのです」

「それは分かる。だが、同じ機械を二つ作って交互に動かすということは、できなかったのか?」

「できるとは思いますが、天神族はその必要性を感じなかったようです」


 王太子はがっくりと肩を落とした。セラート予言が避けられないと悟ったからだ。

「気落ちしている場合ではないな。予定通りに計画を進めるしかない」

「協力できることがあれば、手伝います」

 王太子がニヤッと笑った。

「そう言ってくれると思った。収納碧晶を作ってくれ。報酬は碧玉樹実晶三個でどうだ」


 王太子は三〇個ほどの碧玉樹実晶を、リカルドに渡した。石炭の運搬に使うらしい。

「ところで、一点だけ確認したいことがある」

「何でございましょう」

「この世界の人間は、どこから来たのだ?」


 リカルドは顔を強張らせた。

「推測ですが、二つ考えております。一つは天神族が創った可能性です。卓越した力を持つ天神族なら、十分に可能です」

 王太子がなるほどというように頷いた。この国の宗教でも大地母神ヴァルルが人と動物を創ったということになっている。その可能性は受け入れられるのかもしれない。


「もう一つは何だ?」

「別の世界で生まれた人間を、この世界に連れてきた可能性でございます」

 王太子とリカルドの間に、重い沈黙が広がった。

「……人間の本当の故郷が別にあるというのか?」


 宇宙空間に浮かぶ地球の姿が、リカルドの頭に浮かんだ。

「まさかな……」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何でもございません。ただ、今のは仮説でございます。何かの根拠があるものではありません」


 話し終えたリカルドは、碧玉樹実晶を持って副都街に戻った。

 賢者ミミズクのメルが滑空してきて、リカルドの肩にとまる。メルがいるということは、アントニオが帰ってきているということだ。

 最近、メルはアントニオと一緒に司政庁舎へ行っている。治安警邏隊と一緒になって、副都街の警備活動をしているのだ。


 魔獣が侵入しないか、空から見張る仕事をしているのである。偶に野ウサギなど狩ることもあった。メルは普通のミミズクより力が強く、狩りの時はネズミなどでなく野ウサギを狙う。

 メルにとって狩りは本能であり、獲物を見つけたら襲いかからずにはいられないのだ。


「今日も狩りをしたのか?」

「したーっ。ウサギ捕まえた」

 メルもちゃんとした言葉を喋れるようになっていた。アントニオが顔を出し、メルを見て笑った。

「お前に頼みがあるそうだぞ」

「メルが?」


 メルのお願いというのは、メル用の収納紫晶が欲しいということだった。狩りで仕留めた獲物を持ち帰るためである。

「分かった。今度作ってあげるよ」

「リカ、ありがと」

 リカルドは食事と風呂を済ませた後、自室で買い溜めていた紫玉樹実晶を取り出した。


「獲物を持ち帰るのだから、冷蔵収納紫晶がいいのか。それとも普通の収納紫晶か」

 メルは冷たい肉を食べないので、普通の収納紫晶にした方がいいかもしれない。紫玉樹実晶を一個だけ手に取る。その時、ふと亜空間収納スペースであるポグをどこまで大きくできるか挑戦してみようと思った。

 これまで収納紫晶の収納スペースは、大型のボストンバッグ程度だった。


 これまでの修業により、魔力制御は格段に向上したはず。その魔力制御を全力で使えば、もっと容量の大きな収納紫晶ができるのではないかと考えた。

 

 リカルドは魔力を使って紫玉樹実晶を調べた。すると、今まで感じ取れなかったものに気づいた。亜空間へ繋がる扉までへの通り道が、迷路のようになっておりところどころで目詰まりしているようなのだ。

 目詰まりしているポイントに魔力を無理やり注ぎ込むと、魔力が周囲に溢れ出し魔操刻が失敗する。

 紫玉樹実晶の当たり・ハズレは、迷路の直線部分に目詰まりがないものが当たりで、それ以外がハズレとなるようだ。


 また、ポグに魔力を注ぎ込むことで収納容量を増やす時も、注意が必要なことが分かった。亜空間の境界面は風船の薄い皮のように脆い。力任せに魔力を注ぎ込むのではなく、ゆっくりと定量の魔力を注ぎ込むことで限界容量を増やすことができるようだ。

 魔力を細い針のように収束し、試しに紫玉樹実晶の魔操刻を始めた。迷路のようになっている通路の目詰まりしているポイントを避けながら、魔力の針を進める。


 この紫玉樹実晶はハズレだったようだ。リカルドは魔力の針を操作して迷路のような通路を通り抜けポグに到達。魔力を注ぎ込み始めた。

 それまで注ぎ込んでいた魔力量の二倍を紫玉樹実晶に注入することができた。その分、収納容量も大きくなり、大型ボストンバック二個分の容量を持つ収納紫晶が完成。

 リカルドは鳥の足に付けられる装飾具を作り、メルにプレゼントした。もらったメルは、非常に喜んだ。


 翌日から、王太子に頼まれた収納碧晶の作製を開始した。もちろん、メル用の収納紫晶を作った時の経験を活かして、容量拡張版を作製する。

 この容量拡張版は、これまでになかった革新的なものだと王太子や商人たちから認められた。それにより作製者であるリカルドの技術力は、魔砲杖の発明者ルチオ・チェファルに匹敵すると評判になった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その頃、モルドス神国の首都ベリアスでは、ブラジコフ教皇王が憤懣やるかたないという表情で玉座に座っていた。

「レオニート、ベリアスの復興は進んでおるのか?」

 国務相のレオニートは、顔を伏せる。

「あの化け物が残した傷跡は深く、復興は遅れております」


 教皇王の顔が醜く歪む。

「どういうことだ。誰の責任だ?」

 レオニートは、お前の責任だと言いそうになるのを堪えた。それを言えば、国家の重鎮でも死刑になるのは確実だったからだ。


「誰の責任と言われると、あの卵を首都に運び込んだセシリオ神官でございましょう」

「そうだな。すぐさま奴を捕縛し、大広場で公開処刑にしろ」

「畏まりました」


 巨蟻との戦いで生き残ったセシリオ神官は、いきなり現れた神官兵により捕縛され処刑された。

 しかし、セシリオ神官が死んだからと言って、ベリアスの復興が早まるわけではない。

 店を壊されて商売ができなくなった商人や工房を壊されて働き場所を失った職人たちは、絶望して首都ベリアスから逃げ出す者も現れた。


 その人々がどこへ向かったかというと、ロマナス王国のメルビス公爵領である。その国境線は巨蟻が暴れたために穴ができており、自由に行き来できたのだ。

 メルビス公爵領側も巨大蟻によりイシス砦が崩壊しているので、満足な取締ができない状態なのだ。

 難民たちが領地に入り、スラムのようなものを形成し始めていると知ったメルビス公爵は、顔をしかめた。


「このままでは、まずいわ。ヴァルガス、モルドス神国はどうなっているの?」

 公爵が密偵部隊の長であるヴァルガスに確認した。

「神国も承知しているのですが、巨蟻ムロフカとの戦いで、教皇王の権威が弱まっているため、手を打てないようです」


 公爵が盛大に溜息を吐き出した。

「以前なら、理不尽な命令であっても、教皇王の一声に従うと言われていた神国民が……」

「難民となって、我が国に移動してきた者たちは、天空神クライールの教えを捨て、大地母神ヴァルルの教えに帰依するとまで言っております」


 これには公爵も酷く驚いた。

「なんと……神国民にとって、巨蟻ムロフカは凄まじい恐怖の対象だったようね」

「はい。それを倒したロマナス王国は、神に選ばれた者が支配する国だと噂が流れております」

「その神に選ばれた者というのは、王太子殿下と魔術士リカルドのことを言っているのかしら?」

「左様でございます」


 魔術により山が吹き飛んだ様子を見ていたモルドス神国の兵士たちは、神の御業であると思ったらしい。神がロマナス王国に味方して、巨蟻ムロフカを倒したのだと。

 その噂はモルドス神国に広まり、天空神クライールの代理である教皇王への不信が広まったようだ。

「我が領土へ入り込もうとする神国民を取り締まれないの?」


「まずは、イシス砦を修復しなければ、難しいでしょう」

 国境線の要となるイシス砦が壊れたままでは、取締もできないと、ヴァルガスが意見を述べた。

「はあっ、頭が痛いわ。王太子殿下に御相談しなければならないようね」

 ヴァルガスが微妙な顔をする。


「王太子殿下が、力を貸してくれるでしょうか?」

「メルビス公爵家は、王家に頭を下げ、戦賦税を払うことも誓った。残念ながら、私の代では誓いを守らなければならないでしょう。でも、その代償に王家は、メルビス公爵領を守る義務が生じたわ」

「では、王都へ先触れを出しましょう」


 メルビス公爵は、王都へ向かう。

 王都に到着した公爵は、バイゼル城に登城し王太子と面談した。

「公爵が、わざわざ王都を来訪したということは、領地で何か起きたのかな?」

「王太子殿下、申し訳ございません。モルドス神国との件で、問題が発生しました」


 王太子の眉間に刻まれたシワが深くなった。

「申してみよ」

 公爵は難民が領地に押し寄せていることを話した。

「ふむ。公爵の落ち度ではなく、教皇王の対応がまずかった、というか何もしなかったのが原因か。困ったものだ」


「いかが致しましょうか?」

「モルドス神国へ外交官を派遣し、この問題について話をしよう」

「私もそれがよろしいかと思います。我が領地へ侵入した難民はどう致しますか?」

「神国と話がつくまで、このままということになる。王家から食料を送ろう。それで対処してくれ」

「分かりました。ありがとうございます」



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