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scene:109 モルドス神国からの客人

 少し時間を戻し、モラッティたちが小型探検船で航路の開拓をしている頃、王太子は政務に励んでいた。

 書類仕事をしていた王太子の執務室に、珍しい人物が訪ねてきた。

「メルビス公爵。この城にいらっしゃるとは、何年ぶりですか」

「三年ぶりになりますわ。王太子殿下におかれましては、ますますご健勝のご様子、何よりとお喜び申し上げます」

 女王の風格を持つ公爵は、丁寧な挨拶をすると連れの男性を紹介する。

「こちら、モルドス神国の魔術大学で教鞭をとっておられるアシャンタ教授です」

 モルドス神国はメルビス公爵領の北にあり、馬の産地として知られている。また、学問も盛んであり、首都メデルーシには、魔術大学が存在する。

 紹介されたアシャンタは、三十代後半の目付きの鋭い男だった。ロマナス王国の魔術士のようなローブは着ておらず、その代りに腰ぐらいまである黒いマントを羽織っていた。

「王太子殿下にお会いでき、誠に光栄に存じます」

 アシャンタ教授が深々とお辞儀をする。


 王太子は薄っすらとした笑いを浮かべ挨拶を返した。来客用のソファーに二人を座らせ、王太子もソファーに座る。

「それで、本日はどのような用件で来られたのかな?」

 メルビス公爵が妖艶な笑みを浮かべてから。

「教授は、王都で魔術について学びたいと希望されているのです。王家の威光で、王立バイゼル学院の高等魔術教育学舎に聴講生として入れてもらえないでしょうか」

 王太子は不審に思った。モルドス神国の魔術大学と言えば、高等魔術教育学舎を上回る実績を持つ教育機関だ。その教授がわざわざ遠い異国まで来て学びたいと言うのは違和感がある。


「しかし、王立バイゼル学院で教えているようなものなら、貴国の魔術大学で学べるのではないのですか?」

 王太子の質問に、アシャンタが首を振る。

「いえ、最近の王都バイゼルでは、いくつかの重要な発見が発表されました。それを学びたいのです」

 モルドス神国は、ロマナス王国にとって友好国である。ロマナス王国で貴族同士の争いが起こるようになって交流は少なくなったが、以前は交換留学生の制度も存在した。


 ロマナス王家としては、モルドス神国との友好関係を壊す気はなかった。

「良いでしょう。王立バイゼル学院に伝えておきます」

「ありがとうございます」

 そこにサムエレ将軍が訪れた。

「失礼します。予約の時間になりましたが、どうなさいますか?」

 王太子は壁際にある時計を見て頷いた。

「お二人は昼食を済ませられましたか?」

 メルビス公爵とアシャンタは否定した。

「ならば、一緒にいかがですか。贔屓ひいきにしている店で、やっと予約が取れたのです」

 それを聞いた公爵が首を傾げる。どんな店かは知らないが、王太子ならば予約せずとも命じれば、店の方で席を用意するはずだからだ。


 サムエレ将軍が説明する。

「その店には、貴族のために用意した部屋が二部屋しかないのです。予約が取れないと、一般客と一緒に食事をすることになります」

 王太子は一般客と一緒でも良いと言うのだが、警備の責任者であるサムエレ将軍は承知しなかった。


 メルビス公爵は一つの提案をする。大きな権力を持つ貴族としては当然なものだ。

「それでしたら、その店の料理人を城に招いて料理させれば、よろしいのでは?」

「それは無粋ぶすいというものです。それに料理人も慣れた厨房でなければ、十分に腕を発揮できないでしょう」

「そんなものなのですか」

 興味を持った公爵は、一緒に行くことにした。


 王太子が用意させた地味な馬車に乗り、ユニウス料理館に向かう。護衛はサムエレ将軍と部下である。

 到着し二階の特別室に入る。店主であるジュリアが挨拶すると、王太子が気軽に挨拶を返した。その応対から、王太子が頻繁に通っているのが分かる。

 メルビス公爵は、ユニウス料理館の存在を知っていた。貴族の間でも評判になっていたからだ。

 しかし、実際に来店したことはなかった。一般客も入れるような店だと聞いて、わざわざ店まで足を運ぶほどの興味を持てなかったのだ。その代り、夏の暑い時期に評判となったかき氷は、手動かき氷器を製作した職人に手を回し、同じものを手に入れていた。


 アシャンタは店の内装に目を向けた。上質な素材を使っているようだが、貴族を迎えるにしては質素な感じだ。それに高価な絵画や美術品の類もない。

 魔術大学の教授であるアシャンタは、グルメとして有名だった。首都メデルーシに存在する有名店を巡り歩き、モルドス神国の一流料理人が作り出す料理を食べ尽くしていた。

 ロマナス王家の料理は、素材の味を大切にしているというが、モルドス神国人であるアシャンタからすれば、味が薄いだけとしか思えない。


 少し待つと料理が運ばれてきた。今朝とれたエビと白身の魚を天ぷらにしたものだ。王太子が揚げたての天ぷらを天つゆにつけて食べる。

「うまい。さあ、公爵も遠慮せず食べてくれ」

 メルビス公爵は天ぷらを口に入れた。そして、評判を聞いていながら訪れなかったことを後悔する。この店の料理は絶品だった。

 アシャンタもエビの天ぷらを口にする。サクサクした衣の歯ごたえ、中のエビの身は甘くぷりぷりしている。

「な、何という美味しさだ。これに匹敵する料理を出す店は、メデルーシでも数えるくらいしかない」

 それを聞いた王太子が、ドヤ顔をする。

 メルビス公爵は少し不愉快になった。だが、次々に出される天ぷらを食べると、王太子のドヤ顔など気にならなくなる。


 そして、最後に何かの肉を使った串カツが出された。

 王太子が串カツにタレをつけ食べる。

「……幸せを感じる味だ」

 アシャンタは大げさなと思いながら、串カツを噛む。えも言われぬ美味が脳を刺激した。

「……神の食べ物だ。これは何の肉なのでしょう?」

 モルドス神国の人間は、大げさに感情を表す者が多いという評判なので、神というのは大げさな表現なのだろう。だが、その肉の美味しさに感動したのは間違いない。

 メルビス公爵は一口食べると、無言で食べ始めた。

「これはクラッシュライノの肉だ。ムナロン峡谷で一匹だけ仕留められたもので、貴族や商人の間で密かに評判になっておる。公爵の情報網にも引っ掛かったはずだが、たかが食べ物だと無視したのではないかな」

 公爵は感情を制御しようとしたが、一瞬だけ悔しそうな表情が浮かんだ。


 三日後、アシャンタは王立バイゼル学院の寄宿舎で生活を始めた。ここで学ぶようになって、すぐに見付けたものがある。『魔術独習教本』という教本である。

 著者はキメリル・マトウ。正体不明の魔術士だった。

 王立バイゼル学院の講師から聞いた話だが、この教本を学院の初等科で使うようになってから、魔術を習得した生徒が増えたそうだ。

 アシャンタも読んでみた。中身は、ほとんどが基本的なものである。しかし、いくつかの新しい説が記載されていた。その中で魔力が肺に蓄積され、肺から魔力を導くイメージが重要だと説かれている。

 実際に記載されている説に従い実行してみると、魔力の流れがスムーズになるのを感じた。


「これは素晴らしい」

 魔術を習得した生徒が増えたという話を、アシャンタは納得した。

(キメリル・マトウ……何者なのだ?)

 アシャンタが『魔術独習教本』の著者を気にしていた時、学院の講師から魔術士協会で革新的な魔術論文が発表されていることを知る。

 アシャンタはロマナス王国の魔術士ではない。したがって、魔術士協会で発表された論文を見る権利はなかった。そこで、市井に埋もれている魔術士を金で雇い、魔術士協会で保管されている論文を書き写させた。


 そのアシャンタの行動を、王太子は監視させていた。

 魔術士協会の論文がアシャンタの手に渡ったと聞いた王太子は、論文のタイトルを確認する。

「アシャンタが手に入れた論文の中に、複合魔術についてのものもあったか。……何か対策が必要かもしれんな」

 王太子が独り言のように言った言葉を、側に居たサムエレ将軍が聞いていた。

「そうですが、この論文により魔術は進歩するでしょう。それは国にとってプラスになります」

「プラスか……秘密主義に徹すれば、衰退が始まる。それは愚策か」

 魔術士協会が論文の発表を奨励しているのは、王国の魔術を発展させようと考えているからである。

「ある程度、他国に知られても、進歩を止めるべきではないと思います。但し、リカルド君が発見した【空】の魔術のような他国に渡れば脅威となる知識は秘匿すべきです」

 サムエレ将軍の意見に、王太子が頷く。

「リカルドと話し合わねばならんな」


 同じ頃、リカルドはセルジュとパメラ、モンタとメルを連れて、ベルナルドの屋敷を訪問していた。

 パメラと約束したメルの兄弟に会うためである。

「済みません、大勢でお邪魔してしまって」

「全然構わないですよ」

 パメラがベルナルドの傍に行き尋ねた。

「おじさん、メルの兄弟は?」

 今日のパメラは、可愛いピンクのセーターに白いスカートを着ている。その姿を見て、ベルナルドの顔に優しげな笑みが浮かぶ。ベルナルドはセルジュとパメラを自分の孫のように可愛がっており、ニコリと笑うとパメラを抱き上げた。

「こっちですよ」


 ベルナルドが育てているメルの兄弟は『ベルタ』。ベルタは二階の見晴らしが良い部屋で育てられていた。

「ギャーオ」(だれ?)

 リカルドがメルを紹介した。

「君の兄弟のメルだよ」

 メルが綿毛に包まれた丸い体をふらつかせながらベルタに歩み寄る。二羽は相手を確かめるように、くちばしで突いたりしていたが、兄弟だと認めると一緒に遊ぶようになった。

 モンタがうずうずしているのに、リカルドは気付いた。メルたちの遊びに加わりたいのだ。

「遊んでていいよ。メル達の面倒をみてね」

「任して、モンタはお兄ちゃんだから」

 モンタもメルたちに混じって遊び始めた。メルがモンタを警戒しないので、ベルタも受け入れたようだ。

 パメラとセルジュは、しばらくメルたちを見守っているようなので、リカルドとベルナルドは一階に戻って話を始めた。


「アントニオ君から聞いたのですが、海岸沿いの土地に街を創るそうですね」

「ええ、果樹園やタオル生地工房にも大勢の人が必要ですから」

 トウモロコシを作る土地を果樹園と呼ぶのは違和感がある。だが、トウモロコシと言っても木に実るので、果樹園と呼ぶのが正解なのだ。

 リカルドは飼育場で働いているダリオが作った地図を取り出す。ダリオは絵が上手く、こういう地図を作るのも得意だった。


 地図をテーブルに広げる。地図には、リカルドが購入した土地を含む海岸沿いの地形が描かれていた。リカルドは地図の中央区画から少し外れた部分を指で指し示す。

「ここに商店街を建設しようと思うんです」

「こっちではないのかね?」

 ベルナルドは中央区画の中心を商店街だと思ったようだ。中央区画は八〇ヘクタールはありそうな広大な土地である。

「いえ、そこは公園を作ろうかと思っています」

「こ、公園だって……」

 王都にある公園は、一ヘクタールの三分の一にも満たない公園がほとんどである。街壁に囲まれた安全な土地は貴重なので、公園などは狭くなっているのだ。


「どうして……セラート予言の対策に買った土地ではなかったのかね?」

「この公園は、異常気象の年がすぎた後に、整備することになるでしょう」

「そうなのかね……しかし、こんな規模の公園を整備する必要があるのですか?」

「公園の周りの土地は、貸すか売却して利益を上げようと思っています」

 リカルドは元の世界においてニューヨークのセントラルパーク周辺の土地が、人気になっているという話を記憶していた。


 リカルドの話に、ベルナルドは感心していた。

「なるほど、土地の価値を高めて売るわけですな。屋敷を修理して価値を高めて売るという話は、聞いたことがありますが、ここまで大掛かりな事業は思い付きませんでした」

「広い土地の開発には、何かと費用が掛かりますから」

「しかし、これほど規模の大きな開発ですと、水が心配ですね」

「井戸の水だけでは足りませんか?」

 ベルナルドが首を振った。

「クレム川の水を利用するしかないでしょう」

 王都の横を流れるクレム川から用水路を掘るという提案である。約十五キロの水路を開削する事業になるだろう。


「王太子殿下に協力を依頼する必要がありますね」

「王都の東にある農業地帯を用水路が通るようにすれば、農業用水としても使えるでしょう。それならば、王太子殿下も協力しやすくなるのでは」

「王太子殿下と相談してみます」


 二階から、セルジュとパメラの甲高い笑い声と賢者ミミズクの鳴き声が聞こえてきた。ベルナルドは地図が気になるようで、真剣に見詰めている。

「さて、肝心なことを聞きたいのだが、どんな商店街を建設するつもりなのかね?」

「今までなかったような商店街を作るつもりです」

「ほう。それは楽しみですね」

 ベルナルドは子供のような笑いを浮かべた。


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