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scene:172 オクタビアス領戦線

 オクタビアス領では、公爵が苦い顔で戦線を見つめていた。

「敵の兵力数は分かったのか?」

「一万を少し超えていると思われます」

 オクタビアス領の将官であるヌンツィオ将軍が振り向いて答えた。

「我が方の倍以上か。耐えられるか?」


 ヌンツィオ将軍が難しい顔をする。

「一〇日ほどが限度ではないでしょうか」

「王都からの支援が来るには、八、九日かかるだろう。何かで遅れるようなことがあれば……いや、王太子殿下を信じるしかないな」

 ヌンツィオ将軍が同意し、オクタビアス領でも始まっていた魔砲杖の製作について触れる。

「無理をしてでも魔砲杖の生産を増やすべきでした」

 ミシュラ大公国では、砲杖兵士たちが敵の大軍を退けたと報告が来ていた。同じように二千の魔砲杖があれば、オクタビアス領も共和国軍を退けられただろう。


 公爵が溜息を吐いた。

「今更、言っても仕方ない。それにしても……情けないものだ。数年前には王家に代わって、この国を支配することも可能かもしれないと、考えておったのに」

「諦められたのですか?」

 ヌンツィオ将軍の言葉に、公爵はまた溜息を吐いた。


「共和国との交易は当分できまい。この領地は大きな収入源を失ったのだ」

「ですが、南の大陸との交易に参加できると伺いましたが」

「王家の監視下で行う交易だ。好き勝手に商売をすることはできん。それにトリドール共和国を撃退した王家は、オクタビアス領に戦賦せんふ税を課すだろう」

 戦賦税は王権が強かった時代に王家が他の領地に課していた税金である。王家の軍が領地を守る代わりに徴収していたものだ。


 すでに戦賦税を払っている領地も存在した。ボニペルティ領とその周辺領地である。ボニペルティ領は、クレール王国に攻め込まれて王家に助けられている。ボニペルティ侯爵は、自分から戦賦税を払うと言い出したのだ。

 近年はそういう領地が増えていた。王権が少しずつ強化されている証拠である。

「ますます王家の力が強くなります。国が一つに纏まるのでしょうか?」

「さあ、まだメルビス公爵家があるからな」


 それから七日間、オクタビアス公爵は共和国軍の攻撃を耐え抜いた。そして、八日目に王都から二百名の砲杖兵士部隊が到着した。

 その部隊を率いているのは、沿岸警備隊のモラッティ少将だった。隊員も沿岸警備隊の砲杖兵士たちで、王太子殿下の命令で駆け付けたのだ。


「よく来てくれた。だが、少ないのではないか。相手は一万を超えているのだぞ」

 公爵が感謝すると同時に、不安を口にした。モラッティ少将はそう思うのは無理もない、と頷いた。

「ですが、我々は王太子殿下より、新兵器を預かっております」

「新兵器だと……どんなものだ?」

「詳しくは教えられませんが、画期的な魔砲杖の一種です」


「まさか、上級魔術を放てる魔砲杖と言うのではあるまいな」

「まあ、そのようなものだと考えてください」

 公爵の顔が強張った。上級魔術を放てる魔砲杖で砲杖兵士部隊を編成すれば、凄まじい戦力となる部隊が誕生する。

 公爵はモラッティ少将が率いている砲杖兵士部隊に視線を向けた。


 少将は公爵が勘違いしていると気づいた。

「たぶん、考えておられることと違うと思います」

「何だと、何が違うというのだ?」

「王太子殿下から預かっている新型魔砲杖は、二丁だけです」


「馬鹿な。上級魔術を放てても二丁だけで撃退できる数ではないのだぞ」

「ご心配なく、あの黒震魔砲杖は特別です」

 公爵は疑うような視線で、モラッティ少将を見た。

「おい、黒震魔砲杖を持ってこい」

 少将の命令で大きな南京錠がかかった金属製の箱が運ばれてきた。


 南京錠を外し中から、通常の魔砲杖より一回り大きな魔砲杖を取り出した。よく見ると通常は魔成ロッドが組み込まれている箇所に、異質なものが組み込まれている。

「これは何だ?」

「黒震魔砲杖です。王都で作られた最新型の特別な魔砲杖になります」

 公爵が手を伸ばして、黒震魔砲杖を手に取ろうとした。少将は素早く黒震魔砲杖を箱に仕舞う。


「見せてくれてもいいだろう」

「これは軍事機密に属するものです。許可がない者に持たせることはできません」

 公爵が口をへの字に曲げ、不満を表した。

「モラッティ少将、敵が南側から攻め込んできた。君の部隊が援護してくれないか」

 ヌンツィオ将軍が敵の情報を伝えると同時に、撃退を依頼した。


「分かりました。行くぞ!」

 少将は部隊を率いて国境線の南側へ向かった。土塁が築かれている先に、共和国軍の部隊が迫っていた。敵は合計四千ほどの弓兵と槍兵の部隊である。

 槍兵が盾となり、その後ろに弓兵が並ぶと矢の雨を降らせ始めた。


 公爵軍の兵士が何人も矢を受けて倒れる。それを目にした少将は、魔砲杖の名手二人を呼び寄せた。

「クレート、エットレ、連中を蹴散らせ、頼むぞ」

「承知しました」

 この二人は黒震魔砲杖の管理者であり、射撃手でもあった。二人は金属製の箱から黒震魔砲杖を取り出し構えた。敵の矢が届かないギリギリの位置である。


 その狙いは敵の最前列で盾と槍を構えている槍兵部隊に向けられた。モラッティ少将が敵軍を睨み命令する。

「放て!」

 クレートとエットレの二人が同時に引き金を引いた。黒震魔砲杖に組み込まれた【黒震連弾】の魔術が発動する。凄まじい貫通力を持つ歪曲空間弾が初めて人間に向けて発射された。


 一瞬で敵兵まで飛翔した歪曲空間弾は、盾を貫き槍兵の身体を貫通する。歪曲空間弾は敵兵一人を貫いたぐらいでは消えなかった。背後にいた槍兵の腕を吹き飛ばし、その背後の弓兵に襲いかかる。次々に敵兵の身体を貫いた歪曲空間弾は、最後には地面に穴を開け消えた。

 一発の歪曲空間弾が五、六人の敵兵を倒したことになる。


 そんな歪曲空間弾が三〇発も連射されたのだ。敵の被害は大きかった。だが、二丁の黒震魔砲杖で倒せたのは三〇〇人程度、敵を撃退するほどの戦果ではない。

 とはいえ、敵軍は恐怖を感じた。

「い、今の魔術は何だ?」

「な、何だよ今のは? 一瞬で何百人も死んだぞ」


 敵軍の指揮官も事態を理解できずにいた。

「騒ぐんじゃない。矢を放ち続けろ!」

 この時、敵指揮官は後退するか、突撃を命じなければならなかったのだ。だが、その場で矢を射続けることを選んでしまった。


 三分が経過し黒震魔砲杖のクールタイムが過ぎた。

「よし、もう一度だ」

 モラッティ少将の命令で、再び歪曲空間弾の連射が行われた。また三百人近い敵兵が倒れ、敵指揮官も足を粉々にされた。


 敵軍は混乱した。突如、指揮官が命令を出せなくなったのだ。混乱したまま三分がすぎ、三度目の連射と同時に、他の砲杖兵士にも攻撃命令が下された。

 他の砲杖兵士が装備しているのは、炎鋼魔砲杖である。電気の代わりに炎を纏った鋼の渦が、敵兵に死をばら撒いた。


 この攻撃で敵軍は潰走を始める。

 その様子を見ていたオクタビアス公爵は、心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じた。

「こ、これが王国軍の実力なのか」


 公爵の背後に立っていたヌンツィオ将軍が、驚きの表情を浮かべながら武器を放り出して逃げていく敵兵を見ている。

「ありえない。たかが二百の兵力で、四千の敵を撃退するなど……」

 振り向いた公爵が、ヌンツィオ将軍を睨む。

「しっかりしろ。追撃のチャンスなのだぞ」


「そ、そうでした」

 ヌンツィオ将軍は追撃の命令を出し、敵兵に多大な被害を与えた。

 その日の戦いがロマナス王国側の完全勝利に終わったことで、オクタビアス領国境線の戦いが王国側優勢に変化した。

 共和国軍が王国軍の魔砲杖による攻撃を恐れ、積極的な攻勢を仕掛けてこなくなったのだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 オクタビアス領戦線の状況がガイウス王太子に報告された。報告者はサムエレ将軍である。

「リカルド殿が作られた黒震魔砲杖により、オクタビアス領へ侵攻しようとした敵軍の撃退に成功しました」

 王太子が少し首を傾げた。

「どうした。なぜリカルドに『殿』を付け始めた?」

「雷嵐虎との戦いで、リカルド殿には助けられました。今までは若いということもあり、敬称も付けずに呼んでおりましたが、認識を改めたのです」


 ガイウス王太子は苦笑した。

「よほど雷嵐虎は恐ろしい魔獣だったようだな」

「雷嵐虎が恐ろしくなかったとは言いませんが、巨大な魔獣に一人立ち向かったリカルド殿の勇気に、感動したのでございます」

「そうか。だが、リカルドは国にとって大切な人材であり、余の友人でもある。彼を危険に晒すなど、今後はないように頼むぞ」

「はっ、承知しております」


 王太子は報告書をチェックし触媒の減り方が激しいことに気づいた。

「しかし、触媒の消費が多い。アントニオがやっている魔獣飼育の事業を拡大させねばならんな」

「アントニオだけでは、手が足りないのではないでしょうか?」

「そうだな。財閥に手伝わせよう。手配してくれ」

 最近、アントニオの飼育場では、影追いトカゲと妖樹トリルの飼育数を増やしていた。王国軍における触媒の消費が増大し、触媒の価格が高くなっていたからだ。そのために飼育場の従業員を増やしているのだが、苦労しているらしい。


「魔獣を倒すために、魔砲杖が開発されたはずなのに、魔砲杖に必要な触媒を得るために魔獣を飼育するというのは、何か間違っている気がします」

 将軍の言葉に、王太子が苦笑した。

「そうだな。しかし、セラート予言が警告する災害から国民を守り、王権を確立するためには必要なことだ」


「その王権に関してでございますが、共和国首都急襲部隊が通過した領地から、戦賦税を納め王家に忠誠を誓うと申し出る貴族が増えております」

 王太子がニヤッと笑う。首都急襲部隊はコグアツ領から北のクス領へ向かって進んでいる。この調子で王国軍の武威を西部の貴族たちに示せば、王国の半分が王家の権威を認めるだろう。


「その点だけが、この戦争における利点だな。他は問題だらけだ」

「問題といえば、戦費が増大しています。どうやって工面するか、財務大臣が頭を悩ませていました」

「ふん、南の大陸との交易から上がる利益を使えば良いであろう」

「財務官たちが、それだけでは足りないと言っておるようです」

「そんなはずはない。おおかた交易の利益を、中止した国内開拓事業を再開する予算に組み入れようとしているのだろう。余が許すはずがないというのに」


 王太子の予想は当たっていた。国内開拓事業が中止されたことで損をした商人や地主が、もう一度再開するように財務官に働きかけていたのだ。

 これらの商人や地主は、メルビス公爵に関連する者が多かった。その辺のことを将軍と話し合った王太子は、吐き捨てるように、

「この戦争が終わったら、東の女帝などと呼ばれているメルビス公爵を孤立させ、王国に組み込んでやる」

 そう言って、話を打ち切った。


 その数日後、将軍は財閥とアントニオを城に呼んだ。

 ミラン財閥・ナスペッティ財閥・マチェラーリ財閥・オルフェイ財閥の総帥という錚々(そうそう)たる顔ぶれの横で、アントニオが緊張して会議室の席に座っていた。

「忙しい中、よく集まってくれた。感謝する」


 ミラン財閥のイゴール総帥が、どういう用件で呼ばれたのかと尋ねた。

「王国では、触媒不足が問題になっている。そこで財閥とアントニオの飼育場が協力して、触媒の増産を行って欲しいのだ」

 財閥の総帥たちが顔を見合わせた。各財閥でも妖樹の飼育場を注目していた。小規模だが始めている財閥もあったのだ。


 ナスペッティ財閥のパルミロ総帥が質問の手を上げた。

「それは妖樹を飼育する方法を、アントニオ殿が教えてくれるということでしょうか?」

 アントニオは、若き事業家として有名になっており、財閥の総帥でさえ一目置く存在となっていた。

「王太子殿下と相談したのだが、アントニオが飼育法を指導し、その事業で得た利益の百分の三をアントニオに支払うということにしたい」


 このことは予めリカルドとアントニオへ相談していた。二人は飼育法を永遠に秘密とすることはできないので、ノウハウを譲渡し利益を得ることに合意している。

 財閥の総帥たちは、触媒の事業は今後発展すると推測しているので、増産事業に参加することを決めた。

 こうして触媒増産事業は、王国の国家的事業として進められることになった。但し、影追いトカゲについては除外された。


 リカルドと王太子は【空】の魔術が絶大な威力を持つことを理解しており、それが広まることに危惧を覚えたからだ。

 その代わりに、妖樹の他に穴掘り猪や頭突きウサギを飼育する研究を始めることになった。



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