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scene:122 アントニオの魔獣退治

 その後、何事もなく香都での生活をリカルドは楽しんだ。ただ、ダパヒム侯爵から冷蔵収納紫晶の注文が来たので、預かった紫玉樹実晶を加工し渡した。

 嬉しいことに製作費として、かなりの大金をもらう。どうやら国王が冷蔵収納紫晶の価値を高く評価してくれたようだ。

 瞬く間に時間が過ぎ去り、帰国する日が迫った。リカルドたちは港町メルバルへ戻った。久しぶりに再会した商人たちは、いずれもホクホク顔である。いい取引ができたのだろう。


 リカルドとサルヴァートは港で乗船を待っていた。

「おや、リカルド君。香都はどうだった?」

 声を掛けてきたのは、宝石商のメルクリオだ。彼もご機嫌な様子である。商売が上手くいったのだろう。

「香都での商いは、如何でした?」

 リカルドが声を掛けると、メルクリオが嬉しそうに笑う。

「ああ、ロマナス王国で仕入れた紅玉ルビーが高く売れ、この地で質の高い蛋白石オパールを仕入れられたよ」


 リカルドたちが雑談していると、トゥリオ船長が歩み寄る。

「サルヴァート殿、アウレリオ殿下の御用は果たされたのか?」

「ええ、無事に終わりました」

「それは良かった。リカルド君はどうだった?」

「商売は上手くいきました。おまけにメルジェス王国の宝箱も手に入れましたよ」

「なんだって!」

 船長が驚きの声を上げた。


 その様子を見て、サルヴァートが笑い声を上げる。

「勘違いしてますよ。リカルドが手に入れたのは箱だけです」

 船長が首を傾げた。

「箱だけ?」

 リカルドは王城での出来事を船長に話した。

「本当に箱だけなのですか」

 船長が笑う。苦労した割に箱だけ手に入れたというのが、面白かったようだ。

「それより、ダミアノが捕まったままなのが気がかりです」

 サルヴァートが不機嫌そうに顔を歪める。

「あんな奴は自業自得だ。放っておけばいい」

「そうは思うけど、あいつは正当防衛だと主張すると思う。そうした場合、無罪で釈放されるんじゃないか」

 釈放された場合、逆恨みしてリカルドとサルヴァートにちょっかいを出す可能性がある。リカルドは、それを心配しているのだ。


「あいつは国王を騙したんだ。結構重い罪になるんじゃないか」

 サルヴァートがその懸念けねんを吹き払う。それを聞いた船長がちょっと暗い顔をする。

「王太子殿下から、全員を国に連れ帰るように言われたのですが……」

 この旅で帰れなくなった者が三名。決して船長の落ち度ではない。


 リカルドは港の片隅でラリーニ号を見張っている男たちに気付いた。

「船長、あの人達は?」

 船長が見張りの男たちに視線を向ける。

「あいつらか……この国の役人らしい。ラリーニ号の外輪式推進装置を調べている連中さ」

「何か問題でも?」

「見学したいと言ってきたが、断ったら見張るようになった」

 外輪式推進装置は世界初のものである。ユジュラ王国でも興味があるのだろう。


 その日、リカルドたちが乗り込んだラリーニ号は出港した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 同じ頃、王都バイゼルの飼育場では、孤児のミコルが仲間の子供たちを率いて海辺に来ていた。ユニウス飼育場の西側は、綺麗な砂浜が南北に伸びており、様々な海産物が採れる。

 今日は潮干狩りだ。

「このカゴ一杯に集めるぞ。頑張れよ」

 ミコルの号令で子供たちがしゃがんで波打ち際を掘り返し始める。

「ねえ、お兄ちゃん。飼育場で食べる貝は美味しいよね。何で?」

 弟のパヴァンがミコルに尋ねた。


「決まってるだろ。ジェシカ姉ちゃんたちがちゃんと料理してくれるからさ」

「でも、貝って噛むと砂が出てきたよね。ここのは砂がないけど」

「ミケーラおばさんに聞いたんだけど、貝は塩水に一晩つけておくと砂を吐き出すんだって」

「へえ、そうなんだ」

 その後、食べ物の話が弾み、少年たちは何が美味しいか話し始める。


 一方、女の子たちは将来について話していた。

「あたしね。大きくなったら、ジェシカお姉さんみたいになるんだ」

「私も、綺麗な布を織りたい」

 話しながらも貝を探す作業は続けられ、持ってきたカゴ三つに山となる。


「ミコル兄は、将来何になるの?」

 女の子の一人が、ミコルに尋ねた。

「決まってる。ミコル兄は飼育場で働くのよね」

 別の子が代わりに答えると、ミコルの顔が曇った。


 ミコルとパヴァンの父親は、魔獣ハンターだった。ミコルが六歳の頃に魔境に行くと言って、旅立ったまま戻らなかった。母親は二人の子供を抱えながら苦労したようだ。

 それから一年後、母親も病気で亡くなり、二人は孤児となる。

 父親が生きていた頃、ミコルの夢は父親のような魔獣ハンターとなることだった。女の子から将来を尋ねられ、そのことを思い出した。


「そろそろ帰ろうか」

 子供たちが嬉しそうに返事をした。子供たちが飼育場に戻ると、大勢の人々が飼育場内で騒いでいた。この時間なら機織りをしているはずの機織り娘たちも外に出て話をしている。

 ミコルが外に出ているジェシカに声を掛けた。

「ジェシカ姉ちゃん、何かあったの?」


 ジェシカがミコルたちを見て、ホッとした顔をする。

「海の方は大丈夫だと言っていたけど、帰ってきて良かった。魔獣が出たのよ」

 飼育場のある辺りは街壁の外側であり、魔獣が侵入することもある。塀と堀が完成しているユニウス飼育場は大丈夫だが、建設中の区画は危険だ。

 飼育場に居る大勢の人々は、建設現場から避難してきた人々らしい。


 ミコルは建設中の区画に視線を向けた。建設現場に取り残されている人もいるようだ。

「ねえねえ、魔獣はどんな奴?」

 パヴァンがジェシカに尋ねた。

「三眼熊らしいの」

 この辺に出没する魔獣の中で、三眼熊は珍しい。通常の兵士では討伐が困難で、魔術士に依頼するのが普通である。ミコルも父親から三眼熊と遭遇して逃げた、という話を聞いていた。


「魔術士を呼ぶの?」

 ミコルの質問に、ジェシカが首を振る。

「いえ、アントニオ様とあんたたちの先生が退治なさるそうよ」

「ええーっ、相手は三眼熊なんだよね」

「大丈夫よ。アントニオ様は、巨頭竜を倒したリカルド様のお兄様なのよ」

「そうだけど……リカルド様は特別だよ」


 ミコルたちが話している間に、用意が調ったアントニオと魔術士のロブソンとニコラが出てきた。三人とも双角鎧熊の革鎧を身に着けている。

 それに加え、アントニオは魔砲杖を担いでいた。

「凄え、あれは魔砲杖だろ」

 男の子たちは目をキラキラさせる。


「ミコルたちは、宿舎の中に入っていなさい」

 子供たちを見付けたミケーラが指示した。子供たちは男女に分かれて宿舎に向かう。

 ただミコルだけは外に残り、アントニオたちの様子を見守っていた。

「さあ、行こうか」

 アントニオの掛け声で、飼育場から外へ出た。


 逃げ遅れた作業員は、木材置き場に逃げ込んでいた。塀の角に積み上げられた木材がバリケードとなって、魔獣の侵入を防いでいる。

「ひえぇー!」「魔術士を呼んでくれー!」

 助けを呼ぶ作業員の必死の声が辺りに響く。逃げ遅れたのは二人だった。その顔は恐怖で引き攣り、両眼には涙を溜めている。

 三眼熊は興奮した様子で、積み上げられている木材を殴り付けた。その一撃は木材の一部をへし折り、破片が飛び散る。


 作業員の一人が近寄ってくるアントニオたちに気付いた。

「助けてぇー!」

 アントニオたちは近くで魔獣を見て、その大きさに脅威を覚えた。小柄なロブソンの倍くらいの背丈がある。

 ロブソンが青い顔で尋ねる。

「あ、アントニオ様。大丈夫でしょうか?」

 アントニオも厳しい顔をしている。

「この魔砲杖の威力を信じるしかない」

 ニコラが頷き、ロッドを握る手に力を込めた。

「リカルド様が作った雷鋼魔砲杖ですよね。甲冑ワームも倒せると言ってました」

 三眼熊は脅威度3、甲冑ワームは脅威度4の魔獣である。


 アントニオは喉が渇いているのを感じた。だいぶ緊張しているようだ。これほどの大物と相対した経験がないのだから当然である。

「初弾を外したら、頼んだぞ」

「分かりました。時間稼ぎをすればいいんですよね」

 ロブソンが答えると、アントニオが頷いた。


 三眼熊が苛立つように吠える。腹を空かせているのだろう。

 アントニオたちが武器を構えると、魔獣も気付いた。振り返って両手を上げ威嚇する。

 魔砲杖が魔獣に向けられた。三眼熊はそれを敵対する意思があると判断したようで、向かってきた。

 アントニオが引き金を引く。次の瞬間、バチバチと帯電した鋼鉄の渦が、魔砲杖の先から飛翔を開始する。本能的に危険だと思った三眼熊は、躱そうとした。

 鋼鉄の渦は魔獣の脇腹を掠め、左足に命中。三眼熊の左足は挽肉と化した。大きな悲鳴を上げ、のた打ち回る魔獣。


 アントニオは呆然と見守っていた。だが、ハッと気付く。仕留めたわけではない。次の攻撃が必要だと、慌てて触媒カートリッジの交換を始めた。

 のた打ち回っていた三眼熊が起き上がった。目を血走らせ、左足を引き摺りながら迫ってくる。

「ロブソン、ニコラ」

 アントニオの声で、二人が慌てたように魔術を放つ。少し冷静さを欠いていたが、リカルドに鍛えられた二人は、魔術の発動に成功した。使った魔術は【重風槌】。上空の空気を圧縮し、敵に叩き付ける魔術である。


 ニコラの魔術は命中しなかった。ロブソンの【重風槌】は、見事に三眼熊を捉え吹き飛ばす。もちろん、【重風槌】の威力では、三眼熊を仕留められない。

 ゴロゴロと地面を転がった魔獣は、再び起き上がり凄まじい咆哮を上げた。

「ひっ」

 ニコラが悲鳴に近い声を漏らす。その時には、触媒カートリッジの交換を終えたアントニオが魔砲杖を構えていた。慎重に狙いを定め引き金を引く。

 鋼鉄の渦は、今度こそ三眼熊を捉え、その頭をミンチにする。頭を失った魔獣は、地面に横たわった。


「ふうっ、な、なんとか仕留められたな」

 アントニオが緊張を解いた。ロブソンとニコラも、それにならう。

「すごい、すごい」

 背後で声が聞こえた。アントニオが振り向くと、物陰に隠れていたミコルがぴょんぴょん跳ねながら喜んでいる姿が見えた。

「ミコル」

 咎めるような声に、ミコルはビクッとする。

「何故、そこに居る?」

「魔獣をどうやって倒すのか、見たかったんだ」


「ダメじゃないか。ここは危険だったんだぞ」

「そうだ。魔獣に襲われたら、どうするつもりだった」

 ロブソンとニコラがミコルを叱った。だが、ミコルはアントニオに頭を下げる。

「アントニオ様、俺は魔獣ハンターになりたいんだ。どうやったら強くなれるか、教えてください」

 アントニオは面食らった。自分が強いとは思っていなかったからだ。


「ほう、ミコルは魔獣ハンターになりたいのか?」

「んん……父ちゃんが魔獣ハンターだったんだ」

 アントニオは、魔獣ハンターがダメな職業だと思っていない。だが、死ぬ危険もあるし、怪我を負う機会も多い。怪我をすれば、仕事を休むことになる。リスクの高い職業なのだ。

「どうやったら強くなれるかと聞かれても……困ったな。俺は強くないぞ」

「アントニオ様は強いよ。こんな凄い魔獣を倒したんだから」


 アントニオは三眼熊の死骸をチラリと見た。

「こいつを倒せたのは、ロブソンとニコラの援護。それに魔砲杖があったからだ。俺が強いわけじゃない」

「でも、黒トカゲの不意打ちを避けられるのは、アントニオ様だけだって、ダリオ兄ちゃんが言ってた。強いから避けられるんでしょ」

 それは【倍速思考】の魔術を利用した訓練の成果である。ミコルは影追いトカゲの攻撃を素早く避けるアントニオを見て、凄いと思ったらしい。


「分かった。鍛えてやろう。その代り魔術の勉強もしろ」

 ミコルが目をパチクリする。何故、魔術の勉強をしなければならないのか疑問に思ったのだ。

「どうして……魔術?」

「三眼熊くらいまでだったら魔砲杖で倒せるが、それ以上の魔獣と遭遇したらどうする。魔術を使えないと死んでしまうぞ」

 アントニオは魔獣ハンターについて詳しくはなかった。身近で魔獣を倒す人間というと、リカルドなのだ。一流の魔獣ハンターとは、リカルドが魔獣ハンターになったような人物だと考えた。

 そのせいで、ミコルは一般的魔獣ハンターと異なる訓練と勉強を始め、魔獣ハンターを目指すことになった。


 また三眼熊を倒したアントニオたちは、取り残された作業員に感謝された。そして、作業員の口からアントニオたちの武勇が語られると、大勢の人々から尊敬されることになる。


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