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scene:191 リョゼン伯爵の遺言

 リョゼン伯爵家の執事と聞いて、イサルコが頷いた。

「魔術士協会のイサルコだ。こちらは同僚のリカルドである」

 ダヴィドは若いリカルドを見て、イサルコの世話係か何かだと思ったようだ。

「それで、葬儀は終わったのだな?」


「はい、遺体があまり傷まないうちに、無事終えました」

「親族の皆さんは、集まっているのかね?」

「はい、イサルコ様のご到着を待っております」

 伯爵の親族ともなると、領内の町で代官をしている。それほど暇ではないと思われるが、伯爵の跡継ぎ問題となると放置できないのだ。


「儂と同じ次期領主候補であるアンセルモ殿とガヴィノ殿も、いるのだな」

「はい。イサルコ殿が到着しだい話し合いを始めるとの、指示を受けております」

「ふん、休ませてもくれぬのか。まあ、いいだろう」

 リカルドとイサルコは、候補二人と親族が待っているという会議室に向かった。

 モンタはリカルドのショルダーバッグの中ですやすやと寝ている。


 イサルコが到着した時点で、屋敷に滞在している親族を会議室に集めるよう指示が出ていたようだ。リカルドとイサルコが会議室に行くと、二人の候補と親族四人が待っていた。


 候補の一人アンセルモは、四〇代後半の太った男だった。昼間だというのに酒を飲んでいたのか、トロンとした目で座っている。もう一人のガヴィノは、ひょろりとした背の高い五〇歳ほどの男で、酷薄そうな顔をしていた。

「チッ、待たせやがって」

 アンセルモが吐き捨てるように言った。

「待たせたようですまない。魔術士協会のイサルコです」


 親族の視線がリカルドに向けられた。

「そちらは、イサルコ殿の息子さんかな?」

 親族の一人が訊いた。年齢的には息子でもおかしくない年齢なんだと、リカルドは改めて思った。リカルドは苦笑して自己紹介する。


「なぜ、魔術士協会の者を?」

 親族の一人が尋ねた。

「魔術士協会の理事の一人として、詳しい状況を魔術士協会へ知らせる必要があると考えたのです」

 イサルコはリカルドを報告係として連れてきたと告げた。

 アンセルモは不機嫌な顔でイサルコを睨んで吐き捨てるように言った。

「ふん、自分が伯爵になれると考えているようだが、思い上がりだな」


 ジロリとアンセルモを睨んだイサルコとリカルドが席に座る。すると、ガヴィノが立ち上がった。

「三人の候補者が揃った。早速次期領主を誰にするか、決めようじゃないか?」

 ガヴィノが目で執事に合図を送った。

「候補者三人がお集まりになりましたので、リョゼン伯爵様からお預かりした遺言書を読ませて頂きます」


 伯爵の遺言は、意外なものだった。魔境から『ハードスパイスの実』『薬草ポルア草』『魔境岩塩』のいずれかを最初に持ち帰った者を後継者とする、というものだった。

 この三つは伯爵が生前にリョゼン領の特産物にしようと計画していたが、果たせなかったものだという。

「何だよ、それは。魔境のどこにあるのか分からないものを探せというのか?」

 ガヴィノが荒い口調で声を上げた。


 執事のダヴィドが深く頭を下げた。

「手掛かりは、書斎の記録簿にあります。そして、魔境へは必ず候補者ご本人が行かれることが条件でございます」

 それを聞いたイサルコは顔をしかめた。

 候補者が魔境で命を落としても構わないと、伯爵が思っていたことが分かったからだ。


「どう思う?」

 イサルコはリカルドに尋ねた。

「面白い遺言です。領主候補の力量を試そうということですね。貴族の遺言とは、こういうものなんですか?」

「まさか。こんな遺言は初めて聞いたよ」


 アンセルモが立ち上がって遺言を読み上げた執事を睨みつけた。

「馬鹿げた遺言だ。そんなことで次期領主を決めていいはずがない」

「これは、伯爵様のご遺志です。辞退なさるというのなら、そう宣言してください」

 怒ったアンセルモは、右足を叩きつけるように床を踏みつけた。

「誰が辞退すると言った」


 ひょろりとしたガヴィノが薄笑いを浮かべて、太っているアンセルモに視線を向ける。

「ふん、魔境と聞いて臆病風に吹かれたか」

「何だと、私が問題にしているのは、次期領主を決める方法としては相応しくないと言っているのだ」

「それならどうやって決めるというのだ。まさか、大食い競争でもしようというのではないだろうな」


「違う。親族が集まっているのだ。話し合いで決めればいいだろう。そうだろう?」

 アンセルモが親族たちに視線を向けた。

 リョゼン伯爵家の分家筆頭である男が立ち上がった。

「話し合いか。それでも儂らはいいぞ。だがな、その場合は今までの実績を考慮して新当主を決めることになる。君の実績はどういうものだ?」


 アンセルモは、リョゼン伯爵から田舎町の代官を任されたことがある。その時は、部下に仕事を任せ領都で遊んでいた。おかげで伯爵からの信用を失い、二度と重要な仕事は任されなくなった。

 一方、ガヴィノは伯爵の助手みたいなことをやっていたが、あまり重用ちょうようされることはなかった。ガヴィノは監視していないと手を抜く癖があった。この男には責任感というものが欠如していたのである。


「どういう意味です。私は代官を務めた実績がある」

「私だって、伯爵の仕事を手伝っていた」

 分家当主は首を振った。

「リョゼン伯爵は嘆いておられた。お前たちの出来が悪いとな」


 出来が悪いと言われた二人は不機嫌な顔をする。

 イサルコは意外に思った。親族はアンセルモとガヴィノのどちらかを後継者に推すと思っていたのだ。しかし、全員がそう思っているわけではないようだ。

「アキュラス殿、お二人は本気を出さなかっただけでしょう。伯爵の後を継げば、立派に務めを果たされるに違いない」


 そう言ったのは、もう一人の分家であるバウザという男だった。

 リカルドは、バウザが候補の二人を持ち上げる様子を見ていて、胡散臭い男だと思った。

 もしかすると、二人のどちらかを飾りとして担ぎ上げ、自分がリョゼン領を支配しようと考えているのかもしれない。


 イサルコがうんざりした顔でバウザに視線を向けた。

「ここは遺言通り、伯爵の試練を受けようではないか」

 ガヴィノは、その提案に不服そうだ。

「イサルコ殿は、以前魔獣ハンターをしていたようですな。この遺言は、あなたに有利なのではないか?」


 イサルコが否定した。

「我々は二人しかいない。だが、君らは何人連れて行こうとも構わないのだから、有利も不利もないだろう。それとも君らは、人数を絞って二人だけで魔境へ行こうと考えているのかね」

「そんなことは言っていない。魔境へ一度も行ったことのない我々に比べて、有利だと言っているのだ」


 イサルコが鼻で笑った。

「ふん、魔境門を守る領地の当主になろうとする者が、魔境に入ったこともないとは」

「貴様、馬鹿にしているのか」

 リカルドは、イサルコの安い挑発を笑いそうになった。あまりにもみえみえだったからだ。そんな挑発には乗らないだろうと予想した。


「馬鹿になどしておらんよ。ただ王都のガイウス殿下は、セラート予言を信じておられる。その予言が来年から始まるのだ。魔境では魔獣の活動が活発化し、魔獣との戦いが激しくなるだろう。魔境に足を踏み入れたことのないような人間が、本当に領地を守れるのか?」

 イサルコが王太子の名前を出したので、二人の候補者は顔をしかめた。


 リカルドの予想は外れ、アンセルモとガヴィノは遺言通りにすることを承知した。

「だが、イサルコ殿が有利な事実は残る。なので、魔境に入る時間を一日だけ遅らせるというのは、どうです?」

 ガヴィノが小狡い提案をした。

 イサルコは条件を飲むことを承知した。


 会議が終わった瞬間、アンセルモとガヴィノは書斎に行って記録簿を調べ始めた。

 取り残されたイサルコとリカルドは、早めに休むことにした。

 翌日、書斎をアンセルモとガヴィノが占領しているので、リカルドたちは街に出た。領都モルタは王都を小型にしたような街だった。


 リカルドは街の中に不自然な空き地が多いのに気づいた。案内役に付いてきた伯爵家の使用人に尋ねる。

「あの空き地は?」

「去年の雪で潰れた家です」

 リカルドは思わず溜息が出た。王都でも雪で潰れた家があったが、これほど多くはなかった。

 王太子が全国の貴族に大雪に対応するように通達を出したはずだ。だが、補強を怠った家が多かったらしい。


 モンタがショルダーバッグの中から顔を出し、鼻をヒクヒクさせる。美味しい木の実がないか、匂いで探しているようだ。

 だが、自分では探し当てられなかったらしい。つぶらな瞳をリカルドに向け強請った。

「美味しい木の実が欲しい」

 リカルドは苦笑して、使用人に木の実などを売っている店がないか尋ねた。

 使用人が教えた店で、オニグルミに似た木の実を買った。モンタは一齧りして気に入ったようだ。


 イサルコがリカルドに尋ねた。

「この街をどう思う?」

「いい街です。ですが、魔獣への対策が不十分です」

「そう言えば、魔境から魔獣が溢れ出した時、宮廷魔術士が支援したそうだな」


「ええ、領内の魔術士は、双角鎧熊や独角竜馬を倒せなかったようです」

「セラート予言の最終年まで二年。それまでに魔術士を鍛え直すしかないな」

「そうですが、魔砲杖や魔功銃の購入も必要でしょう」

「そんな金はないぞ」

「南の大陸との交易で稼げばいい」


「なるほど、大陸間交易か。助けてくれるか」

「もちろんです。イサルコ理事には世話になっていますから……でも、本気で伯爵になるつもりなんですか?」

「王太子殿下に、リョゼン領を助けてくれと頼まれた。他の候補者がしっかりしているようなら、任せてもいいかと思っていたんだが、第一印象では失格だ」


 リカルドの第一印象でも失格だった。あの二人にリョゼン領を任せたら、大変なことになる気がする。だが、第一印象だけで決めるのは早計だろう。

 伯爵の遺言を競う様子を観察し最終判断をくだせばいい。

「ここの特産品は何なのです?」

 リカルドは使用人に尋ねた。


「はあ、特にこれといったものは、ないんですけど、山羊の放牧が盛んで、山羊乳チーズも作っています」

「チーズか。チーズは特産品になるんじゃないか?」

「領内で食べるにはいいんですが、王都まで運ぶと変な臭いが付くことが多いんです」

 変な臭いということは、運ぶ途中の品質管理が良くないということだろう。それは冷蔵収納碧晶を使えば、問題は解決する。


「美味しければ、副都街の店で使ってもいいな」

「味は保証します。ただ……」

「運ぶのは、冷蔵収納碧晶を使えばいい」

 イサルコが呆れた顔をする。

「簡単に言うが、冷蔵収納碧晶がいくらすると思っているんだ?」


 リカルドは肩を竦めた。

「近くに魔境があるんです。素材の碧玉樹実晶が手に入れば、格安で作りますよ」

 イサルコが嬉しそうに笑った。

「旨い魔獣を狩った時に、保存する冷蔵収納碧晶があれば、便利だと思っていたんだ」


 イサルコはチーズより、魔獣の肉を運ぶつもりらしい。魔獣ハンターだったイサルコらしい考えだ。

 街を一周りしたリカルドたちは、屋敷に戻った。

 書斎で記録簿を調べていたアンセルモとガヴィノはいなくなっていた。調査が終わったのだろう。リカルドたちは記録簿を調べ始めた。


 この記録簿は、魔獣ハンターや魔境門を守っている門番兵が遭遇した魔獣や魔境で採取されたものに関しての記録だった。

 二人だけで調べるのには時間がかかった。ただイサルコとリカルドは、この手の調査には慣れていた。夕方頃に痕跡を発見する。

「チッ、あいつら重要な手掛かりが書いてあった部分を破いて持っていったな」

 イサルコが腹立たしげに言った。


「あっ、ここも破かれています」

 リカルドも破れた箇所を発見して声を上げる。がっかりしたリカルドたちだったが、破かれていた箇所の前後を調べるとおおよその位置だけは分かることが判明した。

 おかげで探すポイント三箇所が判明する。


「行ってみないと、何があるのか分からんということか」

 翌朝、イサルコとリカルドは準備をして、魔境へ向かった。モンタはリカルドが下げているショルダーバッグの中で、木の実を抱いたまま寝ている。寝ることが多くなったモンタは、季節が冬に近付いていることの証拠だった。



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