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復讐は天罰を呼び、魔術士はぽやぽやを楽しみたい  作者: 月汰元
第6章 ガイウス王太子編
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scene:139 タニアの受験

 妖樹トリルの飼育で重要なことが二つある。一つは人間にとって危険な閃鞭を絶えず切り取るということだ。切られた閃鞭は一日で五センチほど伸びる。三〇センチ以上になると危険になるので、六日に一回閃鞭を切る必要があった。

 もう一つは綺麗な水が大量に必要だということだ。


 ベルナルドは待っていましたとばかりに、大量の妖樹トリルの種を発芽させ飼育を始めた。

 ユニウス飼育場で五〇体、ベルナルドの飼育場で三〇〇体の妖樹トリルが飼育場に放たれた。アントニオとベルナルドは、この妖樹を育てるのに苦労することになる。

 だが、見返りは大きかった。不足している【火】の触媒は、高値で売買されていたからだ。


 飼育場で妖樹トリルが育てられているのを知って、他の商人も妖樹トリルの飼育を試みたらしい。しかし、そのすべてが失敗した。

 種を発芽させる条件を発見できなかったのだ。

 リカルドは妖樹トリルの飼育をアントニオに任せ、ヨグル領へ戻る王太子への餞別せんべつを作り始めた。


 秋が終わろうとしている季節、究錬局では試験勉強を始める者が多くなる。高等魔術教育学舎に入り、魔術を極めようという者が多いのだ。

 魔術士協会では、高等魔術教育学舎への入学を奨励しており、タニアも試験を受ける予定になっている。


 魔術士協会で働く魔術士でも、上級魔術を使える者は少ない。その上級魔術を教える教育機関が、高等魔術教育学舎なのだ。

 ちなみに長老派のジャンピエロや王権派のライモンドも、高等魔術教育学舎の卒業生である。

 高等魔術教育学舎の魅力は、優秀な教授陣にある。魔術の著名な研究家ばかりで、一つ以上の上級魔術について習熟しており、その上級魔術を伝授してくれる。


 タニアが学びたいと思っているのは、【命】の上級魔術【腫瘍治癒】である。この魔術を成功させるには、基準以上の魔力量と医学に関する知識、精密な魔力制御が必要らしい。

 タニアは父親を悪性腫瘍で亡くしている。魔術士になった理由は、父親のように病気で亡くなる人を一人でも救いたいというものだ。なので、将来は医療関係の魔術を研究するつもりだった。

 但し、最近では魔術全般に興味を持ち、研究するようになっていた。


 一時期は神殿に入り神官になることも考えた。だが、神官は新しい病気や新しい治療法について研究しないと分かり、魔術士になる道を選んだ。

 高等魔術教育学舎には、エラルド教授という【命】の魔術の大家がおり、その教授に師事することを希望していた。


「試験勉強は大変なんですか?」

 究錬局の食堂で一緒になったリカルドとタニアは雑談を始めた。

「魔術関係の勉強は、合格レベルだと思う。問題なのは実技試験と面接なの」

 リカルドが首を傾げた。

「実技試験は、問題ないんじゃないですか?」


 タニアは自信がないようだった。

「【風】と【地】は自信があるのだけど、肝心の【命】の魔術が自信がないの」

 リカルドが笑った。

「実技試験で【命】の魔術は、たぶんないと思いますよ」

「何で?」

「怪我人や病人を用意しなきゃならないからです」

「そうか、そうよね」

 リカルドに言われて、少し自信を取り戻したようだ。


 試験当日、タニアは午前中に行われた筆記試験を終え、実技試験の順番を待っていた。

「二十六番、試験場に入りなさい」

 タニアが待機室の長椅子で待っていると、番号が呼ばれた。気合を入れ中に入る。試験場はかなり広い場所で、標的として土嚢が積まれていた。その標的には一本の旗が立てられている。

 そこでは、二十五番の受験生が実技試験を行なっていた。


「二つ目は、【重風槌】を」

 試験官が魔術を選んで伝えた。実技試験では受験生が習得している中級以上の魔術を列記した中から、試験官が三つ選んでテストすることになっている。

 タニアも得意としている【重風槌】の魔術が、二十五番の受験生により放たれた。

 魔術の発動に時間がかかっている感じがする。受験生は若く十五歳くらいだろうか。経験不足なのではないかとタニアは推測した。


 【重風槌】で引き起こされたダウンバーストは、標的に立てられた旗を大きく揺らす。だが、土嚢はビクともしていない。

「こんなものか」

 試験官が評価点をつけている。その表情からすると、あまり良い点数はつけられなかったようだ。

「最後は、【滅裂雨】を発動してください」

 【滅裂雨】は熟練度により、上空から降り注ぐ衝撃波の雨の数が変わる魔術である。それゆえ魔術士の力量が、簡単に分かってしまう恐ろしい魔術だ。


 その受験生の【滅裂雨】により、十九個の衝撃波の雨が生まれた。標準と言われるのは二十個。今回は平均だと言えるだろう。

 タニアは目の前で発動した魔術を見ていて、何か物足りないものを感じていた。リカルドやパトリックが発動する魔術に比べ、迫力というか気迫が感じられないのだ。

 実戦でリカルドたちが使う魔術は、この一発で魔獣を倒すという殺意にも似た気迫が籠もっている。


 試験官が点数をつけ、二十五番の実技試験が終了した。

 そこに教授らしい口髭を蓄えた紳士とよれよれローブを着た人物が現れた。

「どうだね。今年の受験生は?」

 紳士が試験官に尋ねた。


 試験官が紳士を見て答える。

「ああ、タッデオ教授。例年通りですね」

 タッデオ教授は、試験官が記入している採点表を覗き見た。

「なるほど、ここまでで合格できそうなのは十二人か」


 よれよれローブを着た人物が鼻を鳴らした。

「ふん、数だけ揃っても質が伴わなければ仕方ない」

 この人物こそ、タニアが師事しようと思っていたエラルド教授である。偏屈な同僚の様子を見たタッデオ教授は、採点表から次の受験生の名前を読み上げた。

「次の受験生は、魔術士協会の者か。これは期待できるのかな」


 エラルド教授が口をへの字に曲げ答える。

「最近の魔術士協会には、期待できんのではないか」

 魔術士協会の受験生数は変わらないが、最近合格する人数が減っている。教授たちは魔術士協会の質が落ちたと思っているようだ。


「二十六番」

 タニアの番号が呼ばれたので、試験官の前に進み出た。

「習得魔術一覧を提出したまえ」

 タニアが習得した中級魔術の一覧を試験官に手渡す。

「ほう、多いな。特に【風】と【地】の魔術が……ん……これは?」

 試験官がタニアの習得魔術一覧を、二人の教授に見せた。


 タッデオ教授が一覧の中に、珍しい魔術を見付け驚いた。

「これは【火】と【水】の複合魔術ではないか」

 リカルドが開発した【溶炎弾】の魔術である。この魔術は魔術協会によって公表されたが、習得した者は意外と少ない。

 溶岩をイメージできる者が少なかったのだ。


 タッデオ教授が試験官に近寄り、小声で指示した。

「【溶炎弾】が見たい」

「分かりました」

 試験官はタニアに【溶炎弾】を発動するように伝えた。


 タニアは【溶炎弾】用の触媒を取り出し標的に向かって魔成ロッドを構える。この魔術に関しては開発者のリカルドから教えを受けている。

 魔力を放出し触媒を撒く。その動作には一切のよどみがない。

 タッデオ教授が、少し驚いたような顔をする。

「ほう、ロッドを構えてから魔力放出までの時間が早い。期待できるのではないか」


 呪文が詠唱され【溶炎弾】が発動した。

 人の頭ほどもある炎が生まれ、それが凝縮する。握り拳ほどの大きさとなった時、オレンジ色に輝く溶岩のようなものに変質していた。次の瞬間、空中に生まれた溶炎弾が弾けるように飛び標的に命中。

 ドコッという鈍い音とともに溶炎弾が土嚢に減り込み、中に入っていた土砂を焼き焦がす。それだけではなく飛び散った溶岩が土嚢の袋を燃え上がらせた。


 教授たちがジッと燃え上がる土嚢を見ていた。

「火を消さなくていいんですか?」

 タニアが試験官に告げた。試験官は慌てて【消火水弾】を放ち、火を消した。

「なるほど、これが本物の【溶炎弾】か。大した威力だ」

 タッデオ教授が感心したように声を上げた。


 エラルド教授はタニアに視線を向けた。

「分からん。なぜ、これが【火】と【水】の複合魔術なのかね?」

「高熱でどろどろに溶けている溶岩のように、液体のように流れる火の塊が溶炎弾だからです」

「液体……水か、なるほど」

 エラルド教授が納得したようだ。


 タニアに課された二つ目の魔術は、【地爆槍】だった。何の問題もなく発動し石槍が土嚢を串刺しにした。

 最後は【滅裂雨】が選ばれる。受験生の実力を見るのに都合が良いのだろう。

 【滅裂雨】が発動し、上空から衝撃波の雨が降り注ぐ。その数は五十個ほど。平均の倍以上である。土嚢が穴だらけのボロボロとなった。


 試験官と教授たちが、呆然とした感じで土嚢を見つめている。

「凄まじいな」

「ええ、彼女は実戦で鍛えているのではないか」

 そんな声が聞こえてきた。


 タニアの面接では、なぜか複合魔術について説明させられた。魔術士協会で発表しているので、面接官も知っているはずなのだが、論文では書かれていない詳細を知りたかったようだ。

 リカルドから教わった知識だが、本人が秘密にしているわけではないので、タニアは説明した。なぜ公表したのか聞いたら、秘密主義も行き過ぎれば、魔術という技術の衰退を招くと言っていた。


 結果は三日後に、掲示板に貼り出された。タニアは合格である。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 政務に復帰した国王は、王太子が進めていた政策を全否定する。その後、改めて政策を定める作業を始めたのだが、なかなか進まなかった。

 基本的な政策は、ガイウス王太子が念入りに調査させたうえで最善の策を決定していたのだ。それを否定して、政策が決まろうはずがなかった。


 各大臣と将軍を集めた会議において、国王が王都防衛軍について批判する。

「王太子が襲撃されるという事件が起こったのは、王都防衛軍の失態である。そもそもバイゼル城の守備と王都の治安を守る仕事を、一つに纏めたことが間違いなのだ」

 そこで、アルチバルド王は王都防衛軍について改革しようと考えたようだ。

「統合した王都防衛軍は、元の近衛軍と王都守備隊に戻す。サムエレ将軍は王都守備隊の総指揮官とする」

 国王の言葉を聞いたサムエレ将軍は、顔を強張らせた。実質的には格下げとなるからだ。


「それで近衛軍の指揮官には、どなたがなるのでしょう?」

 ゴルドーニ内務大臣が尋ねた。

「アルフレード男爵を就任させる」

 サムエレ将軍が反応した。

「しかし、アルフレード殿には軍務の経験がありません」


「問題ない。優秀なアルフレード男爵なら、立派に務めるであろう」

「お待ちください。バイゼル城の守りは重要です。やはり軍務経験者に任せるべきではないでしょうか」

 内務大臣が疑問を呈した。だが、国王は頑固だ。

「余の決心は変わらん」

 その様子を見て、内務大臣は何も言えなくなった。


 内務大臣とサムエレ将軍が、アルフレード男爵の将軍就任について考えている間に、国王は大陸間交易により増えた税収を元に、強兵政策を進める決意を固めたと言い始めた。

「魔砲杖を大量に発注し、砲杖兵を育てる」

 メルビス公爵やオクタビアス公爵も砲杖兵士団の編成を開始している。その情報を国王は聞いたのだろう。


 サムエレ将軍が声を上げた。

「ならば、王太子殿下に協力を仰いではいかがでしょう」

「ふん、ガイウスが大量の魔砲杖を所有しているのは知っておる。だが、欲しいのは、余の砲杖兵士団だ。ガイウスの……ではない」

 王太子が始めた大陸間交易で増えた税収を使って、砲杖兵士団を編成するのは構わないようだ。その点をどう思っているのか、サムエレ将軍は気になった。


 ガイウス王太子も砲杖兵の育成には積極的だった。しかし、必要以上に増やそうとはしなかった。砲杖兵は大量の触媒を消費する。

 その練度を保つためには、多額の経費が必要なのだ。国王は経費について考慮しているのだろうか。内務大臣は質問を口にしようとして諦めた。

 アルチバルド王の顔に狂おしいほどの熱意があったからだ。


 サムエレ将軍は国王の顔を見ながら、本当に回復したのだろうかと疑問に思った。もし、回復していない状態で政務を行えば、間違った方向へ国を導くことになる。

「それだけは、勘弁して欲しいものだ」

 将軍の呟きは、誰にも聞こえることはなかった。


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