scene:177 戦いの終焉
ロマナス王国のクス領と隣国との国境線では、オルランド中将が配下の首都急襲部隊を率いて知らせを待っていた。
そこに伝令が走り込んできた。
「アウレリオ殿下からの連絡です。味方がミシュラ大公国で大勝利を収めました」
「よし、待っていた知らせが来た。戦闘準備だ。モンジョ砦を落とすぞ」
中将は部隊をモンジョ砦の前に押し出した。砦に籠もる敵兵たちが慌ただしく走り回り始める様子が見える。
「黒震魔砲杖を用意しろ」
選ばれた砲杖兵士が黒震魔砲杖を持ってきた。首都急襲部隊に預けられた黒震魔砲杖は二丁。この二丁でモンジョ砦に風穴を開けねばならない。
砲杖兵士が黒震魔砲杖を持ち上げ、中将に目を向けた。
「我々が撃ちますか、それとも中将が」
「君たちが使ってくれ。但し、狙いを外すなよ」
砲杖兵士たちが笑った。
「あれだけデカイ的を外すなんてありえませんよ」
砲杖兵士二人は、黒震魔砲杖のセレクターを【空震槍破】に合わせ触媒カートリッジを装填する。
「同時に狙え」
二丁の黒震魔砲杖がモンジョ砦の頑丈そうな防壁に狙いをつけた。中将の合図で引き金が引かれる。
前方の空間が歪み槍状の黒い空間が生まれた。その空間に空気が流れ込みプラズマが発生し放電現象が起こる。黒震魔砲杖を持つ砲杖兵士は、間近に発生した高エネルギーの存在に顔を強張らせた。
その黒い槍となった空震槍が前方に弾けるように飛び出す。
空震槍が砦の防壁に突き刺さった。その防壁が捻じ曲げられボロボロになって崩れ落ち大きな穴が開く。それだけで終わらず、防壁を貫通した空震槍が背後の建物を粉砕し地面に大穴を開けて消えた。
それだけの威力を持つ空震槍がもう一本モンジョ砦を貫く。防壁は二本の空震槍により、その機能を失った。
その威力はトリドール共和国の兵士だけでなく、ロマナス王国の兵士たちにも畏怖を与えた。
「そ、そんな信じられねえ。あんなの魔砲杖じゃねえよ。別の何かだ」
「こんな武器を作れる魔導職人とは、どんな奴なんだ。なんだか怖えよ」
同じ砲杖兵士たちも驚いたようだ。そして、引き金を引いた砲杖兵士の二人は、顔を青褪めさせている。
一方、黒震魔砲杖の攻撃を受けた共和国軍は混乱していた。
「な、何が起きた。何で防壁が崩れている」
モンジョ砦の指揮官であるオリヴェル将軍は狼狽していた。指揮官がこういう状態なので、配下の兵士たちは右往左往するばかりだった。
そこに首都急襲部隊が突撃した。モンジョ砦は信じられないほど簡単に陥落した。
後方で見ていたクス領のレアンドロ子爵は、阿呆面を晒したまま固まっている。自分の目で見ていても信じられなかったのだ。
「なぜだ。なぜモンジョ砦が陥落した。あの砦は万の軍勢で攻めても落ちないと言われていた堅固な砦だったのだぞ」
オルランド中将が大勢の捕虜を引き連れ戻ってきた。
「子爵、この捕虜たちをお願いします」
「それはいいが、これからどうするのだね?」
「我々は首都急襲部隊ですぞ。敵の首都を急襲するに決まっているではありませんか」
「そうだったな。馬鹿なことを聞いてしまった。幸運を祈る」
オルランド中将は部隊を首都ギセルへ向けて進軍させた。これからは時間との戦いになる。敵が防衛体制を整える前に急襲し、打撃を与えなければならない。
首都急襲部隊の進軍経路上には、三つの大きな町と六つの村があった。それらの町村は急襲を受け、ほとんど抵抗もできずに降伏した。
これには理由がある。ロマナス王国軍が首都に向かって進軍してくると報告を受けた評議会は、それらの町村を守っていた兵士たちも首都に呼び寄せたからだ。
評議会は首都以外の国民を見捨てたことになる。
このことは首都急襲部隊にとって好都合だった。通常、町を守っている兵士が存在すれば、その町を攻撃して敵兵士を無力化しなければならない。そうしなければ、通過した後に後方から攻撃を受ける恐れがあるからだ。
おかげで部隊は首都ギセルへ短時間で到達した。
「中将、さすがに首都ですね。堅牢な守りをしている」
副官が言う通り、ギセルは高い防壁に囲まれた要塞とも呼べる都市だった。この防壁は魔獣に備えた防御ではなく、明らかに戦争に備えて建設されたものだ。
「黒震魔砲杖を使えば、この要塞都市も破壊できそうだな?」
中将の言葉に副官が首を傾げた。
「さすがに二丁だけでは、都市全域を破壊するのは難しいのではないですか」
「そうだった二丁だけだったな。だが、二〇丁もあれば可能だろう」
「しかし、その黒震魔砲杖を作るのは、特別な素材が必要だと聞きましたが」
「ああ、そのせいで四丁しか作られていない武器だ」
「この世に、四丁しかない武器ですか」
「それくらいがちょうどいいのだ。こんな武器が簡単に作り出せる世の中になったら、ゾッとする」
中将は要塞都市に視線を移し観察した。
「そろそろ敵兵が動き出す頃だが、動きが遅い」
その言葉を待っていたかのように、首都の門が開き兵士が続々と出てきた。敵の兵力は二万ほどだろうか。こちらの四倍である。但し、何だか若い兵士が多いように見える。
「やはり出てきたか」
中将は敵の動きを眺めながら言った。
「当然でしょう。防壁の近くまで我々が近づけば、黒震魔砲杖を使うことが分かっています。それだけは避けたいと思うはず」
「敵の大将は誰だ?」
オルランド中将が副官に尋ねた。
「軍務統括委員会のパヴェル委員長かもしれないと思ったんですが、それらしい人物は見えませんね。あっ、首都警備部隊のマルツェル将軍が見えます」
副官は駐在武官として、このギセルに滞在していたことがある。重要人物であるパヴェル委員長やマルツェル将軍を見間違うはずがなかった。
中将が不思議そうな顔をする。
「なぜパヴェル委員長だと……彼は議員ではないのか?」
「そうですが、彼は元共和国軍の将軍です」
「なるほど、素人ではないのだな」
「中将、どうしますか?」
「王太子殿下の指示は、首都に一撃を加え撤退せよだ」
「そうですね。グズグズしていれば、バスタール地方へ向かった敵兵が戻ってくるでしょう。さすがに、それは危険です」
バスタール地方へ向かった敵兵が戻るということは、前後から敵に挟まれるということになる。
「まったくだ。下手をするとミシュラ大公国の国境線にいる敵兵が戻ってくるぞ」
すでに首都急襲部隊がギセルを急襲したことは各地に知らせが走っているだろう。共和国は全力で防衛しようとすることは予想できた。
唐突に戦いが始まった。敵の弓兵が命令もないのに矢を放ったのだ。首都急襲部隊が動き始め、砲杖兵士が魔砲杖を構え、敵の弓兵に魔術を叩き込んだ。
あちこちで地獄が姿を現した。魔術により切り刻まれた遺体や負傷兵が見える。
「今だ、弓兵は矢の雨を降らせろ!」
マルツェル将軍は遠距離での戦いは不利だと判断したようだ。全部隊に前進を命じた。共和国軍の騎兵も突撃を開始する。
それを見たオルランド中将は、竜騎兵で驚かせてやろうと考えた。竜騎兵に敵の騎兵を叩くように命じる。
竜騎兵たちは凄まじい勢いで飛び出した。
最初に竜樹馬に気づいたのは、共和国軍騎兵の軍馬だった。
軍馬は近付いてくる竜樹馬が普通でないと気づき、前に進むのを嫌がった。
「おい、どうした?」
敵騎兵が馬を宥め進ませようとする。だが、どうしても進むのを嫌がる軍馬が続出した。
「どうなっている。何が原因だ?」
「おい、王国の奴らの馬、何か変じゃないか?」
「あれは馬じゃない!」
敵騎兵が慌て始めた。そこに竜樹馬に乗る竜騎兵が魔砲杖を構え魔術を放った。敵騎兵は竜騎兵の三倍ほどの数がいる。だが、軍馬が恐怖して戦うことを嫌がるので、数が少ない竜騎兵により駆逐された。
オルランド中将は突撃してくる敵を見ながら、ゆっくり後退することを命じた。後退しながら魔砲杖を放ち続ける砲杖兵士。その攻撃が敵に突き刺さる。
その攻撃で数多くの敵兵が死んだ。突撃してきた敵兵士の足が止まり、そこに魔術が叩き込まれる。そのことにより敵軍は混乱し、逃げ出す兵士が現れた。首都の門を叩き、中に入れてくれと叫ぶ若い兵士たちが殺到する。
その様子を見た中将は、全軍に前進の命令を出した。後退していた首都急襲部隊が、魔砲杖と弓兵の攻撃を続けながら前に進む。
それからの展開は早かった。首都急襲部隊が暴れまわり、ロマナス王国へ引き返し始めた後、入れ違うようにバスタール地方に向かった共和国軍が戻ってきたのだ。
その共和国軍の兵士たちは、鉄壁だと思っていた首都の防壁が何箇所かで崩れ、周りに兵士の遺体が散らばっているのを目にした。
「な、何てことだ」
「議会は何をしていたんだ」
兵士たちは暗い顔をして首都に入った。首都の象徴である共和国議事堂が燃えていた。兵士たちは自分たちが敗残兵となったことを思い知らされた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
リカルドは、トリドール共和国との戦いに故国が勝利したのを魔術士協会で知った。究錬局のあちこちで勝利を喜ぶ声が上がっている。
「何だか、お祭り騒ぎですね」
リカルドが究錬局の通路で振り向いた。そこにはグレタが立っていた。グレタは子供から大人の女性へ変化する途中のようだ。魅力的な女性になるのではないかという兆しを見せている。
「今日は勉強ですか?」
「いいえ、リカルド様に会いたくて来ました」
「それは嬉しいな。お茶でも飲もうか」
リカルドは研究室に誘った。
お茶を淹れ二人で飲みながら話を始めた。
「父上がリカルド様に話があると言っておられます」
「ボニペルティ侯爵様がですか。王都の屋敷に行けばいいんでしょうか?」
「はい、お願いします」
それから話は、リカルドが開発したルシープに移った。
「ケイトラみたいな乗り物ですか?」
「まあ、そうかな。けど、ケイトラは荷物を運ぶ車だけど、ルシープは人が移動するのを助ける乗り物なんですよ。だから、乗り心地が良くなっています」
「一度、乗せてください」
「ええ、ルシープに乗って一緒にピクニックにでも行きましょう」
グレタの顔がパッと光が差したように明るい表情になる。そこに浮かんだ笑顔が、リカルドには眩しく見えた。そして、心の中に温かいものが生まれる。
「約束ですよ。絶対にですからね」
「もちろんです」
その時、日本で亡くした妻と娘の顔が浮かんだ。だが、その顔もぼんやりしたものに変わっているのに気づいた。
新しい世界で生活を始めて数年がすぎた。間藤未来生という人生を記憶の底に仕舞い、リカルドとして生き始める時期に来たのかもしれないと思った。
間藤の人生を捨てることはできない。しかし、日本で生きた間藤の価値観や人生観を捨て、この世界で生きるリカルドという人生で新しい価値観と人生観を育て始めるのもいいかもしれない。
まずは言葉遣いから直していこう。
「グレタ、これからもよろしく頼むね」
彼女は細い首をチョコッと傾げ、リカルドの顔を覗き込んだ。
「どうしたんです。リカルド様」
リカルドは笑った。
「様なんて要らないよ。これからは、リカルドと呼んでくれ」
「リカルド……本当にいいんですか?」
「ああ、自分も硬い喋り方を直そうと思うんだ」
「はい、その喋り方のリカルドも素敵です」
この年、ロマナス王国の歴史に戦争という大きな足跡が残された。同時に、リカルドの人生の転換点ともなった。
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新しい物語『人類にレベルシステムが導入されました』の投稿を始めたことを報告します。
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