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scene:170 魔境の雷嵐虎

 リカルドはケイトラをバイゼル城前に乗り付けた。それを初めて見たミケリノ王子は、口をアングリと開けて驚いている。

「こ、これは何なのです?」

「これが魔術駆動式貨物運搬車『ケイトラ』です。まあ、馬のいない荷馬車みたいなものです」

 ミケリノ王子は驚きの表情を浮かべたまま質問を続ける。

「馬がいない荷馬車? では、どうやって動いているのです?」


 リカルドは苦笑した。

「申し訳ありませんが、それは秘密です」

 ミケリノ王子は残念そうな顔をする。だが、これが国家機密レベルの凄い発明品だというのは分かったので、文句は言わなかった。


「さあ、乗ってください」

 リカルドはミケリノ王子を助手席に座らせた。運転席と助手席の座席は綿の入ったクッションがあるので、振動は軽減されている。

 ただ荷台に乗っているサムエレ将軍と兵士は大変だろう。一応クッションソファーのようなものを持参するように言ってあるが、実際に持ってきたのは将軍だけのようだ。


 他の兵士たちは板を敷いてある荷台に直に座っていた。ミケリノ王子が不思議そうに荷台を覗き込んでいる。

「先生、触媒と魔砲杖を積まなくていいんですか?」

 リカルドは微笑んで答えた。

「触媒と魔砲杖は、収納碧晶に全部入れて将軍が持っています」

「あっ……そうか」


 リカルドは全員が乗ったのを確かめ後ろの荷台に声をかけた。

「出しますよ」

 ケイトラが低い機械音を発しながら走り出した。王都の大通りは綺麗に整備された石畳なので、振動はそれほどない。だが、東門を出て街道に入ると少し揺れるようになった。


 時速は三〇キロから四〇キロは出ているだろう。道さえ舗装されていれば五〇キロまでは出せそうなのだが、砂利道では時速三〇キロ少しが精一杯なのだ。

 街道を通行する荷馬車や旅人も自動車には慣れていないので、右往左往している。

「リカルド先生、ケイトラとは速い乗り物なのですね」

「馬を全速力で走らせた時には及びませんが、この速度で長時間走れるのがケイトラの強みです」


 馬とケイトラを競争させたら、最初は馬が速いかもしれない。だが、途中で体力が尽きた馬をケイトラが追い抜き、最後には馬が泡を吹いて倒れるだろう。

 ルリセスの町を通過する時は、町の人々が驚いていた。初めて見るケイトラが異様に見えたのか、怯えている者もいる。


「ここでトイレ休憩をしよう」

 リカルドは大通りの端にケイトラを停めた。この場所は普段馬車が停められている場所だった。二人がケイトラから降りた時、荷台に乗っていた兵士の一人がヨロヨロと降りてきて、道路に両膝を突いた。

「どうしたんです?」

 青い顔をした兵士は、気分が悪いと答えた。


「ああ、乗り物酔いか。水をもらってきます」

 リカルドは近くの飲食店から水をもらって、兵士に飲ませた。将軍が近寄りリカルドに尋ねる。

「先ほど言っていた乗り物酔いとは何なのだ?」

「ケイトラのような乗り物の揺れに弱い人もいるんですよ。そういう人は長時間乗り物に乗っていると気分が悪くなるんです」


「そうなのか。何か薬はないのか?」

「ありません。慣れるしかないんです」

 将軍はぐったりしている兵士を見下ろしながら溜息を吐いた。

「仕方ない。貴様はここから王都に引き返せ」

「だ、大丈夫です。少し休めば……」

「ダメだ。時間がないのだ」


 リカルドたちはトイレを済ませた後、すぐに出発した。王領とキエザ領の境をすぎると、さらに道が悪くなった。前の領主であるアプラ侯爵が道路整備を怠っていたのだ。

 荷台のサムエレ将軍は、目の前を流れ去っていく風景の速さに驚いていた。この速さで長時間走り続けられる乗り物は大きな戦力になると判断する。


「王太子殿下に、このケイトラを軍に配備するように進言しよう」

 そう言った将軍の声が聞こえたのか、兵士の一人が頷いた。この兵士もケイトラの便利さに気づいたのだろう。ただ揺れには閉口しているようだ。

 道の窪みに車輪が落ちた時、荷台に直に座っている兵士たちは尻を叩かれたような衝撃を味わうことになる。

「藁束でも持ってくればよかった」

 兵士の一人が小さな声で愚痴をこぼした。


 将軍は苦笑して、運転席のリカルドに声をかけた。

「農家の近くで停めてくれないか。兵士どもが藁束が欲しいそうだ」

「藁束? ああ、振動が酷いんですね。分かりました」

 農家で藁束を手に入れ、兵士たちは少し楽になったようだ。


 その日の夕方頃に魔境門近くの軍の駐屯地に到着した。車から下りたサムエレ将軍は、運転席の横に寄り、礼を言った

「リカルド、感謝するぞ」

 将軍は急いで軍の駐屯地に向かった。


 リカルドは薄暗くなり始めた空を見上げ、今夜はどうしようかと思案する。

「先生、腹が空きました」

 ミケリノ王子が情けない声を上げた。リカルドは微笑んで頷いた。

「この辺で野営しましょう」

 収納碧晶から出したコンテナハウスを駐屯所の一角に置いた。


「な、何ですか。これは?」

「これはコンテナハウスという野営用の小屋みたいなものです」

 ミケリノ王子が目を丸くして驚いている。

「こんなものまであるのですか」

「野営には便利なんです」


 リカルドは扉を開けて中に入り、照明を点けた。中に入ったミケリノ王子がキョロキョロと見回している。

「寝台やテーブル、椅子まである。ロマナス王国は進んでいるんですね」

「コンテナハウスは高価なので、利用できるのは一部の人だけです。それより王子は食べられないものはありますか?」

「好き嫌いという意味なら、あまり甘いものは好きではありません」


 リカルドは意外に思った。ミケリノ王子くらいの歳なら甘いものが好きな者が多いからだ。

「いいでしょう。今日はピリ辛モツ鍋にします」

 ミケリノ王子が首を傾げた。どんな料理か分からなかったのだろう。

 リカルドは冷蔵収納紫晶から牛のモツ肉と野菜を取り出した。七輪に炭を入れ火を熾す。鍋を載せて出汁を注ぎモツと切った野菜を入れる。これらの材料はユニウス料理館で用意してもらったものだ。


 砂糖や魚醤などで味を整えた後、最後に唐辛子の粉を入れる。味見をして、もう少し唐辛子を追加。

 具材が煮えた頃、コンテナハウスのドアがノックされた。

「私だ」

 サムエレ将軍の声である。リカルドはドアを開けて、将軍を招き入れる。


「済まない。食事中だったか」

「構いませんよ。将軍も食べますか?」

「いいのか」

「ええ、鍋は大勢で食べた方が美味しいですから」

 リカルドはピリ辛モツ鍋の具を深皿に盛って、王子と将軍に渡す。二人はスプーンを使って食べ始めた。


 ひと口食べたミケリノ王子はニコッと笑った。

「美味しいです」

「ほおっ、ピリリと辛いところがいいな。それに辛いだけじゃなくモツと野菜の旨みが出ている」

 ミケリノ王子とサムエレ将軍は気に入ってくれたようだ。


 リカルドも食べながら将軍に魔境の様子を聞いた。

「今、三眼熊と猪頭鬼の群れが暴れている。数が多いので苦労しとるが、魔砲杖と触媒を届けたので、何とかなるだろう」

 その後、夜通よどおし戦いの喧騒が続いた。朝日が地平線に顔を見せた頃、今までとは違う気配を魔境から感じたリカルドは、外に出て魔境の方に視線を向けた。


 リカルドの腕に鳥肌が立った。何か恐ろしい敵が近付いてくる予感がする。

「先生、どうしたんです?」

 ミケリノ王子がリカルドの様子が変なのに気づいて声をかけた。

「嫌な予感がします。王子は少し離れていてください」


 そう言った次の瞬間、黒い雲で覆われた空から特大の雷が魔境を囲む防壁に落ちた。目を開けていられないほど眩しい白光が空間を染め上げ、凄まじい轟音が響き渡る。

 地面が揺れ、リカルドとミケリノ王子は足を掬われるようにして倒れた。

 あちこちで叫び声が上がり、同僚や友人の名前を叫ぶ声が耳に届く。


 立ち上がったリカルドは、魔境門に視線を向けた。門の一部が破壊され魔境の森が見えている。

「何てことだ」

 収納紫晶からエルビルロッドと触媒を取り出す。破壊された門から、のそりと一匹の魔獣が姿を現した。肩までの高さが三メートルほど、体長が七メートルもある巨大な虎だった。


 その額に三本の角が生えている。その三本の角から稲妻が空へと走った。雲を突き破り天空へと稲妻が消えると、その雲が渦巻き雷雲へと変わる。

「ヒッ」

 ミケリノ王子が恐怖の声を漏らした。仕方ないだろう。目の前に現れた魔獣は、睨まれただけで震え上がるほどの威圧感を放っていたのだから。


 サムエレ将軍が呆然と巨大な魔獣を見つめているのが目に入った。

「将軍、ミケリノ王子を避難させてください」

 リカルドが呼びかけても、将軍の反応はない。

「ボケている場合か。しっかりしろ!」

 凄まじい意志力が込められた怒声が将軍を叱咤する。ビクッと身体を震わせた将軍が、リカルドに顔を向けた。


「王子と兵士たちを避難させてください」

「承知しました」

 将軍は王太子と話すような口調で答えると、王子を助け起こし兵士たちに指示を叫び始めた。

「君はどうするんだ?」

「戦います。邪魔はしないでください」

 将軍は頷き、王子と部下たちを引き連れ後退する。


 リカルドは魔力をエルビルロッドに注ぎ込み始めた。ロッドの表面に浮かんでいる雪華紋が、黄金色に輝き始める。だが、リカルドは不足だと感じ、さらに魔力を放出する。

 エルビルロッドの周りで渦巻く魔力が、属性励起していないのに黄金色に輝き始める。膨大な魔力が互いに反応して輝いているのだ。


 リカルドは触媒を撒いた。魔力が燃え上がるように真紅に変わる。そして、オレンジ色へと変化した。


ファナ(火よ)ラピセラヴォーン(太陽の如く輝き)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 【陽焔弾】の呪文が、リカルドの口からつむぎ出された。

 その途端、ロッドの先に強烈な熱量を持つ光球が出現する。一瞬だけリカルドの皮膚を焼いてから、光球は魔獣に向かって弾けるように翔んだ。

 陽焔弾を見ても、虎の化け物は微動だにしなかった。己の強靭さに自信があるのだろう。陽焔弾は巨大な魔獣の胸に命中した。


 巨大な熱量が魔獣の胸を焼き焦がす。強靭な毛に覆われた皮膚が灰になり、分厚い筋肉が炎を上げた。それだけではない。

 高速で衝突した陽焔弾の衝撃で巨獣の全身が持ち上がり一回転した。

 虎の巨獣が怒号を上げ、地面にうずくまる。


 リカルドの背後から将軍の叫び声が聞こえた。

「そいつは『雷嵐虎らいらんこ』だ。稲妻の攻撃に気をつけろ!」

 それを聞いたリカルドは、収納碧晶から黒魔術盾を取り出した。

 地面を転げ回って火を消した雷嵐虎は、リカルドを睨み三本の角からバチッと放電する。


「あいつ、魔法を使うつもりだな」

 魔獣が放つ魔術は『魔法』と呼ばれる。雷嵐虎は雷の魔法を使う準備をしているようだ。

 逃げる時間はないと判断したリカルドは、黒魔術盾を構える。雷嵐虎の三本の角から強力な稲妻が放たれた。稲妻は黒魔術盾に命中し凄まじい衝撃を発生させた。

 リカルドはその衝撃で吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がる。フラフラと起き上がった時、黒魔術盾がバキッと音を立てて割れた。


「嘘だろ……」

 雷嵐虎がニヤリと笑ったように見えた。



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