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scene:161 最初の講義

 タッデオ教授は、この若者に講師が務まるのだろうか、と疑問に思った。エラルド教授は博識で鋭い知性を持つ少年だと評価しているようだが、信じられないという気持ちが強い。あまりにも若すぎるのだ。

「ちょっと聞くが、その上級魔術はこの場で使えるかね。この場と言っても、この学院の訓練場という意味だが」

「可能ですよ。触媒は持っています」

「触媒の費用は出す。実際に上級魔術を見せてくれないかね?」


 そういうこともあるだろうと予想していたので、触媒は用意していた。【陽焔弾】が上級魔術だと言っても、一度も見ていない魔術なので信用できないのだろう。

 他の面接者が得意だと答えた上級魔術は、既存のものであり教授たちも知っていたので面接時に確かめる必要がなかったようだ。


 面接者が嘘をつくという可能性もあるが、既存の上級魔術なら細かい点を質問すれば本当に習得しているかどうかは分かる。

 リカルドの場合、完全なオリジナルである。本人が上級魔術だと言っても、質問で判別できない。タッデオ教授は、それをはっきりさせたいようだ。


 教授たちはガヤガヤと話しながら訓練場へ向かった。リカルドは教授たちの後ろに従い歩き始める。

 学院の訓練場は、多くの生徒が使うために思っていた以上に広く造られている。数人の生徒が魔術の練習をしているようだ。

 教授たちが訓練場に入ると、練習をしていた生徒たちが注目した。その中の一人が教授たちの方に向かうと、他の生徒たちも近寄っていく。


「【陽焔弾】か。太陽のように熱い光の塊を放つ魔術だと言っておったが、大した威力はなさそうに思えるのだが」

 この世界の知識では、太陽はポカポカで温かな存在である。それに太陽は命の象徴だと考えている者も多いのだ。


「リカルド君は上級魔術だと言っておる。彼が嘘をついているとは思えん」

 エラルド教授はリカルドの味方のようだ。

「しかし、『太陽の如く輝き』という意味を持つ『ラピセラヴォーン』を使っていると聞いたぞ。あの魔術単語を使った研究は行われている。【火】の魔術として使えないと結論されたはずだ」

 タッデオ教授は信じられないという顔をしていた。


 教授たちとリカルドは、訓練場の奥にある上級魔術用の練習区画に入った。

「さあ、君の上級魔術を見せてもらおう」

 タッデオ教授がリカルドに告げた。

 リカルドはデスオプロッドを取り出した。一級のエルビルロッドも持って来ているのだが、これは目立ちすぎるのでやめた。


「ん、その魔成ロッドは二級かね?」

 グレゴリオ教授が尋ねた。

「ええ、二級魔成ロッドです」

 教授たちは驚いた。二級魔成ロッドとはいえ、見事な雪華紋が浮かび上がっていたからだ。一介の魔術士が使う魔成ロッドとしては贅沢なものだった。


「見事な魔成ロッドだ。どこで買ったんだね?」

「ローランド教授、そんなことは後にしてくれ」

 タッデオ教授がローランド教授の質問を止め、リカルドに早く魔術を放つように促した。

 リカルドは的になっている丸太を見て、少し不安になった。


「あの的だと燃え上がってしまいます。いいんですか?」

「構わんよ。存分にやってくれ」

 学院長であるグレゴリオ教授が許可したので、リカルドは魔力を放出した。デスオプロッドから溢れ出した魔力がロッドの周りで渦を巻き始めた。

 リカルドは触媒を振り撒き魔力を属性励起させる。魔力が【火】の属性を示す赤に染まり脈動する。


ファナ(火よ)ラピセラヴォーン(太陽の如く輝き)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 呪文を唱えた瞬間、魔力が輝きロッドの先に光球を作り出した。光球から発せられる熱気が周囲の人々の顔を炙ると、教授たちは厳しい顔をして目を背けた。

 次の瞬間、その光球が的に向かって飛翔する。丸太に命中した光球は丸太を灰にして背後の土嚢に命中。その土嚢が燃え上がり地面にまで穴が開いた。


 一発の魔術が作り上げた惨状を見て、タッデオ教授は息を呑んだ。明らかに対魔獣用の魔術である。しかも威力は上級クラスだと分かる。

「信じられん」

 教授たちは【陽焔弾】の威力に驚いていた。タッデオ教授が苦労して開発した【竜爪斬】より、威力は上だったからだ。但し、火事が心配な場所では使い難い魔術なので、使い勝手は【竜爪斬】が上かもしれない。


 タッデオ教授は土が溶けて溶岩のようになっている場所まで来て、その溶岩から発せられる熱を感じた。

「凄まじい熱量だ。魔力のほとんどが熱に変換されたようだな」

 魔術は、出力した魔力がロスなく魔術効果に変換されるほど完成度が高いと言う。リカルドの【陽焔弾】は完成度が高いようだ。


「見たか、あの強烈な魔術。新しい講師かな」

「まさか、若すぎるだろ」

 遠くから見ていた生徒たちが騒ぎ始めた。見たこともない凄まじい魔術を見て興奮しているようだ。

 リカルドは教授たちに視線を向け確認した。

「納得してもらえたでしょうか?」

 タッデオ教授が頷いた。

「見事な上級魔術だった。君の実力は分かった」


 懐疑的だったタッデオ教授とグレゴリオ教授も、リカルドの実力に納得した。

「君は【火】の魔術に造詣ぞうけいが深いようだね」

 グレゴリオ教授がリカルドに確認した。

「【火】と【地】の魔術を得意としています」

「もしかして、【地】の上級魔術も使えるのではないか?」

「イサルコ理事から、【地神崩極】を学びました。ただ得意というわけではありません」


 グレゴリオ教授が目を丸くした。【地神崩極】は上級上位の魔術である。魔力量が多い最上級の魔術士しか使えないと言われている魔術だった。

「【地神崩極】が使えるのか?」

「ええ、発動はしますが、イサルコ理事ほどの威力はありません」

「それでも凄いものだ」


 リカルドの面接は合格のようだ。

「ところで、初等科に入ったばかりの生徒を教えたいと希望しているが、なぜだね? 君の実力なら高等魔術教育学舎の学生にも教えられると思うが」

「自分より年上の者を教えるのは、いろいろと難しいと思ったんです」

「なるほど」


 リカルドは三日後から初等科の生徒たちを教えることになった。

 魔術士協会に戻り、イサルコに面接で合格したことを報告した。

「当然の結果だな。学院の教授や講師の研究が進むように刺激を与えてくれ」

 リカルドは笑って答えた。

「変な期待をされても困ります。普通に講師の仕事を勤めますよ」

「それでいい。君の傍で働くだけで教授や講師たちには刺激になるはずだ」


 その頃、バイゼルの港に交易船が入港した。サラウド大陸のユジュラ王国から戻った交易船で、その乗客の中にユジュラ王国の王子であるミロスラフの姿があった。

 やっと国王の許しが出て、ロマナス王国に魔術留学することになったのだ。

「はあっ、長かった」

 狭い船室でジッとしているしかなかった船旅は、ミロスラフ王子にとって苦痛だった。


「殿下、ロマナス王家が用意してくれた屋敷に向かいましょう」

 ミロスラフ王子の世話役として同行したルジアーノ男爵が促した。男爵は王子の世話役とは別に、ヘルベルト王から王都バイゼルに大使館を設けるように命じられていた。

 男爵としては早く屋敷に行って荷物を片付け、この国の役人たちと交渉したいらしい。


 男爵の他にも総勢十五人のユジュラ人が大使館で働くために来ていた。

 王子たちが交易船を降りると、ロマナス王国のセルジオ王子が待っていた。お互いが挨拶して、自己紹介を行なう。セルジオがロマナス王家の第三王子だと知ると、ルジアーノ男爵たちは恐縮した。

「ミロスラフ王子が来訪されたのですから、王子である僕が迎えるのは当然です」

 それを聞いたルジアーノ男爵たちは、セルジオ王子の態度に感銘を受けたようだ。


 馬車に乗って、ロマナス王国が用意した屋敷に向かう途中、セルジオ王子とミロスラフ王子は打ち解けて話すようになった。

「ミロスラフ王子は、魔術を学ぶためにロマナス王国へ来たと聞きましたが、本当ですか?」

「はい、王立バイゼル学院で学ぶことになっています」

「初等科で基礎から学ぶのですね」

「そうしようと思っています」


 その会話の中で、リカルドの名前が出た。

「リカルドが、我が国に来た時に話をしたのですが、素晴らしい魔術士だと感銘を受けました」

「そうですか。彼は王太子殿下が懇意にしている魔術士で、凄い業績を上げているようです」

 セルジオ王子がリカルドの業績をミロスラフ王子に教えた。


 その翌々日、ミロスラフ王子が初めてバイゼル学院に登校した時、リカルドが講義をする授業があることに驚いた。

 教室で再会したリカルドは、驚いた顔をした。

「ミロスラフ殿下、留学されたのですね?」

「ええ、やっと留学する許可が下りたのです。ここでリカルドと再会できるとは思ってもいなかったよ」

「自分もです。ただ王子だからといって特別扱いはしませんから、そのつもりで」

「分かっている。いや、分かっています」


 リカルドは笑って講義を始めた。

 初めて講義をしたのは、初等科に入ったばかりの生徒たちが集まるクラスだった。

「さて、講義を始めます」

 リカルドが教室の中を見回した。年齢は九歳から一〇歳までの生徒が多いようだ。


「この中で魔術が使えるという者はいるかな?」

 何人かの生徒が手を挙げる。たぶん家庭教師から教わった子供たちなのだろう。

「魔術に必要なものは何か、言える者?」

 一番早く手を挙げた生徒を指名した。

「魔力と触媒、それに呪文です」


 リカルドは頷きながら訂正する。

「八割は正解かな。もう一つ大事なものがある。何か分かる者?」

 今度は誰も手を挙げなかった。

「それは、使おうとしている魔術に対するイメージです。【着火】の魔術を使おうとしているのに、氷を思い浮かべていたら魔術は成功しません」


 大勢の生徒たちが「へえー」という顔をする。

「先生、イメージが必要なのは分かりました。でも、普通に魔術を使う時はイメージするから、そんなに大事だとは思えないんですが」

 魔術を学ぶ時は習得している者が魔術を実演し、それを見て真似するのでイメージは自然にできると言いたいらしい。


「それでは、魔術の可能性を半分しか引き出すことができないでしょう」

「どういう意味です?」

「例えば、火系統の【信号弾】という魔術を知っていますか?」

 半分くらいの生徒が頷いた。

「通常、赤い炎となって打ち上げられた火の塊が、上空で爆ぜて仲間に合図を送るというものです。この魔術を使う時に、イメージを変えてやれば、打ち上げるのではなく、術者の周りを周回させることもできます」


「嘘だ。そんなの聞いたこともないよ」

 生徒の一人が信じられなかったようだ。

 リカルドは実際に使ってみせることにした。生徒全員を引き連れて訓練場へ向う。

 訓練場に着くと、近づかないように注意してから、少し離れた位置で【信号弾】の魔術を放った。


 ロッドの先に生まれた火の塊が、リカルドを中心として半径五メートルの円を描きながら回り始めた。その速度は遅く、生徒たちの目でもはっきり見えた。

「すげえ-!」

「こんなの初めて見た」

 そんな声が生徒たちの間から聞こえた。


 最後に火の塊が一〇メートルほど上昇し、ポンと爆ぜた。

「どうです。嘘ではなかったでしょ」

 リカルドは、この魔術で生徒からの信用を勝ち取ったようだ。おかげで初めて講義するクラスでは毎回【信号弾】の魔術を披露することになった。



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