scene:129 暗殺未遂事件の顛末
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礼拝堂から助司祭が走り出てきた。
王太子が、その姿を認めて不審に思う。
「何事だ?」
助司祭は王太子の姿を目にすると、転びそうになりながら走ってくる。
「王太子殿下、大変です。大司教様が人質に取られました」
「何だと!」
王太子と一緒に居たオルランドが驚き叫びを上げた。
「曲者は、大司教様を殺されたくなければ、王太子殿下一人で礼拝堂へいらっしゃるように、と要求しています」
「クッ、ぬけぬけと……ここは護衛部隊が突入し、大司教様をお救いします。殿下、ご許可を」
オルランドが目を吊り上げて言った。
「待て、それでは大司教の命が危うい」
「ですが、曲者の要求を飲むようなことはできません」
当然、王太子が単独で礼拝堂に行けば、殺されるだろうと分かっている。リカルドは、そんな無理な要求を曲者が出したことに不審感を持った。
リカルドが王太子へ顔を向ける。
「殿下、これは時間稼ぎではないでしょうか?」
「時間稼ぎ……何のために?」
「逃げる算段をしているのだと、思われます」
オルランドが難しい顔をする。
「どうやって? 礼拝堂は護衛兵によって包囲されているのだぞ」
その時、王太子が何か思い出したという顔をする。
「しまった。地下の抜け道だ。神殿には大司教と司祭しか知らぬ地下道があると言われておるのだ」
オルランドが礼拝堂に視線を向けた。
「護衛兵を突撃させましょう」
「待て、中の様子を確認してからだ」
リカルドは、どうやって確認するかを考えた。
「殿下、モンタに確かめさせましょうか?」
王太子はショルダーバッグから頭だけ出しているモンタを見る。
「できるのか?」
「モンタ、できる。簡単だよ」
リカルドはモンタに偵察を頼んだ。モンタは礼拝堂に駆け上り、窓から中を覗き込む。そして、すぐに戻ってきた。
「中の人、みんな倒れてる」
その報告を聞いて、王太子はオルランドに確認するように命じた。モンタが言うように、司祭と護衛兵は全員が倒れていた。
安全が確認されると、リカルドと王太子は一緒に礼拝堂に入った。礼拝堂の内部が荒れておらず、護衛兵と司祭たちは身体が麻痺しているようだ。
リカルドは【拡散麻痺】の魔術が使われたのだと分かった。
「大司教の姿がない。やはり地下へ行ったのだ」
「殿下は、王城に引き返した方がよろしいでしょう」
オルランドが王太子に進言した。
「いや、余を狙った殺し屋が、大司教を殺したとなれば、寝覚めが悪い。最後まで見守ることにする」
「しかし、万一にも殿下の身に何かあれば、王国の将来に……」
「余を信じよ。ここで倒れるようなら、王としての器ではなかったということ」
そう言った王太子は、心の中で大司教が死んだ場合の影響を計算していた。貴族たちは鬼の首でも取ったような勢いで、大司教の死の責任について王太子を責めるだろう。
それに大司教は数少ない王太子の味方だった。その味方を失うような事態は避けたい。
リカルドは倒れている司祭の一人に、【解毒治療】の魔術を施した。
「ううっ……」
その司祭の麻痺が解け、うめき声を上げた。
「麻痺は消えましたか。何があったか話せますか?」
「大丈夫だ。大司教様が連れて行かれた」
司祭は頭を振ると、痛そうに顔をしかめた。
オルランドが司祭を問い詰める。
「大司教と曲者はどこへ?」
司祭は一瞬ためらってから答えた。
「地下です。祭壇の脇に地下への入り口があります」
調べてみると祭壇の横に床下収納のような扉があり、その扉を開けると階段が現れた。下の方は暗いようなので、リカルドは収納碧晶から二つの魔光灯を取り出した。
新型魔光灯の研究をしていた時に、試作品として作ったものを懐中電灯にもランタンとしても使えるように細工したものである。
白く輝く光球の出現する位置を変えることで、懐中電灯にもランタンにもなるという便利グッズだ。名前は『携帯魔光灯』、通常の魔光灯より光球の大きさを小さくすることで魔力消費量を抑えている。
リカルドが携帯魔光灯のスイッチを入れると、懐中電灯のような光が灯る。
「ほう、便利なものを持っているな」
王太子が携帯魔光灯を見て感心する。王太子の顔を見ると、使えそうな道具だと思ったようだ。
リカルドは携帯魔光灯の一つをオルランドに渡した。
「これを使ってください」
「ありがとう」
オルランドが護衛兵三人と一緒に先行して調べ始めた。もう一つの携帯魔光灯を持ったリカルドは、足元を照らしながら王太子と一緒に、その後ろから付いていく。
階段を下り、通路を二〇メートルほど進むと、通路が二つに分かれていた。
「どっちでしょう?」
オルランドはどちらに進むか迷っているようだ。
「右に進んでみろ」
王太子が直感だけで決めた。
右に進み小部屋に辿り着いた。その部屋の壁に変な模様が描かれたタペストリーが貼られていた。そして、部屋の反対側には別の出入り口が見える。
オルランドと護衛兵が、その出入り口へ向かう。
リカルドはタペストリーに興味を持った。だが、今は調べる時間がない。
「大司教様を解放しろ!」
緊迫した声が聞こえてきた。炎滅師と大司教に追いついたようだ。
「近付くな。こいつを殺すぞ」
「やめろ」
リカルドは大司教の見える位置にまで近付いた。カンテラを持った大司教とナイフを持つ炎滅師の姿を目にする。
暗い通路の中、カンテラの光で浮かび上がった大司教は、口の端から血を流していた。炎滅師に殴られたようだ。
炎滅師はリカルドの姿を見て、苦い顔になる。
「塔の上からじゃよく分からなかったが、ガキじゃねえか。俺の【流星爆】を相殺したのは、本当にお前なのか?」
「ええ、そうですよ」
「こんなガキに……」
炎滅師のプライドが傷付いたようだ。
「もう逃げられんぞ。観念して降伏しろ」
絶体絶命の危機だというのに、炎滅師は薄ら笑いを浮かべた。
「降伏……俺がどれだけの人を殺したと思っている。縛り首が決まっているのに、降伏などするか」
炎滅師が魔術の準備を始めた。
王太子の顔に怒りが浮かぶ。
「させるか」
王太子は炎滅師の利き腕へ狙いを定め魔功ライフルを構えた。狙いが炎滅師の利き腕なのは、大司教の身体から一番離れた部位だったからだ。
「ぎゃあああーー!」
王太子の指が引き金を引こうとした時、唐突に炎滅師が絶叫を上げた。
炎滅師が通路の床に倒れる。その背中には剣で斬られた傷が刻まれていた。倒れた炎滅師が、弱々しく首を捻って背後を見る。
そこにはオクタビアス公爵家の紋章が輝く鎧を着た軍人が立っていた。
「な、なぜだ?」
かすれた声で炎滅師が問う。その軍人は冷酷な目で、炎滅師を見下ろし剣を振り被ると止めを刺した。
王太子が叩きつけるような声で誰何する。
「何者だ!?」
軍人は剣を収めると頭を下げ告げた。
「オクタビアス公爵家の臣、フィリベルト・スカリオーネでございます」
フィリベルトの背後に数人の軍人が現れ、大司教を助けながら近付いてくる。
王太子は何故か憮然とした表情を浮かべ、フィリベルトたちを見ている。
「大司教をお救いし、王太子殿下の援護をするべく参上いたしました」
「ご苦労である。そして、よくやった」
「ありがたきお言葉、光栄の極みです。これも公爵様の御指示あればこそでございます」
リカルドは王太子が不機嫌になるのを感じた。
このタイミングで公爵の家臣が現れるなど───普通は考えられない。あらかじめ何らかの情報を持っていて、この通路で待ち構えていたとしか思えなかった。
王太子が不機嫌なのは、今回の事件がオクタビアス公爵に借りを作った形で終わったからだ。
オクタビアス公爵の狙いは、この件で貸しを作り大陸間交易へ参加することだろう。王太子は大陸間交易に参加させる商人を王都を中心に活躍する商人に限っていた。
公爵としては、なんとしても膨大な利益をもたらす交易に加わりたかったのだ。
王太子への襲撃から始まった事件は、炎滅師の死という形で決着した。王太子としては不本意な終わり方だったが、王都に広がった不安は消滅。
祭礼の儀は始まる時間が遅れたが、王太子が無理を言って行わせた。延期して、もう一度準備からやり直す時間が惜しかったようだ。
王都の住民は、すぐに炎滅師の事件を忘れ、次の交易に関心を寄せ始めた。
その裏で炎滅師に王太子暗殺を依頼した人物の捜査が続けられていた。そして、残念兄弟から得られた情報で、コグアツ領で商売をしているメニオンという人物が浮かび上がる。
王太子の手の者は、メニオンを尋問し王太子暗殺を依頼したと白状させた。
メニオンと残念兄弟は、王都で公開処刑された。人々は王族を暗殺しようとした者の末路を見て、王族に逆らうリスクの高さを思い知る。
だが、王太子は納得していなかった。依頼者メニオンと暗殺者の間を仲介した人物を捕らえられなかったからだ。
祭礼の儀の数日後、リカルドは王太子をユニウス料理館に招いた。食べたがっていた暴食ウツボの肉を御馳走するためである。
二階の特別室で『暴食ウツボの甘酢ソースかけ』を出すと美味しそうに食べ始めた。
「ふむ、将軍の自慢話に嘘はなかったようだ。確かにうまい」
「喜んでもらえて、光栄です」
王太子は満足するまで食べ、食後のデザートまで注文した。デザートは桃を使った寒天ゼリーである。寒天は海で採れた天草を原料にして、冷凍収納碧晶を使用した凍結乾燥という方法で作製したものだ。
「おお……初めての食感。暑い日にはもってこいのデザートであるな」
王太子はデザートも気に入ったようだ。
「ところで、少し困ったことになった」
王太子が深刻な顔をして、リカルドに告げた。
「何事でしょう?」
「父上の子供としては喜ぶべきものなのだろうが、陛下の容体が回復を始めている」
リカルドは鉛を飲み込んだような気分になった。王太子がヨグル領に追いやられれば、セラート予言の対策が遅れるのは必至だ。
「セラート予言の対策は、どうなるのです?」
「余も心配しておる。そこで、状況を整理したい。リカルドが開発しておる海岸沿いの土地はどんな状況だ?」
「昨年購入した土地は、五十区画の開発を終え、妖樹四〇〇体を使って土壌改良をしている最中でございます」
一区画四ヘクタールが五十区画で、二百ヘクタール。土壌改良が終われば、トウモロコシ樹の種子を植える予定になっている。
「その五十区画で育ったトウモロコシ樹は、どれほどの収穫が見込めるのだ?」
王太子の質問に、リカルドは約二千人分の穀物が収穫可能だと答えた。
「計画通り全区画の開発が終わった場合、どれほどになる?」
「おおよその見積もりでは、七千人分だと思われます」
「ナスペッティ財閥とミラン財閥が、共同開発する分を合わせ、一万五千人分ほどか」
二つの財閥は、耕作地を多めに開発する予定らしく、全体とすると一万五千人分となるようだ。
その他にも塩干しバカラなどの増産があり、海産物で三万人分の食料が確保可能となるだろう。
王太子は頭の中で計算し、答えを出した。
「他の町や村でも、農地開拓は進めている。異常気象による穀物減収分は確保できそうだ」
「殿下、その計算に他領の分は含まれているのでしょうか?」
王太子が鋭い眼光でリカルドを睨んだ。
「王権が強かった頃なら国王命令で対策を打てたが、今は無理なのだ。他領については、その領主に任せるしかな……いや、待て。もう少し穀物生産量を増やし、他領にまで援助できるなら……」
王太子は異常気象を利用して、他領を取り込めないかと考え始めたようだ。
「ヨグル領でも耕作地の開発を行うことにする。立案の手助けをしてくれ」
「承知しました」
食糧問題の検討が終わった後、積雪の対策に話題が移った。
「神殿の地下にあった小部屋を覚えておるか?」
王太子が不意に話を振った。
「はい、覚えております」
「あの小部屋の壁にタペストリーが貼られていた。あれを調べさせたら、王都の地下に広がる地下通路の地図だと分かった」
リカルドもタペストリーが気になったので、記憶していた。
「なるほど……あの地下通路は使えるのではないですか」
「余もそう考えた。積雪で難儀するのは、荷物の運搬である。あの地下通路を利用すれば、王都に限れば問題が解決するのではないかと思う」
リカルドは地下通路を思い出し、あの広さなら地下鉄も可能かもしれないと考えた。
「さすがに無理か」
リカルドの独り言に、王太子が首を傾げる。
「何が無理なのだ?」
「いえ、魔術駆動フライホイールを使った乗り物を、地下通路で走らせることは可能か考えたのですが、難しいようです」
「面白いことを考える。資金と時間さえあれば可能かもしれん。だが、セラート予言の対策としては時間が足りん」
「はい。自分もそう考え、無理だと判断したのです」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その日、バイゼル城の会議室に閣僚が集まり、会議が始まるのを待っていた。
ガイウス王太子が会議室に入ると注目が集まる。
「待たせたようだな」
王太子がチラリとマウロ財務大臣に視線を投げた。
マウロ財務大臣が王太子が席に着くのを待って、話し始めた。
「殿下、本日の議題は何でございましょう。まだ決まっておられないのであれば、中断しているマデラ沼の干拓事業について再検討してはどうでしょう」
王太子はわざとらしく溜息を吐いた。
「マデラ沼の干拓事業は、中止だと言ったはずだ。再開はありえない」
数ヶ月前、会議で干拓事業の再開が検討され、一度否決されている。他の大臣たちには再度議題に上げるマウロ財務大臣の意図が分からなかった。
「しかし、殿下。交易により税収が増えると思われます。それを考えれば、再検討してもよろしいのでは?」
「しつこいぞ、マウロ。マデラ沼の干拓事業に個人的な利害でもあるのか?」
内務大臣に指摘されたマウロ財務大臣がムッとする。
「失敬な。その言葉、取り消してもらいたい。さもなければ、容赦せんぞ」
王太子が不快そうな顔をして、マウロ財務大臣を睨む。その視線は冷たく凍えるような効果を持っていた。
「これまでの功績を思い我慢していたが、ここまでのようだ。マウロ財務大臣、貴君を罷免する」
マウロの顔色が白を通り越し青くなる。
「な、なぜです。理由をお教えください」
王太子が、収納紫晶から取り出した数枚の書類をテーブルの上に投げた。
ゴルドーニ内務大臣がテーブルの上に広がった書類に目を落とす。
「こ、これは……」
マウロ財務大臣が書類をかき集め目を通した。身に覚えのある横領・賄賂などの不正が書かれている。
「貴様の不正は調査済みだ。それでも文句があると言うのか」
視線とは逆に、王太子の声には触れれば火傷するような響きがあった。
マウロは青褪めた顔で、力なく首を振る。
「ま、間違いです。これは何かの誤解なのです」
大臣たちが冷たい目でマウロを睨む。
「衛兵、入れ」
ドアの外で待機していた兵士が、中に入る。
「こいつを尋問室に連れていけ。不正に関わったすべての者を調べあげろ。余が生まれてきたことを後悔するような罰を与えてやる」
王太子の顔に獰猛な獣のような表情を浮かんでいた。見守っていた大臣たちは、心の底まで凍りつくような気分を味わった。
この会議における議題は、財務大臣の不正だったようだ。
マウロの逮捕により、王太子は真に国政の実権を握った。但し、国王が回復しなければという制限付きである。
この後、一波乱あるのだが、ガイウス王太子は中興の祖として名声を高めることとなる。
今回の投稿分で第5章は終了です。
次章をお楽しみに。




