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scene:101 【空】の魔術

 クラッシュライノの肉はジュリアとラヴィーナに任せ、ユニウス料理館を出たリカルドはサムエレ将軍の屋敷に向かう。屋敷に着き、執事に手紙を渡した。手紙にはムナロン峡谷での出来事が簡単に書いてある。サムエレ将軍経由で王太子へ渡る手筈となっていた。

 後は王太子からの連絡を待つしかない。

 リカルドとしては報告の度に面倒なのだが、電話やメールが存在するわけもなく、直接王太子に会いに行ける身分でもない。サムエレ将軍に託した手紙も、王太子が読むのがいつになるか分からない。本気で通信機のような魔術道具を開発しようかと考えた。だが、具体的なアイデアがあるわけでもないので、開発期間を考え諦めた。


 サムエレ将軍の屋敷で手紙を渡したリカルドは、エミリア工房へと向かう。工房の前でエミリアの姿を見付け。

「こんにちは。忙しそうですね」

 何かの設計図を見ていたエミリアが、顔を上げ挨拶を返した。

「そんな呑気にしてていいのか。メルビス公爵の領地で魔功銃の開発に成功したらしいぞ」

 リカルドは覚悟していたが、その事実を知って何とも言えない気分になる。リカルドが持つ魔導職人の技術は、ある部分に関して飛び抜けている。だが、魔功銃の製作技術には、他の魔導職人が真似できないというほどの特別な技術はない。

 これが魔彩功銃なら真似できないと思うのだが、仕方ないことだと思う。


「今日はどうしたんだ?」

 エミリアの質問に。

「ロッドを加工する場所を貸してください」

「いいぞ、使ってくれ」

 ロッドを加工するには、道具が揃っている工房は便利なのだ。リカルドは一心不乱に妖樹の枝を加工し、エルビルの枝から二〇本のロッドを作り上げた。エルビルの枝は長いので、一本の枝から二本のロッドが作れるのだ。しかし、最上のロッドとなるのは、枝の先端部分を使ったロッドである。

 その日はロッド加工だけで終わった。


 次の日、魔術士協会の研究室に入ったリカルドは、魔成ロッドの製作作業を開始。厳しい顔をしたリカルドは、一級魔成ロッドの製作を試そうとしていた。

 研究室の床の上で座禅を組み、身体も心もリラックスさせる。意識を精神構造体に沈み込ませ、心の奥底へと向かう。源泉門から五歩まで近付いた時、強烈な圧力を感じた。だが、その圧力は制御可能な範囲だ。

 もう一歩源泉門に近付く。源泉門から受ける抵抗が格段に上がり、リカルドは意志力を掻き集め耐える。その状態で魔力コーティングが始まった。


 源泉門からは膨大な力が流れ込んでくる。その力を魔力に変えロッドに流し込む。ロッドの表面が飴色ではなくこげ茶色に変色。構わず魔力に圧力を掛けロッドに流し込む。

 ビシッとロッドの表面で音が鳴り複雑な紋様の雪華紋が浮かび上がる。リカルドは、その音に驚き魔力の制御が怪しくなった。魔力コーティングで音が鳴るなど初めてのことなので仕方ない。

 一度緊張の糸が切れると、作業はグダグダとなった。雪華紋が乱れに乱れ完全な失敗だ。リカルドは気を取り直し、別のロッドを取り出し再チャレンジする。だが、一級魔成ロッドは難しかった。連続で四本も失敗。


 五本目、なんとかコツを掴みかけていると感じたリカルドは気合を入れ、源泉門から四歩の距離で受け取る力を魔力に変えロッドに流し込む。

 ロッドの表面でビシッビシッと音が響き複雑な雪華紋が浮かび上がる。しかも、ただの雪華紋ではなく模様が金色に輝いている。最後まで魔力コーティングを終えた時、リカルドの手の中に一級魔成ロッドが生まれていた。

 完成した魔成ロッドは、一目見れば普通の魔成ロッドではないと分かるほど、特別な力を感じさせるものだ。大きく複雑な雪華紋は、魔力を流し込んでいないので金色に輝いていない。だが、軽く魔力を流し込むだけで金色に輝き始める。

「よし、コツを忘れないように、もう一本」

 リカルドはもう一本の一級魔成ロッドを完成させる。その日は、それが限界だった。魔力は大丈夫なのだが、精神力が尽きてしまったのだ。


 次の日から、【空】の魔術についての研究を始める。触媒を手に入れたので、残り課題は魔術単語の組み合わせとイメージの確定である。三組まで絞り込んだ魔術単語の組み合わせを試さなければならない。

 リカルドは昨日完成させたばかりの一級魔成ロッドと黒の触媒を持ってクレム川に向かった。誰にも知られずに魔術の実験をするのは、クレム川が最適だからだ。

 川の中心に大きな岩が突き出た場所を見付け、その岩を標的に実験することにする。取り出した一級魔成ロッドは『エルビルロッド』と名付けていた。一級魔成ロッドは国中で年間一本作られるかどうかという貴重なものなので、名前を付けた方がいいと思ったのだ。


 エルビルロッドを構え魔力を流し込む。ロッドの表面に浮き出た雪華紋が金色に輝き始めた。エルビルロッドは魔力制御を大幅に向上させる効果があるようだ。魔力が思う通りに動く、これなら格段に早く魔術を放てるようになるだろう。

 ロッドの周りで渦巻く魔力に黒の触媒を振り撒く。その瞬間、魔力が黒色に染まった。

 リカルドは力強い声で呪文を詠唱を開始。


ヴァゼフィシュ(空理よ)ミュストローレ(空に振動を与え)モヒャデルテ(飛槍となり)デジャス(貫き爆ぜよ)


 この魔術は失敗だった。呪文を唱え終わった途端、魔力が弾けるように霧散したのだ。リカルドは渋い顔になるが、次を試そうと顔を上げる。

 次の魔術単語の組み合わせも失敗だった。

 リカルドは最後の呪文を試すため、エルビルロッドに魔力を流し込み触媒を撒く。


ヴァゼフィシュ(空理よ)セリヴァトール(真律を震わせ)モヒャデルテ(飛槍となり)デジャス(貫き爆ぜよ)


 黒く属性励起した魔力が、ロッドの前方にある空間を歪ませ振動を与える。槍型の黒く変色した空間が形成され、弾けるように飛び出す。もう少しで大岩に到達するという時、黒い槍が小さくなり消えた。

「なんだ! これも失敗なのか」

 リカルドは魔術の最後に起きた現象に見覚えがあった。あの現象は魔力か触媒が足りない時に起きる現象のはずだ。

「魔力は十分に注ぎ込んだ。そうなると触媒か……量が足りない?」

 黒の触媒は魔術を完成させるのにぎりぎり足りるかどうかという量しか手元にない。一回の使用量を増やせば、魔術を完成させる前に、触媒が尽きる可能性が高い。

 リカルドは悩んだ末、【空】の属性色ロッドを作ろうと結論を出す。【空】の属性色ロッドなら、少ない量の触媒で魔術を成功させられるはずだからだ。


 魔術士協会へ戻る前に商店街をぶらぶらしていたリカルドに、聞き覚えのある声が掛けられた。

「リカルド君」

 馬車に乗ったベルナルドだ。ベルナルドはリカルドを探していたらしい。ベルナルドは馬車の中にリカルドを招き入れ、魔術士協会へ行くように御者へ命じる。

「何の御用でしょう?」

「魔功銃の件で話があるのですよ」

 最近、魔功銃について話を聞いたのを思い出す。

「メルビス公爵の領地で魔功銃の開発に成功したという件ですか?」

「その件ではない。いや、全く関係ないとは言えないのですが」

 ベルナルドの話によると、オクタビアス公爵から魔功銃の大量注文があったらしい。ベルナルドは断ろうとしたのだが、オクタビアス公爵はミラン財閥とも取引があり、財閥総帥イゴール経由で圧力を掛けてきたそうだ。


 イゴールは財閥に圧力を掛けるというやり方を不愉快に思ったのだが、オクタビアス領は西の隣国トリドール共和国との交易中継地なので、トリドールとの交易から閉め出された場合の損失を考え、ベルナルドに承知するように頼んだ。

「何故、今のタイミングで魔功銃の購入を決断したのでしょう?」

 メルビス公爵が魔功銃を開発し、アプラ侯爵が大量の魔砲杖を購入している。このタイミングで軍備を増強する意味が分からなかった。


「メルビス公爵に対抗するためというのもあるだろう。しかし、アルチバルド王が体調を崩し、政務をガイウス王太子に任せているのも原因の一つだと思いますよ」

 王家と対立する貴族たちは、王家の力が衰弱するのを望んでいる。現国王なら黙っていても願い通りになったのだが、ガイウス王太子が政務を執り始めると、状況が変わった。

 貴族たちが王家に潜り込ませていた密偵が排除され連絡がつかなくなると同時に、年間計画で組まれていた事業の幾つかが見直され中止された。

 ガイウス王太子が無駄な事業だと判断したのだ。このままでは王家が昔の力を取り戻すかもしれないと感じた貴族たちの中で、王家が弱体化している今、動き出すべきだと判断した貴族が増えているらしい。

 貴族による軍備の増強は、そんな状況判断をした者たちが行っている、とベルナルドが話す。


 リカルドは貴族たちの行動に失望した。

「そんな場合じゃないのに!」

 数年後に異常気象が起こり、魔境から強力な魔獣が飛び出してくるかもしれないというのに、馬鹿げているとリカルドは思った。

「商人の中には、来年は国中で戦争が起こるんじゃないかと心配している者もいます。王家が弱体化している間に領土を広げようと考える貴族たちの戦いです」

 ベルナルドの話が本当なら、織田信長や武田信玄などが活躍した戦国時代のようになるのだろうか、とリカルドは不安になる。貴族たちもセラート予言のことは耳にしているだろうが、信じていないようだ。


「ガイウス王太子は、貴族たちが武器を買うのを規制できないんですか?」

「それは難しいだろう。魔獣や盗賊の被害が増えているので、国民のために武器を揃えていると言われれば、文句を付けられない」

 リカルドはセラート予言もあるので、貴族が武器を増強するのに反対ではない。しかし、それはあくまでも魔境の魔獣に備えての場合だ。このタイミングで内戦を意図して軍備増強に走るのは絶対に反対だった。

「魔功銃の件は、ガイウス王太子も承知なんですか?」

「ええ、サムエレ将軍経由で報告してあります。……リカルド君、魔功銃を四〇丁作ってくれませんか」


 リカルドはオクタビアス公爵の意図が分からず迷ったが、ガイウス王太子も承知であることを考え引き受けた。その代わりたっぷりと報酬を頂けるように交渉する。

「ところで、魔功蔦はどうするんです?」

「それは魔境に、鋼鉄サソリの毒を持たせた魔獣ハンターを派遣しました」

 ベルナルドに抜かりはないようだ。納品まで三ヶ月ほどあるようなので急いで仕事に掛かる必要はない。


 馬車が魔術士協会に到着。リカルドだけが降り、ベルナルドと別れて研究室へ向かう。

 リカルドは魔力コーティングの作業を始めた。今日は黒く属性励起させた魔力による【空】の属性色ロッドを試作する予定だった。

 属性色ロッド作りは難航した。一本目は妖樹エルビルの枝から作ったロッドに魔力コーティングしたのだが、すぐに失敗。この時点で何本も失敗しそうだと分かったので、妖樹タミエルの枝で練習しようと思い付く。妖樹タミエルの枝も売れば高価なのだが、妖樹エルビルの枝よりは安い。

 妖樹タミエルの枝三本を練習で使い、なんとかコツを習得。とは言え、エルビルロッドのように一級魔成ロッドは無理だと感覚的に悟る。まだまだ魔力制御力が不足しているのだ。


 源泉門から五歩の距離で力を取り込み魔力に変換。その魔力を属性励起させながら魔力コーティングを行う。もちろん、妖樹エルビルの枝から作ったロッドにである。

 ロッドは属性励起された魔力により黒く変色する。そして、ロッドの表面に繊細で複雑、しかも神秘的な雪華紋が浮かび上がった。

 完成した時、リカルドの精神力が尽きた。

「ふうっ、きつい。さすがに【空】の属性色ロッドはハードルが高かったですね」


 完成したロッドを確認する。黒く変色した表面に浮き出る雪華紋は、神秘的で怪しく輝いているように見える。

 黒くなったロッドの表面を見て、リカルドの脳裏に名前が浮かんだ。

「名付けるとすると、『ダークロッド』かな」


 ドアがノックされる音。ダークロッドを収納紫晶に仕舞いドアを開け外を見ると、パトリックとタニアが立っていた。二人は研究室に入り散らかっている部屋を眺め。

「この二、三日、何をしていたの?」

「新しい魔術の研究ですよ」

「魔術の研究となると、リカルドは没頭して他のことを忘れてしまうがね」

 リカルドは他の事とは何かと頭を捻る。

「忘れたの……ベルミラン商会に、谷で回収した素材を売って、私たちに代金の受け取りを頼んだでしょ」

「あっ、そうでした」

 二人に呆れられた。


 ベルミラン商会から受け取った金額は、大金となったようだ。未だに【火】の触媒が不足しているようで、妖樹の素材に高値が付いたらしい。

 リカルドは二人で分けるように伝える。その代り、クラッシュライノと双角鎧熊の素材と妖樹の枝、特大魔功蔦は、リカルドが貰うと約束してあったからだ。

「私たちが思っていた以上の金額になったから、リカルドと相談しようと思ったのよ」

 売却額は金貨五〇〇枚以上になったようだ。妖樹エルビルを触媒とした場合、貴族や王家が大金を出して購入するので、妖樹の素材を少し割高で買い取っても儲かるようだ。


「だから、リカルドにも少し現金を分けようと思うの」

 リカルドは最初の約束どおりでいいと伝える。

「でも、エルビルの枝で二級魔成ロッドを作製してもらう約束もしているのに、私たちだけ受け取りすぎじゃないかな」

 二人が上級魔術に使える魔成ロッドを欲しがっているのを知って、リカルドが魔導職人のマトウに作製を頼んで上げると約束したのだ。

 ちなみに作製費用は金貨一〇〇枚とした。王都でも有名になりつつある魔導職人マトウの作だと安すぎる値段なのだが、友達価格である。

 リカルドは手に入れた特大魔功蔦を魔功ライフルにして売るだけでも大金になるから、不公平にならないと説明した。


 再び、リカルドはクレム川へ来ていた。昨日作製したダークロッドと【空】の魔術を試すためである。

 山の方で雨が降ったようで、クレム川は少し増水している。魔術の標的にした大岩に嵩を増した水が激しく当たり白い泡の線が棚引いていた。

「さて、やるか」

 リカルドは自分の背丈以上に大きな標的の岩を睨み、ダークロッドを構えた。魔力を流し込み黒の触媒を振り撒くと、ロッドの周囲で黒い魔力が渦巻き始める。

 リカルドは慎重に呪文を唱えた。


ヴァゼフィシュ(空理よ)セリヴァトール(真律を震わせ)モヒャデルテ(飛槍となり)デジャス(貫き爆ぜよ)


 黒く属性励起した魔力には、空間を捻るように歪ませる作用があるようだ。ロッドの前方にある空間が黒く染まり、その内部に吸い込まれた空気が歪んだ空間の影響で分子間力を失い崩壊する。空気は個々の分子や原子に分解されただけではなく、一部がプラズマとなって、光と熱を放射し始めた。そして、槍型の黒く変色した空間の周りに小さな稲妻が走る。

 次の瞬間、黒き槍が弾けるように飛び出した。凶悪な威力を秘めた槍は、小型トラックほどもある大岩に命中し簡単に貫いてしまう。

 大岩の反対側まで貫通した槍は、そこで爆散し凶悪な力を周囲に撒き散らす。その力は散弾のように大岩に減り込み粉々に砕いた。

 大岩が砕け散る轟音がクレム川に響き渡り、周囲の木の枝で休んでいた鳥たちが一斉に飛び立つ。


 静寂が戻った時、何百年も川の流れに逆らい川底から突き立っていた大岩が消えていた。

 リカルドは、膝が震えそうになるほどの恐怖を抱いた。その魔術に込められた魔力量を考えれば、中級下位の魔術にすぎないのだ。それなのに……。

「【空】の魔術……凶悪すぎる」


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