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復讐は天罰を呼び、魔術士はぽやぽやを楽しみたい  作者: 月汰元
第6章 ガイウス王太子編
143/236

scene:142 モルニア諸島

 モラッティ少将は、デオダート造船所へ向かった。

 造船所では、今までより大型の交易船を建造していた。この交易船もガイウス王太子の注文である。

 ヴァスコ所長が出迎えた。

「リカルドから頼まれたバリスタの製作は終わったぞ。後は船に設置するだけだ」


 モラッティ少将は驚いた。

「バリスタだって……あのクロスボウのデカイやつか?」

 クロスボウを単純に大きくしてもバリスタにはならないのだが、ヴァスコ所長は頷いた。

「矢の代わりに槍を発射する武器だ。それがリカルドの注文なんだ」

 モラッティ少将は納得できなかった。イサルコの話では、大海蛇を相手するために用意されたものだと聞いていたからだ。


「ちょっと待ってくれ。そんなもので大海蛇と戦えるのか?」

 ヴァスコ所長が首を傾げた。

「儂は知らんよ。そうだ……飛ばす槍も用意してあるぞ」

 少将の前に持ってこられた槍は、ただの槍ではなかった。

「これは黒震槍か」

 その槍は鋼鉄製の刃の代わりに、妖樹タミエルの魔功蔦を加工したものが組み込まれていた。そして、槍の穂先の反対側である石突の部分に、紐が結ばれていた。


「この紐は?」

「バリスタで撃ち出した黒震槍を回収するためのものだ」

 リカルドがもりを飛ばす捕鯨砲を参考に、ヴァスコ所長に作らせたものだ。黒震槍は高価であり、使い捨てにするのはもったいないと考えたのである。

 ちなみに使われている紐は、アプラ領のムナロン峡谷でリカルドが仕留めたクラッシュライノの髪の毛を撚り合わせて作ったものだ。ワイヤーロープよりも強靭である。


「これを装甲高速船に設置するのか?」

「二基設置するぞ」

「これで大海蛇を仕留められるのだろうか?」

「こいつは仕留めるための武器じゃねえ。追い払うための武器だ」

「追い払うだけ……そうだな。仕留めるのは魔術士か」


 その数日後、港に宮廷魔術士たちが集まった。宮廷魔術士長ヴィットリオと三本の指に入る魔術士、ブルーノ、コスタンツォ、リベリオである。

 そして、ヴィットリオの息子であるサルヴァートも同行している。

「サルヴァート、お前はまだまだ勉強中の身だ。宮廷魔術士の戦い方を見て学べ」

「はい」

 宮廷魔術士たちは、モラッティ少将が指揮する装甲高速船に乗り込んだ。


 王都の前に広がるチェトル湾を出た装甲高速船は、陸地を右舷の方に見ながら、西へと進んだ。ヨグル領・ミル領・コグアツ領まで航海し、コグアツ領の領都ブルグで一泊して英気を養った。

 翌朝早くに港を出発し、午後近くにモルニア諸島に到着。この辺の海はサンゴ礁が美しい海である。


「この海が、大海蛇の住処か。気持ちのいい海なんだがな」

 サルヴァートは、青い海と上空に広がる青い空を眩しそうに見ていた。

「油断するな。ここには大海蛇がいるんだぞ」

 ヴィットリオの声が海原に響いた。


 モルニア諸島は、広大な海に点在する島々である。大海蛇が具体的にどこに住みついているのかは分からない。とりあえず、寝泊まりする島を決めることにした。

 この諸島には住民がいない。大海蛇がいるような海にあるのだから当然だ。

「ヴィットリオ殿、野営地なのですが、本当にニムガス島でよろしいでしょうか?」

 ニムガス島は、モルニア諸島で二番目に小さく中央に岩山が一つあるだけの島である。


 モラッティ少将は、もっと大きな島を大海蛇を探す根拠地としたかった。

「この島がいいんだ。かって賢者マヌエルも野営した島なのだ」

 ヴィットリオは、賢者マヌエルの崇拝者である。賢者マヌエルに縁のある場所を訪れるのも、趣味の一つだった。

 ということで、野営地はニムガス島に決まった。


 モラッティ少将の部下たちが、テントやかまどの設営を行う。その間、サルヴァートたちは島を探索した。島には魔獣がほとんどおらず、目にしたのは『鎧アザラシ』と呼ばれる海の魔獣だけだった。

 この島を探索しているのは、賢者マヌエルの住居跡があるという噂があったからだ。

「父上にも困ったものだ。どうしても賢者の住居跡が見たいというのだからな」


 宮廷魔術士たちは散開して調べ始めた。

「あったぞー!」

 宮廷魔術士の一人が大声を上げた。サルヴァートは声の方へ向かう。

 賢者マヌエルの住居跡は、島の中央にある岩山の傍に建てられていた。石と粘土で作られた簡素な家で、賢者が住んでいたとは思えない。


「これが賢者の家だって?」

 サルヴァートは懐疑的だった。どう見ても遭難者が建てた掘っ建て小屋にしか見えなかったからだ。

 宮廷魔術士たちは中に入る。

「うわっ、蜘蛛の巣だらけだ」

 蜘蛛の巣を払いながら中を調べた。めぼしい物は一つもない。サルヴァートたちより前に、ここへ来た者たちが持ち去ったのだろう。


 賢者マヌエルを崇拝しているのは、ヴィットリオだけではない。

「埃だらけの場所でなかったら、ここを根拠地として大海蛇を探すんだけど」

 サルヴァートが残念そうに言った。

 ヴィットリオは、賢者に由来する物が何もなかったので、ガッカリして野営地の方へ戻っていった。残ったのは、サルヴァートだけ。


 賢者が何を考えて、こんな場所で過ごしたのだろうか。サルヴァートは気になった。ここは珍しく海の魔獣が多い場所なので、それが関係しているのかと頭に浮かんだ。

 海岸線の岩場が、鎧アザラシの休憩所となっているようなのだ。その魔獣を狩れば、食料と【水】の触媒には困らない。


 外に出たサルヴァートは、周囲を探索した。小屋から少し離れた場所に大きな岩があった。四角い岩で表面は黒い。よく見ると、その岩に何かが刻まれていた。

「何だ?」

 サルヴァートは近付いて調べてみる。岩肌に『我が後輩に告ぐ。我の秘術が欲しければ、この岩の上で踊れ』と刻まれていた。


「賢者マヌエルが、変わり者だったというのは真実か」

 マヌエルは奇行の目立つ人物だったという説がある。サルヴァートは刻まれている文章に何の意味があるのか、と疑問に思った。

 大岩の上に登ってみる。何かで切り取られたかのように平らな表面だ。少し埃が積もっている。


「別段変わった様子はないな。この上で踊れば、何か分かるのか……」

 迷った末に、決断した。

「……よし」

 サルヴァートは難しい顔をしながら適当に踊り始めた。彼には踊りの才能はなく、尻振りダンスのような変な踊りである。

 それを遠くから見ている者がいた。

 息子のことが気になって、引き返してきたヴィットリオだ。


「あ、あいつ、何を?」

 岩の上で踊り続ける息子を見て、不安になった。

「私が口やかましく頑張るように言ったのが、まずかったのか」

 ヴィットリオは、息子のプレッシャーになるようなことを言わないようにしようと決心した。そして、何も見なかったことにして、静かに去った。


 やけ糞で踊ったサルヴァートの足元で、埃を被っていた岩肌が姿を現した。

「何か字が刻まれている」

 サルヴァートはかがみ込んで、岩に積もっている埃や土を払い除ける。賢者が刻んだらしい文章が見えた。

「何だ、『この文章を読んでいるということは、儂の言葉に忠実に従ったのだろう。本当に踊る奴がいるとは、思わなかった』」


 サルヴァートの呼吸が荒くなる。握りしめた拳がプルプルと震えた。

「性悪賢者が……」

 文章はそれで終わりではなく続きがあった。それによると岩の側面には穴があり、そこに魔術関係の資料を隠し粘土で蓋をしてあるという。

 サルヴァートは岩の側面を調べ、穴を発見した。


 穴を塞いでいる粘土を取り除くと、中に丸めた紙が入っていた。その紙には、ビッシリと魔術の知識が書かれていた。

「これは【水】と【風】の上級魔術か。凄い、凄いぞ」

 賢者が開発した上級魔術だった。しかも世の中に知られていない魔術である。

 【風】の上級魔術は難しそうな概念があり、習得までに時間がかかりそうだった。だが、【水】の上級魔術は【崩水槍】に似ており、短時間で習得できそうである。

「この上級魔術、是が非でも習得してやる」

 サルヴァートは上機嫌で野営地まで戻った。


 次の日から、大海蛇の探索が始まった。

 モルニア諸島の島一つ一つを調べ始める。モラッティ少将は、リカルドと一緒に海賊のアジトを探した時のことが頭に浮かんだ。

 今では懐かしい思い出となっている。


「大海蛇か。見付からないものだな」

 モラッティ少将が愚痴をこぼす。そして、宮廷魔術士たちを見ながら、隣に座っているサルヴァートに尋ねた。

「宮廷魔術士の皆さんは、大海蛇を倒せるほど凄腕なのかい?」

「大海蛇と遭遇したことがないので、何とも言えません。ですが、複数の上級魔術を習得した達人であることは保証しますよ」


「それならいいんだが……」

 少将が不安そうにしているので、サルヴァートが安心させようと思い、リカルドと一緒に暴食ウツボを退治した時の顛末を語った。

「それは心強い」

 モラッティ少将は、リカルドの名を聞いて、船首と船尾に備え付けられているバリスタを見た。あれを使わずに済めばいいんだが──と思う。


 三日間は大海蛇には遭遇せず、島々を巡っただけで終わる。

 そして、四日目。モルニア諸島で最も小さな島を調べている時、船員の一人が海面に異変を発見した。

「左舷に、巨大な生物らしきものを発見」

 全員の目が左舷に向く。


 海原に柱が突き出ていた。よく見ると首をもたげた大海蛇である。

 陸上の蛇とは違い、胴体が太い。頭は牛でも一口で飲み込めるほど大きかった。

「こいつは、ヤバイ」

 モラッティ少将が呟き、次に戦闘準備を命じた。


 船員の武器は雷鋼魔砲杖とバリスタだけなので、主力は宮廷魔術士たちだ。

 サルヴァートを含めた五人の魔術士が、上級魔術の準備を始めた。装甲高速船の天井は、魔獣の革で装甲化されている。その装甲の上に魔術士や砲杖兵が立って攻撃する攻撃甲板が設置されている。

 攻撃甲板と言っても、鋼鉄製のパイプと板で作られた足場である。

 防護ハッチから攻撃甲板へ出た宮廷魔術士たちがロッドを構える。


 大海蛇は装甲高速船を縄張りに入った敵、もしくは獲物だと思ったようだ。凄まじい勢いで装甲高速船に迫ってくる。長い胴をくねらせながら海面を泳ぐ大海蛇は、大きな口を開け咆哮を放った。

 大気がビリビリと振動し、サルヴァートたちの鼓膜を痛めつける。

 魔術を準備していた魔術士たちは、強制的に中断させられた。

「クソッ、準備した魔術が」

 ヴィットリオが耳を押さえ呻くように声を上げた。


 モラッティ少将は、宮廷魔術士たちを援護するために、雷鋼魔砲杖を持たせた部下を防護ハッチから出して攻撃を命じる。

「頭を狙え……放て!」

 数個の鋼鉄の渦が大海蛇に向かって飛翔する。一発目、二発目を大海蛇は避けた。だが、三発目以降の雷渦鋼弾が命中。

 鋼鉄の渦は少しだけ大海蛇の皮膚を削った。しかし、大したダメージではない。それよりも雷渦鋼弾から放出された電流による不快感を、大海蛇は嫌った。


 大海蛇が姿を消した。海に潜ったのだ。全員が魔獣の姿を求めて海を探す。

 船は南に向かって進んでいる。その船底の下を大海蛇が追い越し、前方に大海蛇の頭が浮かび上がった。

 それを見た宮廷魔術士たちが、慌てて準備をする。今度は邪魔が入らず魔術が完成した。

 【火】の上級魔術である【火焔剛槍】が二つ、【地】の上級魔術である【岩槍散弾】が二つである。大きな火の槍と岩の槍が大海蛇を襲った。


 中級にも同じような魔術が存在するが、上級魔術は規模と威力が違った。炎の槍が大海蛇の分厚い表皮を焼き、岩槍が削る。

 ただ大海蛇の表皮は頑強で魔術にも耐性を持つため、大したダメージは与えられなかった。ヴィットリオの顔色が悪い。

「ヴィットリオ殿、大丈夫なのですか?」

 心配になったモラッティ少将が確認する。


「問題ない。今のは小手調べだ」

 モラッティ少将の不安は消えない。

 不意に大海蛇の尻尾が舷側を叩いた。その衝撃で船体が激しく揺れる。宮廷魔術士の一人が手すりに叩きつけられ気を失った。

「中に入るんだ!」

 少将の指示が飛ぶ。


 船員と宮廷魔術士は、防護ハッチから中に逃げ込んだ。

 その瞬間、大海蛇の連続する反撃が始まる。体当たり、尻尾による攻撃などで船は嵐に飲み込まれたかのように揺さぶられ、中の人間は必死に船体に掴まって耐える。

「取舵一杯、距離を取るぞ」


 ようやく大海蛇の反撃から逃れ、少し距離を取った。船内ではあちこちを打撲した者たちが、苦痛を堪えている。

「皆、大丈夫か?」

 モラッティ少将が声をかけた。周囲から呻き声の返事が湧き起こる。

「ううっ、身体中にあざができた」

 サルヴァートが身体を擦りながら立ち上がる。


 ヴィットリオも顔をしかめながら、防護ハッチから外に出て大海蛇を探す。他の宮廷魔術士たちも攻撃甲板に出て、海を見渡した。


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