scene:18 賢獣モンタ
リカルドは商店街へ行き木の実が売っていないか探す。ブルグの北側にある商店街には様々な商品を売る店が並んでいた。
その中に保存食を売る店があり、中に入ると干し肉や魚の塩漬け、木の実などが売っていた。干し葡萄のようなものとアーモンドのような木の実を買った。
まずは干し葡萄を賢獣に与える。
賢獣は幾つもの干し葡萄を同時に口の中に入れ、頬を膨らませながら口を動かし始めた。
「どうだ、美味しい?」
『キュエ』(……美味しい)
白い毛皮に紫色の筋が幾本も走っている賢獣はモモンガに似た姿で可愛かった。大きさは子猫ほどで、まだ子供のようだ。
「名前を付けなきゃな」
モモンガに似てるから『モンガー』……イマイチ。『モンモン』……賢獣が眠れない夜を過ごしそうで却下。
リカルドが考えていると賢獣が小さな前脚で一生懸命リカルドの胸を叩き食べ物を催促した。リカルドは干し葡萄を追加で三つ与えた。
リカルドは前脚を使う仕草から、日本で飼っていた猫の『にゃんた』を思い出し。
「今日から君は『モンタ』だ」
『キュエキュ』(モンタ……名前、嬉しい)
モンタの念話は聞こえる人と聞こえない人が居るようだ。聞こえる人の数は少なく、魔力制御がある一定のレベルに達した者のみが聞こえるらしい。
リカルドは色んな革細工を売っている店に入り、小さなショルダーバッグを購入した。このバッグにモンタを入れるためだ。いつまでも胸に抱えているわけにはいかないと思ったのだ。
選んだバッグは底の部分が硬化処理を施した革でできている。モンタも足元がしっかりしている方が動きやすいだろうと思ったからだ。
バッグに着古したシャツを敷き詰めてからモンタを入れ斜めに肩に掛ける。
店の店員からは変な目で見られたが、モンタはバッグを気に入ったようだ。バッグの中で二本足で立ち、頭だけを外に出して周りを見回す。
空気を嗅ぐような仕草をし、ピョコッと頭を傾げ。
『キュエキュ』(木の実ちょうだい)
「まだ食べるのか。今度はこっちを食べてみろ」
アーモンドに似たナッツを渡すとポリポリと齧り始めた。
『キュキュエ』(これ、好き)
頬を膨らませながら食べるモンタは思わず目尻が下がるほど可愛かった。
モンタが食べているのを見て腹が空いてきた。屋台で大きめの肉の塊を串に挿して焼いたものを売っている。肉の油が焦げる匂いが食欲をそそる。
「おじさん、これは何の肉?」
「頭突きウサギだ。一本銅貨二枚、美味しいぞ」
「二本下さい」
金を払って二本受け取った。早速齧り付く、調味料は塩だけらしいが十分美味しい。
少し休憩した後、商店街を見て回り、新しい服を買った。フード付きのダッフルコートで暖かそうだったので衝動買いしてしまった。
まだ、吐いた息が白くなるほど寒くはないが、これから先どんどん寒くなり、雪も降るようになる。
モンタは天然の暖かそうな毛皮で寒そうには見えない。けれど、雪が降り始めると冬眠とかするのだろうか。その時になったら考えよう。
商店街を見て回っていて穀物を売っている店を見付け中に入った。小麦や大麦、ライ麦などと一緒に米が売られていた。日本米と同じ短粒米で美味しそうだった。
食べ方を店の人に訊いてみると、お粥のようにして食べるらしい。
この世界には地球に存在する食物と似たようなものがたくさん存在する。不思議だとは思うがあるのだからしょうがない。
宿屋に戻り、モンタを見せ部屋に入れてもいいか訊くと部屋を汚さなければ大丈夫らしい。汚したら、その分の追加料金が発生すると言われた。
モンタはお腹が膨れたせいかバッグの中でウトウトし始めている。
二階の部屋に入り荷物を置いてから、貴重品とモンタが入ったバッグだけを持って一階の食堂に下りた。宿屋の暖房施設は一階に在る暖炉だけである。寒い季節になると泊り客は暖炉の周りに集まり、就寝までの時間を過ごす。
この宿を利用するのは商人が多いらしく、商売に関係する噂話をしていた。
「ミル領の代官に任命されたクロムニス男爵が辞任されたそうですよ」
「ああ、またですか。一年持ちませんでしたね」
ミル領というのは王家の直轄地で、ここコグアツ領のユフライ河を挟んだ東隣りに在る地方である。魔境クレブレスに接した土地であり、八〇年以上前に起きた魔獣雪崩れにより、魔境から侵入した魔獣で溢れていた。
一度は王家が兵を派遣し魔獣駆除作戦を決行したのだが、手強い魔獣が多く作戦は失敗したそうだ。
それ以来、ミル領はなかば放棄された。領都リゼだけには住民が残り今も生活しているが、他の村や町は住民が逃げ出し廃墟となっている。
そんな場所を管理する代官の職は人気がなく、幾人もの法衣貴族が任命されたが、短期間で辞職する者が多いらしい。ちなみに法衣貴族とは領地を持たない貴族である。
「仕方ありませんよ。先月などは妖樹エルビルの群れが五日もリゼの町を包囲してしまい、住民は一歩も町の外へは出られなくなったそうですから」
「勿体無い。妖樹が手に入れば一儲けできるのに」
「【火】の触媒ですか。値上がりしていますからね。ですが、エルビルを倒すには魔術士と護衛が必要です。護衛はともかく、手強い妖樹を倒せる魔術士は少ないですからな」
商人たちの話を聞いていて、妖樹エルビルを倒せる魔術士が少ないという情報に興味を惹かれた。
「あのー、妖樹エルビルを倒せる魔術士が少ないというのは本当ですか?」
「おや、坊主は一人なのか?」
「ええ、師匠の命令で王都まで行きます」
商人の一人が鞘に入れている魔成ロッドを見て。
「師匠……もしかして魔術士の弟子なのかい?」
「そうです。先程の話で、妖樹エルビルを倒せる魔術士が少ないと聞いたので気になって」
商人達の説明に依ると魔術士協会の本部が在るだけに王都近辺には魔獣ハンターの魔術士が多いそうだ。だが、何故か【火】の魔術が得意な魔術士が多く、妖樹エルビルの狩りには向かないらしい。
先程の『妖樹エルビルを倒せる魔術士』というのも正確には妖樹エルビルを燃やさないで倒せる魔術士がという意味らしい。
「でも、魔術士協会には大勢の魔術士が居るはずなのでは?」
「魔術士協会ね。あそこは小さな商会の依頼なんか受けてくれないよ」
魔術士協会にも依頼を受け魔獣狩りや魔術を行使する部署がある。だが、受ける依頼は貴族や大商人からのものがほとんどで、庶民や小さな商会からの依頼は放置されることが多いらしい。
庶民や小さな商会が出せる依頼料は少な目になるので、魔獣狩りなどの危険を伴う依頼はどの魔術士も引き受けない場合が多いのだ。
リカルドは気になっていたことを商人たちに尋ねた。
「神珍樹の実に紫玉樹実晶が有りますけど、あれは何に使われているのですか?」
商人たちが怪訝な表情をした。
「紫玉樹実晶ねぇ……綺麗なだけの実だな。宝石代わりに使われることもあるんじゃないか」
「もしかして、宝石だと騙されて買ったのか?」
リカルドは首を振って否定し。
「偶然手に入れたんで、魔導職人をしている知り合いに御土産にしようかと考えたんですけど」
「ああ、魔導職人か。紫玉樹実晶以外だったら使い道があるんだが……」
紫玉樹実晶にも使い道があるはずだと学者や研究者、魔導職人などが色々実験したそうだが、魔力を流し込むとすぐに白い筋が入り駄目になるらしい。
「白い筋というと碧玉樹実晶と同じではないですか」
「いやいや、同じではないぞ。碧玉樹実晶は魔力を流し込むと白い筋だけじゃなく黒い星もできるだろ。紫玉樹実晶は白い筋だけなんだ。……まあ、紫玉樹実晶は碧玉樹実晶になる前に変質した出来損ないじゃないかという説を唱えている学者も居るらしいがな」
「へえ、碧玉樹実晶の出来損ないか」
リカルドは商人たちから様々な話を聞き愉快な夜を過ごした。
翌朝、モンタの声で目が覚めた。
『キュエキュ』(起きて…お腹ペコペコ)
ボーッとした頭で目を擦り、鎧窓を少し開け外を覗いた。外は雨が降り出していた。
出掛ける気になれず、宿の部屋の中で過ごすことにした。
モンタが寝床になっているバッグの中から出てきて、ヨタヨタしながら歩み寄り、一生懸命にリカルドの身体をよじ登る。肩まで登ると耳元で鳴き声を上げる。
不安定な肩からバッグに戻し、お腹が空いたと騒いでいるモンタに干し葡萄を与えた。
『キュエ』
美味しそうに食べ始める。
船の出港は明日なので、今日一日は暇である。干し葡萄を食べ満腹になったモンタと暫くは遊んでいたが、遊び疲れたモンタが静かになると何もやることがなくなった。
昨日の話を思い出し、紫玉樹実晶を取り出した。パチンコ玉ほどの大きさの薄い紫の水晶である。何で水晶みたいなものが木に生るのだろうと不思議に思う。
「まあ、妖樹の類だろうから考えるだけ無駄かもしれないな」
透き通った紫の水晶を見てぼんやりしていると、不思議な感覚に襲われた。水晶の中心部に何かが潜んでいるような感じがしたのだ。ちなみに、魔導職人はそれを異空点と呼んでいる。
もしかしてと思い、魔力を練り上げ細い針のように圧縮したものを水晶の中心に向けた。魔力が通った部分に白い筋ができる。
中心部まで来た魔力が何かに妨害され四方に飛び散ろうとする。その魔力を制御し集中させようと意識の力を絞り出す。それは源泉門に近付く時の感覚に似ていた。
雨が強くなり、大きな雨粒が宿の壁を叩く音が響いた。その音で集中が切れ、紫玉樹実晶内に侵入した魔力が暴れ四散した。その瞬間、紫玉樹実晶に無数の白い筋が走った。
「失敗か」
もう一つの紫玉樹実晶を取り出し、魔力を制御して中に突き入れる。一回目と同じようにしているのに酷く魔力の制御が難しい。中心付近にまで魔力を進めるのにも苦労し、中心部まで到達すると魔力が暴れ四散した。
「同じ紫玉樹実晶でも当たりハズレがあるのか……」
三つ目の紫玉樹実晶を取り出し、魔力を制御する。今度はすんなり中心部まで魔力が通った。中心部では抵抗があるが、最初のものほどではない。
魔力の放出量を増やし圧力を高める。魔力が暴れだそうとするのを抑え込み、力で中心部を攻略する。手応えがあった。封印されていた扉にヒビが入り、遂には扉が砕け散る。
黒い穴が発生し魔力が吸い込まれる。堅いゴム風船を膨らましているような抵抗があり、意志を総動員して魔力を流し込むと黒い穴が次第に大きくなる。
それから一時間ほど魔力を流し込み続けた。自分が内蔵している魔力はすぐに尽きたので、意識を源泉門に近付け門から得られる力を魔力に変換し黒い穴に注ぎ込み続けた。
点だった黒い穴がエアガンのBB弾ほどまで大きくなった時、集中が切れ魔力が途絶えた。
最後は中途半端な終わり方だったが、世界初の紫玉樹実晶製収納結晶が完成した。
碧玉樹実晶などを加工する作業を『魔操刻』と呼ぶ。今回は紫玉樹実晶に魔操刻したのだが、その作業にはかなり強力な魔力制御を必要とした。
紫玉樹実晶を魔操刻している間、ポグと呼ばれる黒い穴が何なのか朧気に判った。ポグは次元の穴から繋がった別空間を侵略し魔力によって切り取ったレンタルスペースなのだ。
魔力を支払い借りている空間なので、魔力が切れれば消滅する。ただ一度固定化すると維持する魔力は極僅かで済むので数十年から数百年は使用可能なようである。
別空間は未成熟な空間で物理法則や空間構造が確立されていない。通常の魔操刻によると現状世界の物理法則や空間構造が模倣されるので、収納結晶内で時間経過が止まったりしないらしい。
また生き物も入れられるが空気や重力もないので普通は死ぬようだ。
魔力により紫玉樹実晶を確認すると使い方と容量が判った。容量は中型のボストンバッグほどである。碧玉樹実晶の収納結晶に比べるとかなり少ないが、出来損ないの紫玉樹実晶製なので仕方ないのだろう。
使い方は簡単で収納結晶に魔力を流し込むとポグ内部の様子が頭に浮かび出し入れが可能となる。
試しに銅貨一枚を収納結晶に入れたり出したりしてみた。
「これは便利だ」
魔成ロッドを売った金貨が入った袋や黒革の手帳、自分で写本した魔術大系、新たに作った魔成ロッド三本を収納結晶に入れた。
これで随分荷物が軽くなった。
最後に残った紫玉樹実晶も魔操刻してみる。───失敗した。
二番目の紫玉樹実晶と同じハズレだったらしい。
翌朝、リカルドが寝ているとバッグの中で目覚めたモンタがバッグから這い出した。
キョロキョロと周りを見回してから、寝ているリカルドに歩み寄り胸の上に登った。
『キュエキュ』(起きて…ペコペコ)
昨日と同じようにモンタの腹ペココールで目が覚めた。
目を覚ましたリカルドは胸の上に乗っているモンタを見て微笑んだ。
「ちょっと待って、すぐに木の実を出してあげるから」
キャリーカートに括り付けている袋からアーモンドを取り出しモンタに与えた。
『キュキュキュ』
嬉しそうにアーモンドを齧り始めた。
身支度をしてから下の階に下り、顔を洗って宿を出た。
船着き場に行く途中、パン屋で黒パンを三つ買う。三〇センチほどの大きさの奴で、一つを半分に分け残りを袋に入れてキャリーカートに縛り付けてから、半分だけ残したパンを食べながら海の方角へと進む。
船の中では食事が出るようなのだが、十分な量ではないらしい。水も宿で水筒に入れて持ってきていた。
船着き場に到着すると小さな帆船が停泊していた。二本マストの帆船で形は中国のジャンク船と呼ばれる帆船に似ていた。
乗船券を見せて乗り込むと船の狭さが気になった。乗客は三〇人ほどで商人が多い。船室は狭く同じ乗船客と一緒に雑魚寝だった。
リカルドが買った乗船券が一番安いものだったからだ。船では何もできず、時々モンタと戯れながら、ゆっくりした時間を過ごした。
可愛いモンタは他の乗客にも人気で、干した果物などを貰い嬉しそうに食べていた。
ブルグを出港した船は順調に航海を続け、三日後に王都バイゼルに到着した。
2017/11/30 脱字修正
2017/12/15 魔獣雪崩れの時期を変更




