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scene:100 アプラ領脱出

 リカルドたちがフェドル村を素通りし、王都との領境へ進んでいる頃。

 アプラ侯爵の命令を受けたパガニンは、十数人の兵士と一緒にフェドル村でリカルドたちを待ち構えていた。これは侯爵の策略が失敗し、リカルドたちが谷を脱出した場合に備えてのことである。

「本当に奴らが死んだのか、確かめる必要があるな」

 パガニンは兵士三人を洞窟に派遣した。戻ってきた兵士たちは、リカルドたちが谷を抜け出した可能性があると報告。パガニンは顔を顰め。

「何だと……どういうことだ?」

「洞窟の下に、枝を切り払った木が倒れていました。あれを崖に立て掛ければ、洞窟まで登れます」


 パガニンが拳で机を叩き、必死で考え始める。

 (谷で死ななかったことは運が良かったのだとして、何故、奴らはフェドル村に戻ってこない。もしかして、村長を、いや、アプラ侯爵を疑っているのか? ……まずい。奴らが王都に戻れば、厄介なことになる)

「馬を用意しろ。奴らを捕らえるのだ」

 この時、パガニンは相手が魔術士だとしても、弱点を突けば倒せると考えていた。魔術士の弱点は、魔術の発動に時間が掛かるという点だ。魔術が発動する前に、近付いて倒せば魔術士を倒せる。兵士の間では常識となっている。

 五頭の馬が用意され、パガニンと四人の兵士が村から駆け出す。


 パガニンは馬を駆り、魔術士と兵士らしい一行に追い付いた。

 村長の報告にあった通りの顔ぶれなので、目当ての連中だと判断する。そのまま馬で近付いて、斬り付けようかと考えたが、連中の何人かがロッドを構え魔術の準備を始めたのを確認し、馬を止める。

 このまま進めば、魔術を放たれると感じたからだ。

 パガニンは馬での奇襲を諦め、遠くから声を掛ける。

「魔術士協会の者たちか?」

「そうです。我々に何か御用ですか?」

 返事を返したのが一番若い魔術士だったので、パガニンは意外に思う。

「君がリカルド君なのか?」

「ええ、アプラ侯爵の部下の方ですか?」

「そうだ。侯爵の参謀を務めているパガニン・ヴァンチュラだ」

 パガニンは頷き馬から降りる。それにならって部下の兵士も馬から降り、パガニンの背後に並ぶ。


 パガニンたちは馬を残して、リカルドたちに近付く。

「我々の調査は、アプラ侯爵の承認が下りています。問題はないはずです」

 パガニンは笑顔で近付いてくる。だが、その背後に居る兵士たちは、今にも飛び掛からんばかりの顔付きでリカルドたちを睨んでいる。兵士たちの間で殺意が膨れるのをリカルドは感じた。

 リカルドは戦いになると覚悟を決める。

「ああ、問題ない。だが」

 その時、道路脇の藪から、小鬼族が出てきた。小鬼族の手には大きなネズミがぶら下がっている。

 小鬼族の姿が目に入った瞬間、リカルドは右手でペンダントトップを胸に押し付け、収納紫晶に魔力を流し込む。格納されていた【風】の魔彩功銃を取り出し、左手で握ると小鬼族の頭を狙って引き金を引いた。


 小鬼族は声を上げることも叶わず両耳や口から血を吐き地面に倒れる。小鬼族が飛び出し、魔彩功銃が発射されるまでは一瞬。リカルドは海賊退治に行く前に、早撃ちの訓練をしていた。幸いにも本番の海賊退治では、訓練の成果を見せる機会はなかった。だが、訓練は無駄ではなかったと証明される。

 パガニンは剣の柄に右手を置いたまま固まっていた。近付き一撃で斬り伏せようと考えていたのだが、その考えは浅はかだったと思い知る。

 斬り掛かっていれば、小鬼族のように倒されていただろう。そう考えたのはパガニン一人ではなく、後ろの兵士たちも同じだったようで、揃って青褪めた顔になっている。


 リカルドがパガニンを睨み。

「それで、何の用なんです?」

 その声に敵意が含まれているのを感じ、パガニンはゾッとする。

 リカルドは相手から殺意が消えたのを感じる。魔彩功銃の威力を見せたことで状況判断を改めたようだ。

「あ、ああ。フェドル村の村長が個人的な恨みから、あなたたちを西の谷に案内したらしい。申し訳なかった。村長は厳しい処罰を与えるので勘弁してほしい」

 村長に全責任を押し付けるような言葉を聞いて、咄嗟の言い訳にしては上手いとリカルドは感じる。パガニンという男は、頭が切れる参謀なのかもしれない。

 タニアがパガニンに疑いの目を向け。

「個人的な恨みというのは、何なのですか?」

 パガニンは言葉に詰まった。そんな恨みは存在しないのだ。リカルドたちの後ろでこちらを見ているグレタの姿が目に入り閃く。

「村長の息子は、数年前に起きたボニペルティ領との小競り合いで死んだのだ。ボニペルティ侯爵家の人間を恨んでいた」

 グレタの顔色が変わる。


 パガニンは全てが村長の独断により起きたことだと説明する。そして、何度も謝罪してから逃げ帰るように去っていった。

 パトリックが何か腑に落ちないという顔をして。

「あいつ、謝りに来ただけなんきゃ?」

 リカルドはパガニンから殺気を感じたと伝える。

「西の谷で死ななかった私たちを、追撃に来たんだ」

 タニアが吐き捨てるように言う。


「村長の息子の話。たぶん嘘ですよ」

 グレタの顔色が悪いのに気付いたリカルドが、パガニンの嘘を暴く。その言葉にグレタが当惑。

「そうなんですか?」

「ええ、村長からは緊張と恐怖を感じました。ですが、殺意はなかったようです」

「それを聞いてホッとしました。でも、あの人は何故、謝るだけで帰ってしまったのですか?」

「リカルドの早撃ちを見て、恐ろしゅうなったんだがね」

 タニアが鼻を鳴らし。

「ふん。とんだ腰抜けよ」

 リカルドが首を振った。

「いえ、状況判断の早い優秀な軍人じゃないですか。今は不利だと悟って逃げましたが、機会があれば何度でも首を狙ってきそうです」

 その言葉にタニアたちは嫌な気分になる。


 木々を飛び回って疲れたモンタは、騒ぎの間ショルダーバッグの中で寝ていたらしい。騒ぎが終わった頃、起きたモンタが。

「何か、あった?」

 モンタが首をチョコッと傾ける。

「小鬼族が出ただけだよ」

「モンタ、倒したかった」

「今度出たら、モンタに頼むよ」

「うん、モンタ、がんばる」

 リカルドたちはモンタの言葉にホッとするものを感じ、笑顔を浮かべた。


 その後、早くアプラ領から脱出し王都へ戻ろうと皆の意見が一致する。

 それから何事もなく王都に戻り、魔術士協会に到着したリカルドたちは解散。西の谷で得た素材は、リカルドとタニア、パトリックの三人で分けることになった。

 自分の研究室に入ったリカルドは、西の谷で得た素材の確認を始める。

「黒の触媒に、特大魔功蔦が九本、妖樹タミエルの枝が八本、妖樹エルビルの枝が一〇本か」

 特大魔功蔦と妖樹エルビルの枝は、妖樹同士の戦いで破損した分があり、その本数になっている。


「黒の触媒は思ったより少ない。当座の間、研究する分は確保できているが、慎重に使わないと成果が出る前に触媒が無くなりそうだ」

 リカルドは実験の手順を考え始めた。そして、手に入れた特大魔功蔦九本の使い道にも思考を巡らす。

「まずは、炎滅タートルの甲羅を破壊できる魔術を完成させ、ボニペルティ領の戦争を終結させることが目標だ」

 リカルドはボニペルティ領の戦争が続いているという話を聞く度に、グレタが悲しい顔をするのに気付いていた。何度も小競り合い程度の戦いはあったようだが、補給と兵力の補充が終わらないと本格的な戦いは両軍とも無理なようだ。


「帰らないの?」

 リカルドが考えている間、静かにしていたモンタが声を上げる。

「そうだね。帰ろうか」

 リカルドは部屋を片付けると、魔術士協会を出た。王都の街を行き交う人々の服装が、厚手のものに変わっている。リカルドはセラート予言を思い出し、今年の冬はどうなるのだろうかと考えを巡らし始める。

 王都の人々は例年より寒くなるのが早いと感じているようだ。

 途中、木工細工の店で鳥籠を買った。この中に影追いトカゲの卵を入れようと考えたのだ。


 自宅に帰ったリカルドをセルジュとパメラ、それに賢者ミミズクのメルが迎えてくれた。アントニオが手に入れた時、雛だったメルが一回り大きくなり雛の毛が生え変わる途中のようだ。

 母親のジュリアは、厨房で夕食の準備をしている。ユニウス料理館には午前中だけ出て、午後から任せて戻ったらしい。ちなみにユニウス料理館の別館には託児所が設けられており、ジュリアがユニウス料理館で働いている時、セルジュとパメラは託児所で遊んでいる。


「リカルド兄ちゃんだ、お帰り。モンタは?」

 セルジュがモンタの姿を探した。

「モンタの樹を見に行ったよ」

 セルジュとパメラがモンタの様子を見に行った。メルは家の中でうつらうつらしている。リカルドは荷物を自分の部屋において庭に出た。

 モンタの樹とリカルドたちが呼んでいる樹は、すでにリカルドの背丈を超えている。モンタは満足そうに樹を見上げ。

「大きくなった。モンタ、うれしい」

「パメラもうれしい」

 パメラとモンタは抱き合って喜んでいる。


 セルジュは腕を組んで首を傾げ。

「でも、どんな実がなるの?」

 モンタが自信たっぷりな態度で。

「おいしい実。モンタがお願いした」

 お願いした相手は、魔境で出会った研究助手なのだろう。その研究助手からの説明で、トウモロコシに似た実がなると聞いているリカルドは、焼きトウモロコシやコーンポタージュの味を思い出し、何だか無性にトウモロコシが食べたくなった。


 家の中に戻ったリカルドは、パメラやセルジュにせがまれて、今回の旅で起きた出来事を話して聞かせる。

「ねえ、ねえ、黒いトカゲは見付かったの?」

 パメラが訊くと、モンタが胸を張り。

「モンタ、見付けた」

「すごい、すごい。モンタちゃん、偉い」

 褒められたモンタは、『ウキャッ』と嬉しそうに叫んで変な踊りを舞う。


 アントニオが帰ってきた。

「兄さん、お帰り」

「良かった。無事に帰ってきたんだな」

 アントニオはリカルドの姿を見て、無事に帰れたことを喜んでくれた。

「秋に収穫したシュラム樹の実を売却した。値上がりしているようで一年分の経費に匹敵する収入になったよ」

 値上がりしているのは、ボニペルティ領の戦争が関係しているのだろう。シュラム樹の実は【命】の触媒となる。負傷兵の手当てをするのに必要なのだ。

 十分な栄養を杏妖樹に与えれば、シュラム樹の実を年三回収穫可能だ。そうなると、年二回分の収穫が利益となる計算だ。飼育場の経営が軌道に乗った証拠である。


「兄さん、ガイウス王太子から依頼されたんですけど、タオル生地の生産を増やして輸出にも回したいらしいんです」

 アントニオが渋い顔になる。国内の需要にも応えられないほど生産量が少ないのだ。輸出に回すなど、ずっと先の話だとアントニオは考えていた。

「ガイウス王太子が協力すると言ってくれたけど、できるだけ自分たちで増産計画を立てようと思う」

「何故だ?」

「王太子が協力するということは、王家の資金が事業に使われるということなんだ。そうなると王家の役人が口出ししてくるに違いないと思う」

 アントニオがなるほどという顔をする。

「それは嫌だな。でも、資金は大丈夫なのか?」

 アントニオはリカルドが海岸沿いの広大な土地を買い、資金不足になっているのを知っていた。

「心配ない。それにもう一つ飼育場で頼みたいことがあるんだ」

「何だ?」

「影追いトカゲの卵を拾ったんで、それを飼育場で育てたい」


 影追いトカゲの飼育は、リカルドが予想していたより簡単だと、後日判明する。影追いトカゲは雑食で穀物や果物、肉など何でも食べたからだ。

 但し、影追いトカゲを逃さないために、厳重に管理された飼育施設が必要だった。


 話を聞いていたジュリアが心配そうな顔をして。

「その魔獣を育てるのは、危険じゃないのかい?」

「危険がないとは言わないけど、十分な防具を用意すれば安全だと思う」

 リカルドは双角鎧熊の皮を使った防具を考えていた。所々を鉄製の金具で補強すれば、影追いトカゲの噛み付きくらいなら耐えられる防具ができるだろう。頭の防具はどうするかも検討した。結果、剣道の面のようなもので守ればいいと決める。


 翌朝、一番にベルナルドの店に寄り、谷で回収した素材を売り払う。倉庫番のガスパロは、妖樹エルビルや妖樹タミエルの幹と根を見て驚く。

「おおっ、凄い奴を仕留めてきたな」

「妖樹に関しては、運が良かったんです」

 リカルドは妖樹同士が戦っている場所に遭遇したことを話す。ガスパロは興味深そうに聞いていた。

「これだけの量だと、計量に時間が掛かりそうだが、どうする?」

「明日以降に、代金は取りに来ます。もしかすると、パトリックかタニアが来るかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」

 リカルドはベルミラン商会を出て、エミリアから紹介された革細工工房へ向かう。この工房は、潮吹き竜鮫の皮を鞣した時も世話になっている。

 その革細工工房でクラッシュライノと双角鎧熊の皮を鞣すように依頼。


 用事を済ませたリカルドはユニウス料理館へ。ジュリアは働く主婦たちと一緒に料理の仕込みをしていた。託児所へ顔を出すと他の子供たちと一緒にセルジュとパメラが遊んでいる。

「あっ、リカルド兄ちゃん」

 リカルドを見付けた二人が寄ってくる。

「お母さんに用事があって来たの?」

「いや、ちょっとラヴィーナさんに用があるんだ」

 女性料理人のラヴィーナにクラッシュライノの肉が使えるか聞きに来たのだ。リカルドが二階の厨房へ行くとセルジュとパメラが付いてくる。

 リカルドはラヴィーナに事情を話し、クラッシュライノから切り出したバラ肉の一部を渡す。そのバラ肉を薄く切って焼いてもらう。

 毒でないことだけは確かめてあるので、塩だけを振ってラヴィーナとリカルドが味見した。口に入れた瞬間、何とも言えない良い香りが鼻を刺激し、次に絶妙な旨味が口いっぱいに広がる。

「凄い。巨頭竜の肉に匹敵する美味しさです」

「本当に、凄く美味しい」

 リカルドとラヴィーナは、クラッシュライノの肉の美味しさに感動する。それほど美味かったのだ。


「二人だけ、ずるいぞ」

 セルジュが口を尖らせて抗議する。

「仕方ないな。ちょっとだけだぞ」

 リカルドがセルジュに一切れ食べさせた。肉を口に入れたセルジュが目を輝かせる。

「ずるい。パメラも」

 我慢できなくなったパメラが訴える。ラヴィーナが一切れ食べさせた。パメラはぴょんぴょん跳び上がって美味しさを表現する。

 騒ぎを聞き付けたジュリアも二階に上がってきたので、残った肉をジュリアが味見。

「美味しい。でも、この肉くらいになると普通の肉と一緒に出せないわね」

 普段、この店で出している肉とはレベルが違うと感じたジュリアは、売り方を工夫しなければと思った。それはラヴィーナも同じだったらしく、ジュリアと相談を始める。

 クラッシュライノの肉については、ジュリアとラヴィーナに任せることにした。リカルドはもうちょっと食べたいとゴネるセルジュとパメラを託児所へ連れていく。


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