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scene:114 海の魔獣

 しばらく海を眺めていたリカルドは、船室に向かった。

 階段を下りて通路に出る。船倉を広めに確保するため、通路は狭くなっていた。船室も狭く、特に一人部屋はほとんど寝台だけという感じだ。

 海側の壁に小さな窓が一つだけあった。そこから太陽光が入ってきている。

「何か変」

 モンタが部屋を見て声を上げた。どうやら、窓から外が見えるのに風が入ってこないのを不審に思ったようだ。窓には透明なガラスがはまっていた。


 リカルドは窓に歩み寄り、モンタに窓を触らせた。

「これは窓ガラスと言うんだ」

「まどガラス? ふしぎ」

 モンタが確かめるようにペタペタと窓ガラスを触る。モンタはガラスを見たことがあった。だが、窓ガラスは初めてだったようだ。

 リカルドは寝台に座り、これから半月ほど過ごす部屋を見回す。

「仕方ないけど、やっぱり狭いな」


 ちょっと寛いでいると、ドアをノックする音が響いた。

 訪れたのは、交易船の船長を務めるトゥリオ・ピゴッツィ。ガッシリとした体格をした四〇前後の鷲鼻の船乗りだ。

「ちょっとよいかな」

「何でしょう?」

「王太子殿下から伺ったのだが、動力が故障した場合、君を頼りにして良いのかね」

 開発者であるリカルドが、一番詳しいのは当然である。

「ええ、もちろんです。ですが、修理用の部品や職人も乗せているはず」

「ああ、職人の手に負えない場合だよ」

 リカルドが頷いた。


 第一の寄港地であるグレイ島までは晴れの日が続き、順調な航海だった。幸いにもリカルドとモンタは船酔いしない体質だったので、快適な船旅を味わっている。ただ航海中の難点を言えば、暇すぎるということだ。

 その御蔭で思う存分にぽやぽやしている時間を取れたが、さすがに二、三日するとモンタが騒ぎ出す。遊んで欲しいと言うのだ。

「何か遊び道具を持ってくれば良かった」

 モンタがピョコッと首を傾げる。

「なに、なに?」

 モンタの可愛い仕草に、リカルドは微笑んだ。モンタに何がしたいか尋ねると、本を読んで欲しいと言う。

「でも、ここは暗いよ」

 船室の窓は小さく、あまり光が入ってこないので薄暗い。リカルドは魔光灯を家に置いてきたのを後悔した。船室には樹液ランプが設置されていると聞き、必要ないと考えたのが失敗だった。

「食堂なら、暗くない」

 リカルドとモンタは食堂に向かった。食堂は上甲板の上に建てられた箱型の構造物で、大きな窓が組み込まれている。その内部は昼間なら明るい光に満ちていた。

 食堂には乗客の半分ほどが集まっていた。


 テーブルのいくつかでは、暇を持て余した商人たちが賭け事をしていた。リカルドはギャンブルをしないので、ルールを知らないが、トランプゲームのポーカーに似ているようだ。但し、カードは四種類ではなく五種類の模様に分けられた各十二枚のカードで構成されている。

 近くのテーブルを見ると知った顔があった。船に乗り込む時に出会った商人だ。

「メルクリオ君、ついていないようだな」

 ダミアノが笑いながら、カードを配り始めた。メルクリオが苦笑しながらカードを睨んでいる。ギャンブル運に見放されているようだ。

 関わり合いにならない方がいいと言っていたメルクリオが一緒にカードゲームをしているのは、運悪くダミアノに捕まり、半分強制的に参加させられたようだ。


 リカルドは窓の傍にある椅子に座り、収納碧晶に入れて持ってきた本を取り出す。その本はセルジュとパメラに文字を教えるために購入したものだ。

 セルジュとパメラは飽きてしまったが、モンタは気に入って何度も読んで欲しいと頼む。

 中身は昔から語り継がれている冒険譚である。

 しばらく読んでいると、モンタが眠ってしまう。


 暇になったリカルドは、食堂の人々を観察して時間を潰すことにした。ほとんどは商人だったが、二人ほど商人でない人物が居た。

 宮廷魔術士長の息子サルヴァートとアウレリオ王子の部下ブルーノである。

 (アウレリオ王子の命令で、大陸間交易の実情を調査に来たのだろうか?)───そんなことをリカルドは考えながら時間を潰した。

 サルヴァートは船員を捕まえ、動力室を見学できないか交渉している。


「グレイ島が見えてきたぞ!」

 見張り台に立つ船員の声が聞こえてきた。船員の声で目を覚ましたモンタを抱えたリカルドは、甲板に出る。海の向こうに目を向け、島を見付けた。

「リカ、魚がいっぱい」

 島の周囲の海は魚影が濃かった。良い漁場になるかもしれない。


 グレイ島は三日月のような形をした島だ。その入り江に船は入っていく。入江には桟橋が作られていた。丸太で作った杭を海底に打ち込み、それを土台にして板を張っただけの簡単なものである。

 桟橋に向かって板が渡され、一番乗りでダミアノが交易船を降りた。乗客の中には財閥の副総帥や貴族も居たのに、遠慮なしである。

 リカルドはちょっと気になったので、ダミアノの情報を集めていた。

 ダミアノは王都の商人の中で恐れられる人物だ。傭兵や王都の暗黒街と強いつながりを持ち、王都の闇の顔役という側面を持っている。さらに彼に逆らった者には、不幸が訪れるという噂があった。

 また、ダミアノはアプラ侯爵と関係の深い商人のようだ。武器商人であるダミアノは、最近魔砲杖が作れる魔導職人を王都の工房から引き抜いているという噂がある。


 グレイ島の宿泊施設は、簡単な山小屋風の建物だ。それほど快適なものではない。だが、動かない大地で寝られるのは有難かった。

 その日は、グレイ島で一泊。翌日の昼まで休養してから出港となった。

 次の寄港地であるキュレス島への航海は、海が荒れたせいで到着が遅れた。キュレス島でも一泊すると、最後の寄港地であるメルケル島へ向かう。


 メルケル島まで一日という距離まで近付いた頃、珍しく海の魔獣と遭遇した。巨大なウツボのような魔獣と巨大な鮫のような魔獣が戦っている。凄まじい戦いを繰り広げている海の魔獣を発見した見張りが警告の声を発した。

「船長、大変です」

 トゥリオ船長は二匹の魔獣を見て、戦う準備をさせた。船長は自室の金庫から魔砲杖を取り出してきて、船員たちに配った。訓練を受けているのだろう。船員たちは手慣れた様子で魔砲杖を扱っている。

 リカルドは記憶の底から、魔獣の名前を探し出した。ウツボの魔獣は『暴食ウツボ』、鮫の魔獣は『カブトザメ』である。

 暴食ウツボは鋭い歯を持つ全長八メートルの凶暴なウツボで、カブトザメは頭に兜のような黒い殻を付けている。


 この二種は深海を縄張りとしている海の支配者たちである。縄張り争いをしているのか、二匹は海面で絡み合い容赦なく噛みつきながら戦っていた。戦いながら浮上してきたようだ。

 優勢なのは暴食ウツボのように見えた。鋭く強靭な歯でカブトザメの肉を食いちぎっている。

 リカルドがトゥリオ船長に歩み寄る。

「もしもの時は、援護しましょうか」

「それは助かる」

「僕も手伝うよ」

 いつの間にか傍まで来た魔術士サルヴァートが、爽やかな笑顔で申し出た。

「サルヴァート殿、感謝します」

 リカルドは触媒とデスオプロッドを用意した。ベルナルドから、エルビルロッドはなるべく人前で使わない方が良いと助言され、普段はデスオプロッドを使っている。

 サルヴァートはリカルドのロッドに注目した。

「そのロッド、珍しいものだね。見せてもらえないか?」

 リカルドは無言でデスオプロッドを渡す。

「二級の魔成ロッドか。しかもユナボルタ……素晴らしいものだ」

 サルヴァートが誰が作ったものなのか尋ねたので、マトウの名前を出した。

「この一、二年で人気が上がった魔導職人の作か。なるほど、素晴らしい」


 交易船は暴食ウツボとカブトザメが戦っている海域を大きく迂回するコースを選択した。操舵手が取り舵を切り、船首が左の方角を向き始める。

 迂回しようとしている交易船に、何故かカブトザメが近付いてきた。暴食ウツボから逃げようとしているようだ。もしかすると、交易船を盾代わりにしようと思っているのか。

 近付いてくる巨大ザメを見て、商人たちが騒ぎ出す。

「来た、来た。大丈夫なのか?」

「デ、デカイぞ。早く撃て」

 商人たちの顔が恐怖で引きつる。


 トゥリオ船長は十分に引き付けてから射撃命令を出した。

「サメの背中を狙え……撃て!」

 三人の船員が狙いを定めて引き金を引いた。バチバチと強力な電気を帯びた鋼の渦が飛翔する。一発は外れた。しかし、残りの二発がカブトザメの背中に減り込み、その皮と肉を食い破る。

 傷口から流れ出した血が、海面を赤く染めていく。


「おおっ! 仕留めたのか?」

 恐怖していた商人たちが、歓声を上げる。

「あの威力……どこで作っている魔砲杖なんだ?」

「あれを仕入れれば、儲かるんじゃないか」

 一部の商人たちは、ガイウス王太子が独占販売権を握っているとは知らずに、雷鋼魔砲杖を商売にしようと金勘定を始めた。


 もう一人、雷鋼魔砲杖を注目した人物がいた。サルヴァートである。

「あの魔砲杖の元になった魔術。僕の知らないものだ。誰が開発したものなんだ?」

 サルヴァートは元になった魔術に興味を持ったようだ。


「もう一匹も近付いてくるぞ」

 船員の一人が声を張り上げた。商人たちが一斉に海上へ視線を向ける。暴食ウツボがカブトザメではなく、交易船を目指して泳いでくる。

「近付けさせるな!」

 トゥリオ船長が大声を上げた。魔砲杖を持つ船員たちが触媒カートリッジを交換し、新たな敵に狙いを定める。

「あいつ、素早いぞ」

 暴食ウツボの動きは速く、全身をくねらせながら海上を滑るように迫ってくる。


 魔砲杖を持っている船員が、狙いを付けようと暴食ウツボを目で追う。

「狙いをつけ難い」

 ウツボの素早い動きに、魔砲杖の狙いを付けるのに苦労しているようだ。

 その様子を見ていた商人たちが、辛抱できなくなり大声を叫びだした。

「何をしている。早く撃て!」

「ぐずぐずするな!」


 急かされて船員が魔砲杖の引き金を引いた。結果、暴食ウツボの至近ではあるが、海面に雷渦鋼弾が着弾。盛大な水しぶきが空中に舞い上がる。

 商人たちの間から落胆と恐怖の声が上がった。

 サルヴァートが前に進み出た。その手には触媒とロッドが握られている。

「僕が仕留めてやる」

 選んだ魔術は【火焔槍撃】、【火焔剛槍】を独自に改良した魔術である。【火焔剛槍】より三倍ほど射程が延びたにもかかわらず、威力はそのままという優れものだ。


 サルヴァートは触媒を撒くと小声で呪文を唱えた。

 ロッドの先に炎の塊が現れ、巨大な槍を形成した。次の瞬間、弾けるように飛翔する。炎を纏った槍は、サルヴァートの意思に導かれるように暴食ウツボへ命中した。

 熟練した魔術士になると、放った魔術の軌道を意思で干渉することが可能になる。サルヴァートはその域に達しているようだ。しかも新しい魔術を開発したのは、サルヴァートだった。同世代では卓越した才能の持ち主である。

 炎の槍は暴食ウツボの腹を焼き焦がし、海水に触れて爆発を起こした。それも巨体であるウツボを空中に跳ね上げるほど凄まじい威力の爆発だ。

 空を舞う暴食ウツボは、血を噴き出しながら海面に落下。


 リカルドはサルヴァートが放った魔術を観察していた。

 (知らない魔術だ。威力が凄い……敵の突進力を跳ね返すことも可能なようだな)

 しばらくの間、暴食ウツボが海面から姿を消した。海中で暴れているのは、海面が波立つ様子で分かる。だが、海面を赤く染めていた血が薄まった頃、また海面に姿を現し交易船を目指して泳ぎ始めた。絶大な自己治癒能力の持ち主のようだ。

 サルヴァートは仕留められなかったことを知り、不機嫌そうに顔を顰める。


「もう一発……」

 サルヴァートの言葉をさえぎり、リカルドが、

「今度は自分の番です」

 サルヴァートが意外そうな顔をする。年下であるリカルドが、でしゃばるとは思っていなかったようだ。

 リカルドも自分自身の行動を意外に思った。何故か、サルヴァートを自分と同じタイプじゃないかと感じ、対抗心が芽生えたのだ。

「いいだろう。お手並みを拝見しよう」

 リカルドが前に進み出て【真雷渦鋼弾】を放つ準備を始めた。サルヴァートは注意深くリカルドの様子を見つめている。


 船員が持つ魔砲杖と同じ種類の魔術が放たれるのを、サルヴァートは確認した。リカルドが放った魔術は、暴食ウツボの頭に命中し致命傷を与える。

 深海の支配者と言えども、脳みそを破壊されては死ぬしかないようだ。

 船べりに立って見ていたモンタが、リカルドにぴょんと飛び移り顔を押し付けすりすりする。モンタにとって最大の賛辞の表し方である。


「ほう、あれは彼が開発した魔術だったのか。さすが王太子殿下のお気に入りだ」

 サルヴァートは情報を集め、リカルドが王都に来た以降に成した業績を把握していた。だが、リカルドの行動には謎の部分が多く、まだまだ調査が足りないと思っていた。

「素晴らしい魔術だ。名前を聞いてもいいかな」

「【真雷渦鋼弾】です」

「【地】と【火】の複合魔術のようだね」


 リカルドは少し驚いた。呪文は小声で唱えたので聞こえなかっただろう。触媒を撒いた時に変化した魔力の色を見て当てたのだろうが、魔力が属性色に変化するのは一瞬である。【地】と【火】の複合魔術だと当てるのは、難しかったはずだ。

「凄い観察眼です。アウレリオ王子が選んだ魔術士だけのことはある。ところで、今回の交易に参加されるのですか?」

 サルヴァートが首を振る。

「いや、今回は殿下に代わって、南の大陸を視察するのが目的さ」

 殿下と呼んでいるのは、アウレリオ王子のことだろう。どんな狙いを持ってサルヴァートたちを派遣したのか。そのことがリカルドには気になった。


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