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scene:15 奪われた研究論文

 リカルドが妖樹トリルの狩りから戻るとアレッサンドロが待っていた。

「話がある。ちょっと来い」

 何だろうと考えながらアレッサンドロの部屋に向かう。どっかりと椅子に座ったアレッサンドロは、リカルドの目の前に紙の束を突き出した。

 見覚えがある。リカルドが書いていた論文であった。

「これは何だ、リカルド。私はお前に基礎の教本を勉強しろと言ったはずだぞ」

 失敗したという後悔の念が湧き起こる。論文は見付からない所に隠しておくべきだったのだ。

「済みません。新しい魔術を思い付いたので論文に纏めてみようと思ったんです」


 アレッサンドロが顔を顰めて首を振る。

「駄目だ、駄目だ。魔術を習い始めたばかりのお前は基礎を大事にしなきゃならない。三冊の教本で物足りないというのなら、この前貸した『魔術大系』を当分の間貸してやるから、それを勉強しろ」

 リカルドはしぶしぶ頷いた。

「分かりました」


 アレッサンドロは少し躊躇ってから、リカルドが書いた論文を持ち上げ。

「この論文はお前には早過ぎる。マッシモに渡して完成させてやる。いいな」

「エッ」

 こいつは論文を盗む気だ。リカルドの目に剣呑な光が宿るが、アレッサンドロの次の言葉で消えた。

「お前をど田舎から引き取って、ここに住まわせているのは私だぞ。しかも弟子にしてやった。お前は私に大きな恩があるはずだ。違うか?」

 弟子にしてくれたことは別にして、住む家と仕事を世話してくれたのは感謝しなければと考えていた。


 アレッサンドロが畳み掛けるように言う。

「恩人であり師匠である私が、独自の研究は早い、基礎からじっくりと勉強しろと言っているのだ」

 はっきりとは言わないが、アレッサンドロの眼は論文を譲れと命令していた。

 あれだけ時間を掛け書き上げた論文なのに……悔しい。

 この世界の成人は十五歳なので、リカルドは一人前の人間として扱ってもらえない。アレッサンドロを怒らせ、身分証を取り上げられ屋敷から追い出されたら拙い事態になる。

 屋敷から追い出されるだけなら何とかなるかもしれないが、身分証が無くなると街への出入りが難しくなる。


 これが血の繋がった身内かと思うと身体から気力が漏れ出るような気がした。

 リカルドは論文をマッシモに譲った。その代わりアレッサンドロの書斎にある書籍を自由に読めるよう交換条件を出した。アレッサンドロは了承し予備の書斎の鍵を渡した。


 その夜、悔しさが何度も何度も腹の底から湧き上がり中々眠れなかった。

 翌日、不用意に大事なものを部屋に置いていた自分が悪いのだと反省する。

「そうだ。他人に見せたくないものは日本語で書こう。そして重要な情報は小さな手帳に書き込み、いつも持ち歩くようにするんだ」

 【溶炎弾】の他にも幾つか新しい魔術のアイデアがあった。幸いにもメモ書きにした紙に殴り書きしていたので、アレッサンドロは気付かなかったようだ。

 リカルドは木箱に残っていた紙の束から、独自のアイデアを殴り書きした紙を取り出し、頭の中で整理しながら、日本語に翻訳して別の紙に書き写した。

 それが終わるとジョルジャ文字と魔術言語で書いてあるメモ書きを燃やした。


 これからどうするか考える。

 当面の課題である魔術士になるという目標は変わっていない。以前は試験を受けるのに必要な資金が問題で受験を諦め論文を書こうと思ったが、魔成ロッドを売れば資金が作れると判った今、受験を諦める必要はない。

 試験は一般教養の歴史と計算問題、魔術の基礎原理が筆記試験となっている。実技試験は三つの魔術を試験官の前で披露し出来栄えで採点されるらしい。

「計算問題はいいとして、歴史は勉強しなければ。魔術の基礎原理はどこまで勉強すればいいんだ。今頃になって受験勉強をするハメになるとはな」


 その日は狩りに行くのを止め、エドアルドの屋敷に行きパトリックに認定試験について聞いた。

「歴史はロマナス王国の建国期から現在までの大きな出来事。計算問題は基本的な『加算』『減算』、魔術の基礎原理は『魔術大系』から出されるがや」

 パトリックは十三歳から三年間勉強し昨年試験を受けたが、合格しなかった。

「筆記試験は合格点を取れたんやが、実技で落とされたがね」

「そうなんだ。実技ではどんな魔術を使ったのですか?」

「【炎翔弾】と【流水刃】、それに【飛槍】だがや」

「三つとも初級上位の魔術か。それで駄目だということは中級の魔術も必要なのかな」

「いや、筆記試験で八〇点以上取れば、初級上位三つでも合格でけると聞いとるがね」

 パトリックがしまったという顔をする。


「筆記試験で八〇点を取れなかったんだ」

 リカルドが情け容赦なく言うとパトリックはガックリと肩を落とす。

「クッ、今度こそは合格したるがや。……あれっ……リカルドは試験でなく論文で魔術士になるんやにゃーのか」

 今度はリカルドがガックリと肩を落とす。事情を話すとパトリックが怒り出した。

「アレッサンドロ殿には呆れたがや。子供のためとは言え、酷い師匠もあったもんだがね」

「師匠には世話になっているから……」

「けど、新しい魔術を発見するというのは大きな名誉だがね。それをマッシモなんかに」

 自分のためにアレッサンドロへ怒りの言葉を発するパトリックに感謝した。


「ありがとう。パトリックには色々相談に乗ってもらったし感謝しているんだ。お礼に魔成ロッドをあげるよ」

「エッ」

 パトリックは目を大きく見開いて驚いた。魔成ロッドは安いものでも金貨数枚だからだ。

「本当に貰ってもいいんきゃ」

 リカルドが持ってきた魔成ロッドを渡すと遠慮なく貰うパトリックであった。


「その代わり試験のことを色々教えて」

「そんなことならお安い御用だがや」

 パトリックは嬉しそうに魔成ロッドを握り締めながら応えた。

 一時間ほど試験内容について聞いた後、アレッサンドロの屋敷に戻ったリカルドは、試験までのスケジュールを立てた。

 次の試験は一ヶ月後だが、歴史や魔術の基礎原理をこれから勉強しなければならないことを考えると無理である。そうなると来年の春になる。

 魔術士認定試験は春と秋の二回行われるが、秋に行われる試験は貴族の子弟専用だそうでリカルドは受ける資格がない。


 先日一〇歳になったリカルドは、一年間勉強し十一歳の春に魔術士になると目標を定めた。

 まずは書斎から『魔術大系』を借り出し写本を作ることにした。『魔術大系』はマッシモも勉強しているので、兄弟子が寝ている間に借り、写本を作ろうと考えた。

 マッシモは九時頃には寝るので、寝た後に『魔術大系』を持ち出し書き写す。この作業に十五日掛かった。

 出来上がった写本は革細工屋に持って行き、革を使ってちゃんとした本に装丁して貰った。

 この革細工屋には上質の紙を使った手帳のようなものも売っていた。その中から黒革の手帳を購入した。ハガキより一回り大きなサイズの手帳で作りはしっかりしていた。

 これから先、思い付いたアイデアや重要な情報は、この手帳に書き残すつもりで購入したのだ。


 リカルドは受験勉強を行いながらも妖樹トリル狩りと魔成ロッド作りは続けていた。さすがに製作本数は減っているが、合計十二本の魔成ロッドが完成している。

 ある日、街の宿屋から使いが来た。商人のベルナルドが領都デルブに戻ったので、時間があるなら会いたいという伝言だった。

 リカルドはベルナルドが魔成ロッドを買い取りたいと言っていたのを思い出し、十二本の魔成ロッドを布に包み持って出掛けた。


 ベルナルドが泊まっている宿屋は街一番の高級宿屋だった。案内され三階にある部屋に入る。

 広く高級な家具が置いてある部屋だった。屋根裏部屋とは段違いである。テーブルを挟んで椅子に座る。

「よく来てくれたね」

 ベルナルドがニコニコしながら歓迎してくれた。ベルナルドは一族が運営している財閥の経営からは身を引いたが、旅をしながら集めた商品を売る小さな商会を経営している。

 部屋にはベルナルドの他に彼の使用人らしい男二人が居た。彼らはベルナルドの背後に立っている。

 リカルドは越後のちりめん問屋のご隠居を思い出す。なんかそんな感じの屈強そうな使用人だったからだ。

 相変わらずベルナルドは丁寧な口調で話しリカルドも同じように話すので、会話だけ聞いていると対等な大人同士が会話しているうように聞こえる。


「北のクス領はどうでした?」

「あまり収穫は無かったですよ。妖樹系の【火】の触媒が少し手に入れられただけでした」

 ベルナルドも【火】の触媒を探しているようだ。

「【火】の触媒が不足しているという話は聞いていますけど、何故不足しているのです?」

 不思議に思っていた点を尋ねるとベルナルドが答えてくれた。

「魔砲杖が発明されたからですよ」

 ベルナルドの説明によると魔砲杖と言うのは、引き金を引くだけで魔術を放てる魔術道具なのだそうだ。現在は初級上位の魔術までなら発射可能なそうだが、やはり触媒は必要であるらしい。


「魔砲杖は【地】と【火】の魔術に相性が良いそうで、魔砲杖を手に入れた方は組み込まれている魔術回路盤に【地】か【火】の魔術を刻み使用しているのです」

 それで【火】の触媒が不足しているのか。それなら……

「【地】の触媒も不足しているのですか?」

「ええ、不足していますが、【地】の触媒は王都近くの山や森に棲息する魔獣を狩れば手に入りますから【火】の触媒ほど値上がりしていません」

 【火】の触媒は妖樹を狩った後、炭にする手間があるので通常の三倍ほどに値上がりしているらしい。


「こちらでは何か変わったことがありましたか?」

 ベルナルドの質問に、リカルドは妖樹狩りの話をした。

「ほう、子爵様がエルビル三体分の触媒を王都に送ると約束されたのですか。剛毅なものですな」

「言うのは簡単ですけど、狩りに行くのは部下のヤコボ隊長や魔術士たちなのです。御蔭で大変でしたよ」

 ベルナルドは驚いた。話からするとリカルドも狩りに行ったように聞こえる。

「一緒に狩りに行ったのですか?」

「はい、三つのチームに分かれてエルビルを探すことになったのです。自分も見習い魔術士だけのチームに入ってエルビルを狩りました」

 リカルドが狩りの様子を話すとベルナルドは静かに聞いていた。この時、ベルナルドは話半分に聞いていた。この小さな知り合いが凶暴な妖樹を仕留められるとは思えなかったからだ。

 後日、狩りに同行した兵士の一人からリカルドが二体の妖樹エルビルを仕留めたと確かめられ驚くことになる。


「もしかして、それは魔成ロッドですか?」

 ベルナルドがリカルドが持ってきた包を指差し質問した。

「アッ……忘れていました。以前に魔成ロッドが欲しいと言っておられたので持ってきました」

 リカルドが魔成ロッドを包んでいた布を解き、ベルナルドの前に並べた。

 ベルナルドは一本一本を手に取って確認する。前回見た魔成ロッドより少しだけ見栄えが良くなり、雪華紋も少し複雑になっている。

 これだけ綺麗に雪華紋を揃えられる魔導職人は王都でも少ないだろう。

「ん!」

 ベルナルドが何かに気付き驚いたような表情を浮かべた。

「どうかしましたか?」

 リカルドが尋ねるとベルナルドは笑って誤魔化し、値段交渉を始めた。


「いいですね。一本金貨三枚でどうですか?」

 リカルドは目を輝かせた。受験に必要な資金が手に入った。

「それでお願いします」

 ベルナルドは驚いた。まさか金貨三枚で承知するとは思っていなかったのだ。最初は金貨三枚から交渉し一〇枚以内で取引を成立させるつもりだった。この少年は持ってきた魔成ロッドの真の価値を知らないのかもしれない。

 ベルナルドは首に掛けているネックレスみたいなものを引っ張り、胡桃大の金属球に八センチほどの短い柄が付いたものを取り出した。柄に付いているツマミを押すと金属球がパカッと割れ中から青い宝石のようなものが出てきた。

 宝石を金属の殻で保護していたらしい。ベルナルドは宝石を見ながら柄に魔力を流し込んだ。いきなり宝石の横に革袋が現れ、テーブルの上に落ちた。


「ウワッ!」

 リカルドは滅茶苦茶驚いた。

 ベルナルドはイタズラが成功した時の子供のように笑ってリカルドを見ていた。

「碧玉樹実晶を見たことがないのですか?」

「な、何ですか、それは?」

 ベルナルドは嬉しそうに説明してくれた。

 碧玉樹実晶とは、魔境クレブレスだけに存在する神珍樹と呼ばれる樹になる水晶のような実だそうだ。神珍樹は奇妙な樹木で一種類の樹なのに数種の色や特性が異なる果実を実らせるらしい。

 希少性の低い順番に並べると『黄玉樹実晶』『紅玉樹実晶』『紫玉樹実晶』『碧玉樹実晶』の四種になる。大きさも異なり、『黄玉樹実晶』は大豆ほど、『紅玉樹実晶』と『紫玉樹実晶』はパチンコ玉ほど、『碧玉樹実晶』は胡桃ほどである。

 大きさだけでなく特性が異なるので使われ方も違う。『黄玉樹実晶』は魔術回路を構成する部品として使われ、『紅玉樹実晶』は魔力を溜め込める特性が有り、魔力蓄電池のような使われ方をする。

 残る『紫玉樹実晶』と『碧玉樹実晶』だが、『紫玉樹実晶』は特性の正体が判明していない。そして、ベルナルドの持つ『碧玉樹実晶』は魔導職人が加工する事で水晶のような内部に圧縮された亜空間が形成される。この亜空間は無生物の出し入れが可能で、魔導職人が加工した『碧玉樹実晶』を『収納碧晶』と言う。


 リカルドが興味深そうに『碧玉樹実晶』の内部を覗き込むと結晶内部に球形の小さな黒いものが二つ見えた。その黒い球体の周りに白い筋が走っている。その白い筋は『碧玉樹実晶』の全体に広がっていた。

「何か黒いのがありますね」

「それは『ポグ(亜空間)』と呼ばれる物が入る不思議な穴だと言われています」

 リカルドは考え込んで尋ねた。

「二つありますけど?」

「これは二つ星、荷馬車に積めるほどの荷物が二つ分入るのですよ」

 魔導職人は魔力を注ぎ込みながら結晶内部に入れ物をイメージするらしい。魔力が続く限り亜空間は大きくなり、魔力が途絶えると亜空間は固定され、後から魔力を流し込んでも変化しなくなる。

 一回勝負の加工らしい。白い筋は亜空間が形成する過程で結晶内部に歪みができ、白い筋となるようだ。魔力を回復させた魔導職人は白い筋のない場所が存在すれば別の亜空間を作るらしい。

 但し下手な魔導職人だと亜空間を一つ作ると結晶全体に白い筋が走り、他に亜空間を作る余地が無くなる。


 十二本の魔成ロッドが目の前から消えた。ベルナルドが収納碧晶の中に仕舞ったのだ。

 使用人の一人が革袋から金貨を取り出し三十六枚を数えてリカルドに渡した。ベルナルドは金貨を渡す時にリカルドの様子を観察していた。

 庶民にとって金貨三十六枚は受け取る手が震えるほどの大金である。ところがリカルドは、平気な顔で金貨を受け取り無造作に巾着袋の中に仕舞う。

 ベルナルドは、この少年が将来大物になると予感した。


2017/11/15 誤字修正

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