表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐は天罰を呼び、魔術士はぽやぽやを楽しみたい  作者: 月汰元
第6章 ガイウス王太子編
145/236

scene:144 魔境の研究所 再び

 ボニペルティ領でペルーダ病患者が発見されたことを、リカルドが王太子に告げた。

 ガイウス王太子は眉間にシワを寄せる。

「もしかして、大海蛇の血を手に入れたいのか?」

 リカルドは首を振って否定する。


「いいえ、違います。魔境の研究所に行くつもりなのです」

「あの研究所……そうか、あそこの研究助手なら、ペルーダ病の治療法を知っているかもしれん、と考えたのだな」

 リカルドは肯定した。


「ならば、余も行こう。あの場所には興味がある」

「しかし、魔境は危険です」

「今更だな。余が何年魔境門を守っておると思う」

 王太子が数年間も魔境門を守っていたことを知っているリカルドは、王太子と一緒に行くことを承知した。このことは、リカルドも予想していた。


 王国の重大な問題であり、ガイウス王太子の性格なら、一緒に行くと言い出すと思っていたのだ。それを予想して、王太子に声をかけたリカルドは、最初から王太子を巻き込むつもりだった。

 魔境での行動に慣れた王太子の部下が一緒なら、安心だからだ。


「グレタ嬢と護衛の者は、城砦で休んでくれ。リカルドは少し余に付き合え」

 王太子は、グレタたちを休ませる手配をすると、リカルドと一緒に出掛けた。目的地は竜樹馬の飼育場だ。

 竜樹馬の飼育は、苦難の連続だった。しかし、王太子は諦めることなく試行錯誤を繰り返し、今年の秋になって成功した。


 城砦より二キロほど離れた場所に飼育場があった。

 飼育場は五ヘクタールほどの広さで、高い塀に囲まれていた。外からは中に何があるのか分からないようになっている。

「七頭の竜樹馬が子馬程度にまで成長した」

 中に入ったリカルドは、初めて竜樹馬を見た。


 竜樹馬は幹から無数の蔓が伸び筋肉のように、その体躯を構成しているようだ。足の部分は無数の細長い根が四本の足を形成している。

 リカルドは伝説の生き物である麒麟きりんを連想した。まだ成長途中の竜樹馬は、植物なのだが葉がなく緑色の蔓が光合成をしているらしい。


 竜樹馬は足のような四本の根を動かして動き回っている。本物の馬のような滑らかな動きだ。その頭部は竜のような形をしているが、目は存在しない。

 口があり主食である植物を食べるようだ。但し、一〇日に一回ほど肉を与えると成長が早くなるらしい。また口から音波を発し、その音波を感じて目の代わりにしていると分かった。まるでコウモリのような生物である。


 今は子馬の竜樹馬であるが、馬力は一人前の馬並みだった。成長すれば、数馬力の力を発揮するはずだ。

「竜樹馬を戦力化するには、もう少し時間がかかるようですね」

 リカルドが竜樹馬を見ながら告げた。

「そうだな。だが、この竜樹馬に鎧を着せ、黒震槍を持たせた兵士に突撃させれば、凄まじい戦力になる。気長に育てるつもりだ」


 リカルドは装甲した竜樹馬に乗る兵士を想像して身震いした。確実に世界最強の騎士団が誕生することになるだろう。

 王太子は竜樹馬を育てる苦労をリカルドに語った。だいぶ苦労したらしい。

「サムエレ将軍から報告があった。王都に現れたアプラ領の兵士は、魔境で神珍樹の林を見付けたようだ。余は、それを手に入れたい。手伝ってくれぬか」


 リカルドは、場合によっては協力しても良いと思った。

「セラート予言対策に必要なのですか?」

「肉や魚肉の保存に、大量の冷凍収納碧晶が必要だと考えておる。それに新たに編成するつもりの竜樹騎士団の装備品として、冷蔵収納碧晶も欲しい」


 リカルドも食料を保存する方法が必要だと思っていた。将来的には冷蔵庫の開発も考えたのだが、基本的な仕組みしか知らないので、時間がかかりそうだった。

「いいでしょう。魔術士に協力を求めるということは、強力な魔獣でもいるのですか?」

「ああ、ペルーダだ。アプラ侯爵軍が壊滅状態に追い込まれたらしい」


 リカルドは、ペルーダ病をもたらした魔獣の名前に顔をしかめた。ペルーダ病の病原菌を持っている恐れがあったからだ。

「ますますペルーダ病の治療法が重要になってきました」

「そうだな」

 牧草をもりもり食べている竜樹馬を見ながら、王太子は難しい顔をしている。王太子でもペルーダ病は怖いのだろう。


 城砦に一泊した翌日。王太子が魔境に連れていく兵士の人選を行うというので一日時間が空いた。その時間を使って、リカルドは一人だけで魔境に向かった。

 第二魔境門近くにある神珍樹から、その実を回収しようと考えたのだ。


 魔境に入ったリカルドは、襲ってくる魔獣を黒震槍で排除しながら進んだ。

「この辺の魔獣なら、黒震槍だけで十分だな」

 見覚えのある地形を確認しながら、妖樹クミリの洞窟へと進む。狭い洞窟を上に行き、神珍樹が生えている場所まで這い上がった。


 神珍樹に実が着いていない。その根本をチェックすると、いくつかの実が落ちていた。

「ほう、黄玉樹実晶が十五個、紅玉樹実晶が九個、紫玉樹実晶が七個、碧玉樹実晶が二個か。まずまずです」

 リカルドは拾った実を仕舞い戻り始めた。城砦に戻ると、グレタが待っていた。

「どこに行っていたのですか?」

「ちょっと魔境に行ってきました」


 グレタが不機嫌になった。

「だったら、私にも声をかけてくだされば良かったのに」

「退屈な用事を済ましただけですよ」

 ちょっと頬を膨らませているグレタを、リカルドは可愛いと思った。どうやら精神が肉体に引っ張られ若返っているようだ。


 その翌朝、リカルドと王太子は魔境へ向かった。王太子の護衛は九名、全員が黒震槍や雷鋼魔砲杖で武装している。

「久しぶりだな」

 王太子がリカルドに話しかけた。

「最初に研究所へ行った時から、一年以上が経ったんですね。早いものです」


 そんな話をしていると、前方から牙猪が現れた。牛ほどの大きさの猪である。

「グレタ、攻撃してみますか。魔術を準備する時間は、任せてくれればいいですから」

 リカルドが指示を出した。

「は、はい」

 グレタはロッドを構え、【爆散槍】の触媒を取り出した。


 牙猪は地面を引っ掻き突撃しようとする。そこに【風】の魔彩功銃から発射された衝撃波が命中した。牙猪は悲鳴を上げ、身悶える。

 時間稼ぎに、リカルドが発射したものだった。

 グレタの準備が終わり、【爆散槍】が放たれた。リカルドが教えた通りの魔術である。グレタの気迫が籠もった魔力は、石槍を加速させた。牙猪の頭に石槍が突き刺さる。


 その瞬間、石槍が爆散。爆散した破片が牙猪の頭蓋骨を割り、脳を破壊した。牙猪は足を痙攣させ横倒しとなった。その痙攣は少しずつ小さくなり静かになる。

「見事だ。リカルドに鍛えられておるようだな」

 王太子が称賛した。


 グレタが恥ずかしそうに「はい」と返事をする。

 王太子の部下が、素早く牙猪の血抜きをした。リカルドが冷蔵収納碧晶に仕舞う。

 その後、何度か魔獣と遭遇した。それらは王太子の部下が仕留めた。見ていると、黒震槍を持つ兵士が活躍しているようだ。

 兵士たちにとって、槍の形をした武器である黒震槍が一番手慣れているのだろう。


 リカルドたちは魔境の奥へと進んだ。邪魔をする魔獣は、黒震槍で穴を開けられ、魔術士の魔術で粉砕された。

 一日目は問題もなく過ぎ、夜はコンテナハウスで休む。王太子は一つのコンテナハウスに九人が寝泊まりできる兵士用コンテナハウスも作らせたらしい。

 兵士たちが交代で見張り番を務めたので、リカルドたちはゆっくりと眠ることができた。


 翌朝早くから魔境の奥へと向かう。遭遇する魔獣は昨日より強い魔獣へと変化。兵士たちは雷鋼魔砲杖を使い始めた。

 その戦術は雷鋼魔砲杖で敵を弱らせ、黒震槍で止めを刺すというものだ。兵士たちは十分に訓練されており、的確な連携で魔獣を倒していく。


 夕方近くになって、金属製のドーム型建物が見えてきた。

「何度見ても、この世界には不似合いな存在だ」

 リカルドが呟いた。

「ん、何か言ったか?」

 王太子がリカルドに顔を向けて尋ねた。


「いえ、何でもありません。とにかく入り口に行ってみましょう」

 以前と同じように、念話で内部に呼びかけた。入り口にあるディスプレイに因子文字が浮かび上がる。

 三人だけ中に入ることを許可するというメッセージである。

「余とリカルド、それに……グレタ嬢が中に入る。他の者はここで待機していてくれ」

 王太子が指示を出した。


 グレタは選ばれたことを意外だと思ったようだ。

「王太子殿下、私も入ってよろしいのですか?」

「高等魔術教育学舎を目指しているそうだな。あたらしいものを見るのも勉強になるだろう」

「ありがとうございます」

 嬉しそうに礼を言うグレタ。


 グレタの護衛二人に待機しているように頼んだ。

「お嬢様をよろしくお願いします」

「任せてください」

 王太子とリカルド、グレタはドームの内部に入った。前と同じように激しい風と強烈な光による洗浄が行われた。初めてのグレタがあたふたしている。


「びっくりしました。今のは何だったのです?」

「外からゴミや悪いものを持ち込まないように、風と光で浄化しているのです」

「そうなのですか。きれい好きなので……」


 話をしている途中で、リカルドたちの前にアンドロイド型のロボットが現れた。身長は百五十センチほどで、顔がエルフ顔だった。

「何だ、これは?」

 王太子が驚きの声を上げた。その驚きの声さえ、ドスが利いてて怖い。グレタがビクッと反応する。


「あたしは交渉担当アンドロイド。『フィン』と呼んでください」

 リカルドは研究助手と名乗っていた存在が出てくるのかと思っていたので、意表を突かれた。

 (ロボットなのか。さすが宇宙人だ)

 宇宙人にとってロボットなど児戯に等しいだろうが、久しぶりに見た超絶テクノロジーに感心した。

 この研究所では原住民に直接コンタクトを取ることを禁止しているのかもしれない。


 リカルドには気になることがあった。

「研究助手は、いないのですか?」

「彼は中央塔に配置換えになりました。しかし、彼から二人については聞いています。本日はどのような用件で訪ねてこられたのです?」

 リカルドたちが使う言語を流暢にしゃべるアンドロイドには、王太子も驚いたようで目を丸くしてフィンを見つめている。


 研究室のような場所に到着した。

 会話の主導権はリカルドが握るしかないようだ。ペルーダ病について説明し、原因はペルーダと呼ばれる魔獣にあると告げた。

「ペルーダですか。この研究所から逃げた魔獣かもしれません」

 フィンは実験動物……いや実験魔獣が逃げたことがあるという。その魔獣は病気の耐性について研究対象にしていたもので、様々な病原菌を体内に保有しているらしい。


 研究所のモニターに実験をしているペルーダが映し出された。グレタと王太子は目を見開いてモニターを見つめ始める。

 リカルドは眉をひそめた。

「なぜ、追いかけて捕獲または殺さないのです?」

「優先順位が低かったからです。ここの研究所には捕獲に向かわせる人材や機材が不足しているのです」

 実験は終了しており、ペルーダの必要性はなくなっていたと告げられた。それで優先順位が下げられたようだ。


「しかし、ペルーダが保有している病原菌が他の生物に感染する恐れがあるのでは?」

「体液を浴びなければ感染しないタイプの病原菌です。脅威ではないはず」

「実際に人間に感染している」

「ペルーダの毒霧を浴びたからでしょう」

 毒を浴びた者は、病気にならなくとも死ぬので結果は同じだと言う。


 最初の人間はペルーダの毒霧が原因だとしても、アプラ領で広まっているのはおかしいとフィンに伝えた。

「我々が実験に使っている病原菌は、きちんと処理したもの。突然変異など起こさないはずです」

 リカルドは体液で感染すると聞いて、蚊が病原菌を媒介しているのではないかと推測した。この世界にも蚊が存在する。

 それこそブンブンとうるさいほど飛んでいるのだ。


 ただ幸いにも季節は秋。冬になれば蚊は活動しなくなる。ペルーダ病も収まるかもしれない。だが、その期間にどれだけの犠牲者が出るか。

 リカルドは治療法が必要だと思った。

「治療法はないのですか?」


 フィンは無機質な電子眼でリカルドを見詰め、

「ペルーダの血が必要です。一番可能性が高いのが、血清なのです」

 王太子が溜息を吐いた。

「何だ。また魔獣の血が必要なのか」


 研究所に血を持ってくれば、血清を作ってくれるという。

「結局、神珍樹の林に行って、ペルーダを倒さねばならんようだな」

 王太子が不敵に笑う。

「あまりペルーダには近付きたくないのですが……仕方ありません」

 リカルドが憂鬱な顔をして声を上げた。


「私も手伝えることがあれば、何でもやります」

 グレタがリカルドを励ますように言う。

「ありがとう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
【同時連載中】

新作『人類にレベルシステムが導入されました』 ←ここをクリック

『崖っぷち貴族の生き残り戦略』 ←ここをクリック

『天の川銀河の屠龍戦艦』 ←ここをクリック
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ