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復讐は天罰を呼び、魔術士はぽやぽやを楽しみたい  作者: 月汰元
第6章 ガイウス王太子編
142/236

scene:141 アプラ侯爵の執念

 アプラ侯爵はウルデリコ大兵長を待ちながら、国王が拒否した要請について考えていた。一度は王太子により拒否された要請である。国王ならと望みをかけていた侯爵は、心底落胆し拒否した国王に強い憎しみを抱いた。


 ウルデリコ大兵長は、ペルーダの毒で倒れた侯爵の次男ルーベンの部下の中では最上位の将校だ。しかも伝染病にも罹らず元気である。

 侯爵は大きなベッドの上に上半身だけ起こした姿で待っていた。目が落ち窪み、顔は白く血管が浮き上がっている。

 侯爵はウルデリコ大兵長に伝染病患者数人を王都へ運んで放てと命じた。大兵長は、顔を青褪めさせた。明らかな反逆罪だからだ。


「しかし……」

 ウルデリコ大兵長は、その任務の危険性を訴えようとした。だが、途中で侯爵に止められる。

「命令だ。異を唱えることは許さん。それとも貴様の家族に伝染病患者の看護を命じようか」

 その冷たい声に、大兵長はゾッとした。

 侯爵の目と目を合わせた大兵長は、そこに狂気を見て従うしかないと悟った。


 大兵長は侯爵の下を離れ、部下たちが寝起きしている兵舎に向かう。兵舎には疲れた顔をした部下たちが無気力な様子で生活していた。

 彼らはペルーダ病に罹っていないと分かってからも隔離された状態でいた。大兵長は部下を集め、侯爵の命令を伝えた。

「馬鹿な。そんなことをすれば、クレール王国軍を撃退した王家派遣軍が、アプラ領へ攻め込んでくる」

 魔境で戦友のコルラドを亡くしたデルフィノが、目を吊り上げて声を上げた。


「分かっている」

「だったら、なぜ?」

 大兵長は侯爵から脅されたことを伝えた。命令通りにしなければ、兵士たちの家族に危険がおよぶことを説明する。

「そんな……」

 デルフィノが顔を歪め歯を食いしばる。


 王都へ連れていく罹患者は、侯爵が用意したようだ。デルフィノたちは罹患者を馬車に乗せ、王領との境界線まで運んだ後、罹患者をロバに乗せて山を越えた。

 王都までの道は、苦難の連続だった。途中、罹患者の一人が息を引き取った時には、デルフィノの目に涙が浮かんだ。

「許してくれとは言えないが……すまない」

 そう言って、山中に穴を掘って埋めた。


 身分を偽って王都に入ったデルフィノたちは、バイゼル城の城門前に座り込んだ。その姿に気付いた通りがかりの住民が何事かと集まってきた。

「どうしたんだ。あんたたち」

 デルフィノたちは、何も答えなかった。


 不審に思った番兵が、近寄って誰何すいかする。

 ウルデリコ大兵長は一言だけ告げる。

「俺たちは、アプラ領から来た」

 それまで集まっていた野次馬がザザッと身を引いた。番兵も反射的に後ろへ跳ぶ。


「嘘じゃないんだろうな」

 番兵が確かめると、大兵長は罹患者の一人を指差した。

「ペルーダ病だ」

 顔をしかめた番兵は、大声で同僚の兵士を呼んだ。


 兵士たちは、その番兵から説明を聞いて、顔から血の気が引いた。

「こいつらを見張っていろ。将軍に報告して、指示をもらってくる」

「おう、急いでくれ」

 兵士は転げるように城の中に消えた。


 しばらくして、弓兵を引き連れたアルフレード男爵が姿を見せた。

 かなり離れた位置から、デルフィノたちに確認する。

「貴様ら、本当にアプラ領から来たのか?」

「何度も言わせるな。本当だ」


「どういうつもりだ。何の目的でここへ来た?」

「知らん。侯爵様に聞け」

 アルフレード男爵の顔に怒りが浮かんだ。

「その言い草は何だ。射殺してもいいんだぞ」


 座り込んでいたデルフィノが、こみ上げる激情に耐えきれず口を開いた。

「俺たちは捨てられた人間だ。射殺したければ、そうすればいい」

 座り込んだ者たちの心は、絶望と主に裏切られたというやるせない気持ちで満たされていた。

 アルフレード男爵は部下に見張るように命じると、アルチバルド王へ報告へ向かった。


 その日、緊急の会議がバイゼル城で行われた。

 アルチバルド王が興奮した口調で、意見を出せと迫った。

「外務大臣、アプラ侯爵が何を考えているのか、分かるか?」

「侯爵の要請を断ったことに関係すると思われます」


 国王がジロリと睨んだ。

「もっと詳しく」

「大海蛇の血がどうしても欲しい侯爵は、脅しとしてペルーダ病の患者を送り込んできたのです」

「何だと……すると、要請を承諾するまで次々に患者を送り込んでくる、というのか」

「推測が正しければ」


 アルチバルド王が喉の奥で唸り声を上げた。

「アプラ侯爵の奴め」

 アルフレード男爵が、うやうやしく尋ねる。

「陛下、門前に座り込んでいる者たちを、いかがいたしましょうか?」


 激情に任せて、国王が口を開こうとした時、サムエレ将軍が口を挟んだ。

「侯爵に見捨てられた者たちです。家族を人質に取られ、仕方なく来たのかもしれません。どうかご温情を」

 アルチバルド王は、深呼吸をしてサムエレ将軍を睨んだ。

「そう言うのなら、将軍に任せる」

「御意」


 サムエレ将軍は、会議を抜け出し部下を呼んだ。

 神殿の者を呼ぶように部下に命じてから、アプラ領の者を神殿近くにある空き倉庫へ馬車で運ぶように指示した。部下には、病人との接触を避けるように厳命する。


 将軍が会議に戻ると、アプラ侯爵への対応をどうするかに議題が移っていた。

「これは反逆罪です。王家派遣軍を使って、アプラ領を制圧してはどうでしょう?」

 アルフレード男爵が進言した。即座にサムエレ将軍が反論する。

「王家派遣軍をアプラ領に送れば、伝染病に感染する兵士も出るだろう。それを承知で、王家派遣軍を送ると言っているのか?」


 アルフレード男爵はサムエレ将軍を睨み、怒っているような様子で言い返す。

「もちろんだ。これは陛下に対する反逆だ。許せるものではない」

 サムエレ将軍は、アルフレード男爵を睨み返す。

「ならば、アルフレード殿自身が指揮を執り、アプラ領に行かれるが良い」


 その言葉を聞いて、アルフレード男爵が怯んだ。

「な、なぜ、私自身が指揮を執らねばならん。有能な指揮官は他にもいるだろう」

 その様子を見て、アルフレード男爵の怒りは芝居だと見抜いた。

「有能な指揮官はいても、伝染病が蔓延するアプラ領へ行きたいと思う者がいないからだ。私もごめんだ」


「臆病者が!」

 サムエレ将軍は薄い笑いを浮かべ、

「ほう、アルフレード殿は勇気がある。陛下のために伝染病が蔓延する地へおもむくとおっしゃるのですね」

 アルフレード男爵が慌てた。

「そんなことは言っておらん」


 聞いていたアルチバルド王は、途中から不機嫌になった。

「もうよい。アプラ領の制圧は、伝染病が終息した後にする」

 内務大臣が国王に顔を向け、難しい顔で声を上げた。

「陛下、一つ懸念けねんがございます」

「何だ。申してみよ」


「アプラ領から来たペルーダ病の病人が、王都の人間に接触したかもしれないという可能性です」

 国王が苦い顔となる。

「王都の人間が感染したかもしれんと申すのか?」

 内務大臣が分からないと答えた。


「どうすれば良い?」

「ペルーダ病と思われる病人が出ないか、調査する必要がございます」

「内務大臣に任せる」

 その日の会議は終了した。


 ペルーダ病の調査が始まって三日後、第三王子である双子の弟セルジオ・ロマナスが病気となった。バイゼル城は大騒ぎである。

 急いで神殿からフェルモ司祭が呼ばれ診察が行われた。診察が終わった司祭は、謁見室で国王に報告する。謁見室には、セルジオ王子の母親である王妃や兄のアウレリオも集まっていた。

 フェルモ司祭は、国王から少し離れた場所で報告した。


「セルジオ殿下は、熱と発疹がありました。麻疹はしかだと思われます」

「本当に麻疹なのか。ペルーダ病ではないのだな」

 国王の確認に、間違いないと司祭は答えた。

「ただ、麻疹でも体質や健康状態により命を落とすこともあり、油断はできません」

「なに……死ぬかもしれぬと申すのか」


 国王の顔色が変わっている。死という言葉に敏感になっているようだ。

「賢者の秘薬があれば、良かったのですが」

 フェルモ司祭がポツリと言った。

「司祭、賢者マヌエルの秘薬は、どのようなものなのだ?」

「賢者が残した資料によれば、秘薬『サマリヤス』の効能は……」

 秘薬は、様々な病気に有効らしい。

「ペルーダ病の特効薬ではなかったのか」

 国王は、サマリヤスをペルーダ病専用の治療薬だと思っていたようだ。


「いいえ、多くの病気に効果のある万能薬のような薬のようです」

 実際には万能ではないのだが、多くの病気に効果がある薬だと、賢者は書き残していた。

「その秘薬は、麻疹にも有効なのか?」

「おそらく効果があると思われます」


 国王の目に強い光が宿った。

「その秘薬は、大海蛇の血があれば作れるのだな?」

「はい。製法は賢者マヌエルが残した資料に書かれておりました」

「ほう、その資料は、どんなものだった?」

 フェルモ司祭が説明するのを聞いて、アルチバルド王は眉間にシワを寄せる。細かいことは理解できなかったが、大海蛇の血さえあれば作れると分かった。


 国王がブツブツと呟き始めた。

「もし、ペルーダ病が王都に広がった場合に備え……それに麻疹にも効くのなら王家の常備薬としても欲しい」

 謁見室に宮廷魔術士長が呼び出された。

「そちは宮廷魔術士が数人いれば、大海蛇を倒せると申したな」


 宮廷魔術士として誇りを持っているヴィットリオは、肯定した。実際に倒せると思っているのだ。

「もちろんでございます、陛下」

「ならば、余が命じる。大海蛇の血を手に入れよ」

「ハッ」

 ヴィットリオが頭を下げた。


 王太子の予想が当たり、宮廷魔術士たちを大海蛇の住処であるモルニア諸島へ運ぶ役は、モラッティ少将に命じられた。

 モラッティ少将は、王太子の助言に従いリカルドのところへ相談に行った。

 魔術士協会の究錬局を訪ねて、その研究室に行く。留守だったので、局長のイサルコにリカルドの居所を尋ねた。

「リカルドなら、魔境へ向かいましたよ」

 イサルコによると、ボニペルティ侯爵の娘グレタが訪ねてきて、一緒に魔境へ向かったらしい。

 どうやらボニペルティ領でも何かが起きたようだ。


 イサルコがガッカリしているモラッティ少将を見て、

「リカルド経由で、大海蛇のことは聞いている。王太子からも相談に乗ってくれと頼まれていたようだ」

「だったら、待機していて欲しかったな」

「まあ、リカルドも忙しい奴だから。しかし、何も用意しなかったわけではないぞ」


 モラッティ少将が困惑したような顔をする。

「どういう意味でしょう?」

「デオダート造船所に行ってみなさい。リカルドが用意したものが分かるよ」


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