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scene:199 異星人のジボウ

「セルジュ、ジッとしていろ」

 リカルドは木を登り始めた。セルジュが泣きそうな顔で固まっている場所まで登り話しかけた。

「怪我はないか?」

 セルジュが頷いた。大丈夫なようだ。木に登ったものの怖くなって動けなくなっただけらしい。


「どうして、木に登ったんだ?」

「木の上に変なのが見えたから」

 パラシュートを見て、それを確かめようと思ったらしい。リカルドも上を見上げパラシュートを確認した。木に引っかかっているのは、傘の部分だけで吊り下がっていた物、または人物の姿はない。


 リカルドはセルジュを抱きかかえる。

「セルジュ、首に手を回してしっかり捕まるんだ」

「うん」

「それじゃあ、下りるぞ」

 リカルドは慎重に木を下り始めた。地上ではモンタを抱いたパメラが心配そうに見上げている。


 地面に下り立ったリカルドは、セルジュを下ろしパメラと一緒に大公園の出口へ向かった。

「セルジュとパメラだけで家に帰れるか?」

「うん、大丈夫」

「パメラも大丈夫だよ」

 リカルドは、モンタも一緒にセルジュとパメラを帰らせた。一応モンタは、二人の護衛である。


 パラシュートの場所に戻ったリカルドは、パラシュートで空から下りたものを探した。セルジュが登った木を中心に周囲三十メートルほどを探し、倒れている者を発見した。

「な、何だ、こいつは?」

 リカルドが発見した生物は、人間ではなかった。ブルドッグのような顔をした犬人間だ。腹の辺りから血が流れ出している。パラシュートを外して地面に下りたが、ここで力尽きたようだ。


「こいつは宇宙人? 信じられない」

 リカルドは頭上に気配を感じて見上げた。だが、何も見えない。その時、空の一部が僅かに歪み見えない何かが近付いてくる気配を感じた。

『現地人ヨ、ソノ不法侵入者カラ離レヨ』

 頭の中で声が響いた。


「これは思念によるものなのか?」

『ソウダ。現地人ノ登録情報ニ、該当スル存在ト確認。クレブレス研究地区ノポイント4研究所デ、調査シタ個体ダナ?』

「リカルドだ。お前は、魔境で会った異星の研究助手の仲間か?」

 目に見えなかった存在が、姿を現した。それは直径五十センチほどの球体で、その一部から眼のような機械がキョロキョロと動いている。


『我ハ キャリサー14、探索艦ヴィゼル ノ地上探索担当』

 探索ロボットという存在なのだろうか? 不法侵入者と言っていたが、探していたのは倒れている犬人間だったのか? リカルドの頭にいくつかの疑問が浮かんだ。

 リカルドは犬人間を指差し尋ねた。

「こいつは何者なのだ?」


『アウレバス天神族ガ管理スル星系ニ、不法侵入シ星系内ヲ調査シヨウトシタ犯罪者デアル』

 他人の星系に無断で入った不法侵入者ということのようだ。探索艦ヴィゼルは、侵入者の宇宙船を撃破したらしい。

 リカルドは魔境の件で、天神族の責任者と話をしたいと思い、探索ロボットに頼んだ。

『第五階梯種族ガ、天神族ト会話スルコトハ許サレテイナイ。ダガ、コノ個体ハ例外的ナ存在デアルトイウ情報アリ。確認シマス』


 少しの間待ち時間があり、探索ロボットから声が聞こえた。

「現地人よ。私は天神族の下僕、スーチャ星のジボウである。天神族と会話は許されない」

 探索ロボットから発せられた無線機からの声を聞いて、懐かしい気分になった。リカルドは仕方ないと諦め、ジボウと名乗る異星人に話しかけた。

「ジボウ殿、質問してもよろしいですか?」


「その代わり、検査を受けてもらうがいいか?」

 リカルドは、魔境の研究所で受けた検査を思い出し顔をしかめた。異星人にとって、検査というのは重要なものらしい。

「いいでしょう。まずは魔境が九十年周期で、大寒波が起こる理由を教えてください」

「簡単なことだ。九十年に一度、魔境の地下に建設されている惑星環境制御装置が環境変数の再計算のために、リセットされる。その影響だ」


「えっ」

 リカルドは聞き間違いかと思うほど驚いた。惑星環境制御装置? 話が大きすぎて理解できない。それに、なぜリセットする必要がある?

「なぜ、リセットする?」

「ここの恒星は、九十年周期で活動が変わる。恒星を観測し、その影響を再計算するために必要なことだ」


「再計算なんて、予測モデルを作ってやれないのか?」

「……現地人のくせに生意気な。実際に観測して計算する方が正確なのだ」

「しかし、それでは住民が大寒波で苦労する」

「そんな些細なことを、天神族は問題としない」


 リカルドの握り締めた拳が震えた。天神族という種族は、ギリシャ神話の神々のような存在らしい。天神族に抗議しても意味がないだろう。

「観測に必要な時間が三年ということなんですか?」

「そうだ」

「惑星環境制御装置というものがなかった場合、この惑星はどうなるのです?」


「全球凍結する。この惑星は元々氷に覆われた惑星だった。天神族が惑星環境制御装置を建造し、この世界を創ったのだ」

「この世界を創った……」

「天神族にしたら、簡単なことだ」

「何のために?」

「実験場が欲しかっただけ、深い意味はない」


 天神族とは本当に神のような力を持つ異星人のようだ。惑星さえ造り変えられると知り、その超絶した科学力に心底驚いた。

「質問は、それで終わりか。ならば、検査を始めてもいいかな」

「待ってください。最後に一つだけ、九十年に一度、魔境から魔獣が溢れ出すと聞いている。それはどうしてなんだ?」

「惑星環境制御装置が再起動する時、空間に干渉するようなエネルギーを発する。それに驚いて逃げるのかもしれん」


 リカルドは検査を受け、地獄のような苦痛を味わった。検査が終わり、探査ロボットが、倒れている犬人間に近付いた。

 どうするのだろうと見ていたリカルドの目の前で、ロボットが何かをすると犬人間の遺体が消えた。

 こういう現象は見慣れている。収納碧晶に物を仕舞う時と同じだ。だが、近くにいたのに、魔力を感じなかった。

 収納碧晶とは違う原理で動いている仕掛けらしい。


 探索ロボットは、光学迷彩機能のようなものを使い姿を消した。そして、気配も消える。立ち去ったようだ。

「セラート予言は確実に実現することが判明したということか。この情報は王太子殿下にも言えないな」

 惑星環境制御装置なんてものを、どう説明したらいいか分からない。

 リカルドは自宅に戻った。


「あっ、リカルド兄ちゃんだ」

 セルジュが駆け寄って飛び付いてきた。リカルドは受け止めて笑う。

「元気になったようだな」

「助けてくれて、ありがとう」

 礼を言う余裕ができたらしい。


「ねえねえ、木の上にあったのは、何だったの?」

 パメラが質問した。

「パラシュートというものだよ。高いところから人や物を落とす時に使うんだ」

 首をコテッと傾けるパメラ。理解できなかったようだ。


 リカルドはハンカチと紐を使って玩具の落下傘を作って、パメラに渡した。パメラは落下傘を投げ上げ、ゆっくりと落ちてくるのを見て喜んだ。

 それを見ていたモンタは、パメラが投げ上げた落下傘に向かって飛び付いた。小さな落下傘にモンタの体重を支える力はなく、紐が絡みついたまま落下した。


「リカ、リカ、たしゅけて」

 落下傘の紐に絡まったモンタが、床の上でジタバタしている。

「何をやってるんだ」

 リカルドにより救い出されたモンタは、おとなしくなった。


 その夜、自分の部屋に戻ったリカルドは、異星人ジボウとの会話を思い出し考えた。

「天神族が、どんな実験をしているのか質問すればよかった」

 ちょっと想像した。この世界で特徴的なのは、強力な魔獣が存在することだ。これが生物兵器を創り出すための実験なら、人間が魔術を使えることになったのも、同じなのだろうか?

 この星の人々も、生物兵器の実験として飼育されている存在にすぎないのではないか? 恐ろしい想像が頭に浮かび、リカルドは眠れなくなった。


 翌日、魔術士協会へ行ったリカルドを、珍しい人物が訪ねてきた。宮廷魔術士になったサルヴァートである。

「珍しい、サルヴァート殿ではないですか。今日はどうされたのです?」

「究錬局の局長に尋ねたいことがあって訪れたのだが、リカルド殿の専門だと言われて、こちらに来たのだ」

 リカルドは、自分の専門と聞いて訝しげな顔をした。特に専門などというものを決めた覚えはなかったからである。


「具体的には、どういうことなんでしょう?」

「君にだけは話しておこう。僕は賢者マヌエルが残した資料を手に入れた。その中にいくつかの知られていない魔術単語が書かれていた」

「それは、興味深いですね」


 リカルドは、賢者マヌエルが残した資料に興味を持った。だが、サルヴァートが資料を見せてくれるとは思えない。

「それで、自分に何を教えて欲しいんです?」

「この魔術単語について知っているなら、教えて欲しい」

 サルヴァートからリカルドへメモが手渡された。


 メモに書かれた魔術単語は『ヒメゲレヴト』。因子文字で『爆ぜる赤き太陽』と書かれている。赤き太陽という言葉は夕陽を意味する。だが、爆ぜるが付くと……。

「赤き太陽とあるので、夕陽のことだと思うのだが」

 サルヴァートは夕陽だと考えたようだ。


「この魔術単語は、賢者が残した上級魔術に使われているものなのですか?」

「いや、これは賢者が【火】の特別な魔術を開発しようとされていた時に残されたメモだ」

 賢者は特級魔術を開発していたのだろうか、リカルドは知識を総動員して考えた。

「これは【火】の特級魔術の一部かもしれませんね」


 サルヴァートが目を見開き驚いた。

「特級魔術だと……まさか、君が巨蟻ムロフカを倒す時に使ったと言われている魔術なのか?」

「いえ、あれとは別です。それに『爆ぜる赤き太陽』は夕陽のことではないと思います」

「では、何だというんだ?」


 リカルドは上を指差した。

「夏の夜に、北の方角の空に赤い星を見たことはありませんか?」

「知っている。確か紅竜星という名前だ」

「その紅竜星のような星のことを言っているんだと思います」


「太陽と星とは違うぞ」

 この星に住む人々の認識では、サルヴァートと同じく太陽と星とは異なるものだというのが常識となっている。その誤りを正すには、宇宙について説明しなければならない。

 そして、その知識の出処も疑われるだろう。


「王太子殿下と魔境へ行った時、いくつかの貴重な情報を得ました。赤き太陽とは紅竜星のような星だと書かれていました。それに紅竜星のような赤い星は、最後に爆発して死を迎えるそうです」

「爆発する赤い星か……注釈とも符合する。この魔術単語を使えば、かなり威力のある魔術ができそうだな。ありがとう。参考になったよ」

「いえ、こちらこそ勉強になりました」


 サルヴァートがリカルドの研究室を見回した。

「最近は、どんな魔術を研究しているんだ?」

「九連シリーズです」

「ああ、革新派がその魔術を使って活躍したんだって、聞いたよ」


 しばらく雑談してからサルヴァートが帰った。リカルドは『ヒメゲレヴト(爆ぜる赤き太陽)』について考えた。この魔術単語は凄まじい威力を持った魔術の一部となり得る。

「だけど、これが赤色巨星を意味するなら、その爆発は超新星爆発だ。白色矮星をイメージする特級魔術【白星焔弾】でさえ、限界だったんだ。さすがに無理じゃないか」

 リカルドは諦めかけたが、時間を掛けて研究することにした。



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