scene:17 王都へのお使い
マッシモは提出した研究論文が認められ正式な魔術士となった。それだけではなく、魔術士協会に入り究錬局の研究員に抜擢された。
究錬局とは魔術士協会でも優秀な者しか配属されない特別な部署なので、如何に研究論文が高く評価されたのかが分かる。但し、研究員の中には派閥間の力関係により配属になった者も居るので、全部が優秀だとは限らない。あくまでも一般的な研究員は優秀だという話である。
パトリックも魔術士認定試験に合格し魔術士協会に就職した。
一度、荷物を取りにデルブに戻り、その時リカルドにも別れの挨拶に来た。
「来年の春には、試験を受けるんやろ。待ってるから王都に来たら訪ねて来い」
「分かった。絶対に行くよ」
別れの挨拶を済ませたパトリックは王都に去った。また、マッシモも王都に住居を移したので、アレッサンドロの書斎は使いたい放題となった。
季節は夏、この時期のロマナス王国は気温が三〇度を超え息をしているだけで汗が流れ落ちるような暑さとなる。
午前中、涼しい内に狩りに行き、午後からは風通しの良い木陰で昼寝を楽しむ。一見優雅そうな生活スタイルに変えた。
何か部屋の温度を下げるような魔術はないかと調べてみたが、部屋の中では使えそうにない物騒な魔術ばかりだった。
日が沈むと気温が下がり、夜は涼しくなる。その涼しい時間を読書の時間として使った。アレッサンドロの書斎から次々に本を借り出し、三ヶ月かけ全ての本を読んだ。
歴史書や物語・伝記・哲学書・魔獣の研究書などで重要だと思われる情報はメモに書き残す。
秋になった頃から、歴史書と『魔術大系』の暗記を始めた。特に『魔術大系』は隅から隅まで理解しようと分析しながら何度も読んだ御蔭で魔力と魔術言語に関する見識を深めた。
そして、二つの発見をする。一つは系統詞が『ファナ』『シェナ』『エスナ』『アムリル』『グロリー』の五つだけではなく他にもあったという発見である。
『魔術大系』の中に記述されている魔術単語なので、何故、他の魔術士が系統詞だと気付かなかったのか不思議に思った。結局、賢者が系統詞だと紹介しているのが五つだけなので、それが固定観念と化し他にあると疑わなくなったようだ。
新しく発見した系統詞は『ファスナル』『アムスナル』『ボリュゲム』の三つ。『ファスナル』『アムスナル』は複合魔術用で、『ボリュゲム』は雷系専用の魔術用らしい。
雷系魔術は『ファナ』でも可能だが、特化した分『ボリュゲム』の方が強力な雷系魔術を放てるようだ。
また、複合魔術である【溶炎弾】の呪文を『ファナ』から『ファスナル』に変えると威力が増した。
もう一つの発見は生産系魔術である。【地】の魔術に関係する魔術単語の中に『クジュレウラ《空中に浮かび》』と『モヴァファル《回転せよ》』を見付けた。『クジュレウラ《空中に浮かび》』は物を空中に浮かべるだけ、『モヴァファル《回転せよ》』は物を回転させるだけの魔術単語であるが、組み合わせると工作機械の代わりとなるのが分かった。
早速、ロッドの加工に使ってみた。未加工の妖樹トリルの枝を取り上げ、魔力を込めながら触媒を撒き呪文を詠唱する。
「アムリル・クジュレウラ・モヴァファル」
未加工の枝が宙に浮き回転を始めた。リカルドは街の道具屋で買ったノミを手に持ち刃先を枝の表面に押し当てた。枝が削れていき木屑が飛び散る。
八分ほどで枝の回転が止まった時、ロッドの加工は大体が終わっていた。もう一度同じ魔術を掛けヤスリがけを行うとロッドが完成した。
今まで手だけで削って作ったロッドとは比較にならない出来栄えのロッドとなった。【魔旋盤】と名付けた魔術は大いに役立った。
魔術の研究や勉強ばかりでなく、狩りも続け魔術の実戦技術も磨いた。狩場は東門近くの雑木林から、小川を越えた妖樹トリルのテリトリーに移した。
その妖樹の森には妖樹トリルの他に冠大トカゲと人面蜘蛛が棲息している。冠大トカゲは頭に冠のような角を持つ全長三メートルほどの大トカゲで、人面蜘蛛は体長が一メートルほどの麻痺毒を持つ大蜘蛛である。
リカルドは冠大トカゲと戦ってみたが、尻尾による攻撃さえ気を付ければ、【飛槍】で仕留められる魔獣である。人面蜘蛛は木の枝に潜み、上から奇襲を掛ける奴らで、最初の時に背中に体当りされ驚いた。その時は魔成ロッドで反撃し撃退したが、以後、森に居る時は常時『魔力察知』をするように心掛けたので、奇襲に遭うことは無かった。
もちろん、毎日狩りに行けたわけではない。雨の日は屋根裏部屋で魔力制御の訓練を行い、源泉門から四歩の距離まで意識を近付けるのに成功した。
そして、六歩の距離でも完全な魔力制御が行えるようになった。源泉門から六歩の距離で受け取れる力は、中級下位の魔術を放つ時に必要な魔力量と同等である。
試しに妖樹トリルの枝をロッドに加工し、源泉門から六歩の距離に意識を近付けた状態で魔力コーティングを行ってみた。途中でロッドの表面がひび割れ失敗した。妖樹トリルの素材では増大した魔力量に耐えられなかったようだ。
季節が変わり冬になった。
勉強は進み歴史と魔術の基礎原理も自信が付いた頃、アレッサンドロから王都へのお使いを頼まれた。
マッシモに新しい弟子二人が書き写した『魔術大系』を届けて欲しいと言われたのだ。
一〇歳の子供に一人で何日も掛かる王都へ向かわせるなど非常識だった。
それを敢えてやらせるのは、リカルドの存在をアレッサンドロが疎ましく思い始めたからだ。リカルドが嫌がると思ったのか、アレッサンドロは一つの条件を出した。
「最近、熱心に勉強しているようだな。これをマッシモに届けてくれたら、来年の春に行われる魔術士協会の試験を受けてもいいぞ」
リカルドはオヤッと思った。アレッサンドロは来年の試験を受けるのは早いと言っていたのだ。
怪しいとは思ったが、アレッサンドロの誘いに乗った。路銀として金貨一枚を貰い、明日旅立つことになった。
アレッサンドロも子供一人というのは非常識だと思ったのか、王都へ行く商隊と一緒に行くように指示した。
翌朝、商隊が泊まっている宿屋に行くと三人の商人が馬車の用意をしていた。
「アルファーノ商会の方たちですか。アレッサンドロ師匠の弟子リカルドです」
がっしりした体格の商人が答えてくれた。
「ああ、聞いてるよ。王都まで行くんだろ。我々に任せれば大丈夫だ」
商人の名前はオルソ・アルファーノ、アルファーノ商会の主だった。笑顔なのに眼が笑っておらず小狡い感じの商人である。
リカルドは着替えと屋根裏部屋に残しておきたくないもの全てをキャリーカートに載せ運んできた。普段使っている巾着袋と魔成ロッドを売った金貨の入っている革袋、黒革の手帳も入っている。
かなり重くなり、こんな時はベルナルドが持っていた収納碧晶が欲しいと思った。
馬車が動き出すと馬車の端に座って景色を眺めるくらいしかやることがなくなった。偶にオルソが話し掛けてくるが、商人の三人は旅先で出会った女性の話をしていることが多く話に入り込めなかった。
一日目は何事もなくすぎ、リョゼン領の領都モルタで一泊してから、翌日コグアツ領の領都ブルグへ向かった。
途中、雨が降ってきたので小さな村で一泊することになった。
宿屋もない村だったので、農家の物置小屋を借り一晩過ごす。モルタで買った黒パンを食べ夕食を済ませた後、リカルドはトイレに行くと言って小屋を出た。
実際はオルソたちの様子が怪しかったので、入り口の脇に潜み中の様子を見張った。
すぐにオルソたちがヒソヒソ話を始めた。
「あの魔術士には王都まで連れていくと約束したけど、どうするんです?」
「馬鹿か、王都で手配されている俺らが行けるわけないだろ」
「だったら、あの小僧はどうするんだ」
「途中の川にでも放り込んで荷物は俺達が頂くに決まってるじゃねえか」
リカルドはゾッとした。こいつら悪党だ。
アレッサンドロはこいつらの正体を知っていたのだろうか。もし知っていたなら、油断ならない非情な男だと思った。
リカルドは馬車に行き荷物を取り出すと逃げ出した。雨は止んでおり月明かりでなんとか道が見える。
この世界の月は日本で見える月より大きく赤みを帯びている。
道はモルタへ戻るかブルグへ向かうしかない。リカルドは村を出てブルグへ向かった。
一時間ほど歩いた頃、後ろから人の声が聞こえた。道の脇にある大木の陰に隠れ様子を窺う。
足音が近くなり三人の人影が見えた。携帯ランプを持ったオルソの顔が見えた。
「あの小僧、どこまで行きやがった」
「モルタへ戻ったんじゃねえのか」
「いや、小僧の目的地は王都だ。港町のブルグへ向かったに違いねえ」
「何故、逃げやがったんだ」
「決まってるだろ。俺たちの話を聞かれたんだ」
オルソが最後に告げた。
「チッ、楽な仕事だと思ったのによ。早目に始末して荷物を奪っとけば良かったぜ」
リカルドは段々腹が立ってきた。あんな奴らから逃げる必要があるのだろうかと思い始めたのだ。
冷静に考えると魔術士でも魔獣ハンターでもないゴロツキなど恐れる必要はなかったのだ。
リカルドは新しい魔術を発動した。使う触媒は【地】と【水】の触媒で【泥縛】と呼んでいる複合魔術である。
「アムスナル・ヒュジナスカ・グラジバイズ」
突然、オルソたちの足元から水が滲み出し、固く踏み固められた道が泥沼のような状態に変わる。
オルソたちがズボッと泥の中に沈んだ。持っていた携帯ランプが泥の上に浮かぶ。
「オワッ、何だこりゃ!」「ウオッ、出れねえ」「ちびった」
三人は首の辺りまで泥に浸かり抜け出せなくなっていた。
リカルドはトコトコと三人に歩み寄る。
「オルソさん、こんな所で奇遇ですね」
オルソが鬼のような形相で。
「てめえの仕業だな。クソ野郎、ここから出せ」
リカルドが首を傾げ。
「そしたら、お前たちは何をする」
決まっている。泥から抜け出したら襲い掛かってくるはずだ。
黙ってしまったオルソたちをジロリと睨んでから、リカルドが去ろうとした。
「ま、待て……出してくれたら、お宝をやる。首に掛けている紐の先に入ってるんだ」
オルソが叫んだので、リカルドは引き返し泥に気を付けながら手を伸ばす。オルソの首を探り紐を引っ張った。紐の先に有ったのは小さな袋である。泥の上の携帯ランプを近付け中を見るとパチンコ玉ほどの紫色をした水晶が四つ入っていた。
「何これ、紫水晶?」
「違う。紫玉樹実晶だ」
ベルナルドから聞いた紫玉樹実晶らしい。でも、紫玉樹実晶は何に使えるか判らないものだったはず、お宝と言えるのだろうか。
「何でこんなものを持っている?」
「……」
オルソが目を逸らした。リカルドが『ちびった』と漏らした偽商人の方へ目を向けると。
「行商人を襲った時に、そいつが『お宝だ』と言って撒き散らして逃げたんだ。俺たちは急いで拾って追い掛けたけど……」
行商人には逃げられたらしい。こいつら間抜けな悪党なのだ。だが、こういう奴らは逆に怖い、深い考えも無しに他人に危害を加え平然としているからだ。
「ここから出してくれ」
リカルドはハッとして気付いた。出す方法を考えていない。手も泥の下に沈んでいるのでロープや棒などで助け出すのも無理だ。時間が経てば水が抜け泥が乾いてくるだろう。そうなってから掘り出すしかない。
リカルドが考えていると獣の唸り声が聞こえた。
周りを見回し背中の鞘から魔成ロッドを抜き出す。暗闇の中に金色に光る眼が四対あった。
キャリーカートを置いた大木の方へゆっくりと下がる。大木を背にして戦おうと考えたのだ。
携帯ランプの光に照らされ、敵の正体が見えた。ホーン狼である。
夜中に騒いだので、周りの魔獣を惹き付けることになったようだ。
二匹の狼が襲ってきた。魔力を流し込んだ魔成ロッドを一匹の頭に叩き込む。
狼が悲鳴を上げて地面を転がった。もう一匹は仲間が殺られたからなのか、用心して距離を取り、こちらの隙を窺っている。
オルソたちの方で悲鳴が上がった。だが、助けに行く余裕がない。
もう一匹がリカルドの首を狙って飛び掛かってきた。左にステップして避ける。
続け様に飛び掛かってくる狼の首に魔成ロッドを叩き込んだ。ボキッと骨の折れる音がして狼が地面に横たわった。
オルソたちの方を見ると二匹の狼が泥の中で暴れ、オルソたちの頭をズタズタにしていた。
近くで確認すると三人は死んでおり、二匹の狼だけが泥の中で足掻いている。
リカルドは【飛槍】二発で狼を仕留めた。
リカルドはホーン狼から角を剥ぎ取り、狼の死骸は道の脇に引き摺って捨てた。
「こいつらの死体はどうしよう。見つかれば騒ぎになりますね」
もう一度【泥縛】を使い、オルソたちと狼の死骸を完全に泥の中に沈めた。
後味の悪い結末となったが、この悪党たちの口振りからすると罪もない者を殺した前科があると思われた。それを考えれば自業自得だと自分に言い聞かせる。
自分の心の中をチェックしてみた。罪悪感がそれほどない。この世界に馴染んできたのだろうか。
農家に残してある馬車をどうするか考えたが、馬に乗れないし、馬車も御せないので放って置くしかなかった。
オルソの携帯ランプを拾ったリカルドは夜通し歩き、昼頃ブルグに到着した。
なんとか宿を探し、部屋に入るなり寝た。
目が覚めると夕方になっていた。
腹が減ったので、食堂に行き名物料理らしいグレモという魚の塩焼きとパンと野菜スープを頼んだ。
「お待ちどお様」
宿屋の使用人が料理を持って来ると貪るように食べた。かなり腹ペコだったようだ。
食った後にボソッと呟く。
「やっぱり、焼き魚には御飯だな。お米が恋しい」
翌日、朝から船着き場に行って王都行きの船がいつ出るか調べた。
定期便を運行している船商会が幾つかあり、尋ねてみると一番早い船でも明後日の朝らしい。仕方ないので、一番早い船に申し込み乗船券を買った。
その後、キャリーカートを引いて町を見物に出掛けた。
港町ブルグは海運と漁業で栄える町である。
西部辺境から様々な産物がブルグに集まり、王都へと運ばれていく。その御蔭で町は発展し、多くの商人が集まってきていた。
町の中心にある広場へ行くとあちらこちらで露天商たちが商売をしている。中には珍しいものを売っている商人もいる。
「魔境クレブレスで取れた鬼熊蜂の蜂蜜だよ。一舐めすれば寿命が一日延びるという逸品だ。こんな品が買えるのは今日しかないよ」
威勢のいい売り子の声が聞こえる。
「賢獣の子供があるよ。今日は特別安いよ」
『賢獣』という言葉が気になって寄ってみた。胡散臭そうなオッさんが小さな獣の子供を売っていた。
大きな箱の中に犬や猫、大きなひよこなどが走り回っている。
賢獣とは念話を使い、大きくなれば言葉を喋れるようになる動物のことである。だが、どう見ても普通の犬や猫の子供とダチョウの子供のような奴である。
値段も一匹銀貨三枚となっているので間違いなくインチキである。賢獣は希少な動物で銀貨数枚で買えるはずがなかった。
そのことはアレッサンドロの書斎にあった本の中に書かれていた。
箱の中を観察してみると頭に角のある狼の子供が居る。……ホーン狼の子供である。魔獣の子供は特別な訓練をしないと人間にはなつかない。
こんなのを買った人はどうするんだろうと他人事ながら心配になる。
箱の隅にジッとしているモルモットのような動物と目が合った。よく見ると前脚と後ろ脚の間に飛膜がある。
「モモンガか」
『キュエキュ』(お腹空いた……)
「オッ」
頭の中で変な声が聞こえた。驚いてモモンガのような動物を観察すると相手も濡れたような瞳を向け訴えてくる。その眼を見て……堪らなく可愛いと思った。
可愛いだけではなく、頭に響いた声はモモンガみたいな動物が発したと直感で悟った。
「ちょっと、こいつは何という賢獣なのです?」
オッさんに訊いてみると、困ったような顔をされた。
「ああっと、こいつか。こいつは……賢キュエというんだ。こいつが欲しいのか?」
リカルドにもいい加減な名前を言ったと判った。正体も分からずに売っているらしい。どうせ猟師か誰かが見付けた子供を安く仕入れ売っているのだろう。
「ええ、買います」
「こいつは特別で銀貨五枚だ」
最近になって、この国の商人は駆け引きが好きだと判ってきた。自分としては銀貨三枚と書いてあるのだから、その値段で売ってほしいのだが、露店の商人はふっかけられそうな相手には値段交渉をする。
リカルドは諦めたような素振りを見せ。
「そうなの……残念だな、銀貨三枚しかないんだ」
商人が渋い顔をして。
「待て待て、しょうがねえ特別に銀貨三枚で売ってやるよ」
「ありがとう」
急いで銀貨三枚を渡し賢キュエ? を受け取った。
「おじさん、こいつは何を食べるの?」
「何でも食うぞ」
またしてもいい加減な答えである。溜息を吐いて、その場から離れる。
片手で胸に抱いた動物に話し掛けた。
「何が食べたい?」
『キュキュ』(木の実……欲しい)
また、頭の中で声がした。どうやら念話で話し掛けられているようだ。間違いなく賢獣である。
2017/10/23 修正




