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復讐は天罰を呼び、魔術士はぽやぽやを楽しみたい  作者: 月汰元
第6章 ガイウス王太子編
141/236

scene:140 アルチバルド王の政務

 アルチバルド王からヨグル領へ戻るように言い渡された時、ガイウス王太子は全身から力が抜けていくような感覚を味わった。

 謁見室から自室に戻った王太子は、歯を食いしばって耐える。

「今が、どれほど重要な時期なのか。陛下は何も分かっておられない」

 王太子が政務に励んだのは、国のために尽くしたい気持ちからである。しかし、その中には父親であるアルチバルド王から、認めてもらいたいという気持ちも含まれていた。


「もう陛下には期待すまい」

 気を取り直した王太子は、モラッティ少将を呼んだ。モラッティは憂国自衛団の指揮官を経て、沿岸警備隊の隊長になった人物である。

「モラッティ少将、装甲高速船は完成したのか?」

「はい。予定通り三日後に訓練航海を始めます」


 王太子は満足そうに頷いた。

「その訓練航海だが、余を乗せてミル領に向かってくれ」

「それは構いませんが、ヨグル領ではないのですか?」

「ミル領魔獣討伐軍と合流しようと考えている」

 モラッティは不審に思った。魔獣討伐軍は国王の名の下に、引き返すことが決まったはずだ。


 王太子がふてぶてしく笑った。

「せっかくミル領まで行ったのだ。ただ引き返すだけでは、もったいないであろう」

 モラッティは、王太子が魔獣討伐軍に何をさせようとしているのか見当がつかなかった。

「ところで、アプラ領のことは聞いておるか?」

「はい。大変なことになっていると聞いております」


 王太子は改めてアプラ領のことを説明した。

「アプラ侯爵が、何か要請してきたのですか?」

 王太子は使者は追い返したが、その伝言は聞いていた。

「大海蛇の血が必要だと言っているそうだ」

「えっ!」

 モラッティは驚いた。大海蛇は海の魔獣の中でも、五本の指に入る種族である。人間が大海蛇に勝ったという記録は、賢者マヌエル以外に存在しない。

 その血が欲しいというのは、どういうことなのか。モラッティは詳しい事情を問う。


「賢者マヌエルが作った伝説の秘薬『サマリヤス』を知っておるか?」

 モラッティは知らなかった。

「まさか、その秘薬の材料に、その血が必要なのでございますか。無茶です」

 大海蛇を仕留められる者など、今の世にはいない。


「アプラ領の人々を助けるには、その秘薬が必要だと侯爵は訴えておる」

 その秘薬については神殿の調査で判明したようだ。神殿の蔵書の中に賢者マヌエルが書き残した資料があり、そこに秘薬の作り方が記述されていたらしい。

「王太子は、何と答えたのです?」

「大海蛇の血は、無理だと伝えた。だが、自分も感染した侯爵は必死だ。諦めずに何度でも要請するだろう」

 モラッティは嫌な予感を覚え確かめた。

「陛下は、何と答えるのでしょう?」


 王太子が静かに首を振る。

「分からん。常識的に考えれば、無理だと答えるはずだ」

「万が一、陛下が大海蛇の血を求められた場合、我々の沿岸警備隊に命じられると?」

 ロマナス王国に存在する唯一の海上戦力が、沿岸警備隊なのだ。

「そうなるだろう」


 モラッティは血の気の引いた顔で告げた。

「我々の力では、無理でございます」

「承知している。そこでだ……リカルドを頼れ。あの者は何か大きな秘密を抱えている。それが何かは、余も知らぬ。だが、こういう不可能を可能にせねばならぬ時、頼りになりそうな者はリカルドしかおらぬ」

 リカルドが聞いていたら、迷惑だと言っただろう。


「わ、分かりました。しかし、頼みを聞いてくれるでしょうか?」

「リカルドには、予め大きな褒美を与えてある。無下にすることはないであろう」

 王太子が面白そうに笑った。

 モラッティは、リカルドに与えたという褒美が何かは知らないが、凄いものなのだろうと推測した。


 三日後、王太子は沿岸警備隊の装甲高速船に乗って、ミル領に向かった。以前の小型装甲高速船は十人乗りだったが、新造した装甲高速船は二十二人乗りとなり船内も広くなっている。

「乗り心地は、以前の船より上のようだな」

 王太子が船内に設置された長椅子に座って声を上げた。

「あれは、元々が漁船ですから」

 モラッティが答えた。


 装甲高速船の動力は、魔力炉と魔導船外機である。ちょっとした改良により出力が上がり、小型装甲高速船より最高速度が上がっている。

 ミル領には夕方に到着。東西に広がる広大な砂浜に、魔獣討伐軍の指揮官であるアレヴィ少将が待っていた。

「お待ちしておりました」

 王太子は日焼けしたアレヴィ少将の顔を見て、残念に思った。予定通り魔獣討伐軍がミル領の魔獣を一掃し、魔境門が再建する日を待ち望んでいたからだ。

「余の力が足らず、済まなかった」

 ミル領の魔獣討伐が中止になった件を、王太子が詫びた。

「いえ、決して王太子殿下のせいでは……」


「その代わりと言ってはなんだが、帰りがけにやってもらいたいことがある」

「何でございますか?」

「ガブス渓谷の魔獣を一掃して欲しい」

「それは構いませんが、それだと帰還が遅くなります。よろしいのですか?」

「構わん。少しくらい遅れても、陛下は気にしないだろう」

 王太子は、魔獣討伐軍の兵士に十分な報酬を与えることを約束した。


 ガブス渓谷の広さは、五千ヘクタールほどである。王都の海岸沿いにリカルドが所有している土地の五倍。これだけの土地を所有しているのは、貴族を除けば財閥くらいだろう。

 それだけ広大な渓谷から魔獣が一掃されれば、高い可能性を持つ土地が生まれる。リカルドは莫大な財産の持ち主となる。


 その渓谷に巣食う魔獣は、狼系が多かった。ホーン狼が最も多いが、一種類だけ厄介な魔獣が巣食っていた。

 双角鎧熊である。今までは魔術士の協力がなければ、倒せない相手だった。しかし、アレヴィ少将は心配していない。王太子から黒震槍を預かっていたからだ。それに王太子の収納碧晶には、リカルドからの餞別が入っていた。

 餞別とは黒魔術盾である。黒い煌竜石を手に入れたリカルドは、好きなだけ黒魔術盾を作れるようになっていた。


「黒魔術盾を渡しておく。上手く使って魔獣を倒せ」

「ありがとうございます」

 アレヴィ少将が王太子に礼を言った。

「言っておくが、王都に戻ったら黒魔術盾や黒震槍などの装備はサムエレ将軍へ渡せ。陛下に見せるんじゃないぞ」

「了解です」


 王太子と別れた魔獣討伐軍は、命令通りにガブス渓谷へ向かい魔砲杖や黒魔術盾、黒震槍を使って魔獣の討伐を開始する。

 広い地域とは言え、二千の兵士が集中的に魔獣討伐を行えば、結果は明白である。魔獣は一掃され、ガブス渓谷は安全な場所となった。

 渓谷への出入り口は二箇所。そこを柵で閉鎖し魔獣の出入りができないようにして、魔獣討伐軍は王都へ戻った。


 一方、魔獣討伐軍と別れた王太子は、ヨグル城砦へ向かった。

 到着した王太子は、密偵長を呼んだ。王太子の密偵長を務めるのは、バルトロメアという小柄な女性である。

「お呼びですか」

「部下をバイゼル城へ入れよ。陛下の行動を監視するのだ」

 年齢不詳のバルトロメアという女性は、妖艶に微笑んだ。


「ついに決心されたのですか?」

 バルトロメアは、国王を暗殺するのかと問う。

「まさか。そんなことをすれば、メルビス公爵やオクタビアス公爵につけ入る隙を与えることになる」

「それでは、陛下を監視する理由を教えていただいてもようございますか?」


 王太子の顔が曇った。

「嫌な予感がするのだ。アプラ領の様子も気になる」

「それでは、アプラ領へも部下を入れましょう」

「必要ない。アプラ領へ入れれば、伝染病騒ぎが収まるまで戻せなくなる」

「私たちは殿下のためなら、命を懸けます。配慮は無用です」


 それを聞いた王太子は、フッと笑った。

「今は、無理をせずとも良い」

「このままヨグル領に埋もれるおつもりですか?」

「まさか……陛下では、この国を守れん。余が継ぐしかないのだ」

 ガイウス王太子の自信と覇気に、バルトロメアは満足そうに笑顔を見せた。


「では、やはり陛下を」

「それはない。陛下には隠居してもらうつもりだ」

「隠居……でございますか。時間がかかりそうですが、よろしいのですか?」

 王太子は肩をすくめた。

「いや、もしかすれば、さほど時間はかからず隠居されるかもしれんぞ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 王太子がバルトロメアと会話している頃。

 バイゼル城では国王がカリカリしていた。政務に復帰した途端、執務机の上に未処理の書類が積み上がったからだ。

「どうしてだ。ガイウスが仕事を怠けておったのか?」

 国王が書類を持ってきた侍従に声を上げた。


 侍従は一瞬何を言われたのか意味が分からなかったようだ。数秒後、やっと意味を理解して返事をする。

「いえ、これは王太子殿下が普段処理されております量よりは、少のうございます」

 アルチバルド王はムッとした。

「ふん、余とガイウスを比べるつもりか」

 侍従の男は青い顔をして謝罪した。


「もうよい。下がれ」

 国王はムキになって、書類を片付け始めた。だが、半分も終わらないうちに昼食の時間となる。

 一時間かけて昼食を終えた国王に、侍従が午後からの予定を告げる。

「陛下、午後から予定でございますが……」

 国王はアプラ領の伝染病対策会議があると知り溜息を吐いた。重要な案件であるので、無視するわけにはいかない。


 国王が会議室に入ると、難しい顔をした閣僚たちが待っていた。閣僚の他にもサムエレ将軍とアルフレード男爵、宮廷魔術士長ヴィットリオもいる。

「状況を説明せよ」

 国王の命令で、外務大臣のノルベルトが説明した。

「罹患者数は四百人に増え、拡大傾向にあり。対策としましては、アプラ領の出入りを禁じ王領への拡大を防いでおります」


「ふん、ガイウスも馬鹿ではなかったようだな。対策としては妥当である」

 国王の声が会議室に響いた。

「アプラ侯爵は、伝染病の治療薬として秘薬『サマリヤス』を求めています。大海蛇の血が必要との要請が来ております」

「奴は馬鹿か……そんな要請ができる立場だと思っておるのか」

 国王が怒りの声を上げた。アプラ侯爵が国王の陰口を叩いているのを、アルチバルド王は知っていたのだ。


 ノルベルト外務大臣が、

「しかも、大海蛇の血というのが、問題です。そんなものを手に入れられる者など、いないでしょう」

 国王の眉がピクリと反応した。

「余でも手に入れられんと申すのか。大海蛇はモルニア諸島に巣食っていると聞いた覚えがあるぞ」

 モルニア諸島は、西方にあるメンテス領とコグアツ領の南方の海に広がっている島々である。西隣のミシュラ大公国と交易している船が、大海蛇に襲われるという事件が起きている。


 外務大臣が顔をしかめた。

「大海蛇は、賢者マヌエルしか倒したことのない化け物です。難しいかと思われます」

「宮廷魔術士でも無理だと?」

 外務大臣はヴィットリオの顔をチラリと見てから、

「宮廷魔術士が、賢者マヌエルほどに優秀なら倒せるでしょうが……」


 ヴィットリオがムッとした顔をして、口を挟んだ。

「待たれよ。我ら宮廷魔術士を侮辱するおつもりか。一人では賢者マヌエルに劣るかもしれんが、数人の者が組めば大海蛇も倒せるだけの実力はある」

 サムエレ将軍は、大口を叩くヴィットリオの顔を見て忌々しく思う。大海蛇が長年倒された記録がないのには、理由がある。

 大海蛇の皮は強力な魔術耐性と鋼鉄並みの強靭さを持っているからだ。


 国王は確かめるように、ヴィットリオの顔を見てから結論を出した。

「たとえ、大海蛇を仕留められるとしても、アプラ侯爵のために宮廷魔術士を動かすつもりはない」

 アプラ領の人々にとっては不運。だが、他領の人民より自領の人民の命を大切にすることは、為政者として当然の決断だった。


 その決断は寝込んでいるアプラ侯爵に伝えられた。

 アルチバルド王が侯爵の要請を拒否したことを、アプラ侯爵は狂おしいほどの思いで聞いた。このままでは自分が死ぬ。ならば、国王にも自分が味わっている恐怖を思い知らせてやる。

 そう思ったのだ。それは悪魔のささやきだった。


「アルチバルド王め、見ていろ」

 侯爵は魔境へ向かわせたアプラ侯爵軍の生き残りであるウルデリコ大兵長を枕元に呼んだ。


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