scene:16 魔成ロッドと魔術士協会
今回で書き溜めていた分がなくなったので、次からは投稿が遅くなります。
ベルナルドと使用人はリカルドと取引をした後、触媒屋などとの取引を終え数日後王都に向かった。
馬車の中では、ベルナルドと使用人の一人であるカレルはデルブで出会った少年について会話していた。
「リカルドとかいう子供との取引は大丈夫だったのですか?」
ベルナルドが馬車の窓から外を眺めながら問い返す。
「何を心配しているのです?」
「いえ、心配などしておりません。ただ、旦那様が信用のない者と直接取り引きされるのが珍しかったものですから」
ベルナルドは僅かに微笑み。
「あの少年はファビウス子爵が召し抱えている魔術士アレッサンドロの弟子だそうです」
「ほう……そうすると魔成ロッドを作成したのはアレッサンドロ殿なのですか?」
ベルナルドは首を振って否定する。
「違うな。あの魔成ロッドは一流の魔導職人が魔力コーティングしたものだ。田舎の三流魔術士が作れるものじゃない」
ロッド自体の加工は少年が言った通り、素人のものだった。だがロッドの表面に浮き出た雪華紋はほとんど乱れのない綺麗なもので相当な技術を持つ魔導職人が魔力コーティングしたものだと思われる。
「それほどのものだったのですか」
「ああ、今回の取引で一番の収穫は、あの魔成ロッドかもしれません」
魔成ロッドの作製で一番難しいのは浮き出る雪華紋を均一にするという点である。一般的な魔導職人なら魔力を抑えて作業を行っても魔力が続かず一度では魔力コーティングの作業が終わらない。
作業を分けると次の時には体調や気力の変化により同じように魔力コーティングしようとしても僅かに変化する。それは雪華紋の乱れとなって現れる。
長年修業した一部の魔導職人だけが一度の魔力コーティング作業で終わらせられるが、そういう者はわざわざ魔力を抑え威力の低い魔成ロッドを作ろうとはしない。
可能だったとしても長時間一定の強さで魔力を流し続けるのは困難であり、失敗する確率が高かったからだ。
一度の魔力コーティング作業で出来上がった魔成ロッドは希少品となり、特別に『ユナボルタ』と呼ばれる。
王都に戻ったベルナルドは、旅から戻ると恒例となっている酒宴を開き、友人や知人を招いた。
ベルナルドの自宅は成功した商人たちが住む高級住宅地で、豪華な屋敷が並んでいる一帯に在る。
招いた客の中には魔術士協会の友人であるイサルコ・ヴェルトローニが居た。
「ベルナルドさん、お久しぶりです」
イサルコは魔術士協会の理事であり、協会の研究部門である究錬局の副局長でもある。年齢は五十一歳、長身で痩せているが弱々しい感じはしない。ローブを着た姿は魔術士の典型といった感じである。
恒例になっている酒宴に招かれるのは、イサルコ以外は商人たちであった。
「イサルコ殿、ようこそ」
ベルナルドは笑顔で迎えた。
「お元気そうでよかった。今回の旅はどうでした?」
「何日か雨に降られて小さな村に足止めを食らった以外は楽な旅でしたよ」
「それは良かった」
ベルナルドは首を振り。
「それが目当ての【火】の触媒が辺境でも値上がりしてまして、期待していたほど集まりませんでした」
「ほう、魔砲杖の影響が辺境にまで及んでいるのですか」
「そうなのですよ。しかも領主の皆さんが【火】の触媒を王家に献上しようと頑張ってまして、質の高い触媒はほとんど手に入れられませんでした」
イサルコは国王主催の晩餐会で触媒の献上を貴族たちが競い合ったという話を聞いていたので苦笑する。
魔術士協会でも【火】の触媒が手に入らないと問題になっていた。
集まった友人たちがベルナルドの無事の帰還を祝い乾杯する。
商人が多いので話題は商売の話になりがちだが、景気のいい話をする者は少なく、どこそこで戦いが起こり街道が通れなくなったという話が多かった。
この国では貴族同士の戦いは日常茶飯事である。それが原因で一番の人気商品は武器となっている。
「そういえば、今回の旅で珍しい武器を仕入れましたよ」
ベルナルドがイサルコに話を振ると商人たちが興味を示した。
「へえ、そうか」
イサルコは気のない返事をする。魔術士であるイサルコにとって剣や槍はあまり興味を惹かない。
他の商人たちは身を乗り出し。
「どんな武器です?」
「魔成ロッドです」
それを聞いてイサルコが興味を示す。魔成ロッドは魔術士用の武器だからだ。
ベルナルドは使用人に蔵から魔成ロッドを仕舞った木箱を持ってくるように命じた。
運ばれてきた木箱の蓋を開け、中からロッドを取り出すとイサルコに渡した。
イサルコは見栄えの良くない魔成ロッドに一瞬顔を曇らせたが、雪華紋を見て表情を変えた。
「これはユナボルタではないか」
「さすが……お気付きになりましたか」
商人達が騒ぎ始めた。その中の一人である触媒商人のフィリッポが自分にも見せてくれと頼んだ。
フィリッポは触媒商人ではあるが、ベルナルドと同様に少量の武器も商売として扱っていた。
「いいですよ」
ベルナルドは木箱からもう一本取り出すとフィリッポに渡した。手に取ったフィリッポは舐めるように魔成ロッドを見る。
「確かにユナボルタだ。だが……何でロッド加工が素人が作ったようなのです?」
ベルナルドは笑って。
「ある事情で素人の作ったロッドに熟練の魔導職人が魔力コーティングを施したものです」
フィリッポが値踏みするように魔成ロッドを見てから。
「これを幾らで仕入れられたのです」
「皆さんの予想以上に安い値段で仕入れられましたよ」
ユナボルタだと魔成ロッドの値段は五倍、一〇倍と値上がりする。有名な魔導職人に頼んで仕入れた場合、一本が金貨一〇枚以上する場合もある。
イサルコは試しに魔力をロッドに流し込んでみた。スルスルと魔力が魔成ロッドに流れ込むのが判った。普通の魔成ロッドでは何箇所か魔力の流れが乱れる箇所があるものだが、これには一切の乱れを感じられなかった。
「素晴らしい……だが惜しいな。これが妖樹トリル製でなく、妖樹エルビル製でロッド加工を本物の職人がやったものなら、王族や貴族が買い求めただろう」
ベルナルドも頷いた。もし、そんなユナボルタの魔成ロッドが売りに出されれば金貨一〇〇枚以上の売値が付けられるだろう。
「そうでしょうが、そうなると仕入れ値もグンと上がったことでしょう。それに今回は十二本も仕入れられましたから幸運でした」
十二本という数に周りの商人たちが驚いた。フィリッポが慌てたように木箱の中を確かめる。
「本当だ……どこで仕入れたものなのです?」
ベルナルドが笑って答えた。
「それは教えられませんよ」
フィリッポがちょっと悔しそうな顔をする。
イサルコも一本欲しくなり、値段を尋ねると気軽に買えるような値段ではなかった。イサルコは金貨七十二枚で購入した魔成ロッドを所有しているが、普段は使わず家の金庫に仕舞っていた。
普段は安い魔成ロッドを使っており、魔術士協会の仕事で使うには十分だった。そう、十分なはずだったのだが、使い心地が歴然と違うのを感じて、どうしてもユナボルタの魔成ロッドが欲しくなり買った。
王都ではベルナルドが取り扱うユナボルタの魔成ロッドがちょっとした話題となり、高価なものだったにもかかわらず短期間で売り切れとなった。
貴族の子弟も見に来たが、見栄えのしない魔成ロッドだったので購入せず、買ったのは熟練の魔術士が多かった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
一方、魔成ロッドの製作者であるリカルドは、アレッサンドロの屋敷で受験勉強をしていた。
屋敷での生活も幾つか変化がある。アレッサンドロが新たに二人の弟子を取り、二階の空き部屋に住まわせ魔術を教え始めたのだ。
リカルドは新弟子の面倒を見ろと言われるかと思ったが、アレッサンドロは新弟子の教育には一切リカルドを関わらせなかった。
春の終わり頃。
マッシモが王都に研究論文を届けるために旅立った。王家に献上する触媒を送る一行と一緒なので安全な旅になるだろう。パトリックやマルチェロも受験のために同行した。
領都デルブを出たマッシモたちはデルブ街道をリョゼン領の領都モルタまで進んで一泊し、モルタから東南にあるコグアツ領の領都ブルグまでを二日掛けて移動した。
ここまでは馬車での旅だったが、ブルグから王都バイゼルへは帆船で行く。風さえ良ければ二日で到着するが、天候に恵まれないと一〇日も掛かる場合がある。
マッシモたちは天候と風に恵まれ二日で到着した。
王都に到着したマッシモたちは宿を取って、一休みしてから魔術士協会に向かった。
パトリックとマルチェロは受験の手続きを行い、マッシモは受付で研究論文を提出した。受付では大勢の受験者から研究論文を受け取っているようだ。
受験のついでに研究論文を出し、どちらかで合格すれば良いと考えている者が多いらしい。
この時期、魔術士協会の人間は大忙しとなる。試験の準備と論文の評価作業が重なるからである。
イサルコは大きな溜息を吐いて机の上に積み上がっている研究論文の束を見た。
「毎年、毎年、変わり映えのしない論文を見てると嫌になる」
同じ部屋で評価作業をしている部下のタニアに愚痴をこぼす。
十二歳で魔術士認定試験に合格し十四歳で究錬局の研究員に選ばれた才女である。現在はイサルコの手伝いをしながら【火】の魔術について研究をしている。
「理事……愚痴ばかりこぼしてないで、早く終わらせてください。明日も同じくらい提出されるんですよ」
論文を評価するのは理事の仕事だと協会では決められている。
協会には十二人の理事が居て頂点に代表理事が君臨している。但し理事たちは一枚岩ではなく、二つの派閥……長老派と王権派に分かれていた。
長老派は伝統を重んじ変化を嫌う集団で、貴族達との関係が深く利権などにも深く関係する者が多い。一方、王権派は王家を助け国内を王の下に統一しようという者の集団である。
理事たちも両派に分かれ対立している。その中でイサルコだけはどちらにも組みせず本来の魔術研究に没頭しており、他の理事からは嫌われ論文の評価作業を押し付けられていた。
但し全てを押し付けられているわけではない。両派の関係者が提出した論文は、それぞれの派閥の理事が評価している。そのせいで、どうしてこんな論文がというようなものが評価され、提出者が魔術士に認定される場合がある。
「まただよ。魔術単語の組み合わせをちょっと変えただけで論文を書いて出している」
イサルコはうんざりした。論文の形式は自由となっているが、論文の体をなしていないものが多すぎる。
「タニア、もうちょっと読んで考えさせるような論文はないのか?」
もうすぐ十五歳になるタニアも疲れた顔をして論文を読んでいる。タニアの仕事は論文を読んで過去に同じようなものが無かったか確認する作業だ。
そこで弾かれた論文はイサルコには回らないのでタニアの方がたくさんの論文を読むことになる。若さと抜群の記憶力がなければ不可能な仕事だった。
「そんな論文があれば、私が一番に……ん……これは……」
タニアが変な声を出して唸り始めた。
「どうした?」
イサルコが気になって声を掛ける。
タニアは論文を手に取り物凄い集中力で読んでいる。イサルコの声が聞こえていないようだ。そして、ブツブツと呟き始める。
「そんな……馬鹿な……でも……まさか……」
タニアの呟きを聞いたイサルコはタニアの手から論文を取り上げた。
「アッ……理事。何をするんです。読んでいる途中だったんですよ」
タニアが目を吊り上げてイサルコを睨む。
「お前が返事をせんからだ。こいつが何だと言うのだ」
イサルコは論文に目を向けた。そこに『複合魔術の可能性と【火】と【水】の魔術』と表題が書かれていた。著者はマッシモ・ヴァレリウスとなっている。
中身を読み始めるとイサルコが顔色を変えた。
その論文はリカルドが書き、マッシモの名前で提出されたものだった。マッシモも馬鹿ではないので、リカルドが書いたものをそのまま出さず、書き写したものを提出していた。
もちろん、原文が未完成だった箇所はマッシモが付け足して完成させていた。ただ、その部分だけは曖昧な文章になっていた。
後に、この論文が魔術士協会内で公開されると、近年稀に見る革新的な論文と評価された。
「理事、これは本物でしょうか?」
タニアが論文の中身が正当なものか尋ねた。
「解らん。実験してみなければ」
イサルコとタニアは触媒を用意すると建物の隣りにある実験場へ向かった。
実験場は大きな魔術を使っても大丈夫なだけの広さが有る。普段は誰かしらが実験をしているのだが、今日は試験の準備で忙しいのか誰も居なかった。
タニアが【火】と【水】の触媒を用意する。イサルコは論文をもう一度確認し魔術のイメージと呪文を確かめる。
魔成ロッドを取り出し、精神を落ち着けてから魔力をロッドに流し込む。魔力がロッドの周りで渦を巻き始めた。タニアが二つの触媒をばら撒き、イサルコが呪文を詠唱する。
「ファナ・ガヌバドル・スペロゴーマ」
炎の玉が生まれ凝縮を始める。それが十分の一ほどになった時、中心にオレンジ色に輝くドロリとした物体が生まれた。そして、弾けるように飛翔を開始し標的である分厚い板に命中した。
分厚い板の標的は焼け焦げ、板にヒビが入っている。そして、板に張り付いたオレンジ色の物体は板を焼き続け燃え上がらせた。
複合魔術である【溶炎弾】の元になった【炎翔弾】では炎が飛び散った後、標的の板に焼け焦げが残る程度のはずだ。
「こ、これは……本物だ。本物の複合魔術だ」
リカルドの考え出した複合魔術が魔術士協会に認知された瞬間だった。
イサルコは、この発見を理事たちに報告し、論文の提出者を魔術士として認定した。
後日、論文が物凄い評価を受けたと知り、リカルドとパトリックは悔しい思いをした。
2017/7/6 フィリッポを武器商人から触媒商人に修正




