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scene:163 モンタの実力

 訓練場に到着したリカルドは周囲を見回した。初等科の生徒と保護者だけでなく、多くの講師や教授たちも集まってきている。

 春が終わり夏に差し掛かった季節。空の半分ほどが白い雲で覆われていたが、訓練場は強い日差しで照らされている。風は少し吹いている。ただ【炎翔弾】などの魔術が流されるほど強くはない。


「生徒たちは、どんな魔術を披露するのかね?」

 グレゴリオ教授が質問した。保護者たちが失望しないか、気にかかるのだろう。

「それも生徒たちに任せました。頑張って練習していたようなので、期待に応えてくれると思います」

「細かく気を配り痒いところにも手が届くような授業をするのに、こういうところは放任主義なのだね」

「……生徒を信用していると、言ってください」

 リカルドが笑って誤魔化しながらそう答えると、グレゴリオ教授が溜息を吐いた。


 生徒による魔術の披露が始まろうとした時、訓練場を影が横切った。リカルドが空に目を向ける。

「あ、モンタとメル」

 空に見慣れた賢獣たちの姿があった。モンタたちは空の散歩を楽しんでいるようだ。モンタがリカルドを見つけて、何か叫んでいる。

 賢者ミミズクのメルが急降下を始めた。


 生徒の一人がモンタたちを発見して声を上げた。その声で全員が空を見上げる。

 メルが掴んでいるカゴからモンタが飛び出し、滑空してリカルドの肩に着地した。

「リカ、何してるの?」

「教えている生徒が魔術を披露するんだ」

「ふーん、見ててもいい?」

「いいですよ」


 グレゴリオ教授が驚いた顔をして、モンタを見ていた。

「これは賢獣なのかね?」

「ええ、賢獣のモンタです」

 モンタがリカルドの頭に抱きつきながら教授を見ていた。

「モンタだよ」


「賢い子だ。それにしても賢獣を所有しているとは、君は幸運なのだね」

 賢獣を手に入れることは、もの凄く大変らしい。この国で判明している賢獣の持ち主は、王侯貴族が十数名という数だと聞いている。

 賢獣自体を捕らえることが稀なので仕方がないのだろう。


 生徒たちと保護者が物珍しそうにモンタのことを見ていた。そうしている間に、メルもリカルドの肩に着地した。グレゴリオ教授が目を輝かせた。

「それは賢者ミミズクではないのかね?」

「よくご存知ですね。兄が飼っている賢者ミミズクのメルです」

「もしかして、王太子殿下が飼われている賢者ミミズクと関係が?」

「ああ、あれはメルの兄弟です」


 グレゴリオ教授が生徒たちのことを忘れ賢獣について尋ね始めたので、リカルドが止めた。

「そうだった。まずはオリンピオ先生の生徒から披露してもらおう」

 オリンピオが生徒の名前を呼んだ。前に出てきたのは、ロマナス平原の貴族であるカヴァニス子爵の次男である。入学前から家庭教師に魔術を教えられ、入学時点で初級下位の魔術を習得していた。


「初級上位の魔術【飛槍】を披露します」

 生徒がロッドを構え、魔力の放出・触媒・呪文の順番に魔術を起動する。空中に石槍が生まれ飛翔。【飛槍】の魔術が見事に成功した。

 石槍が的を貫くと拍手が湧き起こった。初等科に入学して三ヶ月で初級上位魔術を習得しているのは珍しいようだ。保護者のほとんどがバイゼル学院の卒業生なので、三ヶ月では初級下位魔術を習得した頃だと知っているのだ。


 オリンピオが選んだ次の生徒も初級上位魔術を披露した。保護者たちは今年の生徒は優秀だと話を始めた。

 三人目の生徒は中級下位の魔術である【崩水槍】を披露した。これには保護者も驚いたようだ。

「ほおお、入学して三ヶ月。こんな短期間で中級魔術を……大したものだ」

「どうせ、家庭教師から習っていたのではないか」

「いやいや、彼の親はナスペッティ財閥の商人だ。魔術の勉強をさせるより、商売の勉強を優先させたはずだ」


 リカルドの担当するクラスの代表が魔術を披露する番になった。中級魔術が披露された後なので、生徒たちはやり辛そうである。

「気にしないで、自分の魔術を見せればいい。これは勝ち負けじゃないんだから」

 リカルドが緊張している生徒たちに声をかけた。リカルドは勝負でないと言っているが、もう一方の講師オリンピオは、勝負する気満々で生徒を鍛え上げた結果、中級魔術を習得した生徒が現れたのだ。


 オリンピオは満足そうな顔をしている。最後の生徒が中級魔術を披露した時点で勝ったと思っているようだ。

 リカルドに声をかけられた生徒たちが魔術を披露し始めた。初級上位の魔術である。

「ん、こちらのクラスも初級上位の魔術ですか。初等科のレベルが上がったようですな」

「いや、こちらのクラスの講師は噂の魔術士のようです。教える方も優秀なのでは?」

「ああ、王太子殿下のお気に入りという魔術士ですな。彼は魔境に住む魔獣ペルーダを退治して、ペルーダ病の特効薬を作ったそうではないですか」

 保護者たちが生徒の披露する魔術を見ながら話している。


 グレゴリオ教授がリカルドの生徒たちに一つの特徴があるのに気づいた。

「おやっ、リカルド先生の生徒たちは、ロッドを構えてから魔力を放出するまでの時間が早いようですね」

 それは魔力制御が優れていることを意味する。

「ええ、魔術の基本は魔力制御ですから、優先して鍛えました」

「それは素晴らしい」


 グレゴリオ教授とリカルドの話し声が聞こえた保護者たちは、なるほどと頷いた。それを見たオリンピオが、リカルドたちに近寄り、

「私の生徒の魔術はどうでした?」

「素晴らしかったですよ、オリンピオ先生」


 オリンピオが満足そうに頷いた。

「そうでしょう。リカルド先生の生徒も中々でしたが、中級魔術まで取得した生徒はいなかったようです」

 自分が鍛えた生徒たちの優秀さを自慢しながらも、さりげなく講師として優秀なのは自分だと匂わせるオリンピオ。

 リカルドはオリンピオが少し鬱陶うっとうしくなっていたが、ここで逆らえば逆ギレされそうだったので黙って聞いていた。


 ただリカルドの肩に乗っているモンタは面白くなかった。リカルドが馬鹿にされているようだったからだ。

「リカは凄いよ。誰にも負けないんだから」

 モンタが怒ったような声で、オリンピオに言った。オリンピオは賢獣のモンタを見て、鼻で笑う。

「ふん、私の教え子の方が優秀だったのは明らかです。リカルド先生の教え子の中で中級魔術が使えるような生徒がいますか?」

 リカルドは否定した。


「リカ、中級魔術って何?」

 モンタがリカルドに質問した。リカルドは苦笑して教える。

「モンタが知っている魔術で言えば、【嵐牙陣】や【滅裂雨】ですよ」

「そんなのなら、覚えるのは大変じゃないのに、何で教えなかったの?」


 モンタの言葉にオリンピオはカチンと来た。

「チッ、言葉が喋れるだけの獣の癖に……一つでも魔術ができるのか」

 安い挑発だった。だが、オリンピオはモンタがただの賢獣でないことを知らなかった。

「できるよ」


 オリンピオは嘘だと思ったようだ。

「だったら見せてみろ」

 グレゴリオ教授が、いきり立つオリンピオを宥めようとした。

「オリンピオ先生、賢獣を相手に大人気ないですぞ」

「ですが、こいつは人間に向かって嘘を吐いたのですぞ」


 モンタがリカルドの頭の上に立った。その様子を見ていた生徒や保護者が集まってくる。モンタは首に付けている収納紫晶からロッドと触媒を取り出す。

 【風】の魔術を行なうつもりなのだが、大きな魔術を行う場合は触媒が必要だった。

 モンタは全身から魔力を放出した。その体毛が逆立ち大きく見える。触媒を撒くと魔力が紫色に変わった。


「おい、あの賢獣は魔術もできるのか。紫だから【風】の魔術かよ」

 生徒の一人が声を上げた。


シェナ(風よ)ヴェゼラシル(大気を固め)オボ(九匹の)キュロエス(竜となり貫け)


 モンタが呪文を唱えると、空中に九頭の竜のような風の刃が現れ的に向かって飛翔した。薄い紫色の光を放つ竜が、次々に的に牙を突き立て破壊する。

 リカルド以外の全員が呆然となって見ていた。


 的が完全に破壊されたのを見た人々は、モンタを注目した。モンタは全員の視線が自分に集まっているのを感じて、何か余計なことをしたのではないか、と思ってしまった。

「メ、メル、散歩の途中だったよね。い、行こうか」

 モンタはメルと一緒に逃げるように飛び去った。


「おい、今のって上級魔術の【九天裂風】だろ。凄えー!」

 生徒たちが騒ぎ出し、保護者たちもガヤガヤと始めた。

 そんなさなか、歴史講師のコズモがオリンピオの傍らに来て、彼の肩に手を置いた。

「お前の負けだ」

「そ、そんな馬鹿な」

 オリンピオがガクリと地面に座り込んだ。


 リカルドが理解できない間に、何かの勝負が着いたようだ。そして、授業参観における魔術の披露は、人々の脳裏にモンタの魔術を刻みつけることで終わった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 リカルドがバイゼル学院で魔術を教えている頃、次兄のマッテオはトリドール共和国に戻っていた。但し、まだ目的地に到着したわけではない。

 バスタール地方にあるメルセス城塞都市が目的地なのだが、その手前にある首都ギセルまで来ていた。


「やっとここまで来ましたね」

 雇い主である商人のグラウルが、マッテオたちに声をかけた。

「帰りは割と楽ができました。マッテオのおかげですよ」

 バルビオが代表して答えた。


 行きも帰りも同じ道だったのだが、帰りはマッテオたちの装備が違った。クラッシュライノの革で作られた鎧は、山賊ウルフ程度の攻撃は弾き返すほど防御力が高く安心して戦うことができた。

 しかも、数が多い場合は収納紫晶に入れてある魔彩功銃で始末したので、戦いはずいぶん楽になった。

「俺じゃなくて、弟のおかげですよ」


 グラウルはマッテオの弟であるリカルドについて調べていた。リカルドは想像以上に大物だった。王都バイゼルの副都街を開発しているのがリカルドだと分かったのだ。

 伯爵程度の領地経営予算に匹敵する資金が開発に投入され、大規模な開発が行われている。その資金をどこで得たのかは分からない。ただ王太子と関係が深いということなので、王太子が個人的に持つ資金が流れているのではないかと噂されていた。


 ギセルに到着したマッテオたちは、ここの宿で何日か宿泊することになった。グラウルが、この街の商人仲間と会う約束になっていると言ったからだ。

 マッテオたちは身体を休め、商店街などをぶらぶらとした。その時、首都の雰囲気が少し変わったことに気づいた。街中にちょっとした不安と緊張感が漂っている。


 トリドール共和国の首都ギセルは、人口三十万ほどの大きな都市である。その中心地には共和国議事堂があり、そこで国民から選ばれた議員が国政を担っていた。

 というのは建前で、議員はほとんど世襲制になっている。議員に立候補するには、国内に三校だけ存在する国立政治大学校のどれかを卒業して資格を得る必要があったからだ。


 その大学校に入学するのは、トリドール共和国の法律や政治学を勉強して試験に通らねばならない。親が議員の子弟が圧倒的に有利であり、一般民の子弟が大学校に入学した例はほとんどなかった。

 国政を担う議員の中に、農業や商業、軍事について詳しい者はおらず、役人から上がってくる報告書の数字だけを見て国政を行っていた。


 こんな議員が国の舵取りをしているのに、トリドール共和国は領土を広げていた。それが可能だった理由は、現場で働く軍人や農民、商人、職人が割と優秀だったからである。

 農民や商人、職人は仲間同士で職業組合を設立し助け合い、軍人は軍組織の中で鍛錬し戦闘能力を磨いたのだ。

 しかし、それも限界に来ていた。農業の生産性は停滞し、開墾事業も資金不足で止まっている。商業は道路整備を国が怠ったせいで、衰退の兆しを見せていた。


 その衰退の兆しに気づいた議員たちの中で、活路を戦争に見出した者たちがいた。軍人たちに南の隣国ミシュラ大公国に攻め入り占拠する戦争計画を立てろと命じたのだ。

 軍組織と議会は一体となって、戦争の準備を始めた。その動きを感じた国民が不安を感じ、それが街全体の雰囲気を変えたようだ。



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