入学初日7
真人は考える。もし、自分が二年の立場であったならどう動くのかを── 。
戦力を等3分割するか。それとも、序列上位に人数を割くか。はたまた… だが、今回に限りそのどれもが正解ではない。もし真人が敵の将であるのなら、瑞穂とカスミに一名づつ、 残りを全て真人にぶつける選択をしていただろう。
一番強い者に大量な戦力をぶつけ、潰していければそれに越した事はない。しかし、そう上手くいかないのが小数の集団戦なのだ。よほどの事がない限り、弱者から潰していった方が効率が良いし確実性がある。
そして、二年の考えも半分は同じだったようだ。
瑞穂が右へ、カスミが左へ跳び、それに二年が二名づつ着いて後を追う。それを確認した真人は少し気落ちしたまま、バックステップを踏む。
── 残念だな。
もし8人が真人を狙い飛び込んできたなら、もっと楽になっていた。
「知ってます? 罠ってある意味最強の攻撃なんですよ── 穿て円陣礫っ! 」
何も考えずに突っ込んでくる二年の5名が、真人の居た位置から生み出された半径5mの竜巻に巻き込まれていく。
この精霊術は設置から発動という2モーションが必要な為、あまりメジャーな術ではないが、嵌まればそんじょそこいらの術では及ばぬ威力と効果がある。
巻き込まれた者は身動きを封じられ、下から上に舞い上がる礫をノーガードで受け続ける。回避不可ではないが、対応策のない者ならまず行動不可の状態まで追い込めるのだ。
「耐えたのは… 」
発生させた風は手足と同じ、視認出来なくても手応えという感覚が伝わってくる。今の真人の攻撃を耐えているのは二人だった。
「3・2のフォーメーション。これまたスタンダードな」
五人の内三人が前衛、二人が後衛なのだろう。真人の攻撃に巻き込まれたのは、前衛の三人という訳だ。
「スタンダードは悪くない── けど」
使える範囲が広いから皆が使う。皆が使うのは使い勝手が良いからだ。つまり、正解である事が多いという事になる。
しかし、その一方で必ず正しいというものでもない。
使用している魔術の系統は近接防御系であるから、前衛との距離を詰めるのは仕方がないのかもしれないが…
「前衛を守る為の術で自分を守っちゃダメだろ」
未だに円陣礫から抜けられていない上級生の上まで飛び跳ねて、真人は二人を見下ろして言う。そしてそのまま──
「風弾」
初歩の初歩である豆サイズまで圧縮した風を撃ち出し、完全無防備な背中にぶち当てた。
「ふーん、二桁五人を瞬殺か。やるわね」
「だから言っただろ… 三桁のレベルじゃないって」
木の上から微動だせずに、真人の動きを見ていた二人の会話が聞こえてくる。
「でもさ、それは戦闘力が三桁じゃないってだけよね」
「はぁ? どういう意味だ? 」
「分からない? あの子のやった事は先読みだけ、初期のランキングに実際の強さはあまり関係ないって事よ」
「…… そういう事か」
ここでの第一基準は能力の才能なのだ。肉体的な強さや、戦術を組み立てる頭は一応配慮されているが、自身でセーブ出来る事から重視されていない。
「納得したところで速見君。貴方、私に適当な報告をしたって事なんだけど… いい根性してるわね」
「なっ! ちょ、ちょっと待て、まだ報告が間違っているとは限らないだろ。それに… 」
言い訳がましいかもしれないが、まだ一人残っている。
「残っているのは坂上君か、確か元一桁よね、彼? 」
「ああ、伸び悩んでいるが素質は十分だ」
「腐ったら鯛もただのゴミにならなければいいけどね」
どんなに才能溢れる者でも、そうやって潰れていった者達は沢山いる。才能さえあれば大成するなど幻想以外の何物でもない。
「ネガティブなこって… 」
「あら、別に悲観してる訳じゃないわよ。原型を止めないほどぐずぐずに腐ってなければ、本物の鯛と見比べる事出来るでしょ。その程度の期待はしてるわ」
「身内がやられるのを楽しみにするなよ… 」
「身内… ね。才能だけに溺れるような無能じゃ、こんな使い方されても仕方無いんじゃない」
そもそも、同学年が一番の敵なのだ… 嫌ならば強くなればいいという赤屋の真意に、速見は顔をしかめるしか出来なかった。
「んじゃ、俺も窓際に置かれないように先手を打っておくか」
「んふふ、分かってるわね」
速見は赤屋圭という人間を観察して、その属性に準ずる情熱家であると常々思っていた。だからなのか、赤屋は基本待ちを好まない。大将であるくせに颯爽と先陣に立ち自らの力で活路を開く。
普通なら愚将でしかないその性格も、圧倒的な武才を以て常勝無敗を誇る天才なのだ。
挫折を知らない天才は脆い── 誰が言ったのか、それが真実なのかは速見には関係ない。赤屋圭という一人の女が挫折する姿など想像する事が出来ないのだから…
例え負けたとしても挫折など無縁、何度でも立ち上がり持ち前の情熱を燃やし続ける。そんな赤屋だからこそ停滞する者を身内として見る事はしないのだろう。
「らしいちゃ、らしいんだよな… 」
「ん? 」
「いや、何でもない。それよか、あんたの知り合いなんだろ? ほんとにいいんだな? 」
「構わないけど、寝てる子を起こすと怖いわよ。気をつけてね」
クスリと笑い赤屋は速見を送り出す。
速見は何か引っ掛かるものを感じながらも、何も言わずに瞬間移動にて姿を消したのだった。
「さてさて、どう片付けるのかな… 真人」
速見が居なくとなると赤屋は脱力し、まるで映画でも見始めたように興味津々で真人を見つめた。
── 気になるのはあの視線なんだよな。
殺気や敵意に満ちた視線なら良いという訳ではないが、上から感じる視線は只の興味である。自分にどんな興味があるのか全く分からない現状、それは敵意や殺気よりむず痒く感じる。だが、当面の敵は目の前にいるのだ。これを無視して、敵ではない者を気にしてる余裕はない。
「後はアンタだけなんだが、来ないんですか? 」
「アンタじゃない坂上だ。序列は恐らく10位、三桁のカスにしちゃやるようだが、後の後を取らせなければどうって事はない」
「自分以外は突っ込ませておいて、自分は検証ですか… 楽な仕事してますね」
「別に俺が勝てばいいだけの話だ」
集団戦である以上、確かに道理ではある。だか、やっている事は味方を捨て駒にしているだけだ。戦術として正しいとしても、こういう事をする奴に背中は預ける事は出来ない。そしてなりより、
「…… 三下が自覚ねぇのは見るに耐えないわ」
風を足に纏わせて、トンっと軽く地を蹴る真人。次の瞬間、真人は坂上の目の前まで間合いを詰めていた。
「なっ! 」
坂上の目には真人が瞬間移動したかのように映ったのかもしれない。驚愕の表情を浮かべ固まっている。そこに、真人の裏拳が鼻先をかすめると、坂上の鼻を割り血華を咲かせた。
「風使いを舐めんなよ。速度ならお前なんぞ相手にならねぇよ。ちな、今のはわざと外したんだぜ」
嘘ではない、真人のスピードに坂上は全く反応出来ていないのだ。当てる気があるのなら、モーションが大きい裏拳などでなく正拳を放てばいい。敢えて裏拳を放ったのは明らかな挑発であり、カウンターだけではないという真人の意思表示なのだ。
「くっ、こ、この… 」
「一回だけ進言してやる。雑魚は雑魚らしく全力で来い。能力も使わずにぶちのめされたくないだろ」
坂上の間合いから真人は動かずに挑発をしたのだった。