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scene:187 アウレリオと黒震魔砲杖

 王都に戻ったリカルドとクレート大兵長は、バイゼル城に登城した。王太子の執務室へ行き、帰還したことを報告する。

「巨蟻ムロフカの子供を退治したことは、報告を受けている。詳しい状況を話してくれ」

 王太子の命令で、クレート大兵長が報告を始めた。その報告を王太子とサムエレ将軍が聞いている。


 リカルドは、クレート大兵長の横で彼の声を聞きながら、巨蟻ムロフカとの戦いを思い出していた。【白星焔弾】は思っていた以上に威力があった。ただ威力があり過ぎて、使える状況が限定されてしまいそうだ。

 町中では使えないし、背後に何があるのかも確認しないとダメだろう。

「リカルド、そちが使った魔術というのは、どのようなものなのだ?」


 王太子の声で、リカルドはハッとした。どうやら深く考え込んでいたようだ。

「【火】の魔術でございます」

「上級魔術なのか?」

「便宜上、特級魔術と呼んでいます」


 王太子が沈黙した。リカルドが上級魔術ではなく特級魔術と名付けたのなら、その魔術は既存の上級魔術とは隔絶した威力を持つ魔術だからだろう。王太子は視線をクレート大兵長に向けた。

「そちの目から見た特級魔術は、どのようなものであった」

 クレート大兵長は、リカルドが持つロッドの先に生まれた光球が、どれほどの熱量を持っていたかを説明し、全長七メートルにまで成長した巨蟻ムロフカの半分を消し炭にして、背後の砦を貫通。最後には山に命中して、その形を変えたと詳しく報告した。


「特級魔術か……想像を絶する魔術だったようだな」

「モルドス神国の砦が崩壊した時に生き残った者たちは、武器も放り捨てて逃げるような有様でした」

「それほど強烈な恐怖を感じたのであろう。余もメルビス公爵領へ行けばよかった」

 子供っぽいことを言う王太子に、リカルドが苦笑した。


「王太子殿下、モルドス神国に対して、どう対処いたしましょうか?」

 サムエレ将軍が尋ねた。

「我が国の砦を攻撃し、そのような魔獣をけしかけたのだ。厳しい抗議と賠償請求をせねばなるまい」

 リカルドは、モルドス神国が賠償金を払えるのだろうか、と疑問に思った。巨蟻ムロフカのために、首都が大きな被害を出し、大勢の死者も出たようだからだ。


 そのことを王太子に確認すると、値切るだろうが、賠償金は出すだろうと王太子は答えた。

「なぜです?」

「察しが悪いな。特級魔術が使える魔術士がいる国と、争いたいとは思わんだろう」

 王太子が笑った。


「それにしても、巨蟻ムロフカの子供が現れるのが分かっていたかのように、特級魔術を開発したのだな」

「魔境から溢れ出す魔獣を倒すため、開発していたものです」

「伝説の魔獣……巨蟻ムロフカ・天黒狼・ティターノフロッグ・風魔鳥だったな。特級魔術で倒せるのか?」

「特級魔術【白星焔弾】ならば、動きが遅い巨蟻ムロフカとティターノフロッグは倒せると思っています。ただ、素早いという伝説が残っている天黒狼と風魔鳥は、【白星焔弾】に一工夫するか、他の特級魔術を開発しなくてはならないでしょう」


「【白星焔弾】という魔術は、素早い魔獣を倒すには不向きということか。天黒狼と風魔鳥を黒震魔砲杖で倒すことはできないだろうか?」


「分かりません。天黒狼と風魔鳥については、情報が少ないのです」

「巨蟻ムロフカ以外については、必ず現れるというわけではない。現れた場合は、我が王国の総力を持って迎撃すれば何とかなるだろう」

 将軍が王太子にもう一つ尋ねた。

「モルドス神国については、先ほどの通りで良いとして、メルビス公爵はどうなさいますか?」


 王太子がニヤリと笑った。

「王家に服従するかどうか。確かめるとしよう」

「服従するのを拒んだ場合は?」

「巨蟻ムロフカのようになりたいか、と確認すればいい。公爵が馬鹿でない限り、戦賦税を納め王家に忠誠を誓うと言うだろう」


 リカルドは副都街の自宅に戻った。

 疲れていたので、食事もせずに寝てしまった。翌朝、起きたリカルドは、疲れが取れているのを感じた。

「リカ、起きた?」

 モンタが可愛い顔を寄せてきて、リカルドに尋ねた。

「ああ、起きたよ。お腹が減ったな」


 モンタがレーズンを一個出して、リカルドに渡した。

「ありがとう。下のダイニングに行こうか」

「行くっ」

 モンタがリカルドの肩の上に乗った。


「リカルド兄ちゃん、おはよう」

 白いワンピースを着たパメラが挨拶をする。

「セルジュは起きてこないのか?」

「うん、まだ寝てるよ」

「モンタが起こしてくる」


 リカルドの肩から床に跳び下りたモンタは、セルジュの部屋へ走っていった。

 メイドが来て、リカルドに食事を出しても良いか尋ねた。

「母さんは?」

「ジュリア様とアントニオ様は、早い時間に仕事へ行かれました」


 二人は忙しいようだ。リカルドは朝食を用意するように頼んだ。

「エレオノーラさんは?」

 アントニオの妻であるエレオノーラと一緒に暮らし始めているのだが、彼女は使用人に任せるということに慣れず、厨房で働いているようだ。


 セルジュがダイニングに入ってくる。モンタはリカルドに駆け寄って膝の上に乗った。エレオノーラがリカルドの朝食を運んできた。

「エレオノーラさん、後は使用人たちに任せて一緒に朝食を食べよう」

「いえ、私はお母様と一緒に頂きました」

「だったら、お茶でも」


 エレオノーラはゆっくりすることができないようだ。

 セルジュが眠そうな顔で朝食を食べ始めた。リカルドにとって、ホッとする時間だ。

「何か忘れているような気がする」

 リカルドが呟く。パメラがリカルドに視線を向ける。

「どうかしたの?」


「何か重要なことを忘れているような気がするんだが、思い出せないんだ」

「ふーん」

 パメラが興味なさそうな返事をする。

 モンタが肩によじ登り、リカルドの頭をポンポンと叩いた。

「叩いても思い出したりしないぞ」

「そうなの?」


「あっ、思い出した。巨蟻ムロフカの死骸を王太子に渡すのを忘れたんだ」

 モンタが胸を張る。頭を叩いたから思い出したのだと思っているのだ。セルジュが笑いながら目を輝かせた。

「あの巨蟻ムロフカなの。見たい」

「いいぞ、食事が終わったら見せてやる」


 朝食を食べ終えたリカルドたちは、中庭に向かった。ユニウス家の中庭には、様々な実をつける樹木とトウモロコシ樹が植えられている。

 主にモンタの要望なのだが、様々な鳥たちが訪れ、実をついばむ姿が見られる。


 リカルドは冷凍収納碧晶から、巨蟻ムロフカの死骸を取り出した。

 パメラがビクッと反応し、リカルドに抱きついた。

「大丈夫、もう死んでいるから」

 セルジュが死骸に触ろうとしたので、リカルドが止めた。


「これは巨蟻ムロフカの子供なんだ。本当の巨蟻ムロフカは、こいつの何倍も大きいんだぞ」

「そうか、子供なのか」

 セルジュが満足したので、死骸を収納してバイゼル城へ向かう。


 城に入ってサムエレ将軍のところへ向かっている途中、アウレリオ王子とサルヴァートに捕まった。

「リカルド、巨蟻ムロフカの子供を倒したそうだね?」

 サルヴァートがリカルドに声をかけた。

「ええ、かなり手強い相手でした」

「子供だったのだろ」

「魔術耐性が高かったのです。【火】の上級魔術では仕留められませんでした」


 上級魔術で仕留められなかったと聞いたアウレリオ王子が、質問した。

「どうやって倒したのだ?」

「公爵家で暴れていた巨蟻ムロフカの子供は、王太子殿下が預けられた黒震魔砲杖で仕留めました」

「噂には聞いている。『国破り』という異名があるようだな」


 リカルドが肯定すると、アウレリオ王子は不機嫌な顔をする。どうやら、王太子はアウレリオ王子に黒震魔砲杖を見せていないようだ。

 秘密にしているのかとも思ったが、王太子がアウレリオ王子を軍事面の柱にしようと考えていると聞いたことがある。もしかすると、アウレリオ王子が王太子に黒震魔砲杖を見たいと頼めば、簡単に見せてくれるかもしれない。


 そのことを伝えると一緒に王太子のところへ行くと言い出した。

「リカルドは、どういう用があって来たのだ?」

「王太子殿下から、倒した巨蟻ムロフカの子供を持ち帰れと命ぜられていましたので、それをお持ちしました」

「そうか」


 王太子の侍従に伝言を伝えさせると、訓練場に行けという指示が返ってきた。リカルドたちは訓練場へ向かった。待っていると、王太子が侍従と一緒に姿を現した。

「珍しい組み合わせだな」

 アウレリオ王子が代表して答える。

「リカルドとは、偶然門の近くで会ったのです」


「そうか。アウレリオは黒震魔砲杖を見たいということだったな」

「はい。軍務に就く者として、黒震魔砲杖がどれほどの威力を持つのか、知っておきたいのです」

「いいだろう。特別に見せてやる」

 特別射撃訓練場へ移動した。そこは三つの櫓と、土嚢の壁が二列並んでいる標的があった。


 王太子が収納紫晶から黒震魔砲杖を取り出した。

「これが黒震魔砲杖だ」

 黒震魔砲杖をアウレリオ王子に手渡した。

「普通の魔砲杖とは、少し違うようですね」


 サルヴァートも黒震魔砲杖を熱心に観察した。

「あっ、通常の魔砲杖なら魔成ロッドが使われているはずの部分が違うようです」

 王太子がゾクッとするような凶悪な笑顔を浮かべて説明した。

「それは特別な魔獣の角だ。その角がないと黒震魔砲杖は作れん」

「そ、それで数が少ないのですね」

 アウレリオ王子が顔を強張らせて返答した。生まれた時から見ているはずだが、慣れないようだ。


「まずは、【黒震連弾】を見せてやる」

 王太子はアウレリオ王子から取り戻した黒震魔砲杖を、二列に並んだ土嚢の壁に向けた。その壁一列の厚さは人間三人が並んで歩けるほど厚い。それが二列に並んでいるのだ。

 黒震魔砲杖から歪曲空間弾が続けざまに発射される。土嚢に命中した瞬間、土嚢に詰められていた土砂が舞い上がる。それが三〇発も発射されたのだ。


「ああっ」

 アウレリオ王子が口を開けたまま固まっている。サルヴァートも目を見開いて手をブルブルと震わせていた。

 歪曲空間弾を撃ち終わった王太子は、標的となった土嚢へ歩み寄った。分厚い土嚢の壁が貫通され、二列目の土嚢にまで食い込んでいる痕が残っていた。

「見てみろ」

 王太子が歪曲空間弾の貫通力を確かめさせた。


「こんなもので攻撃されたら、兵士の集団など一溜まりもない。無敵の軍隊が作れます」

 そんなことを言い始めたアウレリオ王子に、王太子が冷静な声で水を差す。

「それは大量の黒震魔砲杖を作れる場合だ。全部合わせても四丁しかないのだぞ」

 アウレリオ王子が夢から覚めたような顔をする。

「……そうでした」


 その後、【空震槍破】を櫓の上に積まれた土嚢に向けて放った。土嚢が消失したことにアウレリオ王子たちは感心したが、最初の【黒震連弾】のようには驚かなかった。

 精神が少し麻痺しているようだ。

 念入りに黒震魔砲杖の威力を検証し始めたアウレリオ王子を放置して、リカルドは巨蟻ムロフカの死骸を王太子に見せた。


「この王都で暴れた子供より大きいな。モルドス神国の巨蟻ムロフカはどうした?」

「あれは半分しか残っておらず、残った部分も干からびた干物のようになってしまいましたので、メルビス公爵に保管してもらうように頼みました。公爵に持ってくるように指示すれば、運んでくる手筈になっています」

「そうか。良くやった」


 リカルドは王太子が巨蟻ムロフカの死骸を見つめる姿が気になった。

「殿下、この死骸をどうなさるのですか?」

「リカルドが発明したケイトラと、魔術耐性が高い巨蟻ムロフカの外殻を組み合わせれば、面白いものができそうな気がするのだ」



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