表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/236

scene:167 膠着状態と喜劇・悲劇

 今回の戦いで敗軍の将となったヤロスラフ将軍は、徹底的に何が起きたのか調査した。逃げ戻った指揮官から戦闘時の状況を聞き、ロマナス王国の砲杖兵士の一斉射撃により大きな被害を受けたことが判明する。

「魔砲杖の数は?」

 ヤロスラフ将軍は逃げ帰ったクサヴェル少将に詰問した。


「二千ほどだった、と思われます」

「それだけの魔砲杖で、六千以上の死傷者を出したのか。魔砲杖という新しい武器を甘く見すぎていた」

「申し訳ありません」

 クサヴェル少将が撃退されたことを謝罪した。


「もういい。ロマナス王国軍が到着していたことを探り出せなんだ諜報部隊にも落ち度があった。問題は、今後どうするかだ」

「今まで通りの攻め方では、被害が大きくなりすぎます」

「何か意見があるのか?」


 少将は今回の戦いを思い出し、何か方法はないかと頭脳を全開で酷使する。

「一つだけあります」

「ほう、どういう作戦だ?」

 クサヴェル少将が提案した戦術は、わざと敗走し伏兵を置いた場所に誘い込むというものだ。


 ヤロスラフ将軍が渋い顔になる。この戦術の成功率は、それほど高くなかった。敵を誘い込むための敗走が、本格的な潰走へ変化する場合が多かったからだ。

 統制のとれた撤退を実行するためには、高い練度の兵士と、その兵士と高い信頼関係を持ち冷静に状況分析ができる指揮官が必要である。


「囮部隊の指揮官は、誰にする?」

「グスタフ少将しかいないでしょう」

 ヤロスラフ将軍が唇を噛み締め考え込む。グスタフ少将は優秀だが問題のある男だった。上官であるヤロスラフ将軍に平気で異を唱え、間違っていると指摘する剛毅な武官なのだ。


 部下にとっては頼もしい上官のようだが、毛嫌いする将官も多い。ヤロスラフ将軍もその一人だった。

「他に適任はいないのか? クサヴェル少将、貴官ではダメなのか?」

 クサヴェル少将が顔を強張らせた。そして、気の進まない様子で返答する。

「自分の力量は、承知しているつもりです」


「分かった。グスタフ少将を呼べ」

 少し時間をおいて、精悍な顔をした武官が現れた。

「お呼びでしょうか?」

「ああ、今クサヴェル少将と作戦を検討していたのだが、貴官の意見を聞きたい」


 クサヴェル少将は、自分が提案した作戦案を説明した。

「なるほど、理解しました。ですが、この作戦を実行すれば、囮部隊に多大な損害が出ます」

 囮部隊は魔砲杖の標的にならねばならない。その損害は凄まじいものになるはずだ。

 ヤロスラフ将軍が承知しているというように頷いた。


「それでも、作戦を実行する価値がある」

 今回の戦いで完勝した大公国軍は、士気が大いに上がっていることだろう。その反対に共和国軍の士気はどん底である。このままでは非常にまずいとヤロスラフ将軍は考えていた。

「問題があります。囮部隊には少なくとも五千の兵士が必要ですが、自分が指揮している部隊は三千。足りません」


「心配するな。予備部隊から二千を貴官の部隊に加える。それが被害担当になる」

 ヤロスラフ将軍は最初から二千の兵士を犠牲にして、作戦を成功させるつもりのようだ。

 作戦の準備が始まり、将官たちは伏兵を置く位置の検討を始めた。


 その数日後、共和国軍が出陣。グスタフ少将が率いる五千の兵士がスカッビア砦の前方に展開した。但し、魔砲杖の射程には入っていない。


 砦の物見櫓ものみやぐらに上ったアレヴィ少将は、共和国軍が展開する様子を眺めていた。その横では、砦の責任者ナタニエル将軍が笑いを浮かべている。

「あいつら、あれ以上前に進めないと分かっておるのに、どうするつもりだ?」

「何か持っていますね」

 アレヴィ少将が目を凝らすと、それが盾だと分かった。


「あんな盾で魔砲杖の攻撃を防げるとでも思っているのか」

 魔砲杖の攻撃を防げるのは魔術盾だけだ、とアレヴィ少将は知っていた。だが、ロマナス王国軍でも希少な防具である。共和国軍が所有しているとは思えない。となると、あれはただの盾である。

 ナタニエル将軍が鋭い視線を共和国軍に向けた。

「盾を掲げて突っ込むつもりでしょうか?」


「その場合、甚大なダメージを共和国軍に与えられる。好都合です。しかし、それほど共和国軍が愚かだとは思えないのですが」

「いや、共和国軍はこんなものです。前回のように一斉射撃で蹴散らしてもらえれば、我々が追撃して壊滅させます」

 前回の勝利は決定的なものではなかった。だが、大公国軍はロマナス王国軍の支援部隊さえいれば、共和国軍に勝てると思っているようだ。


 危ない兆候だとアレヴィ少将は考えた。戒めの言葉を言おうとした時、トリドール共和国軍が動き出す。少将は砲杖兵士に命令を出し始めた。

「第一砲杖兵部隊は左、第二砲杖兵部隊は中央、第三砲杖兵部隊は右を狙え」

 砲杖兵士の部隊が一斉射撃した時、無駄に攻撃が集中したのが分かり、攻撃を効率化するために三部隊に分けた。


 敵は盾を掲げて突撃してくる。アレヴィ少将の命令で魔砲杖の一斉射撃が始まった。歩兵が持てるような盾では、魔砲杖の攻撃は防げなかった。

 敵兵士が上げる悲鳴が戦場に響く。

「よし、追撃の準備だ」

 ナタニエル将軍が威勢のいい声を上げた。


 意外なほどあっさりと、共和国軍が逃げ始めた。それを見たナタニエル将軍は、門を開けて追撃の兵を出陣させる。

 アレヴィ少将は脆すぎる敵を不審に思った。逃げるタイミングが早すぎるし、敵の死傷者が思ったほど多くない。何かがおかしかった。

 少将は出撃しようとしているナタニエル将軍に声をかけた。

「将軍、敵の様子がおかしい。深追いはやめてください」


 ナタニエル将軍は頷いたが、あまり重要な助言だとは思っていない様子だった。

 大公国軍が突撃した。それは前回以上に勢いがあった。追撃する兵士たちは、逃げる敵に追い付き槍を突き出す。敵はその槍を受け流しながら逃げた。

 もう一歩で突きが決まると感じた大公国軍の兵士たちは、勢いづいて敵を追う。


 アレヴィ少将は敵の動きが追撃部隊を誘っているように感じた。

「まずいな。もし、伏兵でもいると、大変なことになる」

 追撃を中止して戻るように伝令を送った。しかし、その伝令がナタニエル将軍の下に到着した時、共和国軍の伏兵が追撃部隊に襲いかかった。


 追撃部隊の柔らかな脇腹を食い破った共和国軍は、大きな勝利を手にする。追撃部隊は多くの死傷者を出しながら退却することになった。

 スカッビア砦に戻ったナタニエル将軍たちは、意気消沈して姿を現す。

「済まない。少将の助言を無にすることになった」


 アレヴィ少将は沈痛な表情を浮かべながら、ナタニエル将軍をなぐさめた。

「これからどうするかを、考えましょう」

 待ち伏せにより、大公国軍は四千人近い死傷者を出した。その後、両軍が慎重になった。隊列を組んでスカッビア砦に近づけば魔砲杖で大きな被害を出すので、共和国軍も手を出せなくなったのだ。


 ナタニエル将軍がアレヴィ少将に声をかけた。

「触媒は大丈夫なのか?」

 少将は溜息を吐いた。魔砲杖で消費する魔術触媒が急速に減っているのである。このことは少将もある程度予想していたことだ。


 そのためロマナス王国から船で追加分の触媒が運ばれる予定になっているのだが、予想していた以上に減り方が早い。

「三日後に、補給物資が届く予定になっている。その日までは、現状ある触媒で守るしかない」

 その頃から、支援部隊は触媒を節約するようになった。

 そのことは共和国軍も気づいたらしく、少人数で支援部隊を挑発するようになる。


 五、六人の人数でスカッビア砦の近くまで近付き、火矢を放つということを繰り返している。初めは魔砲杖で追い散らしていたのだが、こちらも弓矢で応戦するようになった。

 支援部隊が魔砲杖を使わなくなった頃、共和国軍が五千ほどの部隊でスカッビア砦に近付き攻撃を始めた。触媒が尽きたと判断したのかもしれない。


 このままではまずいと判断したアレヴィ少将は、触媒の残りを気にせず砲杖兵士に反撃を命じた。

 反撃で千人ほどが死傷した共和国軍は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。ナタニエル将軍は追撃しなかった。また伏兵にやられることを恐れたのだ。

 用心したのか。共和国軍は三日ほどおとなしくなった。そして、支援部隊は補給物資を受け取り、触媒も確保した。


膠着こうちゃく状態になってしまいましたね」

 アレヴィ少将がナタニエル将軍に声をかけた。

「我々にとっては都合がいい。貴国の王太子殿下が動き出すのを待てばいいのですから」

 その頃、ロマナス王国の王都では首都急襲部隊を用意しているはずだった。その首都急襲部隊が動き出せば、トリドール共和国は仰天することになるだろう。


 一方、膠着状態に陥ったことに苛立いらだつ共和国軍は、首都ギセルに現状報告と補給物資を求めた。

 ギセルの議会は首都防衛軍の魔術士部隊を派兵することを決定した。

 派兵が決まった直後、共和国軍の後方支援を任されている兵站へいたん部隊が抗議の声を上げた。兵站部隊の責任者であるクレメント部隊長が、ミシュラ大公国攻略部隊に送る物資が不足しており、追加の予算を要求したのだ。


 ニコライ議長、外交評議会のマクシミリアン評議員、軍務統括委員会のパヴェル委員長という議会の重鎮たちの前に出たクレメント部隊長は、物資が不足していることを訴えた。

 パヴェル委員長が憮然とした表情で声を上げる。

「何を言っている。十分な物資は渡したはずだ」


 クレメント部隊長が暗い顔をする。

「それはヤロスラフ将軍が二ヶ月で、ミシュラ大公国を攻略してみせる、と断言したからです。それに基づき我々は必要物資を計算しました。ですが、一ヶ月を経過してもスカッビア砦でさえ攻略できない。物資が不足するのは当然です」

 パヴェル委員長が不機嫌な顔になる。ヤロスラフ将軍の作戦計画を承認したのは、パヴェル委員長だったからだ。


「物資とは何が不足しているのだ?」

 ニコライ議長が確認した。

「主に食料です」

「食料くらいなら、送ってやればいいだろう」

「その食料を買うための資金がないのです」


 ニコライ議長も不機嫌な顔になり、面倒臭そうに言う。

「ならば、首都防衛軍が備蓄している食料を送ればいいだろう」

 クレメント部隊長が驚いた顔をする。

「それでは、首都防衛軍の食料が不足します」

「構わん。首都防衛軍はギセルにいるのだぞ。街に出て食事すればいいだろう」


 冗談で言っているのかと思い、ニコライ議長の顔を確認する。顔からすると本気で言っているようだとクレメント部隊長は察した。

「馬鹿な。そんなことをすれば、兵士や国民から不満の声が上がります」

 ニコライ議長はパヴェル委員長へ視線を向けた。

「軍では、相応ふさわしくない者が名誉ある地位にあるようだね」


 パヴェル委員長は鋭い視線をクレメント部隊長に向けた。

「クレメント部隊長、君を解任する。自宅謹慎だ」

 新しい兵站部隊の責任者には、パヴェル委員長の腰巾着であるオタカルが任命された。オタカル部隊長は、首都防衛軍の備蓄から要求されている食料を前線に送った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ミシュラ大公国のリリアナ王女とミケリノ王子は、王都バイゼルへ旅立った。支援部隊への補給物資を運んできた交易船を利用して向かう。

 その船には大公家の人々とは別に、リカルドの兄であるマッテオたちも乗船していた。

 夕方、船長の夕食会に招待されたマッテオたちは、緊張しながら大公家の姉弟が同席する食事の席に座った。


 船長が各人を紹介する。初めは大公家の姉弟で、次がグラウル夫婦だった。

「こちらにおられますのが、バスタール王家の血筋を引く姫君ヨゼフィーナ様です」

 グラウルの妻ヨゼフィーナは否定した。

「滅んだ王家の血を引いてはいますが、私は商人の妻です。姫ではありません」

 ヨゼフィーナは少し寂しそうに笑った。


 最後にマッテオたちの紹介が始まる。

「そして、こちらが王太子殿下の友人であり、この船の建造にも深く関わっている魔術士リカルド様の兄君マッテオ様です」

 そんな紹介を受けたマッテオが慌てた。

「わ、私なんか。ただの魔獣ハンターにすぎません。様付けは勘弁してください」


 リリアナ王女がリカルドの名前に興味を示した。

「あらっ、リカルド殿のお兄様なのですか?」

 マッテオの横で食事を始めていたエルナが反応した。

「王女殿下は、リカルド殿をご存知なのですか?」

「ええ、王太子殿下と副都街へ食事に行ったおりに、殿下から紹介されました。親しい友人だということです」

 エルナたちは、改めてリカルドが只者ではないと感じた。



感想・ブクマ・評価を頂き感謝しています。

この度、同時連載している『崖っぷち貴族の生き残り戦略』が書籍化することになりました。

ご興味のある方は、下記の同時連載中のタイトルをクリックしてご覧いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
【同時連載中】

新作『人類にレベルシステムが導入されました』 ←ここをクリック

『崖っぷち貴族の生き残り戦略』 ←ここをクリック

『天の川銀河の屠龍戦艦』 ←ここをクリック
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ