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scene:103 新魔術の衝撃

 ボニペルティ侯爵が休戦の申し出を拒否すると、ボルドリッジが一瞬だけ唇を噛み締めた。それを目にしたリカルドは、クレール王国側に休戦協定を結びたい事情が生じたのではないか、という考えが頭に浮かんだ。

 ボルドリッジが言う通り、戦況がクレール王国に有利なら休戦を申し出る必要などない。

 侯爵も気付いたらしく。

「戦況がクレール王国に有利だと思っているのなら、なにゆえ休戦などしようと申すのだ?」

「我が国の目的は、イレブ銀山を取り戻すという一点のみ。それが実現したからには、戦いを続ける意味がない」

 クレール王国の狙いが銀山だけだと言っているが、まったく信用できなかった。クレール王国の王メーメットは強欲な男だと、侯爵は知っていたからだ。

 メーメット王なら、自国が有利と判断すればボニペルティ領の全てを奪おうとするはず。


 オルランドが、クレール王国軍の使者であるボルドリッジを睨みながら、

「一つ質問があるのだが、よろしいか?」

 ボルドリッジはオルランドを睨み返し頷く。

「答えられることならば……」

「少し前、我が国の港町がビゴディ海賊団と名乗る無法者の襲撃を受けた。その首領が上級魔術【地爆崩散弾】を使ったのだ。その上級魔術はクレール王国で開発されたと聞いている。海賊はクレール王国に関係する者なのか、教えて欲しい」


 ボルドリッジは顔の筋肉一つ動かさずに平然としたまま。

「ビゴディ海賊団? 知らない名ですな。クレール王国との関係などあるはずがありません」

「しかし、【地爆崩散弾】はクレール王国の宮廷魔術士の間でだけで、受け継がれる上級魔術だと聞いている。そこのところはどうなのです?」

 クレール王国の使者は苦々しい表情を浮かべ、

「……宮廷魔術士の誰かが不正を行ったようですな。しかし、国としては関知していません」

 リカルドにはボルドリッジが浮かべた表情が嘘っぽく見えた。宮廷魔術士が管理している上級魔術を手に入れられるのは、宮廷魔術士に命令を出せる者だけ。ボルドリッジはそれを承知していながら、しらばっくれているように、リカルドには感じられる。


 その後もオルランドの追及をのらりくらりとボルドリッジは躱し、シラを切り通す。だが、一つだけミスを犯した。ビゴディのことを『傭兵くずれの男』と呼んだのだ。

 最初に知らないと言っておきながら、ビゴディが元傭兵である事実を知っていた。明らかに、ボルドリッジの言葉には嘘がある。

 リカルドはクレール王国とビゴディ海賊団に繋がりがあることを確信した。海賊の襲撃により無残な姿になったキルモネの町と住民達の姿が脳裏に浮かぶ。それは激しい怒りと共に記憶されているものだった。


 交渉は決裂し、最後にボルドリッジが、

「あなた方はきっと後悔することになる」

 そう言ってモラド砦を去った。

 ボルドリッジを見送ったリカルド達に、オルランドが話があると告げた。

 会議室に集まったリカルドたちに、オルランドが手紙を見せ。

「この手紙は、王太子殿下から送られたものです」

 オルランドは手紙の内容を伝えた。それによれば、小型装甲高速船二隻に乗った憂国自衛団が、海賊を装いクレール王国の港町ルクセブとダブロッタを襲撃する計画があったらしい。


「キルモネの仕返しなのですか?」

 リカルドがオルランドに尋ねた。

「王太子殿下の部下が、クレール王国とビゴディ海賊団が繋がっていた事実を突き止めました。この作戦は報復だそうです。但し、人的被害は最小限度にとどめ、軍の施設や行政施設を中心に破壊する計画です」

 ボニペルティ侯爵が納得したというように頷く。

「そうなると、敵陣地の兵力補充が難しくなる。だから、クレール王国は休戦を申し出たのだな」

 クレール王国は、ロマナス王国と同様に海岸付近の町や村に警備の兵力を回さざるを得なくなるはず。ボルドリッジが言っていた『この後も続々と兵力が送り込まれる』という話は、ハッタリだったのだ。


「今がチャンスなのではないか」

 侯爵が自分の考えを告げた。オルランドたちも賛同する。王太子の計画が成功したのなら、クレール王国軍は少なからず混乱しているはずだからだ。

「休戦を断られたクレール王国軍は、どういう行動に出るでしょう?」

 リカルドは敵の動きが気になり尋ねた。その質問を聞いて、オルランドと侯爵が深く考え込む。

 敵は休戦の申し出が断られた場合の対応をあらかじめ決めておいたはず。その点に気付いた侯爵たちは、敵陣地の様子を調べさせるために偵察兵を呼んだ。


 二時間ほど経過した頃、偵察に派遣した兵が戻ってきた。

「敵陣に動きあり。出陣の準備をしているようです」

 それから状況が目まぐるしく変化を始める。イレブ銀山から出撃したクレール王国軍三〇〇〇が、モラド砦ではなく砦の北西に広がる森に消えたのだ。

 侯爵は五〇〇近い兵士を森に偵察兵として送り出した。


 偵察に出た兵士が敵軍の行方を探し当てた時、クレール王国軍はモラド砦の背後に回り込むように移動していた。偵察兵は慌ててモラド砦へ知らせに走る。

 偵察兵がモラド砦に駆け込み、侯爵に報告。それと同時に砦の後方にクレール王国軍の兵士が姿を現した。モラド砦の後方は、正面に比べ防御力が低い。その代り足場の悪い森と沼が天然の防壁となっていた。

 旅する者は沼を避けて造られたビルタ街道を通り行き来している。クレール王国軍は森を突っ切りビルタ街道に出たのだ。


 侯爵はモラド砦から出撃し野戦することを選択。クレール王国軍に自由を与えれば、砦の後方に存在するシェザの町が襲われる危険があったからだ。

 歩兵三〇〇〇と砲杖兵部隊を率いた侯爵は、ビルタ街道に出て敵へと向かった。道幅は八メートルほどである。両軍はモラド砦から十二キロほど離れた草原で衝突。陣形を整える間もない遭遇戦となった。


「チッ、無様な戦いだ」

 侯爵が悔しそうに言う。侯爵軍にとって、虎の子である砲杖兵部隊を後方に置いたのが大きなミスとなった。まず、始まったのは槍兵同士の戦い。そして、砲杖兵部隊が前線に到着した時、敵味方が入り混じる乱戦となっていた。

 この状況では炎鋼魔砲杖を放つことができない。

 両軍の指揮官は戦線を整理しようと命令を出し始めた。入り乱れていた兵士たちが命令により陣形を取り始める。侯爵は中央部分の兵を引き鶴翼の陣に近い陣形を取らせ始め、クレール王国軍は中央に兵を集め一点突破を狙う。


「よし……チャンスだ。砲杖兵部隊は敵中央の集団を狙え!」

 砲杖兵部隊が敵の集団に狙いを付け、炎鋼魔砲杖の引き金を引く。炎に包まれた鋼の渦が敵兵を狙って飛翔し着弾と同時に爆散。周囲に散らばった鋼の塊が兵士の身体に穴を開け弾き飛ばす。

 阿鼻叫喚の地獄が生み出された。

 クレール王国軍の指揮官は、自分の失敗に気付き部下の兵士に突貫させることを命じた。ここで後退しても、魔砲杖攻撃の餌食となるのは明らかだったからだ。


「弓兵、あの砲杖兵部隊を狙え!」

 戦場の上空に多数の矢が舞う。山なりの軌道を描いた矢が、砲杖兵部隊を襲った。しかし、砲杖兵部隊には護衛として大きな盾を装備した兵士が付き添っていた。

「盾に避難だ!」

 砲杖兵は大盾の背後に避難し、矢の雨から身を守る。そのように行動するように訓練されているのだ。

 矢が盾に当たり、ガッ、ガッ……と物騒な音を響かせた。二人ほど軽傷を負ったが、ほとんどの砲杖兵は無事である。


 矢が途絶えた瞬間、砲杖兵部隊の指揮官モンタルドが敵弓兵部隊を狙うように命じた。

「反撃だ。あいつらにお返しするんだ。外すんじゃないぞ……撃て!」

 敵弓兵部隊は炎と鋼の嵐に襲われ壊滅。モンタルドは狙いを敵魔術士部隊に変えるよう命じる。

 だが、砲杖兵たちが引き金を引く前に、敵魔術士たちの魔術が放たれた。

「逃げろ!」

 モンタルドの叫び声が戦場に響き渡り、砲杖兵たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。高価な武器を装備する砲杖兵は、魔砲杖を守るのも任務のうちなのだ。


 敵の魔術を躱した砲杖兵が、お返しとばかりに魔術を撃ち返す。今度は魔術士たちが戦場を逃げ惑う番だ。魔術士と砲杖兵が魔術を撃ち合う。勝敗は砲杖兵の方に軍配が上がった。

 砲杖兵の方が数が多いのだから当然である。ただ砲杖兵にも五人の負傷者が出た。

 敵魔術士たちが敗退したことで、戦況が侯爵軍有利に傾く。


 クレール王国軍は敗北を認めたようだ。指揮官らしい人物を含む一団が森の中へと逃げ出した。残った敵兵も森へ入っていく。

 侯爵は追撃の命令を出そうとして止めた。森の中に伏兵が存在する可能性を考えたのだ。偵察兵を出し確認する。伏兵がいないと確かめた後、侯爵は追撃を命じた。

 だが、その命令は遅く、ほとんどの敵兵に逃げられてしまった。

「敵の移動方向を調べよ!」

 偵察兵にもう一度指示を出し、兵士の四分の一をシェザの町に向かわせる。万が一、敗残兵がシェザへ向かった場合に備えるためだ。


 リカルドは侯爵軍がモラド砦に引き上げてきたのを目にした。兵士たちの顔から勝利したのが分かる。とはいえ、負傷兵も多く、楽な戦いではなかったようだ。

 疲れた顔をしたボニペルティ侯爵は、リカルドを見付け歩み寄る。

「撃退できたようですね」

「危なかった。もう少し敵軍の発見が遅れていれば、モラド砦の後方に取り付かれるところだ」

 クレール王国軍がモラド砦の後方に取り付いた場合、モラド砦の兵力は前後からクレール王国軍に挟まれ、敗北した可能性が高い。ぎりぎりの状況だったのだ。


 休戦を申し込みながら、このような作戦の準備をしていたクレール王国軍に、ボニペルティ侯爵は怒りを覚えていた。

「新しい魔術の準備はできているか?」

「いつでも……」

「よし、明日だ。兵を休ませたら、決着をつけに行くぞ」


 翌朝、兵士たちと一緒にリカルドも出撃した。モラド砦からイレブ銀山へ至る道は、小石がゴロゴロと転がる悪路である。この道は銀山関係者だけしか利用しないので、整備が後回しになっていた。

「昨日の敵は、イレブ銀山へ戻ったのですか?」

 リカルドが確かめると、オルランドが、

「ええ。ですが、陣地に戻れたのは一五〇〇ほどのようです」

「半分が侯爵軍に討たれたか、森の魔獣に食われたわけですね」

 モラド砦の北西に広がる森には、多数の山賊ウルフが生息しているらしい。負傷兵も多かったようなので、少なくない兵士が山賊ウルフに襲われた可能性がある。


 朝の五刻(一〇時)頃、イレブ銀山が見える位置に到着した。晴れていた空に灰色の雲が多くなっている。もしかすると雨になるかもしれない。

 リカルドは空模様を見てから、敵陣地の様子を確かめた。防壁の上に弓兵が待機している。侯爵軍と王家派遣軍が来ることを予測していたようだ。

 敵陣地との距離を目算。もう少し近づかなければ【空震槍破】が届かない。リカルドはそのことを侯爵に相談した。

「だが、これ以上近づけば、敵の矢が届く範囲に入ってしまうぞ」

 【空震槍破】は凶悪なまでに強力な魔術だが、【真雷渦鋼弾】と異なり射程が短い。しかも飛翔速度が遅いので、素早い動きをする魔獣には躱されてしまうかもしれないという弱点があった。

 ただ、今回の標的は動かない防壁である。問題ないだろう。


 侯爵は配下の魔術士部隊の長であるルティーニを呼んで相談した。

「それでしたら、大盾を装備した兵士を一緒に行かせるのが、よろしいのでは」

「砲杖兵部隊のために用意した兵士か。そうだな五人ほど用意しよう」

 リカルドは大盾を装備した兵士五人と一緒に敵陣地に近づくことになった。


「リカルド君、気を付けてくれ。危ないと感じたら、引き返しても構わんからな」

「大丈夫です。侯爵たちは勝機を逃さないようにしてください」

 リカルドはダークロッドと【空】の触媒を取り出す。

 魔術士ルティーニが驚いたような表情を浮かべた。それに気付いた侯爵が、

「どうかしたのか?」

「彼の持っているロッド……普通のものではありません」


 侯爵はリカルドが持つロッドに注目する。黒く変色した表面に浮き出ている神秘的で複雑な雪華紋。そのロッドが普通のものでないことは、侯爵にも分かった。

「そのロッドは?」

 侯爵の質問に、リカルドは簡単に答えた。

「新しく開発した魔術で使う特別なロッドです」

「そんなロッドが必要なほど、特別な魔術なのか」

 リカルドは笑い、何も答えなかった。


 大盾を持った兵士と一緒に、リカルドは敵陣地へ。少数で近付くリカルドたちは、敵の目から奇異に映ったことだろう。防壁の上に立つ弓兵は、矢を射るのを躊躇った。

 そして、【空震槍破】の射程まで近付いた時、リカルドがダークロッドに魔力を流し込む。ロッドの先には炎滅タートルの甲羅がある。

 甲羅目掛けて魔術を放とうとしているリカルドを見て、防壁の上にいる弓兵たちは嘲笑あざわらった。甲羅を破壊できないと確信しているのだ。

 【空】の触媒を撒くと、魔力が黒く属性励起した。


ヴァゼフィシュ(空理よ)セリヴァトール(真律を震わせ)モヒャデルテ(飛槍となり)デジャス(貫き爆ぜよ)


 リカルドの呪文と同時に、ロッドの先に存在する空間がぐにゃりと曲がり、背後の景色が歪む。黒く属性励起した魔力は、空間さえ黒く染め。歪んだ空間に流れ込んだ空気の一部がプラズマ化し周囲に火花のような放電現象を生じさせた。

 黒く歪んだ空間は、槍型となって前方に飛翔を始める。

 空間が黒く変色したものである空震槍は、凶悪な威力を秘めたまま炎滅タートルの甲羅に命中。一瞬の抵抗があったが、空震槍は甲羅を貫通した。

 そして、甲羅の背後で爆散。凶悪な力が散弾のように周囲を破壊する。轟音が轟き、土煙と木片が舞い上がった。甲羅を背後から支えていた土嚢や丸太が破壊され、その一部が舞い上がったのだ。防壁の上にいた弓兵は、防壁自体がグラグラと揺れるのを感じ反射的に座り込んだ。その顔には驚きと恐怖が浮かんでいる。

 土煙が収まった時、巨大な炎滅タートルの甲羅に穴が開いていた。


 クレール王国軍のほとんどの将兵は、信じられないものを見たかのように驚きの表情を浮かべ、

「そんな……」「馬鹿な!」「ありえない……」

 と口々に驚きの声を上げる。

 一方、侯爵軍と王家派遣軍の将兵は、一斉に歓声を上げた。

 その歓声を聞きながら、リカルドは続けざまに【空震槍破】を発動し、炎滅タートルの甲羅を完全に破壊した。


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