scene:119 ピレット山
ミロスラフ王子と会った翌々日、リカルドは商人ボッチェリと一緒にニジェル塩湖に向かった。そして、何故かサルヴァートも同行している。
「香都の調査をするんじゃなかったんですか?」
サルヴァートはニヤッと笑う。
「ブルーノに任せた。ニジェル塩湖と言えば、近くにピレット山があるそうじゃないか。もちろん、調査に行くのだろ?」
リカルドは片手を頭に当て、深い溜息をこぼした。
「そのつもりはなかったんですが……行きたいんですか?」
サルヴァートが爽やかな感じで笑う。人を惹きつける魅力のある笑顔だ。
「隠し財宝だよ。ロマンを感じないのかい」
リカルドは意外に思った。サルヴァートをもっとクールな男だと思っていたからだ。隠し財宝は魅力的だとリカルドも思う。とは言え、財宝の中身が分からない現状では、探すという行動を起こさせるほどでもなかった。
「ロマンですか……多少は感じるかな。トロナ鉱石の交渉が終わった後なら、付き合いますよ」
「いいだろう。財宝を見付けた時、収納碧晶を持つ者が同行していたら便利だ」
リカルドを荷物運びに利用しようと考えているようだ。リカルドは香都で馬車を借り、それで移動していた。
広大な草原を一本の道が地平線まで続いていた。ニジェル塩湖までは、馬車で二日。馬車の揺れが酷い。香都からニジェル塩湖へ向かう道は、あまり整備されていないようだ。
サルヴァートが馬車の上で揺られながら周囲を見回す。
「羊が多いな」
草原には羊だと思われる家畜が放牧されていた。魔獣の多いロマナス王国では、考えられない光景である。
「ここの特産物だからね。あんたたちは商人なんだろ。羊毛は仕入れないのかい」
ボッチェリが御者台に座って、馬を御しながら話し掛けた。ボッチェリが御者台にいるのは、三人の中で一番馬の扱いが上手かったからだ。
「自分たちは、トロナ鉱石を仕入れるつもりですから、羊毛までは……」
「そうだったね。トロナ鉱石の方が儲かるのかね?」
リカルドが笑った。
「最初だけは、そうなんです」
「……ん? 何故最初だけなんだ?」
「トロナ鉱石から作るソーダ灰の購入者は、ガラス製造に関わっている職人なんです。彼らは手に入る時、大量に購入し溜め込むんです」
「そうすると、溜め込んだソーダ灰を消費するまで、次の購入はないということかね」
ボッチェリは残念そうに言った。長期的な需要があるなら、ロマナス王国との交易を考えたのだろう。
途中の村に一泊してから、翌日ニジェル塩湖へ到着。
塩が固まった地層が続く湖畔の向こうに、塩湖が見える。トロナ鉱石の鉱床は塩湖の北側にあった。周囲一面が真っ白で、風もしょっぱく感じる。
トロナ鉱石を掘っている鉱夫が見えた。彼らが寝泊まりしている飯場のような建物もある。ボッチェリは飯場近くに建っている石造りの建物に案内した。
「ここが、鉱床を管理している組合の事務所です」
リカルドたちは事務所に入った。中には帳面の整理をしている商人が三人。
ミロスラフ王子からもらった紹介状が効いたのか、交渉はスムーズに運んだ。相場に近い価格で二〇トンほどのトロナ鉱石を購入できた。
そのトロナ鉱石は倉庫に保管してあると言う。
「この量の鉱石を、どうやって運んでいくんだ?」
ボッチェリがリカルドが購入した量を見て、収納碧晶に入る量ではないと思ったようだ。
サルヴァートもリカルドが購入した量に驚いた。予想以上に大量だったからだろう。
「問題ありません」
リカルドの持つ収納碧晶は、通常のものより収納容量が大きい。それに通常収納碧晶の他に冷蔵、冷凍の二つの収納碧晶もある。
倉庫に積んであったトロナ鉱石が、次々に消えるのをボッチェリは目を丸くして見ていた。
「やっぱり、北大陸の方が魔術道具に関しちゃ進んでいるようだ。この国にある収納碧晶は、そいつの半分くらいの容量しかないぞ」
この大陸にも魔境が存在する。オベレル山脈の向こうにある『リシュタリカ帝国』と呼ばれる国にあるようだ。魔境クレブレスより規模は小さいらしいが、神珍樹もある。
ボッチェリが容量が少ないと言っている収納碧晶は、この大陸の魔境で採れた碧玉樹実晶を加工したものだった。
取引を終えたリカルドは、サルヴァートと一緒にピレット山に向かった。残ったボッチェリは、知り合いの馬車で香都へ戻るそうだ。
ピレット山は、ニジェル塩湖の北東に存在する山である。その山の麓には、キクリ村という山村があり、そこを拠点に財宝探しをしようということになった。
リカルドたちは気付いていなかったが、二人の後を付けている者たちがいた。魔獣の少ない土地に来て、魔力察知をやめてしまったことが災いしたのだ。
ダミアノはリカルドたちが財宝探しをしていると確信している。ニジェル塩湖に行くと聞いて、そこに財宝が隠されているのでは、と思った。そこで傭兵五人を雇い、リカルドたちを追ってきたのだ。
護衛の一人であるレオニダが、ダミアノに顔を向ける。
「あいつら、どこまで行くんですかね?」
「さあな……だが、奴らが財宝探しをしているのは間違いない。サルヴァートの奴が香都の調査を放り出し、こんな所に来ているのは、財宝以外に考えられん」
ダミアノは財宝探しだと言っているが、レオニダは財宝探しという話に疑問を持っていた。
「中の人間に確認しましょう」
リカルドがトロナ鉱石の取引をしていた、と中の商人から聞いて、レオニダは疑いを深めた。
「奴ら、トロナ鉱石の取引に来たようですぜ」
「ふん、カモフラージュに違いない」
「そうですかねぇ……旦那、交易は大丈夫なんですかい。王都バイゼルへ持ち帰る商品は決めたんですか?」
ダミアノが鼻で笑う。
「ふふふ……抜かりはない。香都の香辛料問屋と交渉して、金貨一四〇〇枚分の香辛料を用意させておる。バイゼルへ戻れば、大儲けだ」
「さすが、旦那。その時は、俺たちにも褒美を下さいよ」
ダミアノがジロリとレオニダの顔を睨んだ。
「その前に、財宝だ。小僧達が探し出した財宝を頂戴するんだ。そうすれば、交易の利益なんかと比べものにならないほどの金が手に入るんだぞ」
もう一人の護衛が目を輝かせる。
「もちろん、俺らにも分け前があるんでしょうね」
ダミアノがこずるそうな表情を浮かべた。
「まあな、お前たちにもちゃんと分け前はやるぞ」
護衛を始め、傭兵たちも盛り上がった。
ピレット山が見えてきた。しばらく進み、リカルドたちはキクリ村に到着する。村長の屋敷に泊めてもらうように交渉した。村長はミイラのようにしなびた老人で、強欲な人物だった。
狭い部屋を一部屋貸すのに、一日銀貨一枚を要求した。町で平均的な宿に宿泊した場合に支払う料金よりも高い。
サルヴァートは部屋に入ると不平を口にする。
「狭いうえに、埃っぽい。これで銀貨一枚とは……」
リカルドはアレッサンドロの屋敷の屋根裏部屋を思い出す。あそこも埃っぽい空気だった。
「ところで、村長に食事はいらないと言っていたが、どうするのだ?」
サルヴァートが疑問に思っていたことを尋ねた。少し空腹を覚えたのかもしれない。外は陽が低くなり、少し薄暗くなっている。
リカルドは村の様子から、碌な食事が出ないと推測していた。食材自体は冷蔵収納碧晶の中に入っているので、自分で料理しようと考えたのだ。
リカルドは、村長宅の厨房で野菜や肉の下ごしらえをした。その野菜と肉を持って部屋に戻る。部屋ではサルヴァートが、大きな火鉢の上で土鍋の水を沸かしていた。
その土鍋の中には昆布が敷かれていた。出汁の出た昆布を取り出し、野菜と肉を入れる。
「その肉は?」
「ええ、暴食ウツボの肉です」
冷凍収納碧晶の中に仕舞っていたものを厨房で一口大に切ったものだ。野菜は香都で購入したものである。
草原の夜は冷える。放射冷却により昼間に蓄積した熱が空へと逃げていくからだ。火鉢の中で赤々と燃えている炭から発せられる熱が心地良い。
グツグツ煮え始め、いい匂いが部屋に漂い始める。モンタがリカルドの肩に登って、土鍋の中を熱心に覗いている。香辛料が入っているので、モンタは食べない方が良いのだが、興味はあるようだ。
「まだなのか?」
サルヴァートが待ちきれないという様子で確認する。
「もう少しですよ」
リカルドはスープの味見をしてから、塩と香辛料を追加で少しだけ入れる。香辛料は唐辛子に似ているものだ。
しばらくすると野菜も食べ頃になった。
「よし、食べよう」
土鍋から肉と野菜、スープをお玉ですくい皿に盛った。サルヴァートは皿を受け取り、リカルドを見る。
「君は料理もできるんだな」
「簡単な料理だけですよ」
リカルドは自分の皿に料理をよそって、食べ始めた。
「おっ、昆布出汁がいい仕事している」
暴食ウツボの肉から出た出汁と昆布出汁が合わさり、絶妙な味になっている。しかも少量加えた香辛料が、辛味というアクセントを付け舌を刺激する。
サルヴァートは無言で貪るように食べていた。その様子から気に入ったのは分かる。リカルドとしては、感想を聞きたいのだが───今は無理なようだ。
「リカ、モンタには?」
リカルドは暴食ウツボの肉を少しだけ取り出し串に刺した。それを火鉢の炭火で解凍して、モンタに渡す。モンタは美味しそうに食べ始めた。
食事を終え、明日からの予定を話し合う。
「どうやって、財宝の洞窟を探すつもりなんです。目印がメルジェス王国の王族だけに伝わるシンボルなら、無理なんじゃないですか?」
リカルドは否定的な意見を告げた。
「太陽が沈む前に、ピレット山を見ただろ。あの山の岩壁に洞窟があるようだ」
ピレット山は岩山のようだ。ゴツゴツした岩で作られた壁がそそり立っていた。その山裾の岩壁に大きな穴が開いており、遠くからでも見えた。
リカルドは首を傾げた。石碑にはシンボルを知らないと見付けられないと書かれていたからだ。
「あの洞窟が、財宝の隠し場所だとは思えないんですが」
「まあ、待て。あの洞窟の部分、地崩れが起きたように見えなかったか?」
思い出そうとしたが、リカルドの脳には正確な様子が記憶されていなかった。
「明日、確認しましょう」
その日は、早めに床につき夢の世界に旅立った。
翌朝、リカルドとサルヴァートはピレット山に向かった。
山は標高九〇〇メートルほど、山裾から中腹までには、苔や雑草などの緑が存在する。近付いて分かった。洞窟周りの地形が不自然だ。
「やっぱり、地崩れがあったんだ」
サルヴァートが少し興奮した様子で言った。
何かで隠されていた洞窟が、地崩れで現れた可能性がある。そうすると、メルジェス王国のシンボルなど意味がなくなっていたことになる。
メルケル島に石碑を残した王族が少し哀れになった。洞窟が見えている以上、中を荒らされた可能性が高い。
「モンタも財宝、見付ける」
ショルダーバッグの中のモンタが、鼻息を荒くして宣言した。
カンテラを用意して洞窟に入った。真っ暗な洞窟内部を、カンテラの光が照らす。洞窟は自然にできたものではなく、人工的に掘られたもののようだ。何かの鉱脈があったのかもしれない。
自然により作られた洞窟ではなく、坑道だったと判明した。その坑道は少し斜め上に向かった後、今度は斜め下に向かって伸びていた。
「ここは鉱山だったようですね。どんな鉱石が採れたんでしょう?」
「岩は火山岩のようだ。金とか銀という可能性もある」
廃鉱となっているのだから、鉱脈は尽きたのだろう。
「財宝が残っているかな」
リカルドが呟くように言った。
リカルドたちが坑道に入った後、付けていたダミアノが坑道入口の前に来ていた。
「旦那、ここに財宝が隠されているんですか?」
ダミアノは目を血走らせ、坑道内部を覗き込む。
「間違いない。ここにあるんだ。探せ……奴らより先に見付け出すんだ」
坑道は鉱脈を探して網の目のように掘り進められていた。
リカルドたちは知らなかったが、財宝探しは早い者勝ちの競争になっていた。
ダミアノたちは坑道を進み、最初の分岐点を左へと進んだ。その結果、右へと進んだリカルドたちと別の坑道を探すことになった。
しばらくの間、二つの集団が財宝を探して坑道を歩き回った。そして、幸運の女神はダミアノの方へ微笑んだ。左の方へ進んだ坑道の先に、小さな空間というか部屋を見付けたのだ。
その部屋には一人で抱え上げられないほど大きな箱が置かれていた。
「ブッハハハハ……、やった。財宝だ」
ダミアノを始め、護衛と傭兵も喜びの声を上げた。
宝箱の中身が金貨なら、五万枚ほど入るだろう。
「チッ、一国の財宝にしちゃ、しょぼいな」
ダミアノは不満そうである。けれど、護衛と傭兵は叫び、狂ったように笑い声を上げた。
その声は坑道に響き渡り、リカルドたちにも聞こえた。




