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scene:178 ボニペルティ領への旅

 翌日の午前中、リカルドはエミリア工房で開発していた車の仕上げをしていた。

 リカルドが新たに開発した乗用車は、軍用ジープに似たルシープという乗り物である。ジープはアメリカ軍の依頼で開発された小型四輪駆動車が元になっており、その独特なフォルムをリカルドも気に入っている。

 日本でも某自動車メーカーがジープをノックダウン生産をしていた。間藤が初めて見たジープも日本製だ。

「完成した」

 リカルドが何度か試し乗りして不具合を改善し、ようやく満足の行く車が完成した。


「これじゃあ、四人しか乗れねえぞ。そんなんで良かったのか?」

 一緒に開発した魔導職人のヴィゴールが確認した。

「いいんですよ。これは自分が通勤用に使うんだから」

「おっ、何だ。言葉遣いが変わったな」

「ちょっと思うところがあってね」

「いいんじゃねえか。前はちょっと人を寄せ付けないような感じがしたからな」


「ところで、四人乗りのどこに不満があるんです?」

「これだけの資金を使って開発したんだ。大勢が乗れるものを開発した方がいいだろう」

「そういう意味か。大きくすると出力を上げないとならない。燃費が悪くなるよ」

「でもな、こいつを通勤のためだけに使うなんて贅沢すぎる。これを開発する金で、馬車が何台も買えただろうに」

「馬車は副都街に入れないんですよ」


 ヴィゴールに笑われた。副都街はリカルドが建設した街だというのが、ヴィゴールたちの認識だったからだ。特別に馬車を使っていいとすることなど簡単だと思ったのだろう。

「王族だけの特権だと決めたんですから、ユニウス家の人間が馬車を副都街に入れたら、きっと慢心していると言われる」

「そうかもしれんな」

「それに、馬車よりルシープの方が速いからね」


 話しているうちにヴィゴールもルシープの価値を理解したようだ。同じものを貴族が作ってくれと注文されたら、どうしたらいいか尋ねた。

「注文は受けないで。これは軍事に利用されるかもしれないから」

「そうだな。王太子殿下に睨まれそうだもんな」


 このルシープは、ケイトラと大きく変わった点があった。魔力炉を操縦席の前にあるフロント部に設置していること、それに燃料を木質ペレットに替え、運転手が燃料の追加をできるようにしたことだ。

 木質ペレット以外の燃料も考えなかったわけではないが、一番安く製作できる木質ペレットにリカルドが決めた。


 念願の通勤用自動車を完成させたリカルドは、午後からボニペルティ侯爵の屋敷に向かった。

 屋敷の入り口で執事に迎えられ、ボニペルティ侯爵の部屋に案内された。お茶が用意されており、執事がお茶を淹れてリカルドと侯爵の前に置く。

 侯爵は執事に外に出るように命じた。リカルドと二人だけで話がしたいらしい。

「活躍しているようだな」


「いえ、王太子殿下のお手伝いを少ししているだけです」

「謙遜しなくてもよい。ところで、君はグレタのことをどう思う?」

「可愛くて、気立ての良いお嬢さんだと思います」

「そうだろう。私の自慢の娘だ。そこで、どうだろう。お互いの家族同士で付き合いを深めたいと思うのだが」


 侯爵が言いたいのは、婚約のことだろう。この世界の貴族は結婚するのが早い。特に貴族家の娘は、十代前半に婚約することが多いようだ。

 以前、グレタに中年貴族から結婚の話が持ち上がったが、娘には魔術士としての才能があるので勉強させたいと言って断っている。しかし、今でもいろいろな貴族家から、そういう話が来ているそうだ。

「しかし、私は君にグレタを幸せにして欲しいのだ」


 侯爵は娘の様子を見て、リカルドに夢中だと気づいたのだろう。

 リカルドもグレタのことは好きだった。何よりも一緒にいるだけで温かい気持ちになるので、グレタが他の男と婚約することになるなど耐えられないと思った。


 リカルドは侯爵と話し合い、グレタが承知するならという条件で婚約を決めた。リカルドが貴族ではないということも問題ないそうだ。

 なぜなら副都街があるからだ。兄であるアントニオが、司政官となり男爵並みの格を持っていると認識されているようだ。


 グレタが呼ばれ、婚約の件が話された。グレタは顔を赤くしながら承知した。

「私でいいのですか?」

「もちろんだ」

 こうして、リカルドとグレタの婚約が決まった。リカルドの家族は大喜びして、婚約した二人を祝福した。


 そして、リカルドはグレタの家族に挨拶するためにボニペルティ領へ行くことになった。侯爵は馬車を用意すると言ったが、リカルドが新しく開発した乗り物があるから、それで行こうと勧めた。

「ケイトラという乗り物かね。サムエレ将軍が軍に欲しいと言っておったぞ」

「いえ、ルシープと呼んでいる乗り物です」


「ほう、ケイトラとどう違うのかね?」

「ケイトラは荷物を運ぶ荷馬車のようなものですが、ルシープは人を運ぶ車なので乗り心地は、ケイトラよりいいんです」

「なるほど、私も乗ってみたくなったよ」

 ボニペルティ領へは、ルシープで行くことに決まった。


 翌日、リカルドはルシープに乗ってボニペルティ侯爵の屋敷に行く。屋敷の前で侯爵とグレタを乗せ、ボニペルティ領に向かった。

 助手席にグレタが乗り、侯爵は後席で乗り心地を確かめている。

「この座席はかなり贅沢なものだね」

「ええ、長時間乗っても苦痛でないようにしています」


 とはいえ、走っている道が舗装されているわけではないので、かなり揺れる。それでも馬車よりはマシなので、侯爵とグレタは満足なようだ。

 ボニペルティ領の領都へ行く道は二通りある。ルリセスの町へ行ってから旧アプラ領、現在のキエザ領を通って向かう道と港町キルモネ・アルド砦を通過して領都ベリオへ向かう道である。


 今回は港町キルモネを通る道を選んだ。キルモネを通過すると右側に海が見えてくる。

「ほう、いい眺めだな」

 侯爵がガラス越しに外を眺めている。ルシープは贅沢に四方にガラスを嵌め込み、天井を防水布で覆っている。なるべく快適にしようと工夫しているのだ。


「そういえば、トリドール共和国のことを聞いたかね?」

 侯爵がリカルドに話しかけた。

「いえ、あまり詳しいことは聞いていません」

「あの国は崩壊したそうだよ」


 侯爵の話では、首都ギセルでクーデターが起きたらしい。首都警備部隊のマルツェル将軍が評議会の議員たちを捕らえ、牢獄にぶち込んだそうである。

「それだけじゃない。ミシュラ大公国の国境線付近にいたグスタフ少将が敗残兵を纏めて、その一帯の地方を占拠したらしい」


 トリドール共和国は解体され、三つの国に分かれたようだ。バスタール王家の末裔もバスタール地方を取り戻しバスタール王国の再興に成功したという。

「共和国が崩壊して、王国の西側から脅威がなくなった。ただ共和国との交易で利益を上げていた商人は大変になるだろう」

 侯爵はオクタビアス公爵のことを意識しながら言った。


 共和国との交易で得た資金で、周辺の貴族領に大きな影響力を発揮していたオクタビアス公爵は、その影響力を落とし王国の支配下に組み込まれた。

 戦賦税を払う代わりに、南の大陸と交易を行う許しを得たようだが、以前のように膨大な収益を得ることはできないだろう。


 リカルドと侯爵が難しい話をしていたので、グレタは眠くなったようだ。助手席ですやすやと寝息を立てている。それを見てリカルドは微笑んだ。

 侯爵もそれに気づいて、

「グレタはまだまだ子供だ。よろしく頼むよ」

「任せてください」


 リカルドたちがアルド砦を通過しボニペルティ領に入った後、ある村を通りかかった。ガウソル村という小さな村である。

 その村で騒ぎが起きていた。道路に村人が集まり話し合いを行っていた。気になった侯爵は、リカルドに車を止めさせる。


「お前たち何をしておるのだ?」

 変な乗り物に乗ってきた侯爵に、村人たちが不審そうな顔をする。

「私はマルティン・ボニペルティである」

 村人たちはびっくりした顔をして慌てて頭を下げた。


 村長らしい人物が出てきて挨拶をした。

「ご領主様、村人が失礼致しました」

「何事が起きたのだ?」

 暗い顔をしている村長を見ながら、侯爵が尋ねた。


「大きな妖樹が村に侵入してきたのです」

 リカルドは妖樹と聞いて興味を持った。だが、ここはボニペルティ領である。侯爵に任せた方がいいだろう。

「何体ほどの妖樹が侵入したのだ?」

「はい、四体の妖樹が侵入しました。そして、頭の上の筒みたいなものから、魔術みたいなものを発射して村人を殺したのでございます」


 リカルドは妖樹がタミエルではないかと思った。それなら魔功蔦が手に入る。

「自分が始末しましょうか」

「頼めるのかね」

「ええ、妖樹タミエルなら魔功蔦が採れますから」


 リカルドとグレタは車を降りると、戦う準備をする。リカルドは【地】の魔功ライフルを侯爵に渡し、自分はエルビルロッドと触媒を取り出した。

 村に入り中央にある村長宅へ向かう。村長宅の近くに妖樹が居座っていると聞いたからだ。

「あっ、妖樹です」

 自分のロッドを出したグレタが妖樹を見つけて声を上げた。


 リカルドが推測した通り、妖樹タミエルだった。その根元付近に村で飼っていた一角山羊が倒れている。一つ予想外のことがあった。そいつは長老格の妖樹だったのだ。

 通常のタミエルより背が高く、魔功蔦も大きかった。

「こいつはいい。また魔功ライフルが作れる」

 リカルドは副都街に何丁かの魔功ライフルを配備しておきたいと思っていたので喜んだ。


 妖樹が放つ衝撃波の射程を知っているリカルドは、あまり近付かないように注意した。

 一方、侯爵は面白くないという顔で、魔功ライフルを持ち上げ構えると引き金を引いた。魔功ライフルの銃床が侯爵の肩に衝撃を伝える。

 そのおかげで狙いが少しズレたようだ。


「こいつは衝撃が強いのだな?」

「すみません、言い忘れていました」

 リカルドは謝った。

「いや、言われても試さないと分からなかっただろう」


 侯爵は構え直し妖樹に狙いをつけた。

「魔功蔦は傷つけないようにお願いします」

「了解した」

 もう一度引き金が引かれ、弱点である樹肝の瘤の近くに命中して幹の一部に傷がついた。


「グレタ、【雷渦鋼弾】で幹を狙うぞ」

 嬉しそうな顔をしたグレタが返事をしながら頷いた。

 リカルドとグレタから雷渦鋼弾が放たれた。それぞれの妖樹に命中した雷渦鋼弾は、幹を引き裂き二体の妖樹が倒れる。


「いいぞ」

 リカルドがグレタを褒めた。グレタが花のような笑顔を見せた。

 残った妖樹に向けて、侯爵が三度めの引き金を引いた。衝撃波が樹肝の瘤を引き裂いた。

「やったぞ」

 その声に反応したように、妖樹が動き出す。

 リカルドがもう一度【雷渦鋼弾】を放ち全滅させた。


 後ろの方から見守っていた村人たちは歓声を上げた。村長が駆け寄り礼を言う。

「ありがとうございます」

「領主としての務めだ。礼には及ばん」

 そう言いながら魔功ライフルを撫でている。かなり気に入ったようだ。妖樹タミエルの特大魔功蔦から魔功ライフルを作ってプレゼントしたら、喜ぶんじゃないかと考えるリカルドだった。


 リカルドは妖樹タミエルを手早く解体し、十二本の特大魔功蔦を手に入れた。侯爵が倒したタミエルから回収した特大魔功蔦を魔功ライフルに加工して、プレゼントしましょうかというと侯爵が非常に喜んだ。

 身内になるのだから、これくらいのことは許されるだろう。

 たぶん王太子も欲しがるだろうから声をかけた方がいいかもしれない。



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