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scene:116 ヌシの石碑

 ヌシに登っていたモンタが、木の実を集めて戻ってきた。その実はピスタチオに似ている。どうやら、その木の実を見付けて駆け出したようだ。

 リカルドはモンタを撫でながら、ヌシの巨体を仰ぎ見た。先程攻撃した閃鞭は、大きな枝の先には必ず付いているようだ。その数は三〇本を少し上回る。

 全ての閃鞭が襲い掛かったなら、リカルドも危なかっただろう。


 リカルドはモンタなら石碑を調査できるのではないかと考えた。

「あの石碑の所まで行ってくれないか」

 モンタが首を傾げた。

「何するの?」

 いくら賢いモンタでも、文字は読めない。リカルドは紙とインク壺、筆を渡し、拓本《たくほん》を取ってくるように頼んだ。

「うん、行ってくる」

 モンタは楽しそうに石碑の所まで歩いていく。


 サルヴァートが心配そうにモンタを見ていた。

「大丈夫なのか?」

「モンタは賢いですから」

 モンタはペタペタと石碑にインクを塗り、紙を貼り付けた。何かの遊びだと思っているらしく、キャッキャと楽しそうにしている。


 モンタが紙を抱えて戻ってきた。

「よくやった。偉いぞ」

 リカルドが褒めると、嬉しそうにスキップしながら周りを回りだす。

「モンタはえらい♪ モンタはえらい♪」

 ついには変な歌を歌いだした。その様子を見て、リカルドは苦笑する。


「すまん。拓本を見せてくれないか」

 サルヴァートが我慢できなくなって声を上げた。一刻でも早く見たいようだ。

 リカルドは地面の上に拓本を広げる。

 そこに書かれていたのは、メルジェス王国の王族が書き残した遺言だった。メルジェス王国とは、現ユジュラ王国が建国される前に栄えていた王国で、二〇〇年ほど前に滅んだ国だった。


 所々が風化して消えている文字がある。だが、大体は解読可能だ。

「ふむ、これはメルジェス王国の王族が残した財宝を書き記したものか」

 サルヴァートは石碑の内容を読んで呟いた。

 この石碑には、メルジェス王国がユジュラ王国の初代王に滅ぼされた時に、逃げた王族が隠した財宝の場所が書かれていた。


 リカルドはゾクゾクするような興奮を覚えると同時に不思議に思った。こんな島にメルジェス王国の隠し財宝を書き記した石碑が残っていることが腑に落ちなかったからだ。

 そのことをどう思うか、サルヴァートに尋ねてみた。

「分からん。想像できるのは……財宝を隠した王族が、船で逃げようとして遭難し、偶然この島に辿り着いたのではないか。そして、島から脱出できずに死んだ」

 サルヴァートの想像を聞いて、リカルドはありそうだと思った。

「石碑は、その王族を探しに来るだろう者に残したメッセージだと?」

「まあ、根拠も何もない空想だ」


 ピレット山の麓にある洞窟に、財宝は隠してあると書かれている。洞窟を見付ける目印は、メルジェス王国の王族だけに伝わるシンボルだった。そのシンボルは書かれておらず、それを知らないと洞窟を見付けるのは困難であるらしい。

「財宝か、本当にあるんですかね?」

 サルヴァートが笑う。

「この石碑が本物かどうかも分からない。それに本物だとしても、二〇〇年前に隠した財宝だ。すでに発見され持ち出されている可能性も高いんじゃないか」

「そうですね」

「リカルド君は、宝探しをするつもりなのかね?」


 リカルドは苦笑した。

「宝探しより、まずは交易です。持ってきた商品を売って、高値で売れる品物を仕入れる仕事をしなければなりません」

「魔術士なのに、商人の真似か。王太子殿下は金に困っているのか?」

 サルヴァートは、リカルドがガイウス王太子の命令で交易をしていると思ったようだ。リカルドは逆に聞き返した。

「アウレリオ殿下は、資金に困っていないんですか?」

「殿下には、マチェラーリ財閥が付いている。資金の心配をする必要はない」

 国王陛下のお気に入りであるアウレリオ王子に取り入っているのが、マチェラーリ財閥のようだ。


「羨ましい」

「王太子殿下にも、ミラン財閥が付いているだろ」

「ミラン財閥は、無条件に金を出してくれるほど、王太子殿下に肩入れしていません」

 現在はガイウス王太子が政務を執っていると言っても、国王が元気になれば、どうなるのか分からない。ミラン財閥は、王太子だけに賭けるのはリスクが高いと思っている。

「なるほど、王太子殿下は苦労しているようだな」


 サルヴァートが石碑の拓本を欲しがったので、リカルドはプレゼントした。

 リカルドたちはイサク族の村へ戻り始めた。その途中、リカルドは不審な気配を感じる。だが、その気配は一瞬で消えてしまった。

「気のせいだったか。モンタ、魔獣の臭いはするか?」

 モンタは鼻をピクピクさせてから答える。

「魔獣、近くに居ないよ」

 この時、リカルドが魔獣と限定せずに尋ねていたら、モンタは別の答えをしていただろう。


 宿泊施設では、商人達が久しぶりに快適な一日を過ごしていた。

「あの小僧は、どこへ行った?」

 ダミアノが護衛の一人に尋ねた。

「サルヴァートの奴と一緒に、森へ行ったようです」

「こんな風の中、何の為に行ったんだ?」

「それは分かりません。ですが、イサク族から気になる話を聞きました」

「何だ?」

「ユジュラ王国のどこかに、財宝が隠されていると言うんです」

 ダミアノが目を光らせた。

「ふむ、興味深い。それでどこに隠されているのかイサク族は知っいているのか?」

「いえ、ヌシの石碑を読めば分かるそうなんですが、誰も近寄れないそうです」


 武器商人は指に嵌めた派手な指輪をいじりながら考え始めた。

「お前たちで、その石碑を見てこられないのか?」

 護衛が勢いよく首を振る。

「俺達は魔術士じゃないんです。デカイ妖樹なんか相手にできませんよ」

 ダミアノが舌打ちをする。

「チッ、使えん奴だ……ん……もしかして、小僧はヌシの石碑を見に行ったのか。だったら……」

 言葉を途中で止めたダミアノが、気持ち悪い笑いを浮かべた。


 翌日、荒れていた海は普通の状態に戻り、ラリーニ号は出港。その二日後、ユジュラ王国の港町メルバルに到着した。

 ユジュラ王国に入国したトゥリオ船長は、港の役場で入国の手続きをした。船単位で申告すればいいようだ。この国では入国審査という制度が確立されておらず、面倒な手続きもなくリカルドたちは入国する。

 町の人々は全体的に小柄で、彫りの深い容貌をした人が多い。肌は浅黒いが、イサク族とは人種が異なるようだ。


 ここは、多くの交易船が寄港する港のようで、様々な帆船が停泊している。その中で、ラリーニ号は異彩を放っていた。港の関係者や役人も、煙突から煙を出し外輪が回転して進む船に興味を持った。そればかりか、外国船の中にも興味を持つ船乗りが多く、ラリーニ号の船員が質問を受けている姿をリカルドは何度か見た。

 船を降りたリカルドは、港近くにある『渡り鳥』という宿を確保した。サラウド大陸の国々が使っている言語も、基本同じである。こんな広大な地域で、言語が一緒だというのは不思議なことなのだが、そう感じるのはリカルドだけのようだ。


 この国の建物は丸いドームのペルシャ建築のような建物が多い。陽射しも強く乾燥した空気を感じる。どことなくアラビアンナイトのような雰囲気だ。

 港には両替商があり、リカルドは金貨二枚を現地通貨に両替した。手数料が結構高く、両替は最低限にした方がいいと同じ宿に宿泊する商人たちは話している。

 リカルドが用意した商品は、魔成ロッド。この町で売るより、王都ミフナイの方が高く売れるだろう。ミフナイは香辛料や砂糖などの調味料が大量に集まる都であり、『香都《こうと》』とも呼ばれている。ラリーニ号の船員は、自国の王都バイゼルと区別するため、香都と呼ぶようにしているようだ。


 宿の部屋に、宝石商のメルクリオとクロリンダが訪ねてきた。

「リカルド君は、どこで商売をするつもりなのかね?」

「香都へ行こうと思っています」

「それはちょうどいい。私たちも香都へ行くつもりなのだ。一緒に行かないか」

 リカルドは一人で行くのも心細かったので、一緒に行く仲間が増えるのは歓迎である。


 メルクリオは何人かの商人と一緒に香都へ行こうと計画しているらしい。ユジュラ王国は魔獣の心配をする必要はないが、強盗や山賊は出没するので用心は必要だ。

 リカルドは護衛としての能力を買われて、商人たちが同行を希望しているらしい。

「サルヴァート殿には、声を掛けないのですか?」

「彼はもう少し港を調べた後に、香都へ向かうそうです」

 明日の朝一番で出発することになり、その日は早めに寝た。


 翌朝、リカルドがモンタと一緒に集合場所へ行くと、六人ほどの商人が集まっていた。商人たちは馬車も借りたようだ。リカルドは武器商人のダミアノが居ないと分かり、ホッとした。あの商人だけは馬が合わないというか、気に入らない。

 二台の馬車に荷物を積んだ商人たちと一緒に、リカルドは香都へ向かった。


 香都への道程はのんびりしたものだった。リカルドは商人たちと話をしながら、馬車の旅を楽しむ。大量の綿が詰まったクッションを用意してきたのも、快適に過ごせる理由の一つである。

 昼頃、小さな山を越える峠道に差し掛かった。周りは背の高い木に取り囲まれた視界の悪い場所だ。

 突然、カツッと音がして馬車に投げナイフが突き立った。御者をしていた男が驚きの声を上げる。

「山賊だ!」

 商人の誰かが叫び声を上げた。


 前方から九人の男たちが武器を持って走ってきた。薄汚れた服に飢えたような顔。どの顔にもどす黒い欲望と狂気が浮かび、商人達の心胆を震え上がらせる。

 商人達の視線がリカルドに集まった。何とかしてくれということなのだろう。用心棒を頼むべきだったのだが、この国で信用できる傭兵を探すのは時間が必要だった。

 その時間を惜しんだために、この危機を迎えたのだ。

 リカルドは馬車の陰で、デスオプロッドと触媒を準備する。仕掛ける魔術は【泥縛】、魔力を放出し触媒を撒いて呪文を唱えた。


 前方から駆け寄る山賊の足元が泥沼と化す。山賊たちが次々に泥沼に嵌まった。結果、五人が首まで泥沼に沈む。

「うわっ!」「なんだ!」「助けてくれ!」

 泥沼に嵌まった山賊たちが大騒ぎを始めた。泥沼で藻掻く仲間を助けようと山賊が動き出す。その隙にリカルドは次の魔術を放つ準備を始める。

「クソッ、魔術だ。魔術士が馬車に居るんだ」

「そいつを先に倒すぞ」

 山賊の中にも頭の回る者も居るようだ。


 山賊は馬車の陰にいるリカルドを見付け、魔術士だと気付いた。魔成ロッドを持っているのだから、当然である。鬼のような形相で迫ってきた。山賊の手には柳葉刀が握られている。

 魔術の準備は終わっている。だが、放つには山賊が近付きすぎた。リカルドはロッドを魔彩功銃に変え、馬車の前に出た。

「こいつ、よくも仲間を殺りやがったな」

 リカルドは泥沼に嵌まっている山賊の方をチラリと見た。

「こらーっ、俺たちはまだ死んでねえぞ」

 泥沼の山賊が叫んだ。


 リカルドがニヤリと笑って口を開く。

「まだ、死んでないって」

「うるせえ、知ってんだぞ。魔術士はこんな近くまで近寄られると魔術が放てないんだってな」

 魔術を放てないわけではないが、命中させるのが難しくなるのは事実だった。ロッドの向きを見て、避けることが可能だからだ。

「おい、早く助けてくれぇー」

 泥沼の山賊が助けを求めて叫ぶ。


 柳葉刀を構えた山賊が、そのままの姿勢で叫び返す。

「ちょっと待ってろ!」

「い、急げ、足先が固まってきた」

 泥沼は下から魔力が抜け始め、元の土に戻り始める。泥の中にいる山賊は足先から固まっていく恐怖を味わっていた。

 山賊の一人が柳葉刀を振りかざし、リカルドに斬り掛かる。魔彩功銃の引き金が引かれた。衝撃波が山賊の頭に叩き付けられた。脳を激しく揺らせ血管をズタズタにする。

 眼・耳・鼻・口から血を流した山賊が、崩れるように倒れた。


 見ていた商人たちの間から、驚いたような声が漏れた。魔彩功銃……いや、魔功銃の存在は知っていても、それで人間を撃った瞬間を目撃した経験は初めてだったのだろう。

 一方、山賊は魔彩功銃の威力に怯んだ。柳葉刀を構えたまま動かなくなる。

「ひ、膝が固まっちまった。このままじゃ大変なことになる」

 泥沼の方から悲痛な声が聞こえてくる。


 柳葉刀を構えた三人の山賊は、額に大粒の汗を浮かべリカルドを睨む。

 緊張に耐えられなくなった山賊の一人が、叫び声を上げ突貫を始める。柳葉刀を突き出し、もの凄い形相で迫る山賊に、リカルドは冷静に魔彩功銃の引き金を引く。

 衝撃波が山賊の胸に当たり心臓の太い血管を傷付ける。山賊は柳葉刀を放り出し胸を掻きむしるような仕草をした後、ドサリと倒れた。


「ダメだ。あれは魔術武器だ。こんな刀じゃ敵わねえ」

 山賊の一人が弱気になって声を出した。

「馬鹿野郎、こんなガキに弱気になってどうする」

 その時、泥沼の方から声が聞こえてきた。

「ダメだ。もうおしまいだ」

 この声は気になったのだろう。リカルドの前にいる山賊が振り返らずに確かめる。

「どうした?」

「俺の……俺の息子が固まった」

 ズボンの中に入り込んだ泥が固まったらしい。商人たちの中には思わず吹き出す者が続出した。


「……しょうもないことを……もうしゃべるな!」

 山賊の一人が大声を上げた。

「おい、一斉に攻撃すれば何とかなるんじゃねえか」

 魔彩功銃がどういう武器なのか分かっていない二人の山賊は、一斉にリカルドに襲い掛かる。衝撃波を連射すると、最後まで残った二人の山賊が倒れた。


 一人で山賊九人を倒したリカルドは、商人たちから多大な称賛を得た。

 泥の中で生き残った山賊は、もう一度【泥縛】を掛けてから泥から引き抜き、縛り上げて道路脇の木に繋いだ。

 後は途中の町で、役人に報告すればいいだろう。


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