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scene:14 見付かった研究論文

 ヤコボはリカルドたちの話を聞いていて疑問に思った点について訊いた。

「そいつは実戦で使っても大丈夫なのか?」

 ロッドの加工を素人のリカルドが行ったと聞いて不安になったらしい。

「魔力コーティングがちゃんとしていれば使うのは大丈夫です。見栄えが悪いだけ……ただ素材がトリルの枝なんで耐久性は低いです」

 魔力を込めたとしても、鬼面ネズミや頭突きウサギなら叩いても大丈夫だが、妖樹エルビルを叩けば折れるかもしれない。


 そんな話をしている時、ホーン狼の群れと遭遇した。

「気をつけろ。数が多いぞ」

 ヤコボがホーン狼に向かって駆け出した。

 パトリックとマルチェロは触媒ポーチから木筒に入っている触媒を取り出して身構える。リカルドは魔成ロッドを握り締め、ホーン狼を見詰める。

 六匹の狼が一斉に襲い掛かってきた。兵士たちがホーン狼を囲み攻撃を始める。兵士の中には腰が引けている者たちが居た。今回の妖樹狩りのために掻き集めた兵士たちだったが、魔獣との戦いに慣れていない者も居るようだ。


 一匹のホーン狼が腰の引けている兵士に牙を立てようとした。兵士は思わず飛び下がる。その隙きを突いてホーン狼が兵士の囲みから抜け出した。

「馬鹿者!」

 ヤコボの怒鳴り声が春の山に響いた。

 囲みをすり抜けたホーン狼はリカルドたちを狙って走り始めた。

 マルチェロとパトリックが魔術の準備を始める。先に準備が終わったマルチェロが【風斬】を放った。魔力により固められた空気の刃がホーン狼を目差して飛ぶ。

 野生の勘なのか、ホーン狼が目に見えない空気の刃を避け、そのまま駆け寄りマルチェロに襲い掛かった。

 もう少しで狼の牙がマルチェロの顔に届こうとした時、リカルドが魔力を込めた魔成ロッドを狼の背中に叩き込む。


 ロッドが当たった瞬間、ホーン狼の背中がボキッと鳴った。魔成ロッドに込められた魔力は衝撃波となって狼の背骨をへし折ったのだ。狼は地面に倒れ動かなくなる。

 マルチェロは青褪めた顔で立ち尽くしている。

「マルチェロ、大丈夫か?」

 パトリックが声を掛けた。マルチェロは頷き倒れたホーン狼に視線を向けた。口から血を吐き出し白目を剥いている。内臓もダメージを受けているようだ。


「これが魔成ロッドの威力か」

 マルチェロが呟いた。その声を聞いたパトリックはリカルドの方へ視線を向けた。

「魔成ロッドって、どえりゃあ威力だがや」

 リカルドは武器屋で見た魔成ロッドを思い出し謙遜するように言う。

「これは大したものじゃないよ。フラヴィオ殿が注文した魔成ロッドを見たけど凄かったよ」

 マルチェロの青褪めた顔が少し明るくなる。

「そうだろ。王都から取り寄せたものなんだぞ」

 ちょっと誇らしそうにマルチェロが答えた。父親の魔成ロッドを褒められ嬉しかったようだ。


 辺境の子爵領に所属する魔術士であるフラヴィオ達は世間一般からすると一流の魔術士とは言えない。腕のいい魔術士は王都の魔術士協会に入るか。公爵家や王家の魔術士になるからだ。

 特に王家の魔術士になった者は宮廷魔術士と呼ばれ、魔術士の花形として活躍している。王家は広大な領地を持っており、そこを管理するには大勢の魔術士や兵士、それと官吏が必要なのだ。


 パトリックがリカルドの背中にある鞘を見て。

「なあ、予備のロッドも魔成ロッド?」

「ああ、同じものだけど」

「良かったら、予備をワイに貸して」

 図々しい申し出だったが、パトリックにはいろいろ世話になっている。それに自分が作った魔成ロッドを他人が使えるのか興味がある。

 持っている魔成ロッドをパトリックに手渡した。

「使う時は必ず魔力を込めてくださいよ」

 パトリックは魔成ロッドを手に取り『うん、うん』と頷いている。そして、ロッドに魔力を流し込んだ。

「オッ、魔力の通りがいい。使いやすそうなロッドだがや」


 パトリックは腕試しだと言って、途中で遭遇した頭突きウサギに魔成ロッドの一撃を叩き込んだ。

 ウサギは首の骨を折り即死した。

「こりゃあええ。気に入った」

 パトリックは嬉しそうにロッドを振り回している。その様子をマルチェロが羨ましそうに見ていた。


 リカルドたちは山道を奥へと進む。

 樹木の大きさが段々大きなものへと変化している。この辺りは人が滅多に入らないので樹齢数百年という木が珍しくない。

「そろそろ妖樹エルビルの居そうな場所だ。油断するなよ」

 ヤコボが兵士たちに声を掛けた。

 リカルドは魔力察知を行う。妖樹系の魔獣は魔力察知に引っ掛かり難いのだが、稀に魔力を捉えることもある。


 西の方角に静かな魔力を感じた。魔力自体が小さいわけではない。ただ動きが少なく気を付けないと見失いそうになる。

「西の方角に何か居ます」

 ヤコボが振り返り、こちらに視線を向ける。

「そうか……西に向かうぞ」

 それから五分ほど歩いた時、樹木が薄くなり空き地となっている場所に辿り着いた。その中央に一本の木が立っていた。

 妖樹エルビルである。こいつは秋に狩ったものより少し大きく体高が五メートルほどあった。これだけ大きいと剣や槍で急所である瘤を攻めるのは難しい。


 リカルドたちが気付いたと同時にエルビルの方もこちらに気付いたようだ。

「どけ、俺が倒す」

 兵士を押し退けマルチェロが前に進み出る。張り切っていた。秋の妖樹狩りでは、見習いの中でリカルドだけが評価を上げ、今回の狩りでも期待されているのが堪らなく悔しく羨ましかったのだ。

 習得したばかりの【嵐牙陣】を使うつもりのようである。この魔術を得意とするフラヴィオから習ったのだろうか。魔術を行う時の構えがフラヴィオに似ている。

 【嵐牙陣】が発動する。放たれた風の刃は九つ、フラヴィオより少ない。魔力量が足りていないのだろう。

 その魔術にエルビルが気付き、四本の大きな枝を振り回し風の刃を迎撃する。残念ながら【嵐牙陣】は防がれた。

 続いてパトリックの【崩水槍】がエルビルを襲う。

 水が螺旋状に渦を巻きランスのように尖った先端から宙を飛びエルビルにぶつかる。水刃が邪魔な枝を切り裂き渦巻く水のランスをエルビルの弱点である瘤までもう少しという所まで進ませるが、そこで力尽き消えた。


「もうちょいやったのに!」

 パトリックが悔しそうに声を上げる。

 悔しがっている場合か、そんな思いが頭に浮かび、リカルドは魔術に集中する。選んだ魔術は【爆散槍】である。構えた魔成ロッドの回りで触媒が渦を巻き魔力が茶色の光を放っている。

 エルビルは奇襲に怒り、四本の腕のような枝を振り回しながら迫ってきた。


アムリル(大地よ)パロセピオル(爆ぜる槍となり)スペロゴーマ(弾け飛べ)


 何もなかった空中に細長い四角錐の槍が現れ、狙いをエルビルに定めると弾けるように飛び去った。矢のような速度で宙を飛び、妖樹エルビルに命中しようとした時、エルビルが樹肝の瘤をガードするように四本の枝を曲げた。

 爆散槍は枝に当たって爆散する。その衝撃でエルビルの枝が千切れ地面に倒れた。

 爆風はヤコボたちが立っている場所まで到達し二、三歩後退らせる。

「クッ、中々の威力が有る魔術だ」

 ヤコボが手で爆風を防ぎながら呟いた。


 妖樹は倒れただけ、起き上がろうともぞもぞと根を動かし藻掻いている。

「起き上がるぞ。マルチェロとパトリックは次の魔術を」

 ヤコボが指示を出した。

 リカルドは指示を待たずに次の魔術を準備する。素早く触媒ポーチから【地】の触媒を取り出し魔成ロッドに魔力を流し込む。


 リカルドが魔術の準備をしている間に、エルビルが起き上がった。そこにマルチェロとパトリックの魔術が命中する。但し急所を外したので仕留めてはいない。

 エルビルの幹に複数の傷が生じた。そこに止めの【爆散槍】を放つ。爆散槍は瘤の直下に命中し爆発した衝撃で破片を撒き散らす。高速で飛び散った破片は瘤を切り裂き樹肝油が溢れ出す。

「よし、やったぞ」

 兵士たちが喜びの声を上げた。

 仕留めた妖樹エルビルは兵士たちが解体した。それを背中に担いだ兵士たちは大変そうだったが、大事な役目を成功させ喜んでいるようだった。


 一方、フラヴィオは妖樹エルビルを仕留めたが、アレッサンドロは失敗した。

 エルビルに遭遇したアレッサンドロたちは互角の戦いとなった。怪我人を何人も出しながら奮戦したが、結局逃げられてしまった。

 エルビルは樹肝の瘤を傷付けられると逃げる場合がある。アレッサンドロはそんな臆病なエルビルに遭遇したらしい。

 アレッサンドロたちは別のエルビルを探し期限まで山中を歩き回った。だが、不運にも最後までエルビルを仕留めることはできなかった。


 早い段階で妖樹エルビルを仕留めたリカルドたちは来た道を戻り始めた。

 途中、日が暮れてきたので野営する。見習いの三人は大任を果たした達成感から、満足し早めに寝た。

 翌朝、野営地を出発して早々、兵士の一人が妖樹エルビルを発見した。

「ヤコボ隊長、どうします」

 エルビルはこちらに気付いていないようだ。先制攻撃が可能だった。


「最初にリカルドが攻撃し、次はマルチェロとパトリックが攻撃してくれ。それで仕留められなければ、次は【火】の魔術を使っても構わない」

 兵士たちが担いでいるエルビルの素材を確実に持ち帰ることの方が重要だと考えているようだ。ヤコボは堅実で賢明な指揮官である。

 結果から言うと幸運にもリカルドの一撃が樹肝の瘤に命中し妖樹エルビルを仕留めた。ヤコボはリカルドの大手柄だと褒めた。

 出番を失ったマルチェロは不機嫌な様子でリカルドを睨んでいた。


 馬車が待っている場所まで戻ったリカルド達はエルビルの素材を馬車に積み、アレッサンドロたちの帰りを待った。

 フラヴィオたちが二日後、アレッサンドロたちが三日後に戻ってきた。

 アレッサンドロたちは全員がボロボロになっての帰還だった。しかも獲物を仕留められず全員が肩を落とし暗い表情をしていた。

 ヤコボが彼らを慰めようと。

「そういう時もある。それが狩りというものなんだ。幸いにも我々のチームが二体のエルビルを仕留めた。目的は達成したんだ。胸を張って街に帰ろう」

 兵士たちは必要な獲物が仕留められたと聞いてホッとした表情を浮かべた。


 ただアレッサンドロだけは複雑な表情を浮かべ、兵士たちがリカルドの活躍を話しているのを聞いていた。

 兵士の一人から『師匠より弟子の方が優秀だな』と言う言葉を聞くとアレッサンドロの眼に怒りの炎がちらつき始めた。

 取り敢えず目的を達した一行は領都に戻った。


 領都に戻ったアレッサンドロは、ヤコボを呼び出しリカルドがどんな魔術を使ったか詳しく聞いた。

「ほう、リカルドは【地】の魔術を多用していたのですか」

 そうアレッサンドロが言うと、ヤコボが怪訝な顔をする。アレッサンドロはリカルドの師匠であり、得意な魔術は知っているはずだからだ。

 アレッサンドロはヤコボの顔を見て失言したと気付いた。

「本来のリカルドが得意なのは【火】の魔術……なんですよ。山の中での戦いだったんで【地】の魔術を多用したのですな」

 ヤコボが納得したように頷いた。

「なるほど、秋に双角鎧熊を追い払った時には【炎翔弾】に似た魔術を使っていましたからな。あの威力からすると中級の魔術なのでしょうが、素晴らしい」

 秋の時点ではリカルドは初級の魔術しか習得していなかったはずだ。リカルドが何か隠していると気付いたアレッサンドロは、ヤコボと別れると自宅へ帰った。


 屋敷の玄関先でリカルドを呼んだが返事がない。どこかに出掛けているようだ。

 階段を上り屋根裏部屋に入った。薄暗い部屋の中に机代わりのテーブルが有った。折れた足を修理して使っているようだ。

 何となく寝台の方に視線を向けると、寝台の下の隙間に箱があるのに気付いた。四角い木箱である。それを引っ張り出し蓋を開けた。

 中には紙の束が入っていた。読んでみると魔術教本を要約したものだった。

「ふん、勉強はちゃんとしているようだな」


 紙束をパラパラとめくっているうちに教本とは違うものが出てきた。

「何だ、これは?」

 詳しく内容を読んでみるとアレッサンドロの顔色が変わる。

「こ、これは……新しい魔術の研究論文ではないか。これをリカルドが書いたのか」

 リカルドが【溶炎弾】と名付けた【火】と【水】の複合魔術について書いた論文だった。

 初めは別の誰かが書いたものではないかと疑ったが、字を見ると教本の要約と同じ字で書かれている。リカルドが書いたものに間違いない。

「馬鹿な……九歳の子供に書けるようなものじゃない。奴は天才なのか」

 アレッサンドロが驚いたのは無理もなかった。その研究論文は新しい魔術について理路整然とした論理の展開が書かれており、高度な研究論文として通用するレベルにあったからだ。


 全文を読んでみると、これが書き掛けであるのが判った。触媒の配合割合と結論の部分が完成していないのだ。

 だが、ちょっと書き足すだけで十分通用する論文となる。

「これを魔術士協会に提出すれば、リカルドは魔術士として認められるだろう」

 マッシモのことが頭に浮かんだ。親の目から見ても頭は悪くないと思う。ただ魔術の実践において他の見習いたちより上達が遅い。

 アレッサンドロはマッシモに魔術の才能が無いとは思っていない。自分の血を引く息子なのだから、才能はあるはずなのだ。その開花が遅れているだけ。


 マッシモはエルビルの触媒を王都に届ける一行と一緒に王都に向かい、魔術士の認定試験を受ける予定になっている。三度目の挑戦だが、結果をあやぶんでいた。

「これは使える。マッシモの名で、この論文を協会に出せば魔術士として認められる」

 アレッサンドロは研究論文を握り締めながら確信した。そのためにはリカルドから論文を取り上げなければならない。


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