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scene:180 特級魔術

 ザムドウラ大陸の中央付近に存在するロマナス王国では、冬支度が始まっていた。昨年の冬、大雪によりかなりの人数が死亡した経験から、王家は王都の家々を兵士たちに廻らせて、大雪に耐えられるように強化しているかをチェックさせた。

 やはり一定以上に裕福な家庭では、大雪対策をしている。だが、貧しい家庭の家屋強化は進んでいないのが現状のようだ。


 王家は兵士たちに手伝わせ、大雪対策をするように命じた。建築資材などは王家が用意し、その資金は大陸間交易で得た利益を使った。

 リカルドは、副都街にスラム街の住人を避難させるための簡易住宅である『長屋』を建設することにした。この長屋は頑丈なだけが長所の建物である。


 もちろん、建設費を節約するためにシンプルな構造で、トイレ・炊事場・洗い場は共同になっている。その長屋を建設しているのは、スラム街の住人だった。

 その一人である十五歳の少年ミルカは、大人に交じって建築資材を運んでいた。

「なあ、この家には誰が住むんだ?」

 一緒に働いている青年に尋ねた。


 同じスラム街の住人である青年は、面倒臭そうな顔をした。

「知らねえよ。ここの農場で働いている奴らが住むんじゃねえか」

 ミルカは羨ましそうな顔をする。

「そんな顔をするんじゃねえよ。ここの司政官は優しい人だというから、俺らも副都街に住まわせてくれるかもよ」


 副都街に住むには、司政区役所で申請して審査に通る必要がある。最初は無制限に受け入れていたのだが、ならず者や犯罪者たちがのさばるようになった。そこで、取締と同時に入植制限を課したのだ。

 条件は身分証の確認と犯罪歴がないことだ。

 この国で犯罪歴があるかどうかは、犯罪者台帳に載っているかで確認する。


 犯罪者台帳は王国政府が管理しているものだが、完全なものではない。現在においても、各領地の貴族がすべて王家に従っているわけではないからだ。

 それに偽造の身分証を作って入植しようとした場合、その偽造身分証を偽物だと見破れるかどうかも問題になる。とはいえ、それしか判断のしようがないのだから仕方ない。

 チェックを潜り抜けて副都街に入った犯罪者は、元自警団である治安警邏隊が目を光らせ捕らえることになる。

 偽造身分証を作るというリスクを犯しても、この副都街に入りたいという者が多いのは、それだけの魅力がある街だからだろう。


「お前たち、この建物が何の目的で建てられているのか知らんのか?」

 巡回の途中だった治安警邏隊の警邏官が、ミルカたちの話を立ち聞きして笑った。青年が馬鹿にされたと思ったのだろう。ムッとした感じで尋ねた。

「知ってるなら、教えてくれよ」

「ここは、大雪で家が潰れた者たちを収容する建物だ。お前たちのスラムで家が潰れた者がいれば、ここで生活することを許されるのだ」


 ミルカが口を尖らせて反論した。

「だったら、初めからここで生活させてくれたらいいのに」

「馬鹿を言うな。それではスラム街全員分の長屋を建てることになるではないか」

 ここはあくまでも大雪で家を失った者が避難する場所だということだ。


 最近になって、副都街の人口が一万人を超えた。しかも王都内部から人々が副都街を訪れるようになり、日中の人口が倍になるほどだ。その副都街の責任者であるアントニオに、祝福すべき出来事が起きた。

 アントニオは司政官としての仕事を熟しながら、漁師の娘であるエレオノーラとの交際を続けていた。弟のリカルドが、ボニペルティ侯爵の娘グレタと婚約したということもあり、兄であるアントニオが先に身を固めなければ、という話になったのだ。


 その日、エレオノーラは家でアントニオを待っていた。正式に婚約の挨拶をする手はずになっていたのである。アントニオが奇妙な乗り物に乗って現れた。

「アントニオ、これは何なの?」

「ルシープという乗り物だよ。後でドライブに行こう」

「ドライブ?」

「こういう乗り物に乗って、遠くまで行くことらしい。中々面白いぞ」


 エレオノーラはアントニオを家に招き入れた。この家は新築したものだ。リカルドが提供した小型船舶用魔導船外機を利用した漁船を何艘も所有しているステファンは、船団を組んで漁をしている。

 そればかりではなく、塩漬けや塩干しに適した魚を大量に漁獲し、それを加工場で製品にすることも行っており、ただの漁師ではなくなっていた。


 ステファン一家の親族が集まっている部屋に案内されたアントニオは、エレオノーラと結婚することになったと報告した。

 その後は、大宴会である。陽気に騒ぐ人々に酒を飲まされて久しぶりに酔ったアントニオは、エレオノーラによって介抱されて寝かされた。

 この漁師町での風習らしい。

 アントニオとエレオノーラは、来年の春に結婚することが決まった。


 二人にとっては、待ち遠しい春を待つ幸せな冬が始まった。

 ところが、冬が始まった途端に雪が降り始めた。例年より一ヶ月ほど早い初雪である。

「セラート予言は来年からだというのに、今年も大雪になるのか」

 アントニオが降ってきた雪を見ながら、リカルドに話しかけた。


 リカルドは昨年並みに雪が積もるのではないかと予想していた。ただ大雪と寒波で死亡する人は、昨年よりもすくないだろうと考えている。

 王家や副都街で様々な手を打っていたからだ。その一つが副都街の中に建てられた長屋であり、石炭を貯蔵するために建てられた倉庫だった。


 この三棟の倉庫には、合計で一万世帯が冬を越せるくらいの石炭が貯蔵されている。人口が一万ほどなのに、一万世帯分というのは計算上おかしいが、余った分は王都内やスラム街の住民に分けるためである。

 そして、副都街の住民が増えたことで問題が発生した。

 住民たちの子供の教育である。王都には昔から私塾が数多くあり、商人や職人などの子供は私塾で文字の読み書き、計算などを習っていた。


 しかし、副都街には私塾がない。私塾を作ることは可能だが、いっそ学校を作る方が良いのではないかと、リカルドは悩み始めた。

 王国の商人や職人の子供は、八歳頃から私塾で文字の読み書きと簡単な計算を習い、一〇歳から仕事を始める。一方、農民の子供たちは、一切の教育を受けずに親の仕事を手伝い始めるのだ。


 リカルドとアントニオは話し合い、学校を作ることに決めた。

「その資金はどうする?」

 アントニオがリカルドに尋ねた。

「副都街の学校だから、本来なら司政区役所で出すのがいいけど、財源はある?」

「石炭倉庫の建設や街の建設で、財源は空だ。お前が出してくれないか」

「分かった」


 リカルドにとって、学校を建設するくらいの金額はいつでも用意できた。収納紫晶加工装置を使って収納紫晶を製作する工房から、年間で金貨一万枚を超える収益が上がっていたからだ。

 副都街に建てたのは、収納紫晶工房だけではない。リカルドはルシープに組み込まれているエンジンである魔術駆動フライホイールと魔力炉を製造する工場も建設した。

 将来的な需要を考えると、リカルド一人で製造できないと考えたのである。

 この事業には、ケイトラとルシープの製造に協力していたエミリアとヴィゴールも参加していた。


 最近になって王都を訪れた貴族は、ケイトラやルシープを目撃し同じものを欲しがった。その貴族たちは馬車を製造している工房に相談したらしい。

 相談された馬車工房は困惑したが、そこに商機を見出した。独自に自動車を製造すれば、商売になると考えたのだ。

 もちろん、エンジン部分は製造できないので副都街のエンジン工場から購入することになる。それ故に、リカルドのエンジン工場は、かなりの利益を上げていた。


 学校の話を終えたアントニオが副都街で広まっている噂話を始めた。

「三年後に魔境から魔獣が溢れ出す、というセラート予言に関連する不安が、広まっているようだぞ」

「セラート予言に、そんな記録が残っているのは事実。でも、どんな魔獣が出てくるかは分からないんですけどね」

「王都や副都街の住民の中には、巨蟻ムロフカ・天黒狼・ティターノフロッグ・風魔鳥などの魔獣の王とも呼べる奴らが出てくるんじゃないかと、噂になっている」


「脅威度8の魔獣か……そんな魔獣が魔境の外に出てくれば、地獄になるだろうな」

「魔術で倒せないのか?」

「どうだろう? 単独の魔術だと難しいと思うけど、数人が協力して行う儀式魔術なら倒せるかもしれない」

 儀式魔術のほとんどは範囲攻撃魔術であるが、中には単体攻撃魔術もあるようなのだ。


「リカルドは、その儀式魔術を使えるのか?」

「研究はしているのだけど……」

 さすがのリカルドも儀式魔術の研究には苦戦している。実験に協力者が必要なので、簡単に研究が進まないのだ。

 アントニオと副都街の問題をいろいろと話し合い、家に戻った。


 翌朝、魔術士協会の研究室に行ったリカルドは、アントニオと話した儀式魔術について考えた。どうも、一、二年で進展するとは思えない。

 そこで研究の対象を変えることにした。


 リカルドが『恩恵選び』で存在を知った『源泉門』を使って行う魔術の研究である。

 現在のリカルドは、精神内で源泉門から二歩の距離まで近付くことが可能になっていた。だが、二歩の距離で魔術を発動することはできない。

 源泉門から溢れ出す膨大な力を制御できずに、二歩ほど後退した位置で魔術を発動することが精一杯なのだ。


 それでも源泉門から四歩の位置で力を取り込み魔力に変換して魔術に使えば、上位魔術より上の魔術を発動できる。リカルドはこの魔術を特級魔術と呼んでいる。

 

 儀式魔術の一部が、特級魔術の範囲に入るくらいで単独で行う魔術はまだ存在しない。

「特級魔術となると、得意な火系統の魔術がいいか」

 リカルドは魔術単語の調査から始めた。火に関する単語をピックアップし調べてみるが、特級魔術に使えそうな魔術単語はなかった。


 リカルドは肩を落とし、ぼんやりと魔術単語の一覧を眺める。

「ん……これは……」

 一覧の中に星を示すものがあった。赤色巨星や白色矮星などである。この中で一番温度の高いのが白色矮星だった。その温度は二十五万度と言われているので、【火】の上位魔術である【陽焔弾】と比較しても桁違いに高温な存在である。


 問題は【陽焔弾】のように超高温の光弾を作って撃ち出すような魔術だと、輻射熱で術者もダメージを受けるということだ。

 魔成ロッドも焼けるかもしれない。何か対策を考えねばならないだろう。

「どうする? 黒魔術盾のようなものを魔成ロッドに取り付けるか」

 黒魔術盾の効果の内側から、特級魔術を放てるかは実験しなければ分からない。


 しかも特級魔術を発動させるには、一級魔成ロッドのエルビルロッドが必要になる。リカルドは予備も含めるとエルビルロッドを二本持っている。

 その中の一本を使って、黒魔術盾と結合させた魔成ロッドのようなものを作製しようとした。だが、工作の途中でエルビルロッドを傷つけてしまう。


「ああ、ダメだ。エルビルロッドから製作するしかないな」

 エルビルロッドを作るには、妖樹エルビルの枝が必要だ。その時、ドアがノックされた。訪れたのは、グレタとパトリックだった。研究室が散らかっているのを見たグレタが心配そうな顔をする。

「どうしたのです?」

「新しい魔成ロッドを作ろうとして失敗したんだ」


 パトリックが大声で笑った。

「おい、笑うことはないだろ」

「そやけど、リカルドが失敗して困っている顔をしているのは、久しぶりに見たがね」

「失敗することもあるさ」

「どんな魔成ロッドを作っていたんきゃ?」


 リカルドは作りかけのロッドを見せた。黒魔術盾の中心に穴を開け、そこにロッドを通して固定しようとしていたものだ。だが、固定の金具がエルビルロッドを傷つけていた。

「変なものを作っとるな。どんな風に使うかも分からんがね」

 リカルドは新しいロッドの機能を説明した。


 グレタは感心したように頷いた。

「さすがです。でも、肝心の魔成ロッドがダメになったようですけど、どうするのです?」

「妖樹エルビルを狩りに行くしかないな」

「私も行ってもいいですか?」

 上級魔術や【雷渦鋼弾】が使えるようになったグレタは、戦力として十分な実力を持っていた。


「だったら、ワイも一緒に行ってやるがね」

「パトリックは、仕事があるんじゃないのか?」

「このところ、休みなしで働いとったから、休暇の申請が取れるんだがや」

「行き先は魔境になるけど、いいのか?」

 二人は力強く頷いた。



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