表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/236

scene:11 魔成ロッドの製作

本日2回目の投稿です。

 リカルドの一日は朝日が顔を覗かせた瞬間から始まる。

 窓の隙間から明かりが屋根裏部屋に差し込むと身体が反応して目が覚める。これは長い間ど田舎の山の中で生活していたリカルドの身体に刻み込まれた習慣だった。

 顔を洗い歯磨きをする。この世界にも歯ブラシがあり、少し高かったが買って使っている。


 身支度を整え庭に出ると柔軟体操を行った後、庭の手入れ用の道具が仕舞ってある物置小屋から二本の棒を取り出した。

 棒を一本ずつ両手に持ち、鬼面ネズミや頭突きウサギの動きをイメージしながら棒を振り回す。ステップし魔獣の攻撃を避けながら棒を打ち込む。

 同じような動きを左右交代で行う。この訓練は二刀流の練習をしているわけではない。どちらかの手を怪我した時に備え両手が使えるように訓練しているだけである。


 一時間ほど訓練し、汗を拭って屋根裏部屋に戻る。夏であれば水浴びでもするのだけれど、今は冬である。

 部屋に戻ると【溶炎弾】の研究論文を纏めるために下書きを始める。論文の形式は自由となっているので、内容さえ分かり易く書いてあればいいらしい。

 久しぶりに書く論文は時間が掛かりそうだった。それに触媒についても最適なものを選ぶために実験が必要だ。

 午前中は論文の執筆と実験を行い、昼食を摂ってから東門近くの雑木林に向かう。

 雑木林の入り口付近に住み着いている鬼面ネズミを瞬殺し牙を回収して先へ進む。頭突きウサギの居る中間エリアに来ると獲物を探し歩き回った。


 ウサギは冬眠しない動物である。それは魔獣の頭突きウサギも一緒であるらしく冬枯れし緑の少なくなった雑木林で見付けるのは簡単だった。枯れて茶色になった雑草の中でガサガサ動くウサギは気付きやすくなっている。

 リカルドは手早く二羽の頭突きウサギを狩ると解体する。


 その後、雑木林を奥に進むと北から南へと流れる幅四メートルほどの小川を見付けた。小川の向こう側は妖樹の森と呼ばれており、妖樹エルビルの小型版である妖樹トリルが縄張りとしている。

 リカルドが次の獲物として狙っているのが、この妖樹トリルなのだ。妖樹の弱点は樹肝の瘤である。【飛槍】の魔術で弱点を貫けば仕留められるが、小さな瘤を離れた位置から放った魔術で命中させるのは難しいらしい。


 小川に沿って川上に移動を開始する。妖樹トリルは川に入るのを嫌うらしく雑木林の方へは侵入しない。ただ、水分は必要で川岸に立って根を川に伸ばしている姿が目撃されている。

 五分ほど歩いた時、向こう岸に立っている妖樹トリルを発見した。二本の枝を揺らしながら川面に根を伸ばしている。瘤の部分が黒ずんでいるので大きな眼のように見え、その上にはアフロヘアーのような形状の小さな枝葉が多数伸びている。


「……プーッ、アハハハ……アフロの木が睨んでるよ。ここの神様はユーモアが分かるらしい」

 どう見てもアフロヘアーの木が単眼で睨んでいるようにしか見えない。久しぶりに腹が痛くなるまで笑った。

 妖樹には眼はないので何によって物を識別しているのか調べた学者が居る。その調査により妖樹は臭いと魔力を感知する感覚器官があるらしいのが判った。


 川向うの妖樹はリカルドの存在に気付いたらしく、アフロから閃鞭せんべんと呼ばれるリボン状の蔦を伸ばし振り回し始めた。

 その閃鞭は一メートルほどしかないのでリカルドには届かない。

 触媒屋のディエゴから妖樹トリルと戦うなら、閃鞭だけには注意しろと言われている。閃鞭はムチのように見えるが刃物の切れ味があるのだという。

 試しに落ちていた枯れ枝を妖樹トリルに向かって投げてみた。閃鞭がしなり弧を描いて枯れ枝を叩いた。

 枝がスパッと切れ、川面に落ちて速い速度で流れていく。


「ウワッ……これは危険ですね」

 ディエゴの助言によれば盾で閃鞭を防ぎ近付いて急所に武器を叩き付ければ仕留められるという。閃鞭の攻撃も太い血管がある場所にさえ当たらなければ軽傷で済むらしい。

 本当に軽傷で済むのか疑問に思い、先程の枝より太い枝を拾って投げた。同じように閃鞭が叩いたが真っ二つにならず川面に落ちて流れていった。

「切れ味は鋭いけど切断力は弱いのか……カミソリみたいな武器なんだな」

 偶然首とかを切られなければ大丈夫なようだ。とは言え、閃鞭の他にも自由に動く二本の枝があるので、こいつで叩かれ倒れたところを閃鞭で切り刻まれると死ぬ。


 できれば遠くから魔術で倒したい魔獣だった。

「取り敢えず【飛槍】で狙ってみますか」

 妖樹トリルを狙って久しぶりに【飛槍】を発動する。空中に短い石槍が生じ妖樹目掛けて飛翔する。飛槍はあっけなく妖樹の弱点である樹肝の瘤に命中した。

「アッ!」

 あまりにも簡単に命中したので自分でも驚いてしまった。

 本来なら小さな瘤に命中させるのは至難の業であるはずなのだ。理由を考えてみると一つだけ浮かぶ。魔力制御の訓練をしていたのが影響し【飛槍】の軌道を制御する力も増し命中率が飛躍的に向上していたのかもしれない。

 瘤から樹肝油を噴き出した妖樹はふらふらと揺れたかと思うと小川に落ちた。水飛沫が上がり一旦沈んだ妖樹が浮き上がると川下に流され始めた。


「いかん、せっかくの獲物が」

 リカルドは雑木林を見回し、目に入った蔦を切り取り輪っかを作ると流れて行く妖樹を追い駆け始めた。追い付くと蔦で作った輪っかを妖樹目掛けて投げる。

 一度目は外した。二度目の投擲で輪が妖樹の枝に引っ掛かった。蔦を手繰り寄せ妖樹トリルの木材を手に入れた。これを触媒屋に持っていけば頭突きウサギの素材の一〇〇倍ほどで売れる。

 妖樹トリルの木材は需要が高く、炭にすれば【火】の触媒となり、加工すれば杖やロッドの素材ともなる。


 リカルドは魔成ロッドのことを思い出していた。自分で魔成ロッドを作れないかと思ったのだ。

 妖樹トリルを持って帰るのには苦労した。重量があるので担いで帰れず、引きずって町の門まで戻り、門番をしている顔見知りの兵士に預かってもらい、触媒屋から荷車を借りて妖樹トリルを触媒屋に持ち込んだ。

 ディエゴが出てきて妖樹を見るとニヤリと笑い。

「凄いじゃねえか。一人で倒したんだろ」

「倒すより運ぶのに苦労したよ」

 リカルドが正直に話すとディエゴが驚いたような顔をする。若い魔獣ハンターが妖樹トリルを倒せるようになれば一人前と言われているからだ。


「もしかして魔術で倒したのか?」

 リカルドは頷き、【飛槍】で倒したと返事をする。

「ここに持ってきたところを見ると素材として売りたいんだな?」

「枝以外の部分は全部買い取ってください」

「枝以外だと……枝はどうするんだ?」

「ロッドを作ろうかと思って」

 ディエゴはリカルドの懐が寂しいのを知っている。本来ならちゃんとした職人に作ってもらうのがいいのだが、仕方ないと納得する。


 ディエゴがノコギリで二本の枝を切り落とすとリカルドに渡した。

「閃鞭はどうする?」

「触媒にはならないんですか?」

「こいつは焼けて灰になるんだ」

 何かに使えるかもしれないので持って帰ることにした。


 買取額は銀貨二枚だった。樹肝油が溢れ出さずに残っていればもう少し高かったようだ。

 触媒屋を出て荷車などを作っている荷車工房へ行った。妖樹を運ぶのが大変だったので、運ぶのに便利なキャリーカートみたいなものがないか探しに来たのだ。

 キャリーカートというのは背負子のような骨組みに二個の車輪を付け、荷物を載せてゴロゴロと引いて運ぶ道具である。

 荷車工房の親方に訊いてみると。

「そんなのはねえな。新規で作るんなら銀貨五枚だ」

 新規で作るのなら鉄製にしようかとも思ったが、それだと高価なものになりそうなので木製で作ることにした。手付として手に入れたばかりの銀貨二枚を渡す。

 それから親方と相談し詳細を決めた。丈夫なことと細い道でも通れ背負子としても使えるようにと要望した。

「ほう、そいつは中々便利そうじゃねえか」

 五日後に引き渡しの約束をして荷車工房を離れた。


 次に鍛冶屋に行き大きな釣り針を三本纏めたような鉤の製作を頼んだ。忍者が使っていたような『鉤縄かぎなわ』を作ろうと思ったのだ。

 小川に落ちた妖樹を引っ掛けて引き寄せるのに必要だからだ。

「銀貨一枚だな。明日の午前中までに作っとくから明日以降取りに来い」

 銀貨一枚を渡し鍛冶屋を出て雑貨店で丈夫そうな紐を買うと屋敷に戻った。


 夜になり屋根裏部屋に戻ったリカルドは、妖樹トリルの枝を六〇センチほどのロッドにナイフで加工する。

 通常のロッドだと乾燥した木材を使うのだが、魔成ロッドはとれたて新鮮? なものを材料にする方がいいそうだ。

 二時間ほどで荒削りだがロッドの形に削り終わり、昼間見た魔成ロッドを思い出しながらロッドの端を握り魔力を流し込む。何かが詰まっているような抵抗感があり魔力が先には流れない。そのまま流し込み続けるとロッドの表面が飴色に変化し薄っすらと模様が浮かび上がる。

 それは中心から六本の線が伸び、その線から小さな突起が複数出ているような模様である。昼間見た魔成ロッドの模様より単純なものだが構わず魔力を流し込む。


 嬉しくなり思わず流し込む魔力が強くなった。途中から浮き出る模様が少し複雑なものに変わる。

 失敗したと感じ止めようかと思った。そこで思い返し失敗作だと思われる魔成ロッドを実戦で試してみようかと考えた。三〇分ほど魔力を流し続けると魔力の枯渇が近いのを感じた。

 一旦作業を中止する。ロッドの二割くらいが処理を終っていた。


 プローブ瞑想で魔力を回復してから再開する。だが、そこから模様が少し変化してしまう。魔力の出力が変わっていたらしい。魔力の出力制御は難易度が高いようだ。

 その後、魔力の放出と瞑想を繰り返しながら作業を進めた。

 午後一〇時頃になって作業が終了し魔成ロッドが完成した。但し不完全なものである。

 その日は疲れたので眠る。


 翌朝、午前中は論文を書き、午後から魔成ロッドを持って雑木林へ出掛ける。

 鬼面ネズミと遭遇した。ウォーピックではなく魔成ロッドとバックラーを構え魔獣と対峙する。鬼面ネズミが顔目掛けて飛び掛かってきた。

 リカルドはロッドに魔力を込めながら鬼面ネズミをロッドで叩く。ロッドがネズミの胴体を叩いた瞬間、パンという音が響き鬼面ネズミが吹き飛んだ。

「エエッ!」

 ロッドは軽く叩いた程度だった。それなのに大ネズミが三メートルほど飛んでいる。パトリックが言っていた衝撃波が発生したのだろう。

 倒れて起き上がらない鬼面ネズミを確認するとロッドの当たった脇腹付近が凹み内臓が潰れているようだった。

「これが衝撃波か……十分武器になる威力だな」


 次に頭突きウサギが草をモシャモシャしているのを見付けた。

 ロッドに魔力を流し込み【地】の触媒を振り撒くとロッドの回りで渦巻き始めた。ロッドの先端を頭突きウサギに向け魔術を発動しようとした。魔力がロッドの回りで暴れ始める。何とか制御し【飛槍】を放つが、石槍は明後日の方向に飛んでいった。

 石槍は太さ三〇センチほどの木の幹に当たり一〇センチほど減り込んだ後、消失した。魔術で作られる石槍や水は魔術の発動が終わると消える。

 召喚したものや魔術の効果で生まれた物は別として、【飛槍】の石槍や【流水刃】の水刃は魔力が形質や状態を変化させたものなので、魔術が終わると魔力は拡散し消える。

 但し魔術の中でも【召水】の魔術などは空気中の水分を集めて水を作るので後に残る。


 頭突きウサギはリカルドに気付くと向かってきた。またロッドに魔力を流し込みながら、その背中を叩くとロッドがボキッと折れた。

 ウサギは健在である。ロッドが折れたのに驚き隙ができたリカルドに、ウサギが突撃し猛烈な体当たりを敢行する。直前になってハッと気付いたリカルドはステップして躱そうとするも頭突きを左肩に貰う。


「イタッ!」

 肩に激痛が走った。左手に持っていたバックラーが地に落ちる。歯を食いしばりウォーピックを取り出し構えた。そこに頭突きウサギが飛び込んできた。

 肩口から心臓目掛けウォーピックを振り下ろした。幸運にもピックの先端が心臓に届いた。

 ウサギが悲鳴を上げ地面でのたうち息絶えた。

「危なかったぁー、ロッドが折れるなんて」

 折れたロッドを見てみると、浮き出た模様が変わる所にヒビが入り折れたようだ。

「やっぱり途中で模様が変わったものは失敗作ということか。初めて作った魔成ロッドだからな……失敗作で当然か」

 肩がズキズキ痛んでいるので、その日は街に戻ることにした。

 屋敷に戻ったリカルドはプローブ瞑想で魔力を回復すると同時に肩の負傷を治す。精神の奥底に存在する源泉門から湧き出る力は身体に負った傷さえ短時間で治してしまう効果があるようだ。


 瞑想が終わると肩の痛みが消えていた。

 ふと源泉門の力を魔成ロッド作りに応用できないかと思い付く。日頃、瞑想をしながら魔力制御の訓練をしているので、可能なように思えた。

 夕食の時間が来たので一階で食事を終えてから、屋根裏部屋で寝台に座り作業を開始する。

 妖樹トリルの枝を昨日と同じように加工しロッドを作る。出来上がったロッドは所々凸凹しており見栄えは良くなかった。それでも魔成ロッドとして完成させようと思う。

 ロッドの先端を右手に持つと特殊な瞑想により源泉門の力を吸い上げ始めた。


 リカルドの意識は修行の成果で源泉門から五歩の距離まで近付けるようになっていた。その距離だと空になった魔力が数分で回復するほどの力が流れ込んでくる。

 但し魔力制御が可能なのは六歩の距離までだった。五歩まで近付くと全力を出さないと押し返されてしまう。


 今回の魔成ロッド作りには、源泉門から七歩の距離で行う予定である。初めてなので余裕を持って試そうと決めたのだ。

 瞑想を開始し意識を精神構造体の奥へと沈み込ませる。源泉門を感じ始めると慎重に進む。意識はゆっくりと歩くような感じで進み、漆黒の源泉門から七歩の距離に到達した。

 源泉門から力を受け取り、初級魔術に必要な程度の魔力に変換しながら、それをロッドに流し込んでいく。

 ロッドの表面が飴色に変化し魔力を流し込んでいる先端部分から雪の結晶のような模様が浮かび始める。

 リカルドは休むことなく三時間ほど魔力を流し込む作業を続け、魔成ロッドを完成させた。


 出来上がった魔成ロッドを確認すると綺麗な同じ模様がロッドの表面に浮かんでいた。魔力コーティングが成功した証拠である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
【同時連載中】

新作『人類にレベルシステムが導入されました』 ←ここをクリック

『崖っぷち貴族の生き残り戦略』 ←ここをクリック

『天の川銀河の屠龍戦艦』 ←ここをクリック
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ