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scene:162 生徒とリカルド

 リカルドは学院で教えるようになって、日本での経験を思い出すようになった。学校の授業において、当たりの先生とハズレの先生がいると生徒たちは考えている。

 その違いは授業を面白く思えるかどうかだ。テンポが悪くだらだらと教科書を読むだけの授業や硬い話ばかりでユーモアやジョークの一つもない授業、自分の自慢話ばかりする授業などがつまらないらしい。

 生徒によっては既に勉強済みなのでつまらないと感じることもある。これは生徒一人ひとりの勉強の進み方がまちまちなので仕方のないことだ。


 元教師であるリカルドにもプライドがある。生徒につまらないと思われるのは嫌なので、どういう授業にするか考えた。

 教科書はリカルド自身が書いた『魔術独習教本』を使うことになっていた。この教本はいつの間にか学院の教科書に選ばれているようだ。

 イサルコ理事が手配してくれたようで、少しだけ印税が魔術士協会経由で入ってきている。


 リカルドは生徒に教えるために、図やイラストを紙に書き巻物のようにして教室に持ち込み、生徒たちに見せていた。それは人間の解剖図だったり、等級別の触媒の表だったりする。

 それに冗談を交えながらテンポ良く講義するリカルドの授業は、とても面白いと評判になった。学院の授業で面白いと感じる授業をする講師や教授は少ないようだ。


 リカルドの授業が評判になるに従い、今まで通りの授業をしている講師たちの評判が落ちた。

「オリンピオ先生の授業はつまんないな。リカルド先生の授業みたいにしてくれたらいいのに」

 子供には残酷な面がある。遠慮なく思った通りのことを言うので、言われた側は傷ついてしまう。

 オリンピオ先生と呼ばれているのは、初等科で初級魔術を教えているもう一人の講師だ。この講師は魔術士協会からの派遣ではなく、学院の卒業生から講師になった人物である。


 生徒が自分の授業がつまらないと言っていると知ったオリンピオは、不機嫌になり同僚のコズモに愚痴り始めた。

「おい、魔術士協会から来た若い講師をどう思う?」

「評判がいいらしいじゃないか。優秀なんだろ」

 歴史の講師であるコズモは、同僚が不機嫌になっているのに気づかず正直に答えた。


「冗談じゃない。あいつは生徒のご機嫌を取って、自分を優秀に見せかけているだけさ」

「生徒にやる気が出るのなら、冗談の一つくらい……」

「何を言ってるんだ。師としてのプライドを捨てるつもりか」

「大げさな。彼に嫉妬してるんじゃないのか?」

「違う。私は教える側の心構えを言っているのだ」


 コズモは同僚が何を問題にしているのか、理解できなかった。

「心構えなんかより、講師としての能力で見返えせばいいだろ」

「どうやって?」

「三ヶ月後に、授業参観がある。その時、クラスの代表が三ヶ月で習い覚えた魔術を披露するだろ。そこで彼のクラスより、ひとつ上の魔術を見せつければいい」


 初等科の一年クラスは六組あり、その中の三組ずつをオリンピオとリカルドが受け持ち初級魔術を教えていた。授業参観で勉強の成果を披露するのは各クラス一名であり、通常は最優秀の者が披露することになっている。

「そうと決まれば、優秀な生徒を人選して特訓をさせねばならんな」

 機嫌の良くなったオリンピオが宣言するように告げた。

 リカルドの知らないところで、オリンピオとの勝負が始まったようだ。


 授業参観のことは知らないリカルドは、通常通りの授業を進めていた。一ヶ月間は魔術の基礎知識を教え、二ヶ月目から魔力制御について教え始めた。

「昨日まで、魔力を感知し制御することを教えてきました。全員ができるようになったので、これからは初級下位の魔術を学んでいきます」

 そうリカルドが言ったのは、授業が始まってから一ヶ月と十数日が過ぎた頃のことだった。通常、魔力を感知し制御できるようになるのに、一ヶ月かかると言われている。


 それを全員が十数日で可能になったのは、魔術士協会の小僕たちを教えた経験から、どう教えればコツを掴めるか知っていたからだ。

 決まりきった制御方法を教え、頑張れとだけ言っても生徒たちの中で習得過程に違いが出てくる。時間をかければ生徒自身でコツを発見し習得するのだが、時間がかかりすぎる。そこでリカルドは、いくつかのコツを教え早く習得するようにアシストした。


 生徒自身がコツを発見し魔力制御ができるようになるというのも勉強のうちだ、という考えもある。但し、教本を読み上げているだけの講師たちに、そんな深い考えがあるとは思えなかった。

「【風】の触媒を配るので、初級魔術の【微風】を使ってみましょう」

 学院が購入した触媒を配り、リカルドは魔術を発動する方法を細かく説明する。


「まず体内に流れる魔力に意識を集中します。その流れの中心である肺から腕の方へ魔力を導き、掌から放出。この時、掌に黒い穴が開いているとイメージしてください」

 魔力を体外に放出することが上手くできない生徒には、黒い穴があるとイメージさせることで放出しやすくなる。

 触媒を撒き属性励起した魔力を確認してから、呪文を唱える。この時、掌から風が起こり前方に吹き出すイメージを持つように指示した。


 全員ができるようになると、リカルドは掌だけでなく顔や胸からでも魔術が発動できることも教えた。

「先生、お尻からも魔術を発動できるんですか?」

「できます。但し【微風】をお尻から発動することはやめましょう。絶対に別のものだと勘違いされます」

 そう言ったリカルドが鼻を摘むと、教室が笑いに包まれた。


 ミロスラフ王子は勉強がこんなに面白いものだったのかと初めて感じた。祖国では優秀な家庭教師が様々なことを教えてくれたが、自分から興味を持つことはできなかった。

 しかし、リカルドの授業は面白く、アッという間に時間が経過してしまう。基本となる初級下位の魔術の中で教えることになっている四種類の初級下位魔術は半月で全員が習得した。


 三ヶ月目に入ると、初級上位の魔術を教え始めた。初級上位といえば、【炎翔弾】【風斬】【流水刃】【飛槍】などの魔獣との戦いにも使える魔術になる。

 これらの初級上位の魔術を習得させるところまでが、初級魔術のカリキュラムとなっている。本来なら六ヶ月かけて学ぶものなのだが、このままだと三ヶ月で終わってしまいそうな勢いだ。


 その頃になるとリカルドの授業が、他の講師や教授にも評判となり見学する者も増えてきた。生徒たちの後ろでメモを取っている講師や教授たちの姿があり、リカルドにとってはやり辛い環境になっていた。

 だが、イサルコが考えていた通り、学院には良い刺激となり授業内容を見直そうと考える講師も現れている。


 リカルドは少し反省していた。急ぎすぎたのではないかと考えたのだ。

「少しテンポを落として、魔術道具や触媒についても教えるか」

 授業の中で触媒や魔術道具についての興味深い話などを追加して、テンポを緩めた。それでも三ヶ月で生徒の全員が四つの初級上位魔術を習得してしまい、カリキュラムにない初級上位の魔術を教え始めた。


 それらの魔術は【命】の魔術である【癒やし】、【信号弾】、【猛水鞭】などで、授業としては教えないことになっているものだ。

「リカルド先生、中級魔術は教えてくれないんですか?」

 ミロスラフ王子がリカルドに尋ねた。


「中級魔術ですか。……中級は来期の授業で習う予定になっていますからね」

「でも、今期はまだ半分も残っていますよ」

「そうなんですよ。さすが優秀な生徒が集まるバイゼル学院だと、驚いています」

 生徒たちにすれば、リカルドの授業の方が驚異的だと思っていた。


「だったら、後の三ヶ月はどうするんです?」

「そうですね。中級魔術を教える来期の授業で、対象外となった中級魔術を教えるか。それとも魔術単語について詳しく教えようかと考えています」

「魔術単語というと、賢者マヌエルが書いた『魔術大系』に記載されているものですか?」

「そうです。『魔術大系』に記載されている魔術単語の説明は簡略すぎて十分ではないと思っているんです」


「そんな馬鹿な!」

 そう大声を出したのは見学していたローランド教授だった。リカルドの授業が面白いと聞いた教授が、試しに見学に来ていたのだ。

「『魔術大系』は完璧なもののはずだ」

 魔術士の中には『魔術大系』を完璧だと思うほど重視している者もいる。ローランド教授もその一人のようだ。


 リカルドは顔をしかめてから、説明を始めた。

「賢者マヌエルといえども、一冊の著書にすべての知識を盛り込むことなど不可能です。それが可能なのは知識の少ない者だけです。ローランド教授は賢者マヌエルをそうだと言っておられるのですか?」

 賢者マヌエルを崇拝するローランド教授は慌てた。

「そ、そうではない。……なるほど、賢者マヌエル様の知識は一冊の書籍に纏められるほど少なくはないということか。授業を止めてしまって申しわけない」


「さて、せっかく『魔術大系』の話が出たので、その書籍に出てくる系統詞について話しておきます」

 リカルドは系統詞について説明し、その後に複合魔術の系統詞についても付け加えた。これはリカルド自身が発見したものなので自慢話をするようで、ちょっと抵抗があった。ただ複合魔術については避けて通れないので早めに説明したのだ。


 生徒の一人が手を挙げた。

「先生。新しい系統詞のことは、賢者マヌエルも気づかなかったのでしょうか?」

 ローランド教授が顔をしかめた。賢者マヌエルが侮辱されたと感じたのかもしれない。

「いえ、たぶん知っていたと思います」

「だったら、なぜ『魔術大系』に書かなかったのでしょう?」


「賢者マヌエルも人の子です。『魔術大系』を書いた時点では気づかなかったという可能性があります。ただ彼が執筆した歳は四〇代だったと記録が残っています。その後も長く研究を続けたはず。四〇代から死ぬまでの間に研究した記録が残っていないのが残念です」

 複合魔術の系統詞も賢者マヌエルは気づいたかもしれないが、『魔術大系』を執筆した時点では知らなかった可能性があると指摘した。


「先生、賢者マヌエルが後年研究した成果は、どこかに残っていると思いますか?」

「賢者マヌエルは、後年住居をいく度も移しています。南央海の島々、イテレテ湿原、シェネル湖のほとり、それらのどこかに研究成果が残っている可能性があると思っています」

 その答えを聞いて一番目を輝かせたのは、ローランド教授だった。

「それは本当かね。南央海の島というとモルニア諸島か。……モルニア諸島、最近噂で聞いたな。そうだ、大海蛇の血を手に入れるために宮廷魔術士たちが行ったはずだ」


 リカルドがそうだったと頷いた。

「宮廷魔術士たちが何か発見したかもしれませんね」

「ならば、宮廷魔術士に確かめねばならんな」

 そう言うとローランド教授が教室を出ていった。


 リカルドが講師を始めて三ヶ月が経過した。リカルドとオリンピオは学院長であるグレゴリオ教授に呼び出された。そして、授業参観のことを告げられた。

「授業参観ですか。そんなものもあるんですね」

 グレゴリオ教授から授業参観の話を聞いたリカルドは驚いた。

「オリンピオ先生は知っているだろうが、リカルド先生は初めてでしたね。授業参観の時、クラス毎に一人代表を選び魔術を披露してもらいます。二人は代表の生徒を選んでください」

「分かりました」

 オリンピオはリカルドを見返す時が来たと喜んだ。この日のために優秀な生徒を選び、特訓させていたのだ。


 その授業参観の日、大勢の保護者が学院に集まった。その中には貴族も多く、きらびやかな服装をした紳士淑女が学院内を歩いていた。

 リカルドが学院の廊下を歩いていると背後から声をかけられた。

「リカルド先生、代表で魔術を披露する生徒を決めたんでしょうね?」

 声をかけたのは、オリンピオだった。


「生徒たちに自分たちで決めるように伝えました。くじ引きで決めたようです」

「なんと、くじ引き……こういう時は優秀な生徒を選ぶものなのですよ」

「自分が担当するクラスの生徒たちは、そう大きく変わりません。ですから、誰が選ばれても問題ないんですよ」

 オリンピオはリカルドが自信ありげにしているので、イラッとした。


 保護者たちが見守っている前で授業が始まり、少し緊張しながらも授業を終えた。

 リカルドの授業は好意的に評価されたようだ。

 生徒たちと一緒に訓練場へ向う。途中でグレゴリオ教授と合流した。


「自分の授業を見学された保護者はいいのですが、他の歴史や算術などを見学したクラスも代表が魔術を披露するというのは、おかしくありませんか?」

 リカルドがふと思った疑問をグレゴリオ教授に尋ねた。

「これは伝統なのだよ。それに歴史や算術で何を披露するというのかね」


 研究発表のような形でもいいのでは、とリカルドは思った。だが、学院に入ったばかりの生徒たちに研究発表というのは難しいかもと考え直す。

「それより、代表の生徒は誰にしたのかね?」

「ミロスラフ王子とレッテリオ、タルチジオです」

「王子はいいとして、他の二人は優秀なのかね?」

「普通です」


 グレゴリオ教授が呆れた顔をする。

「こういう時は、優秀な生徒を選ぶものなんだがね」

「まだ魔術を習い始めて三ヶ月です。大して変わりませんよ」

「なるほど」



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