scene:111 王都の誘拐劇
リカルドは激しい痛みを覚え意識が戻った。痛みは全身から発している。
「もうやめて!」
女の子の声が聞こえた。この声はグレタの声だ。リカルドは痛みを堪え目を開く。
リカルドはロープで縛られていた。芋虫のようにぐるぐる巻きにされている。
「ケッ、ようやく目を覚ましやがったか」
レバーブローで倒された男が、リカルドの背中に足を載せている。男の額に大きな瘤があった。リカルドに倒された時、額から床に倒れ瘤が出来たのだろう。
リカルドが怒りを込めた目で瘤男を睨んだ。
「さっきはよくもやってくれたな」
瘤男がリカルドの腹を何度も蹴った。リカルドは、あまりの激痛にのた打ち回る。なおも蹴ろうとした時、
「ダメ、死んでしまう」
グレタが必死に這い寄って、倒れているリカルドの上に覆いかぶさった。
「ふん、お前の知り合いか。健気なもんだな」
瘤男は気が済んだらしく、リカルドから離れた。そして、カティヤの傍に行きロープが緩んでいないか確かめる。
「何で、こんなことをするの?」
唐突にカティヤが質問した。声の響きから混乱しているらしいのが分かる。
「うるせえ、黙ってろ。財閥のお嬢さんだからって、俺たちゃ容赦しねえからな」
リカルドは自分に覆いかぶさっているグレタの体温を感じながら、身体の痛みが引くのを待った。グレタの行動には、リカルドに対する強い愛情が感じられた。それを感じとれないほどリカルドは鈍くはない。
だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。周囲を見回し、グレタとカティヤが縛られているのを確認する。
「分かっているわ。あなたたち、身代金目当てなんでしょ」
「ふん、それがどうした。お前のオヤジが金を出せば家に戻してやる」
嫌な笑いを浮かべた瘤男を、カティヤが睨んだ。
瘤男の関心がカティヤに移ったのを感じたグレタが、リカルドの上から離れる。
ドアの向こうで人の気配がした。ギーッという音がしてドアが開く。グレタたちを尾行していた男が顔を出し瘤男に声を掛ける。
「連絡が来た。ちょっと来い」
瘤男はリカルドを方をチラリと見てから部屋を出て、一緒に真向かいの部屋に入る。そこには眉に傷のある男が待っていた。
「ナスペッティの屋敷に青い旗が揚がった。金の用意ができたという合図だ」
眉傷男が二人に伝えた。
「誰が金を取りに行くんだ?」
「貴族様が運び屋に話をつけた。今頃、そいつが金を受け取りに行っているはずだ。分前を頂いたら俺たちは国を出るぞ」
「あいつらはどうする?」
瘤男が視線をドアの向こうに向けた。
「魔術士は収納碧晶の中身を全部出させてから殺す。女は貴族様が欲しいそうだ」
「金だけ受け取って、返さないのか」
「当たり前だ。顔を見られているんだぞ」
瘤男が大きめのウエストポーチから、触媒ポーチや金属筒を取り出した。
「小僧から取り上げた触媒は、どうする? 早めに売って金にしたいんだが」
眉傷男が首を振る。
「やめとけ。なるべく出歩かない方がいい」
「用心深いな」
「ナスペッティ財閥の令嬢を誘拐したんだぞ。総帥が血眼になって探し回っているはずだ」
眉傷男が席を立ち、二人に向かって告げる。
「俺は貴族様の所へ行って、金を手に入れられたか確認してくる。お前たちはしっかり見張っておけよ」
「分かった」
誘拐犯のアジトから、眉傷男が居なくなった。
「さて、あの小僧を痛め付けて収納碧晶の中身を出させるか」
瘤男が残忍な笑いを浮かべながら言った。
「待て、飯を食ってからにしようぜ。どうせ中身を手に入れたら殺すんだろ。飯が不味くなる」
「そうだな。死体と一緒に飯を食うのも嫌なもんだしな」
瘤男が立ち上がって、もう一人に視線を向ける。
「俺が何か買ってくるぜ」
「ああ、頼む」
アジトに誘拐犯が一人だけ残った。
一方、部屋に取り残されたリカルドは、倒れたままの姿勢でプローブ瞑想を始めた。身体中の痛みと変な姿勢であるというのが原因で、意識を精神の奥へと導くのに時間が掛かった。
だが、意識が源泉門の近くまで到達すると、急速に身体が楽になる。源泉門から流れ込む力が、傷を癒やし始めたのだ。
身体の傷が塞がり瞑想をやめる。しくしく泣く声が聞こえてきた。グレタとカティヤが泣き始めたようだ。
「グレタ、大丈夫だから泣かないで」
目に涙をたたえながら、グレタが肩を震わせる。
「でも、リカルド様の頭から血がいっぱい出ています」
傷は塞がったが、流れ出た血はそのままなので、グレタから見ると血塗れに見えるらしい。
「小間使いはどうしたんです?」
グレタの目から涙がこぼれる。
「あの人……私たちを逃がそうとして……」
グレタの様子で殺されたことが察せられた。
「魔術士なんでしょ。何とかしてよ!」
癇癪を起こしたカティヤが大きな声を上げた。その声を聞きつけた男が部屋に入ってきた。
「黙れ、騒いでも近くにゃ住民も居ないんだ。助けは来ねえぞ」
王都で住民の居ない区画は、再開発地区として指定された場所にしか存在しない。漁師たちが住んでいる区画の近くにある場所だ。
「それに、触媒は全部取り上げてある。触媒のない魔術士に何ができる」
カティヤが絶望したように顔を歪める。その顔を見て、男は満足したようだ。ドアを閉めると元の部屋に戻った。
リカルドは壁に寄り掛かるようにして上半身を起こし、使えるものが何かないか探す。部屋の中には寝台だったらしい残骸くらいしかない。
グレタがリカルドの側に這い寄り、同じように壁を背にして座る。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、その証拠に血が止まっているだろ」
カティヤが不機嫌そうに声を上げる。
「そこ、イチャイチャしている場合じゃないでしょ」
それを聞いて、グレタの顔が赤くなった。
「あなたも魔術士なら、何か考えてよ」
リカルドも、もっともだと思った。しかし、手足を動かせない状態では手段が限られてしまう。
「魔術で誘拐犯を倒すしかないか」
カティヤが馬鹿にするような目でリカルドを見る。
「何を言っているの。触媒もなければ、手足も動かせないじゃない。ちゃんと考えてよ」
「いや、任せてくれ。合図したら大声を上げろ」
リカルドは顔をドアの方へ向け、精神を集中した。魔力を額に集め、振動するように制御する。魔力は青い輝きを帯び始める。
グレタとカティヤに合図を送った。
二人が騒ぎ始めた。ドアの向こう側から怒鳴る声が聞こえ、ドアが開いて男が入ってきた。
「うるせえ!」
リカルドは額を男に向け呪文を唱える。
「エスナ・ブリド・シャリス」
リカルドの額の先に、水の刃が現れ弾け飛んだ。水刃は男の首に食い込み切り裂く。男は驚きの表情を浮かべたまま首から血を噴き出し倒れた。
カティヤが盛大な悲鳴を上げた。
グレタが青い顔をして尋ねる。
「死んだんですか?」
リカルドは苦い顔をして口を開いた。
「ああ、手加減はできなかった。一撃で仕留めなければ、こちらの命が危なくなったからね」
リカルドは死んだ男の傍に這い寄って、刃物を持っていないか探る。小さなナイフを持っていたので、取り出してロープを切った。
自由になったリカルドは、グレタとカティヤのロープも解く。
リカルドは自分の持ち物が全て失くなっているのに気付いていた。誘拐犯の誰かが持っているはずだ。それで死んだ男の身体を探し、首にペンダント型収納紫晶があるのを見付けた。この中には一番大切な魔術研究の資料と【風】の魔彩功銃、魔成ロッド、それに金貨の袋が入っている。
「良かった。プロテクトを掛けてあったから、中身は取られていないようだ」
カティヤが不安そうに建物の入口の方を見ている。誘拐犯の仲間が戻ってくることを心配しているのだ。
「奴の仲間が戻ってこないうちに、早く逃げなきゃな」
リカルドは二人を連れて、建物の外へ出ようとした。その気配を察知したかのように、瘤男が戻ってきた。入り口で鉢合わせしたリカルドと瘤男が驚く。
「貴様、どうやって抜け出した」
リカルドは無言で瘤男の股間を蹴り上げた。完全な不意打ちだったようで、無防備な股間に蹴りが決まる。瘤男の何かが砕ける感触が足に伝わり、リカルドは思わず謝った。
「ご、ごめん」
瘤男は口をパクパク動かしてから、白目を剥き倒れた。
カティヤがリカルドの方をジロリと見る。
「何で謝るのよ?」
「男にしか分からないこともあるんです」
カティヤは理解できないという顔をする。グレタも同様らしい。
瘤男のウエストポーチから収納碧晶の入った金属筒がこぼれ落ちていた。ウエストポーチの中を見てみると、リカルドの所持品が入っている。
「こいつが持っていたのか」
自分の持ち物を全て回収したリカルドは、瘤男をロープで縛り上げた。殺すことも考えたが、後で尋問しようと考え、猿ぐつわをして物置のような部屋に放り込む。
リカルドが二人を連れて建物を出ようとした時、外で大勢の人間の気配を感じた。
「こいつら、どうやって!」
リカルドたちを見付けた眉傷男が声を上げた。
現れた集団の中に一人だけ毛色の違う人物が居た。高価な毛皮のコートを羽織った四〇前後の男である。周りはならず者のような男たちなので、余計に目立った。
その男は王都の徴税管理官を先月クビになったセベロ・ペシェッティ。クビになった理由は賄賂である。セベロは下級貴族には多いタイプで、仕事は部下に任せ、接待は自分が受けるという男だった。
しかも賄賂を受け取り税金に手心を加えるなどの便宜を図っていたのがバレて、王太子によりクビになったのだ。セベロの家系は代々徴税管理官を拝命していただけに、親族全員から非難された。そればかりではなく、屋敷から追い出されるハメになった。
屋敷に戻るには、もう一度官吏になるしかないと考えたセベロは、今度は賄賂を送って官吏に返り咲くことを目論んだ。懲りない性格というか、どうしようもない男である。
この誘拐も賄賂の資金を得るために計画したものだ。
セベロはグレタとカティヤを舐めるように見て、うす気味の悪い笑いを浮かべ。
「幼いようだが、可愛いではないか。捕まえろ!」
眉傷男の手下らしい五人が前に進み出る。
「逃がしゃしねえぞ」
手下の一人がグレタとカティヤを威嚇。それを見たリカルドのこめかみがピクリと痙攣する。女性や子供に乱暴するような奴をリカルドは許せなかった。
収納紫晶から【風】の魔彩功銃を取り出し、手下たちに銃口を向ける。
「こいつ、武器を出しやがったぞ」
「魔術士だろ。魔術道具じゃねえのか」
手下たちはちょっと腰が引けたようだ。ボスであるセベロも同じで、手下たちの後ろに隠れた。セベロは魔功銃を知っているらしい。その額には汗が浮かび上がる。
「たった一人に何をビビっている。一斉に掛かれば何とでもなるだろ」
自分は後ろに隠れながら手下をけしかけるセベロが、強烈な小物風を吹かしていた。リカルドはセベロの小物ぶりに違和感を覚えた。
財閥の令嬢を誘拐するほどの大物には見えなかったのだ。ただ小物だからこそ、リスクを考えずに大それたことをしでかした可能性もある。
「わ、私も戦います」
グレタが床に落ちていた木材を拾い上げ構えた。リカルドが傷つき血を流す姿を見て、リカルドばかりに戦わせるのはダメだと思ったようだ。
「俺らも舐められたもんだんな。こんな小娘にまで、戦うとか言われたぜ」
「二、三発引っぱたけば、物分りが良くなるんじゃねえか」
ゴロツキのような奴らに睨まれ、グレタが泣きそうな顔をする。
その顔を見たリカルドは、思わず魔彩功銃の引き金を引いた。衝撃波が命中したのは、グレタを引っぱたくと口にしたゴロツキだ。その足に命中した衝撃波は、血管や神経、筋肉をズタズタにする。
ゴロツキが絶叫を放ち倒れた。
「次は誰だ!」
リカルドが誘拐犯たちを睨み付ける。その眼光は凄まじい圧力となって怯ませた。
「こ、こんな小僧に何をしている。一気に方を付けろ!」
セベロの声で誘拐犯たちが動こうとした時、セベロの尻に矢が突き立った。
「ぎゃあああ───!」
叫びながら倒れたセベロは、尻に突き立った矢を抜こうとして痛みでまた悲鳴を上げる。
次の瞬間、大勢の傭兵がなだれ込み誘拐犯たちを制圧した。
傭兵たちの後から、カティヤの父親が現れた。財閥総帥パルミロ・ナスペッティである。
「お父様!」
カティヤが駆け寄り、パルミロに抱き着いた。
「良かった。無事だったのだな」
パルミロは大勢の傭兵を雇い、金を受け取りに来た運び屋を監視させた。その監視網を構築するために一〇〇人の傭兵を雇うほど徹底させる。
傭兵たちは運び屋に悟らせることなく、尾行することに成功した。主犯であるセベロを探し当てた後、娘の居所を見付けるために尾行を続けさせていたらしい。
こうしてセベロ主演の誘拐劇は終わった。誘拐犯たちは厳しい拷問を受け、洗いざらい全てを白状したらしい。王太子は誘拐犯たちを公開処刑にすると発表した。王都の住民に愚かな行いをした下級貴族の末路を知らせるためだ。セベロの他にも王太子によりクビになった者はいる。その連中に馬鹿な真似をするとこうなると示したいのだ。
また、王太子は事件を調べるうちに、杜撰な誘拐に不審を抱いた。侯爵の娘であるグレタのことは知らなかったようだが、相手は財閥の令嬢である。
徹底した尋問で誘拐犯たちから情報を搾り取り、この事件の裏に黒幕がいることを突き止めた。
「誰なんだ黒幕は?」
セベロたちは黒幕の正体を知らなかった。
王太子はナスペッティ財閥の総帥パルミロを呼び出し話を聞いた。
城の応接室に呼び出されたパルミロは、暗い顔をしていた。
「黒幕が居るらしいのだが、心当たりはないか?」
パルミロは渋い顔をして、口を開いた。
「身代金をかき集めるために、いくつかの取引が商売敵に奪われました。黒幕の狙いは、そのいずれかだったかもしれません」
「もしかして、交易のために用意しようとしていたものか?」
「はい、サラウド大陸で高く売れると思われる品のいくつかが、他の商人に渡りました。我が財閥としては、大損害です」
王太子は大陸間交易の影響が、悪い方向に出たのではないかと憂慮した。




