入学初日5
地を滑り瑞穂は先を急いでいた。
真人の言う通り初日から自分の能力をひけらかし、今こうしているのは愚かな事だと瑞穂も理解している。だが、到着が遅れれば遅れるだけ、自分以外の犠牲者が出る可能性があると考えるといてもたってもいられなくなる。
確かに瑞穂の序列は8位である。一桁の中では下位になり、このパーティーに呼ばれている者達を助けるなんて考えは烏滸がましいのかもしれない。しかし、
── 序列がそのまま実力じゃない。
真人のプレートを見た時にそれは確信に変わったのだ。そうと解れば、一直線で走ってしまうのは直せない瑞穂の性格だった。
それに、自分の実力が足りなかったとしても真人がいる。
「あいつなら… 」
キュッと唇を締めて、瑞穂は真人の顔を思い出す。
悔しくないかと聞かれれば、それは悔しいに決まっている。が、瑞穂が真人に寄せる信頼は磐石なものである事は、誰でもなく瑞穂そのものが認めてしまっているのだ。
あの魔物に襲われた幼き日、あの時の事を忘れた事はない… その時傍らに居て瑞穂を護りきった少年を疑う事など出来ないはずがない。
真人なら序列1位にもなり得る力がある… そう信じて瑞穂は近くなった森を見た。
「どんな馬鹿でも、待ち伏せるならここよね」
既に戦闘が始まっているならこのまま突っ込む所だが、その様な気配は感じられない。ならば、見張りに発見されているとしても、能力は一応隠すべきだろうと瑞穂は水流疾走を解除した。
そして、自分の足でゆっくりと森に踏み込んで行く。
「あら、貴女もこっちに来たのね」
森に踏み込んですぐ、本を脇に抱えた少女が立っていた。
身長は162cmの瑞穂より10cmほど低く、ショートヘアーの少女だ。入学式で瑞穂と同列に居た事を知らなければ、間違いなく年下だと思った事だろう。
「貴女は? 」
「本多カスミよ。貴女と同じ一年の序列一桁」
「本多さん… ね。私は… 」
「自己紹介ならいらない。序列8位結城瑞穂さんでしょ。同学年の同列なら全員知ってるわ」
まるでそんなのは当たり前という口振りだ。瑞穂は少しカチンと来るものを感じながら、表に出さないように努めた。
競い合うのだから、好敵手になりうる者の情報集めれば大きなアドバンテージになる。碌な情報収集もせずに、こんな所にしゃしゃり出てきた瑞穂を格下に見てもおかしくない。
「そりゃ、申し訳ありませんね。けど本多さん、今回だけでも仲良くした方が楽出来ると思いません? 」
「そうねぇ… 」
瑞穂の言葉に少し気を緩ませたような声色で、本多カスミは答えた。そして、初めて瑞穂と視線を合わせると、
「相手10人程だけど、貴女何人行ける? 」
と、聞いてきた。
「半分任せてって言ったら? 」
「それは楽出来そうね。いいわ、今回だけは仲良くしましょ。正直、私一人じゃちょっとキツいかなと思っていたのよ」
一瞬、瑞穂に向けた視線をまた森の奥に戻し、カスミは微動だにしなくなる。
「そりゃあ、流石に10人相手にするのは… 」
「貴女それ本気? 」
表情を瑞穂に見せてはいないが、その声色には侮蔑が含まれている。ここで「本気よ」などと答えれば、100%戦力から外される事であろう。
では、何故突然の侮蔑が生まれたのか… その答えは目の前にあった。
「… そういう事ね」
決して難しい事ではない。ちょっと意識を持っていけば分かる。
今木陰に隠れて様子を伺っているのは確かに10人だ。しかし、その内の一人が断トツの存在感を放っている。
当然のように気配を消しているので、その実力の全てが分かる訳ではないが、一対一で戦闘しても相当手こずるのではないか?
そう瑞穂は直感した。
「本多さんが、あれ含み5人を相手してくれるのかな? 」
「私が… ね。そんな実力あるように見える? 」
「それって… 」
「あれを相手させるなら、残り9人貴女に任せるわ」
冗談じゃないっ!
思わずそう叫びそうになる瑞穂であるがぐっと言葉を噛み殺した。とはいえ、あの一人を相手にするよりは楽なような気がしているのも事実だった。
「それって、逆に考えれはアレを相手にするなら、貴女が9人相手するって事よね」
「まぁ、そういう事になるわね」
「そう… だったら、良い手があるんだけど乗ってみない? 」
「いいわ、乗った」
即断即決だった。
カスミは全く悩む事なく笑っている。
「早いわね」
「だって貴女の顔、悪戯を思い付いた子供の顔だもの… どんな手を思いついたか知らないけど、被害は子供の悪戯程度で済むんでしょ? それに、私そういう顔する人嫌いじゃないのよ」
ふわり髪が揺れ、再び瑞穂の顔を見るカスミ。ほんの数秒前に見せた表情とは違い、思わず瑞穂がドキっとするぐらい大人びている。
「えっ? 」
「どうしたの? 」
「ううん、何でもないわ」
ごしごし目をこすらなくても、カスミの容姿は小学生かと思えるほど幼い… しかし、纏う雰囲気は瑞穂より遥かに年上に見える。
── まさか、お母さんと話しているみたいとは言えないわよね。
母親を呼んだ時の記憶がやけに生々しく思い出されてしまい、瑞穂は言葉に詰まってしまった。が、
── あれ…振り向き様って…
「ちょ、貴女どうやって私の表情見てたのよ… 」
「企業秘密よ。それより、どうするの? あっちもお目当て待ってるみたいだけど、もうあんまり時間ないかも」
「あらら、私も待ってるのよね… 出来れば後二分時間稼げないかな? 」
瑞穂には探索の能力はない。それでも分かる、真人は近くまで来ている。
言葉悪く言えば、真人に面倒を押し付けるという事になる。しかし、カスミが指摘した通り瑞穂の認識では子供の悪戯程度の事なのだ。
「ふーん、此方の待ち人は一桁上位って事かな… よくそんな人脈があったわね」
「いやいや、そんな偉そうな知り合いは居ないわよ。私も意外だったけどね。来るのは三桁。でも… 」
「クスっ」
瑞穂の言葉を待たずにカスミは笑う。その笑顔の前にはもう言葉は必要なかった。
「二分でいいのね? なら、タネ明かしをしようかしら… 姿を見せろ魔鏡」
コールと同時にカスミ前に12枚の鏡が現れる。その12枚の内1枚には瑞穂が映っていて、その他には瑞穂が知らない人物が姿を現していた。
魔術〈魔鏡〉は、探索系の中では最上級の魔術である。
魔力で作った子鏡を複数ばら蒔き、それで捉えた映像を親鏡に映す。探索というより索敵に近い高等魔術であった。
─ この娘…
かなりの実力を持つ魔術士でも、一度に操れる魔鏡は三つ程度と言われている。それが、4倍の12枚を事もげなく使うカスミを見て瑞穂は絶句した。
どれだけの実力を隠しているのか、はっきり云って底知れない。能力の高さ=戦闘力ではないものの、カスミの序列が何位なのか知りたくなる。そしてそれは、隠れている連中も同様だったようた。
カスミの鏡に映し出されている自分の姿に動揺が走る。
これで功を焦り先走る愚か者は居なくなり、慎重にならざるを得なくなる。
「さあ先輩方、既に今ここにいる全員を私は把握していますわ。いい加減姿を現してくださいな。色々、決めましょうよ」
ダメ押しの宣言だった。カスミの一言で隠れている者達が続々に姿を現し始める。
「意外に統率取れてますね、センパイ。確か、集団戦をするなら、条件は序列上位者が決められるはずですよね。ご希望があるなら、今の内に仰って下さいね」
正当な権利を主張し相手に思考時間を与える。これで相手は安易に動く事は無くなり、二分程度の時間なら完璧に稼ぐ事が出来る。
「さ、瑞穂。私は自分の仕事をしたわよ」
「怖い人ね、アナタ… 」
カスミの判断力に瑞穂は心強さを感じながら、その怖さに足が震えるのを感じていたのだった。