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scene:118 モンタと魔術

 複合魔術に感動したミロスラフ王子は、リカルドに尊敬の念を覚えたようだ。何かとリカルドに話し掛けるようになった。

「リカルドは、いつから魔術を習い始めたのです?」

「九歳の頃からでございます」

 サルヴァートなどは六歳の頃から習い始めたので、リカルドが早いわけではない。ミロスラフ王子が魔術を学び始めたのは八歳からであり、二年ほど魔術を勉強していることになる。


「凄いな。リカルドは天才なんですね」

 リカルドは苦笑した。自分を天才だと思ったことはなかったからだ。ただ源泉門を得た幸運により、他人より多くの時間を魔術の訓練に費やすことが可能だった。それだけなのだと。

「ところで、リカルド君はガイウス王太子と親しいそうだね」

 ダパヒム侯爵が口を挟んだ。

「はい。兄と一緒に始めた事業がきっかけで、王太子殿下と知り合い親しくさせていただいております」


 王子を首を傾げた。

「事業? 兄上は何をされているのです?」

「妖樹の飼育と荒れ地の開発を行っています」

 この情報に侯爵が興味を持った。

「妖樹の飼育……妖樹を育てることが商売になるのかね?」

「妖樹は、塩分を含んだ土地を農地に変える力を持っているんです」

 王都バイゼルでは、段々と広まっている情報なので、リカルドは正直に話した。但し、接ぎ木に関する情報は、話さない。


 王子は感心しているだけのようだが、侯爵は別の可能性に思い当たった。妖樹が育てられるのなら、育てた妖樹を【火】の触媒に加工して使えるということである。その実は【命】の触媒として使えるかもしれない。

 ユジュラ王国は魔獣の数が少ないので、触媒は魔獣以外から取れる最低ランクのものか、オベレル山脈を越えて運んでくる高価な触媒を使っている。

 それにより魔術の習得は、ロマナス王国以上に経費の掛かるものとなっていた。


 侯爵は領地で妖樹を育てた場合の利益を考え、真剣な表情になった。

「妖樹はどんなものを飼育しているのかね?」

「今はクミリです。小さな妖樹ですが、彼らの土壌改良する能力は、驚くものがあります」

「素晴らしい。一度その飼育場を見たいものだ」


 その後、王子から魔術について様々な質問があり、リカルドは丁寧に答えた。

 ミロスラフ王子の性格が分かってきた。まだまだ考え方に幼さが残るが、王族という地位に驕らず真っ直ぐな少年として育ったようだ。

 ガイウス王太子のような性格でなくて良かった───とリカルドは思った。ガイウス王太子は容赦ない性格の持ち主であり、独特のユーモアを持ち、油断すると惹き込まれてしまうカリスマ性を持つ人物なのだ。


 王子がリカルドと親しく話しているのを見て、ジェミヤンとカシュパルは気分を害したようだ。

「お待ちください。先程から我が国よりロマナス王国の魔術が、優れているように話されておられますが、それは考え違いというものです」

 ジェミヤンが声を大きくして言った。それを聞いた王子が、困ったという顔をする。

「そういうつもりでは……」


 言葉を詰まらせた王子をかばいながら、侯爵が代わって返事をする。

「殿下は、国の優劣についてではなく、リカルド君の技量を褒めただけだ。貴殿たちの国が優れているというなら、何か魔術を披露してくれないか」

 そう言われて、ジェミヤンとカシュパルの顔が強張った。彼らは魔術士として一流とは言えず、宮廷魔術士長の息子や王太子のお気に入りである魔術士に、勝てるような魔術など習得していない。


 彼らは魔術を披露することを遠回しに断った。

 王子は不満そうな顔をする。彼らの魔術を見てみたかったようだ。

 それからミシュラ大公国とクレール王国の魔術が、どれほど優れているか二人は語った。だが、話を整理すると魔術の発展については停滞しているらしいことが分かる。

 新しく開発された魔術が、元々あった魔術を少し改良したというものばかりだったからだ。ロマナス王国でも、複合魔術という発見がなされるまで、大きな進展はなかったことを考えると、世界全体が停滞期だったのかもしれない。


 ジェミヤンとカシュパルの話に飽きた王子は、リカルドの方をなんとなく見ていた。その時、モンタがヒョコッとショルダーバッグから顔を出す。

 モンタを見付けた王子は、目を丸くした。そして、コリコリとアーモンドを齧る様子に、笑みを浮かべる。

「それはペットなのか?」

 王子が唐突に質問した。

「モンタは家族の一員です」

「そうだよ」

 モンタがしゃべったので、リカルドとサルヴァート以外の全員が驚いた。


「……珍しい。賢獣か」

 侯爵の言葉に、リカルドが頷く。

「この国でも賢獣は、珍しいのですか?」

 リカルドが尋ねた。侯爵は溜息のような声をこぼしてから答える。

「あぁ、この国では魔獣が少ないのと同じように、賢獣も少ないのだ」

 カシュパルがしゃしゃり出てきて。

「我が国では、賢駒クレバーホースが多いですぞ。言葉を理解し、人を乗せて駆け回る素晴らしい賢獣です。こんなしゃべるだけの賢獣とは大違いです」


 それを聞いたモンタが頬をプクーッとふくらませる。

「モンタもいろいろできるもん」

「ふん、何ができるんだ?」

「おいしい木の実を見付けられる」

 カシュパルが馬鹿にしたように笑う。

「木の実だって……ただのリスでも見付けてくるぞ」


 馬鹿にされたと分かったモンタが、ショルダーバッグからリカルドの肩に登る。モンタが魔力を移動させ首筋の毛が逆立った。首には収納紫晶が組み込まれた赤い首輪が付いている。

 その小さな手にロッドと触媒が現れた。

 それを見た王子たちが目を丸くする。

 モンタは特別製の小さなロッドに魔力を集め、触媒を撒いた。


シェナ(風よ)ブリド(刃となって)ウィン(吹け)


 大気から刃が形成され、リカルドが沈めた丸太に向かって飛ぶ。丸太に命中した風刃が、その表面に傷を付けた。

「そんな馬鹿な!」

 サルヴァートが驚いて叫んだ。侯爵や王子は唖然とした表情を浮かべていた。それどころか、カシュパルなどは目が飛び出すほど驚き、口を開いたまま固まっている。

「モンタ、いきなり魔術を放つなんて、ダメじゃないか」

 リカルドがモンタに注意する。モンタはシュンとなった。

「でも……モンタ、リスと同じじゃない」

 モンタは自分が特別なんだと証明したかったらしい。リカルドはモンタの気持ちも分かるので、それ以上は叱らず、優しく頭を撫でてやった。


「その魔術は、君が教えたのかね」

 侯爵が尋ねた。リカルドは肯定する。

「そうです。モンタは記憶力がいいんですよ」

「しかし、賢獣が魔法ではなく魔術を使うというのは、聞いたことがない」

 賢獣の中には賢者ミミズクのように魔法を使うものが居るようなのだが、魔術を使うような賢獣は初めてらしい。初めてと聞いて、モンタが胸を張る。


 モンタの魔術を見て、ジェミヤンとカシュパルが祖国の魔術自慢をやめた。どうやらロマナス王国の魔術が一歩進んでいることを渋々ながら認めたらしい。

 モンタの魔術とロマナス王国の魔術水準は全く関係ないと思うのだが、賢獣にも魔術を教えられるという一点で、進んでいると判断したらしい。

 ミロスラフ王子はリカルドに視線を向ける。

「先程、モンタはロッドと触媒を、どこからか取り出したが、あれも魔術なのか?」

「いえ、魔術道具を使ったのです」

 王子はピンとこなかったようだが、侯爵はしたり顔で頷いた。

「ああ、そうか。収納碧晶を使ったのか。リカルド君は高価なものを持っているのだな」


「……まあ、そうです」

 リカルドの返事に躊躇があったのを感じた侯爵は、

「収納碧晶ではないのか?」

「同じような魔術道具で、収納紫晶というものが、新たに開発されたのです」

 侯爵は懐に手を入れ、収納碧晶を取り出した。ベルナルドが持っていたものと同じ型のものだ。

「これではないのかね?」

 リカルドは首を振り否定する。そして、ショルダーバッグの中に、魔操刻に失敗した紫玉樹実晶が入っているのを思い出し、取り出した。


「これが収納紫晶の素材となる紫玉樹実晶です。これは魔操刻に失敗したものですので、価値はありません」

 紫玉樹実晶を見た王子が、「あっ!」と声を上げた。

「どうされました、殿下」

 王子は左腕に嵌めているブレスレットを見せた。そのブレスレットには三個の紫玉樹実晶が光っていた。

「これだよね?」

 リカルドはブレスレットを確認した。

「そうです。これが紫玉樹実晶です」


 モンタがリカルドの肩の上で、王子に張り合うように首輪を見せる。その首輪には収納紫晶が嵌め込まれていた。

「リカが作ってくれたんだよ。いいでしょ」

 侯爵が目を光らせた。

「君が作ったのか。なるほど、魔導職人としての技も持っているのだね」

 リカルドは心の中で舌打ちした。人は珍しいものを見ると欲しくなるものだ。だから、実物を見せる代わりに失敗した紫玉樹実晶を見せたのだが、その配慮をモンタが台無しにした。


 案の定、ミロスラフ王子がモンタの首輪を物欲しそうに見ている。

「収納紫晶は、収納碧晶と違い、収納可能な容量が少ないのです。商品や軍需品の輸送には向きません。我が国では貴重品の保管道具として使われています」

 リカルドは収納紫晶の欠点をあげ、収納紫晶への興味を逸らそうとした。だが、王子の顔から判断すると、その試みは失敗したようだ。


 侯爵が苦笑しながらリカルドに頼んだ。

「王子のために、収納紫晶を作ってくれないか」

 王族のためにと言われると、断り難い。リカルドはトロナ鉱石の取引に対して、王子が口添えしてくれることを条件に承知した。

「ですが、紫玉樹実晶には当たりハズレがあり、およそ四個に一個の割合でしか収納紫晶を作れないのです」

 侯爵はなるほどと頷いた。侯爵は後日に紫玉樹実晶を集めて渡すと言ったが、王子はブレスレットを外してリカルドに渡した。


「まず、これを試してみて」

「大事なものではないのですか?」

 リカルドが尋ねると、構わないと王子が返事する。

 仕方なく、リカルドはブレスレットに嵌まっている紫玉樹実晶に対して、魔操刻を行う。幸いにも一個の紫玉樹実晶が成功した。

 リカルドは普通の収納紫晶ではなく、冷蔵収納紫晶として製作した。この国では冷蔵収納紫晶が売れると前々から思っていたからだ。


「完成しました。これは冷蔵収納紫晶という温度調節機能付きの収納紫晶で、物を冷やす効果が付いています。飲み物などを冷やすのに使われている方が多いようです」

 リカルドが王子にブレスレットを渡すと、王子が冷蔵収納紫晶を覗き込む。リカルドは使い方を教えた。王子は庭に落ちていた枯れ枝を拾って、冷蔵収納紫晶に仕舞った。枯れ枝が目の前から消えると、王子はびっくりしたように目を丸くする。

 今度は冷蔵収納紫晶から枯れ枝を取り出した。

「できたよ」

 王子が満面の笑みを浮かべる。侯爵が満足そうに頷いた。


 侯爵が使用人に葡萄ジュースの小樽を持ってくるように命じた。運ばれてきた小樽を王子が冷蔵収納紫晶に入れる。少し時間を置いて取り出した。

「あっ、冷たい」

 王子が嬉しそうに声を上げた。侯爵は王子から小樽を受け取り、使用人にグラスに注ぐように指示する。葡萄ジュースを満たしたグラスが全員に配られ、王子の乾杯の音頭で飲み干された。

「冷たくて美味しい。普段のものとは別物だな」

 そう言うと侯爵が考え込む。


 侯爵がリカルドの予定を尋ねた。

「ニジェル塩湖に行きます。先程話したトロナ鉱石の取引です」

「そうか、分かった。ところで相談なのだが、陛下が殿下の冷蔵収納紫晶をご覧になられ、欲しいとおっしゃるかもしれない。その時は製作を頼まれてもらえないか?」

 一応、質問形式だが、国王の頼みとなれば命令である。リカルドは、これだから貴族や王族との付き合いは面倒だと思いながら承知した。だが、二個だけと条件を付けた。際限なく増やせば、ユジュラ王国に存在する紫玉樹実晶が無くなるまで頼んでくるだろう。


 侯爵は王子と連名で、トロナ鉱石の鉱床を管理している商人にリカルドを紹介する書状を書いてくれた。これで交渉は成功したも同然だ。

 サルヴァートは知り合ったばかりの少年魔術士に鋭い視線を向けた。この少年の才能は驚くべきものだ。王太子が後ろ盾になったのも、頷ける有能さである。

 そして、サルヴァートの心に味わったことのない悔しさが残った。今まで敗北を味わったことはなかった。だが、リカルドと比較されると、自分が劣っているような気がしたのだ。

 (負けられん。アウレリオ殿下のためにも頑張らねば……)

 サルヴァートは深く心に誓った。


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