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scene:19 ロマナス王国の王都

 初めて目にする王都の景観は素晴らしいものだった。

 西には南央海へと続くチェトル湾があり、整備された港湾施設や漁師のものらしき小型漁船が並ぶ砂浜が目に入った。

 その湾の奥には、辺境の都市デルブとは比べ物にならない立派な建物が並んでいた。周りを川や森林に囲まれた王都は、豊富な木材を使ってガッシリとした木造建築の家が多いようだ。

 もちろん、冬は寒いので大きな暖炉と高い煙突がレンガで作られている。

 道幅も広く、洒落た馬車が幾台も走っていた。


 リカルドが船を降りると兵士たちが待ち構えていた。怪しい人物が王都に入らないか検査しているらしい。列に並んで順番を待つ。

「良し通れ、次」

 順番が来たので兵士の前に出て、デルブの役所で作った身分証を出して見せた。

「ん、魔術士の弟子か。魔術士試験には早いな、都に来た目的は何だ?」

「師匠の命令で、魔術士協会に居る兄弟子に届け物を持ってきました」

「ほう、お前の兄弟子は魔術士協会に居るのか……いいぞ、通れ」

 ちゃんとした身分証を提示したからか、あっさり王都に入るのを許された。


 パトリックからの情報によると魔術士協会は、港から北東に歩いて一時間ほどの場所に在るらしい。港からは三本の道が伸びており、それぞれが北東・東・南東に向かっていた。

 リカルドは北東へと向かう道を選び歩き出した。

 選んだ道は商店街に続いているようだ。港に停泊した船から積荷を降ろし、商店か倉庫に運ぶ荷馬車がひっきりなしにリカルドを追い越していく。


 道路は石で舗装されており、さすが王都と感じさせる。

 ショルダーバッグから、モンタが頭だけ出して周囲を見回している。

「モンタ、ここが王都だよ。判るかい」

 モンタは首をちょこっと傾げ。

『キュキュエ、キュ』(おうと……オイシイの? )

 この幼い賢獣は王都を理解していないようだ。


 道を進むに従い、様々な商店が目に入り始めた。八百屋や魚屋、肉屋などの食材を売っている店から始まり、金物屋、瀬戸物屋、道具屋などがのきを並べている。

 仕立て屋や古着屋などの衣料関係の店が続いた後、触媒と武器を売っている店が目に止まった。

 リカルドが辺境のデルブで買い物をしていた小さな商店とは違い、店舗も大きく品揃えも豊富だった。

 客も多く十数人が棚に置かれている武器や触媒の値札を見ている。


 持ってきた魔成ロッド三本を思い出した。魔成ロッドを換金できないかと考え、物陰で収納結晶から取り出すとサラシのような布に包んでキャリーカートに積んでいる背負袋に入れた。

 店の中に入り、少しだけ触媒の品揃えと魔成ロッドの値段をチェックした。


 カウンターの後ろの棚に幾つかの魔成ロッドが飾られていた。

「なにこれ、二級の魔成ロッドが金貨四八枚……フラヴィオの魔成ロッドは二級だったのか。金貨五十二枚もするのだから一級だと思っていた」

 リカルドは魔成ロッドの価値を勘違いしていたのに気付いた。

 棚の端に『ユナボルタの四級魔成ロッドは売り切れました』という張り紙があった。

「へえ、ユナボルタって人が作る魔成ロッドは人気があるのですね」

 リカルドが呟く。


 その時、近くに居た少女が片手で口を隠し背中を向けた。肩が震えている。明らかに笑っていた。

 『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』と言う諺が頭に浮かんだ。尋ねてみる。

「何か可笑しなことを言いましたか?」

 笑いが収まったのか、振り返った少女が。

「ごめんね。ユナボルタというのは人の名前じゃなくて特別な魔成ロッドのことなのよ」

 ちょっと顔が赤らむのを感じた。リカルドの目から見た少女は、五歳ほど歳上のお姉さんという感じだが、日本人の間藤にすれば、娘と同じような年頃の少女である。

「そうなんですか。知りませんでした」

「あなたは魔術士なの?」

 その少女がリカルドの背中に有るロッドを入れる鞘を見て言った。

「魔術士の弟子です。魔術士協会に居る兄弟子に会いに来ました」

「へえ……私はタニア、魔術士協会の魔術士よ」

「自分は、ファビウス領のデルブから来たリカルドです」


 タニアが周りを見回し。

「一人で来たの?」

「途中まで商人と一緒でしたが別れました」

 嘘は言っていない。

「そう、大変ね。それで誰に会いに来たの?」

「兄弟子のマッシモ・ヴァレリウスです」

 タニアの顔が曇る。

「ハア、マッシモね。彼には期待したんだけどな」

 どうやらマッシモとタニアは同じ部署で仕事をしているらしい。マッシモの様子を聞いてみると研究論文が評価され、究錬局の研究員に選ばれ魔術の研究をしていたそうだ。

 最初はマッシモの研究が期待されたようだ。だが、【溶炎弾】の研究以外はさっぱりで見限る者が多くなったらしい。リカルドは当然だと思った。

 最近は研究をせず、長老派の派閥に近付き、派閥の理事や貴族の子弟に媚を売っているらしい。


 我儘で引っ込み思案なマッシモが他人に媚びを売るようになったのだ。成長した……と言えるのだろうか?

「引き篭もりにならなかっただけマシか」

 その時、ショルダーバッグの中から、モンタがピョコッと顔を出し、おねだりした。

『キュエキュ』(リカ、お腹空いた)

 リカルドは省略され『リカ』に変わっていた。リカルドとしては女性名のようで違和感があるが、相手はモンタである。しょうがないと諦めた。

「ちょっと待って……ほら、干し葡萄だ」

 リカルドが干し葡萄を三個渡すと小さな手で受け取り、ポイッポイッポイッと口の中に投げ込んだ。柔らかな干し葡萄は直接口に放り込み咀嚼するようだ。


「ちょっと、それ」

 タニアが驚いた顔をしている。

「ペットのモンタがどうかしましたか?」

「どうかって……それは賢獣でしょ」

 今度はリカルドが驚いた。モンタを賢獣だと気付いたのはタニアが初めてだったからだ。

 タニアはリカルドの顔を見て。

「驚いてるけど、念話が聞こえたよ。私の魔力制御はそれなりに高いんだから」

 リカルドは魔力制御のレベルが念話と関係しているのを初めて知った。


「オヤッ、リカルド君じゃないか」

 聞き覚えのある声が聞こえ、その方向に視線を向けると魔成ロッドの取引をしたベルナルドが立っていた。

「ベルナルドさん……もしかして、ここはベルナルドさんのお店なのですか?」

 ベルナルドが笑顔を見せ頷いた。

「そうですよ。正確に言うと娘夫婦に店は譲って隠居しているんですが、偶に、自分で仕入れた商品をここで売っているのです」

「まさか、自分が売った魔成ロッドも……」

「ええ、この通り売り切れになりました」

 ベルナルドが売り切れの張り紙を指差した。


 リカルドは張り紙を見てから首を傾げた。

「ユナボルタとは特別な魔成ロッドのことだと聞きましたが、売った魔成ロッドは普通のものでしたよ」

 ベルナルドが失敗したという顔を見せた。

「ユナボルタとは、一度の魔力コーティングで完成させた魔成ロッドを指す言葉よ」

 タニアが説明してくれた。

「あなたは、イサルコ殿の所の……」

 タニアが頷いて。

「究錬局のタニア・カルデローネです」

「おお、イサルコ殿が優秀な部下がいると自慢していましたよ」

 嬉しそうに微笑んだタニアが。

「まさかとは思うが、ユナボルタの魔成ロッドを作ったのはリカルド君なんですか?」

「半分正解ですかな。彼が素材をロッドに加工し、ロッド作りの師匠が魔力コーティングをしたものです。ですから、ユナボルタの魔成ロッドだというのに見栄えが悪かったでしょ」

 イサルコが持っていた魔成ロッドを思い出し、タニアが頷いた。


 ベルナルドがリカルドに視線を向け。

「ところで……あの取引後、魔成ロッドを作りましたか?」

「試験勉強に集中していたので、完成したのは三本しかありません」

 背負袋から布に包んだ魔成ロッドを取り出すとベルナルドに見せた。

「オオッ、ちゃんと綺麗に加工されている。加工もマトウ殿がされたのかね」

 魔成ロッドで儲けたからだろうか。『マトウさん』から『マトウ殿』に変わっていた。

「いえ、これは魔術を使って加工したので綺麗なのです」

「ほうほう、そんな魔術があるのですか。知りませんでした」

 ベルナルドが感心してくれた。


 背中にゾクッとするような視線を感じた。タニアが興奮した様子で、こちらを見ている。

「ちょっと待った。究錬局に居る私でも、そんな魔術は知らないわよ」

 タニアの声が大きかった。お客の何人かが視線を向けてきた。

「ここでは何ですから、奥に行きましょうか」

 ベルナルドが店の奥に招いてくれた。店の奥には、大きな取引をする時に使用する応接室があり、そこに案内された。フカフカの絨毯と洒落たテーブルとソファー。窓際には綺麗な陶芸品が飾られていた。


 興奮していたタニアが少し落ち着いたようだ。

「先程、魔術でロッドに加工したと言っていたけど、本当なの?」

 【地】の魔術である【魔旋盤】は魔術大系には記載されていない魔術だが、それほど重要視していなかった。物の加工とかに使えるちょっと便利な魔術という認識である。

「そんな大した魔術じゃないですよ。やってみましょうか」

「本当に……お願いします」

 リカルドはベルナルドから薪を一本借りると【地】の触媒を取り出し【魔旋盤】を掛けた。


アムリル(大地よ)クジュレウラ(空中に浮かび)モヴァファル(回転せよ)


 薪が宙に浮き回転を始めた。

「この状態でノミの刃先を当てると綺麗に加工できるのですよ」

 ノミまでは出さなかった。本当に削ると結構な木屑が飛び散るからだ。

「なるほど、職人が使う道具にも似たようなものがありますが、それを魔術で代用しているわけですな」

 ベルナルドが感心している。

 一方、タニアは大きく目を見開き宙に浮かんで回転する薪を見ていた。確かに使っている魔術単語は全て知っているもので、使われた魔力量も初級程度の簡単な魔術だ。しかし、魔術単語の組み合わせと使い方は初めて見るものだった。


 ベルナルドの関心は三本の魔成ロッドに移っていた。

「この魔成ロッドですが、加工も見事ですから一本金貨六枚でどうでしょう?」

「いい……」

 ユナボルタを幾らで売っていたか値札が残っていたら、素直に承知しなかっただろう。だが、この時点でユナボルタの相場を知らなかったリカルドは、売値が倍になったので承諾しようとした。

「駄目よ。安すぎるわ」

 タニアが止めた。一流の魔導職人に依頼しユナボルタの魔成ロッドを作れば、金貨一〇枚以上を魔導職人に払うことになるとタニアは知っていた。

 リカルドの持ち込んだ魔成ロッドは、一流の魔導職人が作るユナボルタの魔成ロッドに比べれば、少し質が落ちるが正真正銘のユナボルタである。


 何故かタニアとベルナルドの間で値段交渉が始まった。

「お嬢さん、中々交渉上手ですな。金貨九枚でどうでしょう」

「まあ、妥当な値段ね」

 リカルドは一晩で作った魔成ロッドが金貨九枚にもなったので驚いていた。

 後になって知ったのだが、一流の魔導職人がユナボルタの魔成ロッドを引き受けた時には、体調を整え魔力を充実させた後、集中して魔力コーティングを行い、その後疲労困憊した魔導職人は三日ほど休息を取る。

 結局、一本の魔成ロッドを作るのに数日掛けるのだ。リカルドのように一晩で完成というわけにはいかないらしい。

 リカルドは今更ながら、『恩恵選び』で選択した六番目は非常に有用で凄いものだったと実感する。


 魔導職人になった方が生活は安定するんじゃないかと考えたが、本当に魔導職人になろうとは思わなかった。この頃には魔術を研究すること自体が面白くなっていたからだ。

 ベルナルドはタニアとの値段交渉で最初の値段より金貨三枚分も値上がりしたので困ったような顔をしていたが、内心では喜んでいた。

 今回リカルドが持参した魔成ロッドは見栄えもよく、浮き出ている雪華紋も単純な模様ではあっても見事に揃っていたからだ。これなら貴族の子弟も高値で買いそうだった。


 リカルドはベルナルドから金貨二七枚を受け取り巾着袋に仕舞った。

「タニアさん、ありがとうございます」

「い、いいのよ。魔術士となる後輩をちょっと助けただけだから。でも、そんな大金を持ってると他の人に知られちゃ駄目よ。狙われるから」

「分かりました」

 後輩として心配してくれているらしい。優しい女の子である。


 ベルナルドが魔成ロッドを一本一本確かめてから、従業員の一人に持ってこさせた布で丁寧に包み仕舞うように命じた。

「王都での宿は決まっているのですか?」

 ベルナルドの質問に首を振り。

「いいえ、今日港に着いたばかりで決めていません」

「なら、私の家に来ないかね。小さな家だが客が泊まる部屋くらいはある」

 リカルドは躊躇ったが、厚意に甘えることにした。


 店で別れたタニアは、魔術士協会に戻りイサルコの所へ行った。

 部屋で書類整理をしていたイサルコは、タニアを見て微笑み。

「何の用ですか?」

「今日、マッシモを訪ねてきた見習い魔術士の少年に会いました」

「マッシモねぇ。それで……」

「マッシモの弟弟子のようなのですが、彼が知らない魔術を使っていたんです」

 イサルコが驚き椅子から立ち上がった。

「どんな魔術です?」

「【地】の魔術で、彼は木材の加工に使っているそうです」

 イサルコが目を細めて考え込む。


「再現いたしましょうか」

 タニアが告げると。

「簡単に再現できるものだったのかね」

 タニアは頷き、自分のロッドを取り出した。このロッドは安物で魔成ロッドではない。

 【地】の触媒を用意し、【魔旋盤】を発動する。


 空中でロッドが回転し始めると、イサルコが近付いて観察した。

「この状態で、刃物を当てると木材が削れるわけか。……面白い」

 知らない間に、リカルドは魔術士協会の理事に注目される存在となった。



2017/2/23 誤字修正

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