表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐は天罰を呼び、魔術士はぽやぽやを楽しみたい  作者: 月汰元
第6章 ガイウス王太子編
133/236

scene:132 範囲攻撃魔術【水刃嵐爆】

感想、ブックマーク・評価を頂きました。

ありがとうございます。

 季節は秋に変わり落葉樹が色づき始めた頃、リカルドはキレス領へ行こうと考えた。その目的は二つ、上級範囲攻撃魔術を開発するための予備調査と黒い煌竜石である。

 予備調査というのは、実際にグランデアントの姿と巣を見て、範囲攻撃魔術の必要な効力範囲を判断しようと思ったのだ。それにグランデアントの防御力を調べる必要もあった。


 問題のあった土地開発の事業が完全に軌道に乗り、リカルドが手を出さなくても進むようになったので、このタイミングになった。

「そうなると、黒い煌竜石が採れる『ブラキス盆地』が問題か」

 黒い煌竜石が採掘されるブラキス盆地は、キレス領の魔境門近くに存在する盆地である。その盆地には毒ガスが充満しているらしい。リカルドは、近くに火山があるので火山ガスではないかと考えている。


 リカルドが魔術士協会の研究室で火山ガスについて検討していると、グレタが訪れた。

「約束の時間ですよ」

 グレタの言葉で、一緒に従業員宿舎へ行く約束をしていたのを思い出す。

「そうだった」

 リカルドとグレタは、小僕たちが暮らす従業員宿舎に向かった。


 小僕たちの一人であるドメニコが、頭突きウサギを御馳走してくれるらしい。魔術士協会に残ったドメニコは魔術士になる訓練を続けていたが、魔術士認定試験を受けなかった。

 彼は魔術士より、魔導職人の仕事を選んだのだ。十四歳まで小僕をしながら魔導職人の勉強をして、その後はエミリア工房で働くことになっていた。


 すぐにエミリア工房で働き始めなかったのは、エミリアから十四歳まで魔術の勉強と訓練を続け、魔力制御の技術を身につけるようにと、指示されたからだ。

 ドメニコの年齢を考えてのことらしい。通常は十歳前後で弟子入りし、雑用をしながら基礎を学ぶ。そして、十三歳から十五歳の頃に魔力制御の訓練を始める。

 ドメニコは弟子入りが遅れたので、学ぶ順序を逆にするという。魔力制御を習得してから、基礎を学ぶのだ。


 魔導職人を目指すドメニコは、リカルドの指導に従い魔力制御を身に付けた。その訓練過程で、街の外で魔獣狩りをするようになった。

 もちろん、頭突きウサギや鬼面ネズミ程度の弱い魔獣しかいない場所でしか狩りをしないように制限している。

 魔術士協会が休みの日になると、ドメニコは仲間と一緒に頭突きウサギを狩り、小僕たちの食料にしていた。


 従業員宿舎は、小僕たちの手で修理と清掃が行われ、まともな建物となっていた。内職である触媒カートリッジの部品製作で得た報酬から材料を買い修理したらしい。

「いらっしゃい」

 小僕たちがリカルドに挨拶した。


 小僕の人数は増えていた。小僕であったシドニーやロブソンが、魔術士認定試験に合格し魔術士となったことで、小僕になりたいという希望者が殺到したらしい。

 この事実は魔術士協会の理事たちも驚いた。雑用係として便利使いしていた少年たちが、いつの間にか自分たちと同じ魔術士になったからだ。


 理事たちの中には、小僕制度を廃止すべきだという者も現れた。貧しい少年たちを支援しようという理念で始められた制度だが、魔術士になれるような者たちなら必要ないだろうと言う。

 その言い分は建前である。見下していた小僕が、自分たちと同じ魔術士になったことに、不快感を覚える理事がいたのだ。


 だが、理事の一人であるイサルコが断固反対。小僕が魔術士になれたのは、魔術士協会で働きながら魔術を学んだからであり、大いに奨励すべきだと主張した。

 代表理事は、イサルコの意見に賛同した。さすがに希望者全員を雇うことは無理だが、これからも魔術士となる小僕が増えると考え、魔術士協会は人数を増やした。


 理事たちを驚かせた小僕たちの教育は、年長者が下の者を教えるという形で継続されていた。時折、リカルドや魔術士となったシドニーも教えにきている。

 従業員宿舎には、小僕たちが写本した本が増え勉強する環境がますます整い始めていた。

 そのせいだろうか、小僕たちの瞳に知性が輝いているように感じられる。


「今日は、ウサギ肉のシチューです」

 料理当番である小僕が誇らしそうに言った。たぶん小僕になって初めて、シチューを食べられるようになったのだろう。

 グレタが小僕たちの手伝いを始めた。侯爵の娘だというのに、グレタは楽しそうに野菜を切っている。リカルドのために食事を作るということが、嬉しいようだ。

 夕食が始まり、グレタとリカルドは並んで食べ始めた。

「美味しいね。グレタは料理の腕が上がったんじゃない?」

 リカルドが言うと、本当に嬉しそうな笑みをグレタが浮かべた。


 リカルドは夕食を食べるためだけに従業員宿舎を訪れたわけではない。ドメニコの家族が、キレス領のブラキス盆地近くの村から王都へ流れてきたという話を思い出し、キレス領について話を聞きに来たのだ。

「ドメニコは、ブラキス盆地のことを覚えていますか?」

「俺自身は、あまり覚えてないけど、父ちゃんから聞いてるよ」


 ドメニコの話によれば、ブラキス盆地の毒ガスは毒性が強いようだ。盆地の中心部から噴き出すガスは、少量でも吸い込むと動けなくなり死ぬらしい。

 ただ吸い込まない限り影響はないという。

「そうすると、ブラキス盆地に埋まっている黒い煌竜石を、どうやって採取しているんだろう?」

「ああ、煌竜石ですか。あれは大嵐の日に採りに行くんだよ」


 年に数回発生する大嵐によって、盆地の毒ガスが吹き散らされた時のみ、足を踏み入れられるようになるという。

「そうなのか。行く前に聞いといて良かった」

 リカルドはブラキス盆地へ行けば何とかなると考えていたが、甘かったようだ。

「毒ガスは、何か対策を考えねばならないな」

 ドメニコが目を輝かせた。


「魔術道具を作るんですか。俺にも手伝わせてください」

 それを聞いたグレタが反応する。

「わ、私も手伝います」

「ありがとう。それじゃあ、手伝ってもらおうかな」


 次の日から毒ガス対策の魔術道具に関する研究を開始。リカルドの研究室に、グレタとドメニコが集まった。ドメニコはイサルコの許可をもらい、手伝いとして参加している。

「どういう道具を作るのですか?」

 毒ガス用魔術道具というものが、どういうものになるのか見当もつかなかったグレタが尋ねた。

「防毒マスクを作ろうかと思っている」

「防毒……マスク?」


 リカルドは紙に図面を描いて説明する。

 日本で見た防毒マスクは、丸い筒のような部分に毒を吸着するフィルターがあり、そのフィルターで毒を取り除くものだ。

 今回開発しようとしている魔術道具は、フィルターの代わりに魔術を使用して空気を無毒化する機能を付けようと考えていた。


「グレタとドメニコには、図書館にある資料から浄化に関するものを、すべて探し出す作業をしてもらう」

「えっ、全部ですか?」

 ドメニコは図書館の整理も手伝ったことがあるので、どれほど膨大な資料があるか知っていた。

「そうです。全部です」

 グレタとドメニコは、図書館で資料を探し、その数の多さに悲鳴を上げた。


 二人が資料探しをしている間、リカルドは図面を引き、部品の製作依頼を出す。

 資料探しをしていた二人は、関係ありそうな資料を研究室に持ち込み、ヒントを探し始めた。その作業量は何日もかかるほど大量で、うんざりする。


 そんな気が滅入る作業をしている横で、リカルドは研究を進めていた。二人がヒントとなる情報を探し当てるたびに、魔術回路に応用できないか検討する。

 その寝食を忘れ研究に打ち込む姿に、ドメニコは感動した。


 これほどの才能を持つ人物が、命を削るようにして研究しなければ、新しいものは生み出せないのだと分かり、ドメニコは魔導職人の心構えを知らず知らずのうちに学ぶ。

 一方、グレタは食事の支度や世話を焼きながら、リカルドが素晴らしい人物だと再認識した。


 防毒マスクが完成した後、どうやってテストするかが問題となる。

「動物実験しかないな」

 リカルドがグレタとドメニコに告げた。

「えっ、それはどういうものなのです?」

 リカルドが実際に毒ガスが充満する環境に、防毒マスクを付けた動物を入れ生き残るか実験するのだと説明すると、グレタが驚き顔をしかめる。


 毒ガスは魔術士協会に保管されている資材の中に劇毒もあり、それを利用した。魔術士の中に毒薬の研究をした者もいるらしい。実験動物はドメニコに手伝ってもらい、数羽の頭突きウサギを捕獲した。

 実験動物に頭突きウサギを選んだのは、顔の大きさが人間と同じほどであり、試作した防毒マスクをそのまま使えたからだ。

 そのウサギを使い動物実験を行なった。防毒マスクを付けたウサギだけが生き残ったのを確認。

 この魔術道具は人の命に関わるものなので、毒ガスの種類を変え何度も実験した。その結果、毒ガスの種類によっては効果のない場合があると判明した。


 二酸化炭素の濃度が高く酸素が少ないという毒ガスの場合、効果がなかったのだ。当然の結果である。魔術の効果は毒の浄化であり、酸素を補給するようなものではなかったからだ。

 その結果から、リカルドは再検討した。

 (防毒マスクを作るより、空気ボンベを……いや、ダメだ。重すぎて短時間しか動けない)

 ブラキス盆地へ行き、実際に試すしかなさそうだ。


 そんな時、究錬局の同僚であるジャンピエロが、上級範囲攻撃魔術を完成させたという噂が広まった。

 リカルドは半信半疑だった。そこでイサルコに確認に行く。

「どうやら、本当らしい。明後日に報告会を開くそうだ」

「でも、ベルナルドさんから、研究は進んでいないと聞いたばかりなんですが」

 その点については、イサルコも同じで不審に思ったそうだ。


「その報告会に、自分も出席していいですか?」

「……そうだな。私が手配して出席できるようにしよう」


 報告会の日、魔術士協会の理事と長老派・王権派を代表する魔術士たちが講堂に集まった。

 今日の主役は長老派のジャンピエロである。

 リカルドは後方の椅子に座り、壇上に登場するジャンピエロを見ていた。

 主役は金糸と銀糸で刺繍された派手なローブを身に纏い、にこやかな顔をして姿を見せた。


 ジャンピエロは理事たちに向かって挨拶をすると、報告を始める。

「それでは、私が開発した上級範囲攻撃魔術について、報告させていただきます」

 王権派の年配魔術士が、その声を遮った。

「ちょっと待て。一ヶ月前まで研究は進んでいない、と言っていたではないか?」


 壇上の魔術士は、余裕の笑いを浮かべた。

「それは王権派から、無用な妨害が入らないように対処していただけだ」

「何だと……我らが、そんな愚かな行いをするとでも」

「ふん、図書館にある範囲攻撃魔術の資料を、我らより先に集めて持ち出したのは、王権派ではないか」


 研究を依頼されていない王権派が、必要な資料を先取りした行為は妨害と言われても仕方ない。

「あ、あれは王権派でも、範囲攻撃魔術を研究していたのだ」

 王権派魔術士が慌てたように弁明した。

 リカルドは、心の中で王権派を『せこい』と批判しながら聞いていた。


「これだから王権派は……まあいい。それでは報告を続ける」

 ジャンピエロが報告した範囲攻撃魔術は、【水】の魔術だった。【水刃嵐爆】と名付けられた上級範囲攻撃魔術は、直径一〇〇メートル範囲に生まれた無数の三日月型水刃が、縦横無尽に飛翔し敵を切り刻むという魔術だった。


 攻撃範囲は広いが、威力はそれほどでもない。リカルドはそう感じた。

 一方、ジャンピエロは誇らしそうに【水刃嵐爆】の素晴らしさを語る。この魔術は四人の魔術士が共同で行う儀式魔術で、大量の触媒を必要とするようだ。

 ミラン財閥が依頼した条件が、大量のグランデアントを殺せる魔術なので、条件には合致している。


 王権派魔術士があら探しをしているのか、細かい点を質問していた。そして、最後に、

「それで、実際に試したのかね?」

 それまで誇らしそうにしていたジャンピエロが、言葉を詰まらせた。

「攻撃範囲を一〇分の一に限定したもので、試している」

「何だ……実際には試していないのか。報告するのは早かったのではないか?」


 ジャンピエロがムスッとした顔となる。

「貴重な触媒を使うのだ。無闇に実験などできん」

 普通は簡単に実験など行えないようだ。ただ例外も存在する。

 リカルドだ。金に糸目を付けずに高価な触媒を購入し、念入りに実験する。そのおかげで、かなり稼いでいるはずなのに、いつの間にか貯蓄が減っている。


「ならば、いつ試す?」

 王権派魔術士がなおも追及した。

「この魔術は、キレス領のグランデアント用に開発したものだ。実戦で証明する」

 ジャンピエロが宣言した。


 報告会が終わり、リカルドが帰ろうとした時、イサルコに引き止められた。

「ベルナルドさんから、同じ範囲攻撃魔術の開発を頼まれたようだが、引き受けたのか?」

 リカルドが苦笑いする。

「ええ。しかし、必要なくなったようですね」

 イサルコが厳しい顔をする。ジャンピエロたちが開発した範囲攻撃魔術に疑念を持っているようだ。


「届けの出ていた調査旅行許可願いは、範囲攻撃魔術開発のための下調べが目的だったのかね?」

 目的の半分ではあるが、その通りだった。範囲攻撃魔術開発は秘密にしていたので、開発した魔術道具の実地試験のためとの名目で、届け出は提出していた。

「ええ、それだけではないのですが」

「魔術道具の実地試験か……いいだろう。調査旅行を許可する。その代り、ジャンピエロたちに同行し【水刃嵐爆】の威力を確認してくれんか」


 ジャンピエロたちと同行するのは勘弁して欲しかった。ジャンピエロの開発した魔術を査定に来た、と誤解されそうだったからだ。

 ためらっているリカルドの様子を見て、

「タニアとパトリックも同行させよう」

 イサルコがどうしても行って欲しいようなので、リカルドは渋々承諾した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
【同時連載中】

新作『人類にレベルシステムが導入されました』 ←ここをクリック

『崖っぷち貴族の生き残り戦略』 ←ここをクリック

『天の川銀河の屠龍戦艦』 ←ここをクリック
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ