scene:197 九連シリーズ
「この威力を見れば、【九天裂風】に欠陥があったのは確かね」
リカルドとパトリックが、同意した。
「けど、これだけではダメだがね」
「そうだな。複数の魔獣を倒せる魔術というパトリックの要望には、応えたことにはなっていない」
タニアが、リカルドが提供した魔境の円柱に書かれた記録を詳しく調べたいと頼んだ。
「どうしたんだがね?」
「この記録にヒントが潜んでいるような気がするのよ」
「なら、三人で手分けして徹底的に調査しようか?」
「賛成」
三人はリカルドの研究室に戻ると、記録を調べ始めた。
「この単語は、何の意味があるんきゃ?」
パトリックが気になったのは、賢者の『魔術大系』にも書かれているのだが、賢者も疑問符を付けていた魔術単語だ。
「このアキュセとビロベスだけど、この二つを合わせると『キュセロベス』になるじゃない」
「『魔術大系』では、アキュセとビロベスをどう書かれているんきゃ?」
リカルドは『魔術大系』で二つの単語を調べた。
「アキュセは竜の一部、ビロベスは裂けるという意味ではないか、という注釈が付いている」
「竜の一部……竜爪じゃないの? それにビロベスは、切り裂けという意味じゃないんだ」
「ちょっとずつ違うがね」
三人は少しずつ調査を進め、いくつかの魔術単語を分解し違う組み合わせで結合することで意味のある魔術単語を新しく作った。賢者でさえ知らなかった魔術単語を組み込んだ呪文が完成した。
呪文が完成しても魔術が完成したことにはならない。触媒の量とイメージも重要なものなのだ。
何度も実験して、二つの上級魔術が完成した。
一つは【九爪竜撃】と名付けた上級魔術である。九本の竜爪のような風の刃を、合図の声で一発ずつ放つ魔術である。合図で放たれる一撃は、暴黒モグラを仕留めるのに十分な威力があった。
まさにパトリックが求めていた魔術である。
もう一つは【九牙竜爆】である。九本の竜牙のような風の槍を、合図の声で一発ずつ放つものだ。合図で放たれる一撃は、暴黒モグラより格上である冥界ウルフを仕留める威力を持っていた。
威力だけなら【九爪竜撃】より上だが、なぜか飛翔スピードが砲弾並みに速くなり、飛翔途中で軌道を変えるということができなくなっていた。
「何で、【九牙竜爆】が無茶苦茶速くなったの?」
「最初に試したのは、リカルドだがね。我々はそれを見て真似たからだと思うから、リカルドに聞くしかないがや」
リカルドは溜息を吐いた。説明し難いのだ。最初に試した時、戦争映画で見た戦車砲発射時のイメージを頭に浮かべながら【九牙竜爆】を発動したので、飛翔スピードが砲弾並みに速くなったようだ。
「これで暴黒モグラの群れぐらいなら、問題なく倒せるようになったがね」
「モンタも」
リカルドの肩の上で、モンタが声を上げた。
モンタはリカルドたちが【風】の上級魔術を開発していると知ると、開発に参加するようになった。得意の【風】でパトリックには負けられないと思ったらしい。
何で対抗意識をパトリックに持ったのかは、謎である。しかし、毎日のように魔術士協会へ来ては、リカルドたちの研究を見守った。
リカルドたちが何度も実験を繰り返し開発を進めている間に、モンタが【九爪竜撃】と【九牙竜爆】の魔術を理解し、習得してしまった。
モンタが【九爪竜撃】と【九牙竜爆】を使えるようになったと、リカルドたちに言った時、パトリックとタニアは信じられなかった。
そこで訓練場で試すことになった。
モンタは簡単な【風】の魔術なら触媒なしでも使えるが、上級魔術となると触媒が必要になる。モンタは魔成ロッドと触媒を手に持って構える。
標的の土嚢の山に向かって構えたモンタが、魔力をロッドに流し込み触媒を撒く。
「シェナ・ヴェゼラシル・オボスキュセ・ジュセムロベス」
モンタの周りに薄い紫色に輝く九つの竜爪が現れた。リカルドたちが【九爪竜撃】を使った時に現れる竜爪に比べると若干小さいが、ちゃんとした【九爪竜撃】の竜爪である。
「アン」
モンタが合図した瞬間、空中に浮いている竜爪の一つが、飛翔して土嚢を切り裂いた。土砂が盛大に空中に舞い上がる。
「ドゥ」「トロワ」「キャトル」「サンク」「シス」「セットゥ」「ユイット」「ヌフ」
なぜかフランス語で数を叫ぶモンタ。数を叫ぶたびに竜爪が土嚢を切り裂いた。
合図がフランス語になったのは、リカルドが冗談で提案したら、音の響きが良いとタニアたちが賛成したからだ。
要は何でも良かったのである。
それで終わりではなかった。モンタは続けざまに【九牙竜爆】も使ったのだ。
これにはタニアたちも驚いた。
「モンタちゃん、絶対に人に向けて使ったらダメな魔術なんですからね」
「分かってる。モンタは、そんなことしない」
「はあーっ」
タニアとモンタの会話を聞いていたパトリックが、盛大に溜息を吐いた。
リカルドが気付いて声をかける。
「どうしたんだ?」
「モンタは、【九爪竜撃】と【九牙竜爆】を連続で使えたがね」
リカルドが頷いた。
「できるみたいだな」
「ということは、魔力量がワイと同じか多いということだがね」
リカルドは苦笑した。
「モンタは賢獣なんだ。人間と比べてどうする」
リカルドの肩でアーモンドを齧っているモンタに目を向け、
「こんなに小さいのに負けるのかと思うと、溜息ぐらい出るがや」
モンタが食べかけのアーモンドをパトリックに投げた。
それがパトリックの額に当たる。
「痛っ」
「モンタ、小さくない。可愛いだけ」
リカルドは笑って、そうだなと同意した。
リカルドたちが開発した魔術は、九連シリーズと呼ばれるようになった。そして、その劣化版のようなものがタニアとパトリックにより開発される。
【九爪狼撃】【九牙狼爆】という中級魔術である。
この中級魔術は、革新派の魔術士には無条件で教えた。なぜかと言うと魔獣を倒して、少しでも魔力量を上げて欲しいという思いがあったからだ。
革新派の中で上級魔術である【九爪竜撃】と【九牙竜爆】を使えるほどの魔力量を持っていたのが、リカルドたちとシドニーだけだという事実を不安に思ったのだ。
革新派は若い魔術士が多いので、仕方ないという面もある。魔力量を短期間で増やすというのは、難しいことなのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「ジャンピエロ局長、お聞きになりましたか?」
究錬局の局長室で仕事をしていたジャンピエロに、同じ長老派のコジモが尋ねた。
「何のことだ?」
「革新派の連中のことです。タニア副局長たちが新しい中級魔術を開発して、革新派の魔術士に教えているそうです」
ジャンピエロが鼻で笑った。
「ふん、今さら中級魔術くらいで騒ぐな」
「ですが、かなり使える魔術らしいのです」
「そうか。それで威力はどれほどなのだ?」
「牙猪を一撃で仕留められる攻撃を、連続で九回放つというものです」
「ほう、【九天裂風】の劣化版のような魔術なのだな」
「少し違うようです。【九天裂風】は一斉に九撃の風の刃が敵を攻撃します。ですが、革新派の新魔術は、合図によって一発ずつ敵を攻撃するのです」
「それでは威力が分散することになる」
「しかし、多数の敵を相手にする場合なら、便利な魔術となっているのです」
「なるほど、魔獣を九匹までなら倒せるということか。中々考えたものだ。だが、倒せるのが雑魚だけなら、あまり意味がない。そうだろう?」
「……そ、そうですね」
ジャンピエロはあまり意味がないと言ったが、世の中には大量の魔獣が棲み着いている場所がある。小鬼族の巣や冠大トカゲの繁殖地である赤い煌竜石の採掘場だ。
そういう場所なら、魔獣を倒すことで魔力量を大幅に増やすことができる。『恩恵選び』で【魔力量増強】を選んでいる魔術士だからこそできることだ。
リカルドの研究室から討伐局の建物に戻ったパトリックは、食堂へ向かった。
「パトリックさん、また仕事だそうですよ」
後輩のイレネオが呼びかけた。
イレネオは革新派のメンバーで、元小僕の一人である。
「仕事……場所はどこだがね?」
「ジブカの近くにある山に、爆食ネズミの群れが棲み着いたそうなんです」
港町であるジブカは王領でも重要な町だ。その近くに爆食ネズミが棲み着いたという知らせは、放っておくことができない。
それに爆食ネズミの繁殖力は凄まじいので、長く放置すれば山全体がネズミにより占拠されてしまうだろう。
パトリックが顔を歪めた。地面を素早く駆け回る大ネズミは、酷い臭いがするのだ。
「それで、何人くらいで行くんきゃ?」
「二〇人ほどだと言っていました」
討伐チームのリーダーは、長老派の幹部であるダリルというベテラン魔術士だ。パトリックは一度一緒に討伐任務をしたことがある。
その時の経験から、不安になった。
「統率するのはダリルさんきゃ。ちょっと心配だがね」
ダリルはベテラン故に、以前に成功した方法に固執する傾向がある。なので、イレギュラーな状況が起こると、戸惑って失敗することがあるのだ。
今回の任務には、革新派から九人が参加する。どうやら九連シリーズの魔術が使えるので、選んだようだ。
王都を出発したパトリックたちは、その夕方にジブカに到着した。そこで一泊してから近くの山へと向かう。
「いいか、お前ら。ネズミは火を嫌う。爆食ネズミに囲まれたら、とにかく【火】の魔術を使え」
「山火事は心配しなくてもいいんですか?」
「構わん。仲間の誰かが、【消火水弾】で消してくれるから、心配するな」
パトリックも【消火水弾】と【爆水消火】を使えたので、小さな火事ぐらいなら問題ないだろうと思った。
山裾に到達し四人ずつの班を作って、爆食ネズミを探し始める。パトリックが一緒になったのは、王権派のカイルと長老派のベラテス、ミノラだった。
この三人は討伐局に入ったのが、パトリックと同じ頃で何度か組んだことがある。
「なあ、パトリック。革新派の者は新しい魔術を習ったそうだな」
「ああ、ワイとタニアで作った中級魔術だがね」
「ん? リカルドも開発に参加したと聞いたけど」
カイルはリカルドとタニアと一緒になって研究していたことを知っていたようだ。
「今さら中級魔術なんかを開発する必要は、リカルドにはないがね。リカルドと一緒に研究しとったのは、上級魔術だがや」
「そうだよな。それで、その上級魔術は完成したのか?」
「ああ、完成したがね」
「いいな。どんな魔術なんだ?」
「【九天裂風】の改良版だがね」
「えっ、それが【九爪狼撃】と【九牙狼爆】じゃないのか?」
「リカルドが、わざわざ劣化版を作るわけないがね。その二つは若手魔術士のために、タニアと一緒に開発したもんだがね」
「そうだったんだ」
リカルドは魔彩功銃と魔功ライフルを所有しているので、あまり必要性を感じていなかったようだ。それにデスオプロッドも所有しているので、触媒が尽きた時は魔成ロッドの衝撃波で倒せばいいと思っているらしい。
デスオプロッドという言葉で、ナサエル副局長のことを思い出した。
こういう仕事こそ、ナサエル副局長が相応しいような気がする。あの副局長なら、笑いながら魔成ロッドを振り回して爆食ネズミを撲殺していただろう。
「パトリック、ネズミだ」
爆食ネズミが六匹の群れで現れた。パトリックは【九爪狼撃】の触媒を用意する。魔彩功銃でも良かったのだが、試してみたくなったのだ。
「ワイに任して」
パトリックは急いで【九爪狼撃】を発動した。
空中に鎌ほどの大きさがある九本の狼爪が浮かぶ。
「アン」
パトリックの合図で一本の狼爪が飛翔を開始して、爆食ネズミの胴体を切り裂いた。その大ネズミは地面に転がった。
「えっ」「何だ?」
周りで見ていた魔術士たちは、残りの狼爪がピクリとも動かないことに驚いた。
「ドゥ」「トロワ」「キャトル」……
パトリックが次々に合図の声を口にすると、その狼爪がそれぞれの大ネズミに向かって飛翔し切り裂いた。
一つの魔術で爆食ネズミが全滅した時、周りの魔術士たちが沈黙した。
「こんなものだがね」
「ちょっと待て、何なんだ、その魔術は?」
「【九爪狼撃】というがね。珍しい魔術だが、驚くほどじゃないがね」
「驚くに決まっているだろ」
他の三人は、合図によって次々と飛翔を開始する風の刃というアイデアが思いもしなかったものであり、驚いたようだ。




