scene:12 魔成ロッドの価値
出来上がった魔成ロッドには最初に作ったロッドと同じ程度の複雑さを持つ模様が浮かび上がっていた。
「中々の出来かな。ちゃんと同じ模様が揃っている」
正確に言うと少しだけ模様の違うものが混じっている。だが、僅かな違いなので問題ないレベルだろう。
一流の魔導職人でも魔成ロッド一本を作り上げるのに六日は掛かる。当然、六回に分けて魔力を注ぎ込むのだが、そうすると模様が僅かだが変化する。
昨日と同じ魔力量や流し込む圧力にしているつもりでも僅かだが違っているのだ。その日の体調や集中度によって変化していると言われている。
僅かな変化なので注意深く見なければ判らないし使用には問題ない。リカルドが最初に作った魔成ロッドのように折れるなどということは起こらないようだ。
そういう意味ではリカルドが作った魔成ロッドは質が高いものだと言える。但し込めた魔力の強度が初級魔術程度であり、素材もありふれた妖樹トリルの枝なので、総合評価は五段階評価の四級魔成ロッドとなる。
翌日、魔成ロッドを持って雑木林へ再度試しに向かう。
頭突きウサギと遭遇し戦いとなった。左手にバックラーを持ち、右手には魔成ロッドを構える。
魔成ロッドに魔力を流し込みながらウサギの首に叩き込むと簡単に首の骨が折れた。魔力が衝撃波となって首の骨を折ったようだ。
魔成ロッドを使って魔術も放ってみた。魔力が暴れるような感じはなく、逆に制御しやすくなり強い魔術が放てた。ロッドの完成度は高いようだ。
その後、三羽の頭突きウサギを魔成ロッドを使って狩り、その日は満足して帰った。
数日後、キャリーカートが完成したか、荷車工房へ見に行った。
「ああ、完成したぞ」
親方が奥から完成したキャリーカートを持ってきた。形は背負子に二つの小さな車輪を付け、曳いて歩けるように取っ手を組み込んである。
背負うための革紐も丈夫なものを選んで付けてあった。リカルドは地面の上を取っ手を握って引いてみる。
上手く車輪が回っている。試しに丸太を載せ曳いてみると大丈夫なようだ。
「親方、ありがとうございます」
後年、このキャリーカートが注目を浴び、荷車工房の親方が大儲けをする。特許制度があれば、自分も儲けられたのにと世の中の不条理を嘆くことになるリカルドであった。
キャリーカートを背負って雑木林を抜け小川に行く。川上に向かって妖樹トリルを探していると川の水を吸い上げている妖樹を発見した。
魔成ロッドを使い妖樹を狙って【飛槍】を放った。石槍が飛翔し妖樹の瘤に突き立った。樹肝油が噴き出し妖樹トリルが暴れ川に落ちた。
リカルドは鉤縄を取り出し流れていく妖樹に引っ掛け手繰り寄せる。
簡単に妖樹トリルの素材が手に入ってしまった。魔獣ハンターは妖樹トリルを何故狙わないんだろうと不思議に思う。だが、魔術を確実に瘤に命中させるのはリカルドが考えているより難しいのだ。
リカルドは魔力制御の修業を一日に何度も馬鹿みたいに繰り返した結果、これほどの制御力が身に付いたのであって、普通は一日に一回修業を行えば魔力が尽きるので、その日は修業できない。
魔獣を最初に倒した日の『恩恵選び』で六番目を選んだのが幸運だったようだ。
あの日六番目に選んだのは精神の奥底にある源泉門と関係しているのではないかと思っている。
持ってきたノコギリで枝を切り落とし、紐でキャリーカートに固定した。キャリーカートは妖樹トリルを載せても割と簡単に動いた。
振動はゴトゴトとあるが、素手で運んだ時とは雲泥の差である。
街に運び触媒屋に持っていく。店の中にはディエゴが居て持ってきた妖樹トリルを見ると。
「凄いな。またトリルを狩ったのか」
「買い取ってもらえますか?」
「おう、妖樹トリルの炭は王都で品薄だっていうんで相場が上がってるんだ」
理由は判らないが、【火】の触媒が王都を中心に品不足となり高騰しているらしい。
ディエゴがキャリーカートに気付いた。見た目が背負子に似ているので背負子だと勘違いしていたらしい。
「そいつは何だ?」
「これはキャリーカートという重い荷物を運ぶ道具です」
リカルドがキャリーカートを動かしてみせると感心する。
「ほう、便利そうなもんじゃねえか。そいつで重い妖樹を運んできたのか」
「ええ、荷物を運ぶのに便利なので、荷車工房で作ってもらいました」
「王都でも見たことがないぞ。リカルドが考えたのか?」
「まあ、そうです」
「魔術士っていうのは頭がいいんだな」
ディエゴから銀貨二枚を受け取り、屋敷に向かう。途中、狩った頭突きウサギの肉を食事の用意をしてくれるオルタさんに渡す。
「まあ、ウサギの肉なの。今日の夕食に出すから期待していて」
おばさんは随分と喜んでくれた。これからはちょくちょく肉を提供することにしようと思った。
屋敷について、キャリーカートは庭の物置小屋に仕舞い、屋根裏部屋に戻った。
装備を解いて手入れをしてから、一〇分ほど瞑想をして疲れを癒やす。
その後、持って帰った妖樹の枝をロッドに加工する。
一応魔成ロッドは完成したが、満足できるものではなかった。武器屋で見た魔成ロッドに浮き出た模様は複雑で大きかった。どうやら流し込む魔力の強さによって模様の複雑さが変わってくるようなのだ。
魔力が強くなれば雪の結晶のような模様も複雑になり、品質の高い魔成ロッドとなる。
それに加工が荒く見栄えが良くないのも気に掛かった。ヤスリとかの工具を買おうと決めた。
加工している途中で夕食の時間となり、一階に下りるとオルタさんが食事の用意をしていた。ウサギの肉はキノコと一緒に煮込んだ料理として食卓に並んでいた。
魔獣の肉を食べるのは久しぶりで非常に美味く感じた。マッシモも気に入ったらしく二度もお代りをする。
食事が終わり屋根裏部屋に戻るとロッドの加工を仕上げる。
相変わらず荒削りな仕上がりで見栄えは良くない。本職の職人に頼むのも考えたが、魔力コーティングが満足の行くものになるか分からないので、高い金を出して加工してもらうのは止めた。
今日は精神の奥底にある源泉門から六歩の距離まで意識を近付け、そこから流れ込む力を魔力に変えロッドに流し込む。七歩の時には感じなかった魔力の抵抗を受け暴れる感じがする。
暴れる魔力に意識の圧力を掛け制御する。体の表面から魔力を放出した時とは違いロッドに流し込むのは難しいようだ。
苦戦しながらもロッドの表面を魔力で変化させていく。明らかに前のロッドより複雑な模様が浮かび上がっている。最後まで魔力コーティングを終わらせ出来上がった魔成ロッドを調べる。
魔力制御が成功しておらず、模様が綺麗に揃わずパッチワークのようになっている。
「失敗作だな。いきなり六歩の距離は無謀だったか」
リカルドはガックリと肩を落とした。
魔力コーティングという作業に慣れるところから始めた方がいいようだ。
翌日から昼間に妖樹トリルを狩り、夜に魔成ロッドの作製を行うという日課を続けた。魔力コーティングの時は源泉門から七歩の距離で完璧に模様を揃えようと努力した。
そのような日々が一ヶ月ほど続いた。昼間の狩りで妖樹トリルを狩れない日やロッドの加工で失敗することもあり、及第点を取れる魔成ロッドは六本しか作れなかった。
珍しく狩りを休み街に出掛けた。溜まった魔成ロッドが売れないかと思ったのだ。
武器屋に行き中に入る。店では主人と商人らしい男が話をしていた。
「珍しい武器は無いかな?」
「そうですね。珍しいと言うと槍鹿の槍角を使った短槍くらいですね」
主人は奥から仕入れたばかりの短槍を持ってきた。その槍の穂先には金属ではなく槍の刀身と同じ形をした黒光りする角が付いていた。どうやら魔獣である槍鹿の角らしい。
客の男性は熱心に短槍を調べて、幾らか尋ねた。
「金貨八枚でどうです」
「高いな。槍角の相場は金貨三枚程度だと記憶しています。腕のいい職人に加工を頼んだとしても金貨一枚が精々でしょう。そうすると金貨六枚がいいところではないですかな」
「そんな……槍角の相場と言われましたが、この角を見てくださいよ。中々のものですよ」
主人と客は値段交渉を始め、結局、金貨七枚と銀貨二枚となった。
先客が離れたのを見て、リカルドは主人に近付き声を掛けた。
「すみません。これを見てもらいたいんですが」
持って来た六本の魔成ロッドを見せた。
「……おい、こりゃあ魔成ロッドか」
主人は酷く驚いた。この辺境には魔成ロッドを作れるような魔導職人は居ないはずだったからだ。
「そうです。買取はできませんか」
「坊主、これは誰が作ったんだ?」
リカルドは躊躇った。自分が作ったと言えば、安く買い叩かれそうな気がしたからだ。普通に考えれば、子供が作った物を高い値段で買ってくれる大人は居ない。
「自分の師匠が作ったものだよ」
「ほほう、お前さんの師匠は魔導職人なのか」
主人は念入りに魔成ロッドを調べ始めた。
「おや、銘が入っていないな。それに加工が雑だな」
「その加工は自分がしたんです」
「道理で……その師匠は怪我でもしたのか?」
「ええ、まあ」
主人は舐めるように調べてから告げた。
「一本金貨一枚で買い取るがどうだ?」
リカルドは心の中で『ヤッター』と叫んだ。一晩で作った魔成ロッドが金貨一枚である。
リカルドは六本の魔成ロッドを武器屋に売った。金貨を受け取り店の外に出ると主人と値段交渉をしていた男が立っていた。
年齢は五〇歳ほどだろうか。黒髪に白髪が混じり太いモミアゲを生やしている。背はそれほどでもないが、体重は八〇キロほど有るだろう。商人風の服装は高そうな絹の布を贅沢に使っている。
外見から商人だろうと推測する。
「ちょっといいかな?」
その商人が話し掛けて来た。
「何でしょう」
「少し話を聞きたいのだが」
商人はリカルドを美味しいアミル茶を出すという店に誘った。アミル茶と言うのは紅茶に似た飲み物で、裕福な者は蜂蜜を入れて飲む。
席に座ると商人がアミル茶と焼き菓子を注文した。
「私は王都で武器と触媒の店を経営していたベルナルド・ミケロッティという者です」
子供相手だと言うのにベルナルドは丁寧な口調で話すようだ。その喋り方が癖になっているのだろう。
リカルドは知らなかったが、ミケロッティと言えば王都で四大商の一つとして名高いミラン財閥を支配する家系で、ベルナルドはミラン財閥の副総帥だった人物である。
現在は現役を引退しあちこちを旅しているが、ロマナス王国の経済界では影響力を持つ大物である。
「魔術士を目差して勉強中のリカルドです」
「おや、魔術士ですか。魔導職人に師事していると聞きましたが」
「……一時的なものです。将来は魔術士になろうと思っています」
リカルドは武器屋で嘘をついたことを少し後悔する。
「処で、あの魔成ロッドを一本金貨一枚で売ったようですね。師匠からは幾らくらいで売るように言われなかったのですか?」
「あれは修行の一環として作ったもので、初めから売ろうと思っていたものではありません」
「でも、魔力コーティングは師匠の魔導職人が行ったものでしょ」
ベルナルドは魔力コーティングの難しさについて教えてくれた。自分にとっては話に聞くほど難易度が高いとは思わなかったが、九歳の子供ができるような技術ではないらしい。
そこで、自分に教えるためと技術を錆びつかさないために、師事している魔導職人が魔力コーティングをしていると伝えた。
「なるほど……ですが、金貨一枚は安過ぎる。武器屋の主人にやられましたな」
ベルナルドの話によると四級程度の魔成ロッドでも王都では金貨一〇枚程度で売られているらしい。商人が魔導職人から買い取る時は金貨三枚以上が相場だと知った。
「でも、あのロッドは自分が削って作ったもので見栄えは良くなかったですよ」
「そうですな。しかし、魔力コーティングは見事なものでした。あれほど綺麗に揃った雪華紋を見るのは久しぶりです」
魔成ロッドに浮き出る模様は『雪華紋』と言うらしい。
リカルドは自分の作品を褒められて照れる。
「でも、ロッドに流し込んだ魔力は少なく雪華紋も単純なものでした」
「ええ、それでも私なら金貨三枚で買い取るでしょう。損をしたようですね」
ベルナルドは魔成ロッドについて教えてくれた。魔成ロッドの等級は浮き出た雪華紋の大きさや複雑さとそれが綺麗に揃っているか、素材に何を使っているかで決まるらしい。
素材は最低が妖樹トリルで、二級以上のものは妖樹エルビルなどの強い妖樹系魔獣から切り出した木材を使うらしい。流し込む魔力量が多くなると妖樹トリルの素材では耐えきれずひび割れを起こすそうだ。
アミル茶を飲み焼き菓子を食べながら、ベルナルドと一時間くらい話していただろうか。
「おっと、長い間引き止めてしまったね。最後に師匠の名前を教えてくれないか」
正直困った。そこで苦し紛れに。
「マトウです。師匠の名前はマトウといいます」
一つ嘘をつくとドンドン嘘を重ねることになる。
「そうか。マトウさんは、当分の間ここで魔成ロッドを作るのかね」
「はい、怪我が治るまでは」
「それなら、北のクス領に行った帰りにもう一度寄るかな。マトウさんが作る魔成ロッドが欲しいんだ。いいよね?」
リカルドは頷き、連絡先としてアレッサンドロの屋敷を教えた。




